機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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伯爵様とヴィランガールズ

 

 

 

 

 

 

 

 さて、かくしてミトラス・グループ代表としてのデスクワーク――今日は出張で跳び回ることも来訪者との面談もなかったので比較的、平和な一日だったと言えよう――が終わった不死者を待っていたのは、軍部からの使者が屋敷を訪ねてきたという知らせだった。

 もちろんそんな事前連絡はなかった。

 明らかに先方の不手際である。そこに何者かの意思、例えばヴガレムル伯爵や軍部改革派への悪意があったとしても、そういうことがないようにするのが約束事なのだ。

 

 よってこの時点でクロガネにとって、ミリアムの存在は厄介ごとの種に変わった。

 立場上、無碍(むげ)にすることはできないが、かといって重要視するほど下手に出る理由もない。

 そういう種類の来客である。

 

「ミリアム様、此度の不手際――誠に遺憾(いかん)です。どうやら我々の間には、より密接で確かな連絡手段が必要とされているように思います」

 

 謝ってるようで実のところ謝っていない話法である。クロガネ・シヴ・シノムラの喰えない喋り方に、ミリアム・フィル・ゲドウィンはすぐに気づいた。

 流石に貴族令嬢として教育を受けている身なので、クロガネの示した距離感――今後も関係は続けるが今回の一件で譲歩(じょうほ)することはない――を察する。

 それはそうだろうな、と納得していることを少女は言葉で示した。

 

「元々はこちら側の連絡の不備、ヴガレムル伯爵には何の落ち度もありません。仰るとおり、今後は我々と伯爵の間により一層の配慮が求められるように思います」

 

「今後の連絡方法についてはまた後ほど……宿泊先の方はお任せください。ゲストとして精一杯、私どもの屋敷でおもてなしさせていただきます」

 

「ありがとうございます」

 

 本来はクロガネに連絡がついていて、きちんと準備された宿泊先を用意される手はずだったのだ。そうならなかったので、こうしてヴガレムル伯爵のもてなしという形で、ミリアムは屋敷に泊まることになった。

 帝国貴族としての営業スマイル全開のクロガネと、これまた余所行きの微笑を浮かべるミリアム――知り合い二人のぎこちない会話を、エルフリーデ・イルーシャはつまらなそうな顔で眺めていた。

 まどろっこしい会話である。

 エルフリーデとて、これが貴族同士の正しい手続き(プロトコル)であることは承知している。

 どんなにクロガネとミリアムが、彼女にとって身内に入るとしても――二人はこれが初対面の知らない人なのである。

 であれば、このように面倒くさい距離を測る会話になるのも致し方がない。

 そう思うのだが。

 

「お姉さん、お姉さん。不満げなのが顔に出てますよ」

 

「リザ。そういうのってわかってても口に出さない方いいと思う」

 

「まあまあ、お姉さんも我慢はよくないですよ。お姉さんの芸風は反骨心にあると私は思うんですが……」

 

 ここはヴガレムル伯爵の屋敷である。イルーシャ姉妹も今はこの館に滞在している身分なので、当然、街から帰ってくる家はここだ。

 クロガネの騎士であるエルフリーデは、応接間で繰り広げられる彼とミリアムのやりとりを壁際で見守っていた。

 露骨に社交儀礼に終始するやりとりで、仏頂面になっていたらしい。

 

 つい最近、屋敷の一員に加わった異国の少女は、誰よりも自由に振る舞っていた。

 褐色の肌の少女はリザ・バシュレー。凄腕の工作員であり、祖国で盛大にやらかし、いろいろな政治的取引の果てにヴガレムル伯爵の家中に加わった騎士見習いだ。

 案の定、二人の気のゆるんだ私語にロイが厳しい笑顔を向けている。

 そんな従者からの視線に肩をすくめて、リザは軽口を叩いた。

 

「おっと、静かにします(ビークワイエット)

 

 陽気な振る舞いは、エルフリーデが見たところでは素ではない。どうやらリザなりの気遣いだったらしく、ちょっと緊張感を孕んでいた場の空気が、ゆるい屋敷の流儀に染まっていた。

 ここまでお膳立てされたら乗るしかないな、と思う。エルフリーデは涼しい顔で口を開いた。

 

「ここはわたしの顔を立てると思って二人とも気にしないでください。今のはリザの憎い心遣いってやつです、可愛いですよね」

 

「エルフリーデ、この屋敷の主人は俺のはずだが?」

 

「クロガネ、世間的知名度ではわたしの方が有名ですよ?」

 

「流石だな、英雄」

 

 クロガネがため息をついた。二人の間の抜けたやりとりを見て、ようやくミリアムも肩の力が抜けたらしい。張り詰めていた銀髪の少女の雰囲気が、とても柔らかくなったのをエルフリーデは感知した。

 そして要らないことを口にした。

 

「わたしたち、サンクザーレ会戦で殺し合った仲ですしね。それで五体満足、殺した殺されたの遺恨がない。普通よりずっと親しみが湧くと思いませんか?」

 

「…………あぁ」

 

「…………そうですね」

 

 何言ってんだこいつ、という空気になった。

 間違いなくこの場の誰にとっても、思い出してもしょうがない一件である。

 年端も行かぬ少女を戦場に送り出した、道徳的負い目があるクロガネは言葉少なである。全力でエルフリーデを殺そうとして一蹴されたミリアムも視線が泳いでいる。

 尋常な神経をしていたら、思い出すと後ろめたい気持ちになる戦いのはずだった。

 

 

――うわあ、空気がヤバい!

 

 

 エルフリーデは自分のネタ振りが盛大に滑ったのを察して、だらだらと冷や汗を掻いた。

 傷あり(スカーフェイス)の少女は、凜々しい美少女ぶりが嘘のように焦っていた――そんな恩人の姿を目にして、リザは満面の笑みを浮かべた。

 緑の鬼火色の瞳によろこびが浮かんでいる。

 

「なるほど、やはりミリアムさんは魂まで悪役(ヴィラン)だったんですね! 中々ないですよ、全力で殺し合って五体満足で遺恨ゼロって! まるで人気が出て都合が悪い設定消えた元ヴィランみたいです!」

 

「ねえリザ、それ褒めてる? わたしちょっとニュアンスに問題を感じるんだけど!?」

 

「安心してくださいお姉さん、軽いジョークです」

 

「軽くない、これ絶対軽くないよ!?」

 

 導火線に火が点いたような話題が飛び交って、エルフリーデはあわあわと慌てふためいている。

 そもそも着火したのはエルフリーデなのだが、まさかその場で導火線に油をぶっかけるような変人が、自分のすぐ側にいるとは思わなかった。

 ちなみにこの話題で例えるなら、リザは間違いなく遺恨がある側である。元々、ほぼ終わっていたような惨状とはいえ、リザの弟たちがこの世から消え去ったきっかけはエルフリーデの一撃だ。

 

 そういう事実関係に関して、エルフリーデもリザも現実認識はシビアだ。

 自分を恨んでいい、と伝えてもいる。ただし妹に手を出そうとしたならその時点で殺す、とも。

 そう伝えた瞬間、リザ・バシュレーが爆笑したのをエルフリーデは覚えている。

 

 

――お節介で助けた次の瞬間に殺すって伝えてくるの、倒錯しすぎですよお姉さん!

 

 

 言われてみればその通りだった。

 エルフリーデとしては純然たる事実として、リザに警告をしただけなのだが――ともあれ、その一件からリザは懐いてきたのである。

 少女に言わせれば「お姉さんみたいな危なっかしい人、嫌いになるのは難しいですよ」とのことだが。

 

 まあ悪意がないのは事実である。どんなに隠し通そうとしていたとしても、エルフリーデ・イルーシャの危機察知能力をすり抜けることはできない。

 もしリザが少しでも悪意を抱いていたなら、エルフリーデがそれを見逃すことはありえない。

 そしてそう判断された時点で、少女はリザの首を刎ねるだろう。

 

 

――わたしが彼女ならそれぐらいはやる。リザには復讐を実行できる執念深さがある。

 

 

 それほどまでにエルフリーデ・イルーシャはリザ・バシュレーの能力を高く買っていたし、その才覚がクロガネやイルーシャ姉妹に向けられた場合の脅威も高く見積もっている。

 疑っているわけではない。

 もし四六時中、凝視しなければいけないほど不安になる相手だったら、身内に引き入れるなんてバカな真似するはずもない。

 エルフリーデは本気でリザの身を案じて、幸せになってほしいと願っている。だが同時に、その意思が悪意に染まったなら殺すしかないと思ってもいる。

 そういう異様な二律背反を平然と同居させて、心の底から可愛がれるところに、英雄エルフリーデ・イルーシャの精神性があった。

 

 

――何でもいいけど、みんな割とナイーブだよね!?

 

 

 エルフリーデは本気で焦っている。だってそうだろう。

 一〇万年生きている不老不死の男とか、激しい愛憎を叫んで襲ってきた貴族令嬢の元副官とか、普通に考えたら平凡な町娘出身のエルフリーデより覚悟が決まっているはずだ。

 

 これで手足を失ったとか、家族友人同僚が戦死しているとかなら、もっと気まずい空気になってもいいと思うけれど。

 サンクザーレ会戦で亡くなったのは精々、軍事侵攻してきた公爵家の軍勢ぐらいである。

 自分が思っていたよりも繊細な人々の情緒に、ド天然の英雄はちょっと落ち込んだ。

 

「エルフリーデ……あなたのジョークセンスは相変わらずのようですね。失言癖にならないように訓練した方がいいですよ」

 

 ミリアムが真顔で忠告してきた。

 あと数十センチ、斬撃がズレていたなら即死していたミリアム・フィル・ゲドウィンは、あのとき自分が殺されかけていたことを知っている。

 その上で変わらぬ親愛を向けてくるのだから、十分に筋金入りの変人だ。

 

「お姉さんの美徳と面白みだと思いますけどねー……正直で裏表がなくて素敵だ(エクセレント)!」

 

 改心したヴィラン二号ことリザは、愉快そうに喉を鳴らして笑う。

 まずロイ・ファルカの運転していた装甲トレーラーに対戦車ミサイルを撃ち込もうとして逆に殺されかけ、その後は怪ロボット兵器に乗った状態でやはり殺されかけた筋金入りの悪党である。

 自分が殺そうとしていた人々に囲まれてなお、この図太い振る舞いができる神経の太さは、間違いなくリザの生来の気質だろう。

 いい根性をしている。道徳的に正しいかは大いに疑問だが。

 

「エルフリーデ――お前にはどうやら、素晴らしい友人たちがいるようだ。我々のような生業では貴重な関係だ、大切にするがいい」

 

「なんですか、それ。年寄り臭い忠告ですね?」

 

 黒髪の伯爵はしょんぼりした。無表情だがよく見ると眉根が落ち込んだときの形になっている。

 犬みたいで可愛いなこの人、とかなり失礼な感想を持つエルフリーデだった。

 

「一般論のつもりだが?」

 

「伯爵様を恐れずに率直な感想を述べるわたしを褒めてもいいんですよ? ほら、偉くなってからは諫言(かんげん)する人こそ貴重だって言うじゃないですか」

 

「エルフリーデ様、態度が大きすぎます」

 

 ふんす、と胸を張るエルフリーデが目に余る増長ぶりだったので、珍しくロイが苦言を呈した。

 ド天然をこじらせて全力疾走する英雄的少女(ヒーローガール)は無敵だ。

 苦笑するミリアム、にんまりと笑うリザ、自分の感性が老いている可能性で曇るクロガネ――すっとぼけた顔でそれを眺めるエルフリーデ。

 良くも悪くもヴガレムル伯爵の屋敷は――楽しくにぎやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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