機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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エピローグ(2)

 

 

 

 

 

 

 

 ティアナ・イルーシャには自慢の姉がいる。歳の離れた姉である。最近、猫可愛がりをしてくるのが鬱陶しく感じられる姉である。

 その名をエルフリーデ・イルーシャという少女は、しかしながら若くして大変な苦労人だった。

 そりゃあ今時、ベガニシュ帝国に併合された亡国の民であるバナヴィア人は、大なり小なり苦労をしている。バナヴィア総督府のベガニシュ人は高圧的だし、経済的理由でベガニシュ帝国本土にまで出稼ぎに行ったバナヴィア人はものすごい差別に合うという。

 しかしながらエルフリーデの経験してきた苦労はそういう次元にない。

 

 父母が爆弾テロで死亡した矢先、いきなり徴兵対象外の女子なのに特例で徴兵され、本土決戦に放り込まれて激戦区で英雄として名を挙げた――おおよそ十代の女の子の似つかわしくない経歴であろう。

 戦地で顔に消えない傷もついてしまったし、本当に姉エルフリーデは苦労人なのだ。

 とてもそうは見えないけれど。

 

 そういうわけなので今、ティアナはものすごく反省していた。

 一緒に暮らせるようになってしばらく経って、自分の姉が並々ならぬ溺愛ぶりだと気づくようになって、ついその言動が鬱陶しくなったのだが――こうして姉が出張でいなくなると、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう、と思いもする。

 わかっている。

 自分の姉はちょっと愛情表現が行きすぎている気がするし、断じて普通ではないが、それはそうと家族の自分を愛してくれているのも本当だ。

 それは別にティアナにとって害になるような愛し方ではない。

 ただ純粋にややウザいだけだ。

 

 

――お姉ちゃんって戦いの場に身を置いてるから、寂しいんだよね。

 

 

――あたしがしっかりしないと。

 

 

 重ねて言うが、エルフリーデ・イルーシャという人物は苦労人である。そして誰よりもすごい人物だとティアナは信じている。

 とはいえまさか、初の外国出張に出かけて早々、軍事クーデターに巻き込まれるなんて不運に見舞われるなんて――考えてもいなかった。

 最初、長くても一週間ほどのはずだった滞在日数は、だいぶ伸びてしまっている。幸い、全員無事だという連絡はヴガレムル伯領のお屋敷に届いているけれど、この出来事はティアナは大いに困惑させた。

 たぶん初めて気がついたのだ。

 

 この日常だって、いつ失われるかわからない薄氷の上のものだと――ティアナ・イルーシャは深く自覚したのだ。

 そして反省した。姉へのぞんざいな対応は、いくら何でも無神経すぎたのかもしれない。

 エルフリーデが返ってきたら、いつも通りに笑顔で出迎えてあげよう。

 

 そう、心に決めていたのだけれど。

 実際のティアナはそのように振る舞えなかった。お屋敷に旦那様が帰宅した、とメイドのアンナから聞いて、息を切らして玄関に駆け寄る。

 長い廊下を早足で移動して、玄関が見えてきた。黒髪の伯爵様、従者のロイ、そして片目に傷のある姉エルフリーデ、ついでに褐色の肌をした異国風の少女が視界に映った。

 ティアナは声を弾ませる。

 

 

「おかえりなさ――」

 

 

 そこでふと、ティアナは違和感に気づいた。

 あれ、なんか一人多いような気がする。間違いなく、今までお屋敷の使用人にはいなかった顔ぶれである。

 片目を隠した黒髪のボブカット、褐色の肌、宝石みたいな緑色の瞳、たぶん一度目にしたら忘れないような特徴的容姿――そして無地の白シャツを盛り上げる胸の膨らみは大きかった。

 姉の後ろにひっそりと張り付いている見知らぬ少女は、ティアナより年上に見えたが、それでも一四歳か一五歳ぐらいだろう。

 

 結論。

 何故か知らない人が前からいましたみたいな顔をしている。

 ティアナは困惑した。

 

「え、誰ですか……何かすごい自然にお屋敷に人が増えてません……?」

 

 思わず疑問を苦にすると、それを待っていたかのごとく、すすっと前に進み出てきた。

 褐色の肌をした異国生まれであろう少女は、涼しい顔をしてこう名乗り出てきた。

 

「初めまして――エルフリーデお姉さんに拾われたリザ・バシュレーです、よろしくお願いします」

 

 流石にあの姉の妹なのでティアナはすべてを察した。身も蓋もない反応をしてしまった。

 

 

お姉ちゃんが女の子拾ってきた!!!

 

 

 背広をびしっと決めているエルフリーデは、少々、取り乱し気味の妹の反応に呆れ果てていた。

 ぽりぽりと頬を掻きながら、しれっとこう言ってきた。

 

「人聞き悪いなぁティアナ、ちょっと流れで命を救っただけだし……大げさだよ、失礼でしょ?」

 

 質の悪い冗談かと思ったが、姉はけろっとした顔をしている。本当に些細な人助けをしただけみたいな顔をしている。

 そうなのだ。エルフリーデ・イルーシャはとびきりのお人好しで、感覚が常人とズレていて、肝心なときに天然ボケを発動させてくる。

 ティアナは肩を落とした。(こら)えきれずに突っ込んでしまった。

 

 

「そういうの本当によくないよお姉ちゃん!」

 

 

 姉妹の言い争いにどう思ったのか、リザと名乗った褐色の少女が頷いた。相変わらずのすまし顔だったが、この時点でティアナには直感があった。

 間違いなくこの人も姉の同類だ、きっとそうだ。

 

「安心してくださいティアナさん、エルフリーデお姉さんは私の人生に差した光というだけなので……」

 

「すごい! この一言だけでもう業が深そうだよこの人! 本当にお姉ちゃん何やったの!?」

 

 おかしい。確か伯爵様の身辺警護のお仕事で、付き添いとして同行するというお話だったはずである。それがどうして知らない女の子の命を救って拾ってくる流れになるのだろう。

 ティアナには理解不能だった。見るに見かねて、それまで微笑ましそうに三人の会話を見守っていた伯爵様が口を開いた。

 

「ティアナ・イルーシャ、お前の姉は大勢の人の命を救った。誇っていい。その働きたるや、万の軍勢よりも優れたものだった」

 

「すごいさらっとお姉ちゃんのやらかしが増えてます!」

 

 ようやくティアナは気づいた。この空間には今、天然ボケの人の数が多すぎるのだ。エルフリーデもリザも伯爵も真顔で変なことしか言わないし、ロイはずっと笑顔で黙っている。

 最近わかってきたのだが、この金髪碧眼の従者は結構いい性格をしていた。

 長らく目にしていなかった妹の可愛すぎる反応の数々を目にして、エルフリーデは満面の笑みを浮かべた。

 

「それはそうとティアナ、今日も可愛いよ……! アンナさんの選んだコーデはいつだって完璧だ……!」

 

「お姉ちゃん、ちょっと話題をぶっちぎってるよ!?」

 

 そんな姉妹の気のおけないやりとりを見て、リザは無言で頷いた。

 少女は誰がどう見ても意欲満々という感じで、声も高らかにこう宣言した。

 

 

「最初に言っておきましょう――私はエルフリーデお姉さんの妹を志すものです

 

 

 ティアナは頭を抱えてうめいた。

 状況が混沌としすぎている。この中では一番常識人であるティアナ・イルーシャには理解不能な事態が進行していた。

 思わず初対面の人に対して度を超えて失礼な感想が、言語化されて喉からこぼれ落ちる。

 

「待って、このタイミングで変な人が増えるの……!? おかしいでしょ!?」

 

「ふっ……お姉さんと同じ血を引いているからと言って慢心していると……私に妹の座を追われますよ?」

 

「妹って成り上がったり追放されたりするような存在じゃないと思う!」

 

 ティアナは自分より年上の少女に対して、物怖じせずに突っ込みを入れてしまった。

 リザは機嫌を害した様子もなく、こくこくと頷いた。

 

「では同じ妹として友達になりましょう。そうしましょう、速やかに(ハリー)速やかに(ハリー)!」

 

 リザはマイペースが過ぎて台風みたいな人だった。突如として妹を名乗る奇行の意味が理解できず、ティアナは絶望的な気持ちになった。

 困ったことに原因は九割、エルフリーデにあるのは察せられた。精神的に疲れ切ったティアナは、恨みがましい声でこう呟いた。

 

「……ミリアムさん連れてきたときも思ったんだけどさ……お姉ちゃんってひょっとして、あっちこちで罪深いことしてない? 大丈夫? 司祭様を呼んできて懺悔(ざんげ)の時間とか取る?」

 

 以前、わずかな余暇が取れたときにエルフリーデが部隊の仲間を連れてきたことがあった。あのとき連れてきたミリアムという少女――もちろんティアナよりも年上だ――も大概、強烈な印象を残す人だったけれど。

 あれもたぶん、戦場という非日常で姉が()()()()()結果なのだろう。

 そういうものなのだと、ティアナ・イルーシャは十代前半にして悟っていた。

 

「誤解だよティアナ、わたしはちょっとこう、少し身体を張っただけで……大げさだよ?」

 

「いえ、エルフリーデお姉さんがいなければ……おそらく私の命はありませんでした。このご恩はこれから返していけたらと思います」

 

 姉を見つめるリザの目は、隠しきれない親愛の情がにじんでいた。ティアナはものすごい顔になった。

 

 

――どうしようお父さんお母さん、妹を名乗る不審者が生えてくるのは初めてだよ!

 

 

 そのときだった。再びクロガネ・シヴ・シノムラが口を開いた。どう考えても話をまともに進めるのに向いていない、エルフリーデとリザを無視して事情を説明してくれるらしい。

 ティアナはちょっと安心した。よかった、伯爵はなんだかんだでまともな人だった。

 そういう期待は次の瞬間、粉々に打ち砕かれた。

 

 

「ティアナ・イルーシャ――お前の姉はフィルニカ国王陛下から直々に()()()()()()()とフィルニカ王国における()()()()()()()を授与された。それだけの働きをしたのだ、ねぎらってやるがいい」

 

 

 意味がわからない内容だった。

 つまるところ姉エルフリーデ・イルーシャは、外国で名実ともに英雄として名を轟かせたらしい。

 ティアナ・イルーシャは理解を拒みたい感じの現実に打ちのめされて、息も絶え絶えにうめいた。

 

「ま、待ってください……お姉ちゃんが救国の英雄みたいな雰囲気になってません? 外国出張ってそういうイベントなの……!?」

 

 リザが深々と頷いた。その緑色の瞳には、限りない憧憬が浮かんでいた。それはまるで男の子が英雄譚に目を輝かせているときみたいな、無垢なる賞賛の色がある。

 いろいろあって創作のスーパーヒーローにねじくれた愛憎を抱くようになった女の子が、本物の空飛ぶ正義の味方に衝突した結果――ちょっと常人には理解しがたい感じの好意――ベガニシュ語もバナヴィア語もしっかり習得している才媛(さいえん)の熱い解説。

 

「エルフリーデお姉さんは悪漢どもをバッタバッタと斬り伏せ、伯爵様を助けるべく悪党の巣窟に殴り込みをして、ついには空を飛んだりと大活躍でしたよ。まさにその姿は未来の希望(ホープ・オブ・トゥモロー)、ヒーロー映画みたいでした……」

 

「お姉ちゃん……!?」

 

 妹が次々と繰り出す突っ込みの嵐を浴びて、流石のエルフリーデも気づいた。

 ぽりぽりと頬を指で掻いたあと、小首を傾げて呟く。

 

 

「…………あれ? わたしってもしかして結構()()()()()()?」

 

 

 流石に今さら過ぎる自覚に対して、クロガネ・シヴ・シノムラは憮然(ぶぜん)とした表情になっていた。黒髪の伯爵はしばらく黙り込んだあと、全力で自分に跳ね返ってくる迷言をのたまった。

 

「エルフリーデ、お前は…………天然ボケのようだな」

 

 傷あり(スカーフェイス)の少女は衝撃を受けた。よもやクロガネに言われるとは思っていなかったからだ。

 大きく目を見開き、わなわなと震えながら嘘偽らざる本音をぶちまける。

 

「うわあ、あなたにだけは言われたくなかった!!」

 

「俺は常に正気かつ理性的な人間を自認しているが?」

 

「そういうところが、こう、なんていうか……クロガネですね!」

 

 少女が喋り、男が生真面目に応じて、ぽんぽんと気安いやりとりが弾んでいく――屋敷を取り巻く喧噪(けんそう)は止む気配がなかった。

 それは春の終わりと初夏の入れ替わる季節、あたたかな日差しとにわか雨に見舞われるいつか。

 長い長い大陸間戦争がとうとう終わりを迎え、世界中が束の間の休息に浸っていた頃。

 世界は続く。歴史は紡がれていく。時間を止める術など誰も持たない。

 ああ、けれど今は。

 

 

 

 

 

 

 

 

――優しく折り重なった時間を、少女と不死者は過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――午後のまどろみのように、そのすべてを愛しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















これで2章は終わりです。
外国でエルフリーデが暴れて、新キャラを口説き、悪の巨大ロボと戦うノルマ達成。
感想・評価などいただけると…よろこびます!








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