機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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断罪者リザ・バシュレー

 

 

 

 

 

――銃声が、響き渡った。

 

 

 

 エルフリーデはその音を聞くよりも早く、敵意の兆候を感じ取っていた――バレットナイトの方向を急転換させ、機体装甲の影になるようにクロガネを庇う。

 しかしながら銃弾が放たれたのは、彼女らに対してではなかった。

 あっけなく腕――そう呼ぶのが適当か迷うほどの巨体だが――を動かした群青の巨神によって、人間の命を奪うはずだった銃弾は弾かれた。

 

 人体を容易く破壊する高初速の一二・七ミリ弾頭は、身長五〇メートルにも及ぶ駆動システムと装甲の塊の前では、非力な虫けらの羽音同然だった。

 エルフリーデは発砲音の方向にカメラアイの探査を走らせた。倉庫の屋上で銃を伏せ撃ち――ガルテグ連邦製の対物狙撃銃だ――した男が、銃弾を防がれたことに慌てている。

 

 観測員と思しき補助要員が、その撤収を手伝っている様子が見て取れた。服装から見て先ほど、クロガネに銃口を向けていた悪漢どもの仲間なのだろう。彼らがどういう判断で発砲したのかは定かではない。

 現場の独断だったのか、GCI支部長の指示だったのか、エルフリーデには知るよしもない。

 ゆえに起きた事象を記そう。

 

『姉ちゃん――殺していい?』

 

『姉さん――殺そう?』

 

 機械仕掛けの巨神からの呼び掛けに対して、リザは瞑目した。

 何かを諦めるように。

 

「…………いいよ」

 

 その瞬間、エルフリーデが感じたのは原始的な恐怖だった。被捕食者たる動物はその本能に根ざした性質として、自身より巨大な捕食者に対して脅威を覚える。

 現在、身長四メートルの巨人になっている少女すら、五〇メートルにも達する群青の巨神から見れば掌大の人形に過ぎないのだ。

 それが自分に対して向けられたものではないと理解していてなお、巨神から放射される敵意は強烈だった。

 巨神の頭部が動く――複眼のカメラアイを持つそれの側頭部、スリット状の溝が彫り込まれている部位――激しい砲撃光(マズルフラッシュ)が弾けた。

 

 五七ミリ七〇口径液体装薬/電磁加速併用型ハイブリッド機関砲――発砲音から電脳棺のインターフェースが自動的に武装を割り出す――装甲車両を容易く穴だらけにする火砲は、断じて人間に対して用いられるべき威力ではなかった。

 よって実際には()()()()()()()()()()

 極超音速で射出された五七ミリ砲弾は、二人の男を跡形もなく消し飛ばした。文字通り血煙となって消し飛んだのだ。轟音と共に大気が爆ぜて、倉庫の屋根に大穴が開く。

 着弾を示す土煙がもうもうと上がる中、頭部機関砲――バレットナイトの用いる狙撃砲を凌駕(りょうが)する威力――を発射した巨神が、無邪気な歓声を上げる。

 

『やったよ姉ちゃん! あいつらいなくなったよ!』

 

『すごいよこの身体! 僕たちは鋼鉄の男(スーパーヒーロー)になったんだ!』

 

 エルフリーデはその姿に例えようもないおぞましさを覚えた。

 実際のところ、戦場に通じる美学や道徳などないことをエルフリーデは知っている。容易く()()()()()()()()()()()()()()からこそ、ルールがあるという前提を維持しようと努めなければいけないことも。

 虐殺、略奪、陵辱、破壊――ありとあらゆる悪行が、敵味方を問わずにはびこる悪夢を、その目で見てきた。

 

 だけど、眼前で繰り広げられている景色の薄ら寒さは、そういった人類史に刻まれた呪いのような循環とは違っていた。

 声の感じからしてまだ一〇歳になるかどうか、エルフリーデの妹ティアナよりも年下の子供たちが、巨大兵器と一体化して殺戮を楽しんでいる。

 それはきっと、倫理的にあってはならない光景だった。

 そう思考した刹那、エルフリーデは底冷えするような悪意が、自分に向けられていることに気づいた。それは気のせいではなく、レーザー照準装置の照射警報という形でわかりやすく可視化されていた。

 

『姉ちゃん、姉ちゃん!』

 

『この人は殺していいのかな?』

 

 今すぐこの場から逃げ去りたい気分だった。そうするべき時機を逸したことに気づいて、エルフリーデ・イルーシャは自分の判断ミスを悔やんだ。流石に光波シールドジェネレータすらついていない非武装の〈アイゼンリッター〉では、五七ミリ機関砲の掃射をしのぐ術がなかった。

 おそらく動き出せば、反射的に攻撃が始まる――エルフリーデは久々に、自分の判断の重さを味わっていた。

 戦地で部下の命を預かっていたときと同じか、それ以上に怖かった。自分だけならまだしも、クロガネまでこんなところで死なせたくなかった。

 一か八かでリザを説得しようと口を開きかけた瞬間だった。

 

「……ダメだよ、二人とも。この人たちは多分、すごくいい人たちだから」

 

 群青の巨神から放たれていた殺気が消える。レーザー照射もぴたりと止んだ。

 それを合図にするかのように、リザに巨人の掌が差し伸べられた。全幅四メートルを超える掌に少女が飛び移ると、その手がゆっくりと頭部に近づいていく。高低差が三〇メートル以上ある垂直移動が終わると、巨神の頭部装甲が上下に分かれていくのが見えた。

 巨神の頭部は、縦に七メートル――二階建ての建物ぐらいはある大きさだった。それは陸戦兵器の一部位というよりも、艦艇に例える方がサイズ感としては適切かもしれない。

 

 分厚い装甲に守られている内部構造が露わになる。

 虹色に輝く巨大な脊髄、半透明の発光体――電脳棺(コフィン)と呼ばれる構造体に、褐色肌の少女が近づいた。

 リザはエルフリーデの視線に気づいて、こちらを一瞥(いちべつ)した。数十メートル離れていてもわかるほど、その表情は悲しみに満ちていた。

 

『リザ、その機体は乗っちゃダメだ……! よくない予感がする……』

 

「お姉さん、ここから先のお話は何も()()()()()()()()()()()()。ベガニシュ帝国からお越しになった皆さんには、このまま故郷に帰ってあったかいスープを飲んでぐっすり眠る自由がある――だから、絶対に私たちの邪魔をしないで」

 

 諭すようにそう告げて、リザは電脳棺にその身を投げ出した。あらゆる物理的実体を情報へと変換する究極の汎用インターフェースが、少女の数十キログラムの質量を飲み込んだ。

 まばゆいエーテル粒子の光があふれ出す。超自然的な事象をこの世界で記述する根源的粒子の輝き――人間の魂こそが、次元の壁すら飛び越える術だと証明した光。

 頭部装甲が閉じていく。

 煌々(こうこう)と光り輝く真っ赤な複眼が、青空の下で不気味に光り輝いていた。

 リザの声が、電子音声となって拡声器から出力された。

 

 

『この機体はP1789〈イノーマス・マローダー〉――フィルニカ人難民の子供たちを制御中枢に組み込んで、ありとあらゆる兵装に適合させる実験の産物。エルフリーデ、あなたの善意は遅すぎる』

 

 

 エルフリーデは映画館で話していたリザの身の上話が、嘘だったことに気づいていた。たぶん彼女には貿易商の父親などいないし、実際のリザは人殺しのための技術を仕込まれた工作員だ。

 だけど真実はもっと救いがない。リザに大切な弟たちがいるという話は本当で、その子供たちは巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉を動かすための部品にされている。

 まるで安っぽい空想科学小説か、趣味の悪いヒーロー映画みたいな内容だった。

 

 どこからどこまでが真実なのかわからなかった――ヒーローコミック・オタクのリザ、弟たちのことが大好きなリザ、裕福な家庭で育った少女という感じのリザ。

 すべてを欺瞞(ぎまん)だったと切り捨てる方がずっと簡単だった。それなのにエルフリーデはむしろ、そうすべきではないと直感がささやいているのを感じた。

 

『姉ちゃん、どうするの?』

 

『姉さん、あっちの方は?』

 

『ああ、二人とも――じゃあ悪者をやっつけようか』

 

 群青の巨神〈Eマローダー〉が歩き始めた。身長五〇メートルの巨体が海水を掻き分けて、ゆっくりと方向転換していく。エルフリーデに背を向ける巨神に対して、できることは何もなかった。

 今のエルフリーデは身長四メートルの巨人だが、相手はその一二倍以上の背丈がある正真正銘の怪物なのだ。先ほどの頭部機関砲も脅威だが、そもそもサイズと質量が違いすぎて、機体が接触した時点で一方的にこちらが砕け散るだろう。

 ずしん、と地響きを立てて――群青の巨神が上陸する。ダイナマイト爆薬を何十キロも仕掛けたかのように、接触面のコンクリートが粉々に砕けていた。

 

 地響きは周期的なリズムとなって、倉庫街に立ち並ぶ建物を倒壊させながら、エルフリーデたちが逃げ出してきた貿易会社の方に向かっていた。

 〈Eマローダー〉の動きは遠目に見る分にはゆっくりだったが、実際には時速一二〇キロメートル程度の速度が出ていた。身長が成人男性の二八倍ほどもある巨神は、歩幅も桁違いに大きいのだ。

 強烈な殺意の塊が遠ざかっていく。

 エルフリーデはまず、主人を連れて今度こそこの場を離脱するべきだと思った。しかしクロガネの考えは違うようだった。

 

「エルフリーデ、命令だ――彼女たちを追え」

 

「正気ですか、殺されますよ?」

 

「我々に対してあの少女は敵意を持っていなかった。彼女が頭部コフィンに収まった以上、攻撃を受けるリスクは少ないと見ていい」

 

 そう言ったあと、黒髪の青年――見た目の上ではそうである――は目を伏せて、痛ましそうな表情でこう付け加えた。

 

「……あれはおそらく先史文明種(プリカーサー)の遺産、発掘した超大型フレームを利用した兵器だ。俺にはその暴走を止めるべき理由がある」

 

 どうやら彼は、お人好しにもほどがある責任感を発揮しているらしい。本当に甘っちょろい、どうして冷酷非情な悪徳貴族のふりなんてしていたのやら。

 それに絆された自分のことは棚に上げて、エルフリーデはため息一つ。

 

「仕方がない人だ」

 

 ドンッドンッドンッドンッ、と砲声が響き渡る。五七ミリ機関砲が火を噴いて、対地掃射で隠れている人間を建物ごと粉砕する音だった。

 人間が使う自動小銃ならともかく、一定以上の口径になった機関砲の前では、建物に隠れることでやり過ごすのは難しい。

 客観的に評価するなら、今の状況はGCIフィルニカ支部の内乱だった。情報機関である彼らは秘密作戦のために用意した工作員と秘密兵器に裏切られ、自分の命でその破壊力を味わっている。

 

 正直なところをお金をもらったって介入したくない状況だった。

 エルフリーデは覚悟を決めて、遠くからでもよく見える群青の巨神に近づいた。身長五〇メートルの巨神は、二六キロメートル先だって頭のてっぺんが見えるはずだった。

 ほんの一キロメートル離れたぐらいでは、嫌でも目視できてしまう。

 砲声が止んだ。

 

 声が聞こえてくる――倉庫の影を上手く使って、回り込むようにして〈Eマローダー〉の斜め横に移動する。

 見えたのは、奇妙な光景だった。

 途方もなく巨大な人型が、縦横五メートルはある馬鹿でかい掌で、一人の男を握っている。よほど力加減の調節が上手いのだろう、すぐにでも潰してしまいそうなサイズ比なのに、そうなってはいない。

 

 巨人の頭部のすぐ傍まで持ち上げられたそいつは、タクティカルベストや防弾鎧ではなく、三点セットの背広を着た中年の紳士だった。

 他の人員は逃げ出したか、機銃掃射で皆殺しにされたのだろう。穴だらけになった倉庫の残骸を足下に、〈Eマローダー〉が言葉を発した。

 

『弟たちをこんな身体にした報いを受けるときがきた――キース・ロックウェル』

 

「残念だよ、リザ・バシュレー。この国に弾圧され、行き場のない難民だったお前たちに役割を与えた恩を忘れたのか? 連邦市民として……正義のために戦う意思を忘れるとはな」

 

 〈Eマローダー〉から見た人間はほとんど豆粒に等しい大きさだ。そんな怪物に胴体を握られているのに、キース・ロックウェルは涼しい顔をしていた。

 あるいは現実感がなさ過ぎる光景に対して、かえって冷静になっているのかもしれなかった。

 

「外部制御装置を土壇場(どたんば)で弾いたか……このギリギリまで隠し通した君たちの勝利だな」

 

 自分の奥の手がその実、制御不能の怪物だったと思い知らされて――ロックウェルはむしろ落ち着いているようだった。

 万策尽きたのである。であれば人事を尽くして天命を待つ、という言葉もあるように――すべてを神に委ねるのはロックウェルにとって自然なことなのだろう。

 だが、そんな態度がリザの逆鱗(げきりん)に触れたようだ。かつて弟たちに施された非道な処置を弾劾するように、少女は感情的な声で叫んだ。

 

『この子たちは初等教育も終わっていなかった! それを人体実験に供したクズ共が、のうのうと正義を語るな!』

 

 次の瞬間、発せられたのは第三者であるエルフリーデすら耳を疑う()()だった。

 

 

「認識の誤りがあるな、リザ。私は人体実験などしていない――実験当時、並列起動型電脳棺トリニティ・コフィン・システムはすでに多数の犠牲者を出していた。我々は無知ゆえに君の弟たちを犠牲にしたのではない。ミロ・バシュレーとシリル・バシュレーが電脳棺に取り込まれ、その存在実体を失うことは既定路線だった」

 

 

 存在実体の喪失――それはおそらく、サンクザーレの森で〈ケラウノス〉に遭遇(そうぐう)し、物質として解体されたときのエルフリーデのようなものなのだろう。

 あのとき彼女はすぐにクロガネによって救い出され、こうして生身の肉体を取り戻すことができた。しかしリザの弟たちはそうならなかったのだ。

 事故ではなく意図的な処置だったと聞かされて、リザは震える声で喚いた。

 

『……ふ、ふざけるなッ! 何のために……そんなことを』

 

「リザ、聡明な君らしくもないな。君が融合している〈Eマローダー〉の動力源にするためだよ。通常の方法では、複数の電脳棺の並列起動は不可能だった。先史文明種が設けた安全装置が邪魔をするからだ。しかし適性の高い子供を、意図的に一部を破壊した電脳棺に乗せることで――我々は理論値を超えるエネルギー源を手に入れたというわけだな」

 

 信じられないほどに倫理というものが欠落した物言いだった。それは奇しくも、この世界において何故、バレットナイトが電脳棺を利用した兵器システムの最適解なのかを示すものでもあった。

 よほど頭のネジが外れた方法で成功確率が低い博打を行わなければ、現行文明のテクノロジーでは、複数の電脳棺を一つの兵器パッケージに詰め込むことは不可能なのだ。

 そういう諸々のハードルを越えるために、キース・ロックウェルは外道の所業を容認した。自身の肉体を失った子供であれば、人型を外れた規格外の巨大兵器にもよく馴染むだろう、と。

 ほとんど悲鳴のような声。

 

『…………どうして、そんなっ!』

 

 リザの感情が爆発していた。

 納得などできようはずもない、ロックウェルにしか通じない確信犯的な思想が、その問いかけへの答えだった。

 

「大陸諸国を愚かで暴力的な旧体制から開放する――その大義の過程だ。君たちの犠牲は、名もなき星として永遠に(たたえ)えられるだろう」

 

 〈Eマローダー〉の複眼が、禍々しく赤く輝いた。カメラアイすべてに、搭乗者の強烈な殺意が宿っていた。

 

 

死ね

 

 

 群青の巨神が、ロックウェルを握った右手を勢いよく振り回した。先端速度が音速を超える巨人の投擲(とうてき)だった。強烈な加速Gと共に投げ捨てられた男の身体は、数百メートル先の地面に叩きつけられた。

 コンクリート製の地面に打ち付けられ、キース・ロックウェルだったものは、その中身をぶちまけて赤い花を咲かせた。

 それだけだった。

 

 一組の姉弟の運命を狂わせた男への復讐は、あっけなく終わってしまった。

 エルフリーデ・イルーシャは、自分の腕の中からクロガネが降りたことに気づく。両足で地面を踏みしめた伯爵は、堂々たる足取りで〈Eマローダー〉に近づいていく。

 群青の巨神が、ゆっくりとこちらにその目を向けた。おそらく動態探知センサーにはとっくの昔に引っかかっていて、今になって気を払う必要が出てきた、という程度の反応(リアクション)だった。

 クロガネがよく通る声を発した。

 

「失礼する。今の話は聞かせてもらった……兵器化した義体システムとの長期間の融合……怪物症候群(モンスター・シンドローム)がもたらす典型的な過剰適応だ。兵器として構築された肉体との境を失った精神は、その均衡を崩して肉体の役割に殉じようとする」

 

 怪物症候群――エルフリーデも知らない専門用語が出てきた。果たしてそれが、クロガネのこの時代の専門家としての知見なのか、それとも一〇万年前の先史文明種としての知識なのかは定かではない。

 一つ言えるのは、彼の言葉には途方もない説得力があったということだ。

 毒々しい複眼に睨み付けられても、クロガネは一歩も引かなかった。数秒間の睨み合いの末、リザの声が拡声器から聞こえてきた。

 

『詳しいんだね、伯爵様は』

 

「お前の弟たちに必要なのは適切なカウンセリングだ。現在の状態がどういうものであれ、精神状態の治療はできる、自棄になるな」

 

『……ありがとう。でも、もう遅いの。何もかも、何もかもが』

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは誠実な男だった。何の根拠もなく、リザの弟たちが元通りに復元できるなんて嘘はつかなかった。

 ブラックボックスである電脳棺の機能を、この時代の人間が当てずっぽうで破壊して、そこに無理矢理、幼い子供たちを融合させて数年間放置したのである。

 不可逆的変質が起きていないはずがなかった。

 そういう絶望を証明するように、無邪気な弟たちの声が聞こえてくる。

 

『姉さん、話は終わった?』

 

『姉ちゃん、そいつは殺していいの?』

 

 〈Eマローダー〉の身体が動く。まるで首から上と独立しているかのように、五〇メートル級の人型の四肢が、クロガネに対する悪意を持って動き始めていた。

 その様子からエルフリーデは察した。おそらく〈Eマローダー〉なる超巨大兵器の本質は、バレットナイトとは似て非なるものなのだ。

 

 バレットナイトの基本は、その五体が人体構造のそれとよく似ているという事実だ――人体に存在しない機構を、生身の肉体のように制御するのは困難なのである。

 内蔵機銃を使うときだって、指でスイッチを押し込むイメージで操作するように。背部サブアームによる携行武装の保持すら、自動制御機構を組み込んでようやく実現しているように。

 だが、もしも。

 根本的にその用途が異なる異形の殺戮機構に、幼い子供の自我を融合させてしまったなら――生まれる意識はどんな怪物なのだろう。

 

「クロガネ、危険です。これ以上は……」

 

「リザ・バシュレー、君の弟たちを助ける術はきっとある。我々の今の科学がそこに到達していないなら、それを掴み取れる未来を目指せばいい。だから――」

 

 クロガネの言葉は熱を帯びていた。きっとそれは、この不器用で優しい伯爵の嘘偽らざる本音なのだ。

 いつかきっと、誰かを救える答えにたどり着ける科学技術の進歩を信じるということ――科学に身を捧げる求道者の祈り。

 ああ、けれど。

 その言葉が異国の少女に届くことはなくて。

 

 

『――ごめんなさい。私たちは、そんな未来を夢見ることはできない』

 

 

 それが決別だった。

 〈Eマローダー〉の足が大地を踏み砕きながら迫り来る。エルフリーデ――オレンジ色の〈アイゼンリッター〉はクロガネに駆け寄って、その身体を抱き上げた。

 そして生身の人間が耐えきれる範囲内で、加速Gを伴う猛烈な勢いでその場を離脱する。三秒ほどで時速一〇〇キロメートルを超える速度に加速する。

 数秒後、クロガネがいた地面が陥没(かんぼつ)した。

 

 今や〈Eマローダー〉の肉体制御を司る意思そのものとなった子供たちは、虫けらの足をもいで遊ぶ悪童のように、ケラケラと邪気のない笑い声を上げている。

 群青の巨神から見れば、エルフリーデとクロガネはすばしこい虫けらなのだ。本気で殺すつもりもない(たわむ)れだった。

 絶望しきったリザの声が、エルフリーデの背に投げかけられていた。

 

 

『きっと私たちは地獄に落ちるでしょう――ならば私は最後まで、この子たちの傍にいる』

 

 

 何か、(なぐさ)めになる言葉を言いたいと願った。

 だけどエルフリーデ・イルーシャの生存本能は、一刻も早くこの場を脱して、怪物の興味関心から外れることを優先している。

 泣きたいような切なさが、胸にこみ上げてきていた。そんなのは間違っていると言ってあげたかった。

 だが、今のエルフリーデにそんな無謀な行動を取れる余裕はない。

 

 

 

 

 

『――さようなら、お姉さん。あなたと見た映画は、とっても楽しかった』

 

 

 

 

 

 リザの声は、これから死にゆく人間の不吉さに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















・P1789〈イノーマス・マローダー〉
群青の巨神。
革命と自由は流血からしか生まれないという信仰の具現。
身長50メートル、重量1万トン超、2足歩行で時速120キロ、4足歩行によって最高時速300キロで陸上を走破可能。
P1789は自動設計AIによる兵器設計プランのうち実用的範囲内に収まった1789番目の駆体という意味である。

ガルテグ連邦の諜報機関、GCI(ガルテグ中央情報局)によって運用される多脚歩行型自走砲。
通常のバレットナイトの12倍以上の巨体を持ちながら、巨大な4本の脚部によって地上を疾走する姿は雄牛を思わせる。
その設計コンセプト、複数のサイバーコフィンのシステム直結をはじめとする仕様、何もかもが規格外のためベガニシュ帝国の基準では陸上駆逐艦に近いカテゴリ。
常識的に考えれば浮力が得られる水中を除く、あらゆる1G重力下環境で自壊を免れない破綻した設計コンセプトが特徴。
前足と後足はそれぞれが近似した形状の歩行脚で構成されており、リパルサーエンジン4基を搭載して全身の自重を軽減している。
この自重軽減は後述の理由により、パイロットが搭乗していないときも常時作用している。

甲殻類を思わせるずんぐりとした巨体に内蔵火器を多数搭載、超硬度重斬刀と同じ特殊合金を駆動部に使用。
通電することで物理強度を飛躍的に向上させるこれらの素材を用いた駆動フレームと、装甲材そのものに大電圧をかけ、着弾時に放出される電気・磁気エネルギーによって威力を減衰させる電磁装甲を組み合わせ、異常なまでの機械的強度と防御力を実現している。
積層された装甲の厚みは数メートルあり、現在、陸上兵器で用いられている火砲で〈Eマローダー〉の装甲を突破すること不可能である。
その代償として常時、莫大なエネルギーを消費しており、自重を軽減している4基のリパルサーエンジンを含めると常識的なサイバーコフィンの運用では賄いきれないほど。

また被弾時や主砲発射時などの電磁波漏洩時には、周囲の電子機器を狂わせ、人体に害を及ばすほどの電磁波をまき散らす。
これらの問題は明らかに設計上の根本的な欠陥であるが、搭乗者がサイバーコフィンで保護されているため問題ないとされる。
これは〈Eマローダー〉があくまで特殊作戦用の秘密兵器であり、随伴歩兵との共同任務などを前提としていないため。

なお本機の超大型駆動フレーム(現在の科学技術では加工すら困難な特殊合金で組まれた精巧な可動骨格)はガルテグ連邦が独自に行ったものではなく、先史文明種の遺産として発掘された()()()()()()()()()をそのまま組み込んでいるため、その理論的・技術的な裏付けはまったくわかっていない。
〈Eマローダー〉が巨大な人型であることそのものが、この用途不明の巨大人型フレームという存在から始まった設計上の倒錯的問題と言える。

本機の最大の特徴はその目的に応じて2つの形態を行き来できる変形システムにある。
高速移動を目的とする4足歩行フォームから、直立しての火力投射を目的とする2足歩行フォームへの移行には、静止状態で5秒ほどしかかからない。
直立2足歩行フォームでは26キロメートル先からでも視認できる巨体となるが、〈Eマローダー〉の火力と装甲はこれを問題としない。
直立2足歩行形態時には、大きく前に突き出た胸部装甲を開くことで内部に収納されていた電磁バレルを展開可能。
胸部に内蔵された折り畳み式の大口径キャノン砲は極めて長大な砲身を持ち、電磁バレル展開時には砲身長26メートルにも達する。

その火力は驚異的であり、たった1体で都市を更地に変えられる。
主砲である1200ミリ22口径キャノン使用時には、胸部装甲が開き折り畳み式電磁バレルが展開され26メートル超の砲身が露わに。
この折り畳み式の砲身には通電によって体積が変わる特殊素材が用いられており、電磁バレルと通常バレルの接合とシーリングの強度を担保している。

砲弾は1次加速に液体装薬を使用後、2次加速に電磁誘導を用いてさらに加速され、最終的に極超音速で射出される。
弾頭として榴弾と特殊貫通弾を選択可能で、高速で飛来する弾頭の速度そのものが脅威であると言える。
主砲発射時には脚部の五指クローアンカーを地面に打ち込んで姿勢制御を行う。
射程400キロに及ぶこのハイブリッドキャノンは比類なきサイズの巨大砲であり、弾頭重量が15トン(大型トラック1台分)を超える。
つまり建築資材を満載した大型トラックと同じ重さの爆薬が、音速の5倍以上の速度で発射される。
通常弾頭であれば着弾時、幅・深さ共に数十メートルのクレーターを穿ち、高さ数百メートルにも及ぶキノコ雲を作り出す。
特殊貫通弾は大陸諸国の王宮やその地下シェルターの外殻(強化コンクリートを想定)を120メートル貫通後、爆発することを目標に作られている。

肥大化した〈Eマローダー〉の胴体ほぼすべてが、この主砲発射システムのために存在している。
折りたたんでなお13メートルある長大な砲身、巨大な砲弾とその自動装填機構、液体装薬に用いられるプロペラントタンクなどが詰まっているためだ。
本機が高速移動時に4足歩行となるのは、これに由来する劣悪な重量バランスを解消するためである。

〈Eマローダー〉は特殊な構造をしており、電脳棺を頭部と胸部と腹部に3基内蔵しており、意図的にコフィン間の独立が保てないよう破壊されている。
これは3つの電脳棺を並列起動することにより出力を過剰に強め、〈Eマローダー〉全体で消費されるエネルギーの問題を解決するため。
本来は上半身の砲撃兵装の制御を頭部コフィンが、近接防御を腹部コフィンが、脚部の制御全般を腰部コフィンが分担する設計であったが、試験時の事故でパイロット2名が完全に同化融合して以降はこの限りではない。
電脳棺そのものを内蔵している頭部は巨大で、それ単体でバレットナイトを内包できるほどの容積を持つ。
四脚形態時には機体正面方向を向く関係上、頭部をすっぽりと覆う装甲フードカバーで二重に防護される仕組みになっている。

元々は軍の実験機材で、複数のコフィンを連結させ出力異常を人為的に起こし、指数関数的に増大したジェネレータ出力の恩恵を受けるというもの。
複数のコフィンを連結させた場合に発生する相互干渉と機能障害の問題を検証するため開発された。
多数の犠牲者を出していた原型機をGCIが引き取り、電脳棺に対する適性が高い子供――専用の搭乗員を前提とする秘密兵器に改装した。
この秘密兵器は情報処理システム・動力炉である電脳棺を並列起動させることで、大口径レールキャノンを運用可能な巨大自走砲として生まれ変わらせるというもの。

しかし起動試験の結果は悲惨なものであり、3名のテストパイロットのうち2名は電脳棺と融合事故を起こして肉体すら失った。
こうして失敗に終わったプロジェクトの産物と人員を流用し、GCIフィルニカ支部長キース・ロックウェルはダークファイア作戦に投入した。
〈イノーマス・マローダー〉による国家首脳部の皆殺しと国家転覆、それこそがオペレーション・ダークファイアである。

武装
・頭部:多目的レーザーユニット×1
・頭部:57ミリ70口径ハイブリッド機関砲×2
・胴部:1200ミリ22口径・液体装薬・電磁加速併用長距離破城砲〈バタリング・ラム〉
・背部:短距離対空・対戦車統合ミサイル発射管×80
・背部:三次元レーダーユニット×1
・腕部:展開式マニピュレータ×2
・腰部:30ミリ6砲身ガトリングガン砲塔×1
・股間:対地攻撃用複合センサーユニット×1
・脚部:自重軽減用リパルサーエンジン×4
・脚部:接地用5連装クローアンカー×4





要約:全身に都市を殲滅できる大火力を満載、ヘリコプターの最高速度並みの速度で移動可能、装甲厚は数メートルある多脚機動要塞できた!






薄幸美少女が乗る悪の超巨大ロボットおまちぃ!





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