機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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少女たちの夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜のことだった。

 エルフリーデは自室にリザ・バシュレーを招き入れ、さっぱり意味がわからない宿題について相談した。

 

――俺を疑え。

 

 そんなクロガネの謎めいた言葉に対して、エルフリーデ・イルーシャは首を傾げるばかりだった。

 流石に部外者であるミリアムに相談するわけにもいかず、この手の話題とは距離を取っていてもらいたいティアナも論外である。

 そうなると消去法で自分の副官――騎士見習いなのだから副官みたいなものだろう――であるリザが適任だと判断したのだ。

 

 何せリザは才能あふれるプロフェッショナル工作員である。詳しいのがフィルニカ王国とガルテグ連邦についてで、ベガニシュ帝国とバナヴィア王国については専門外といっても、諜報分野の視点はあるはずだ。

 自然、徴兵されるまで一般人だったエルフリーデよりは見識が深いだろう、という読みだった。

 エルフリーデから話を聞かされたリザは、持参した保温水筒からハーブティーをティーカップに注ぎながら、ぽつりと呟いた。

 

「伯爵様も難儀な性格してますよねー」

 

「うーん、確かに面倒くさい人ではあるかな……リザもそう思う?」

 

「ええまあ、拾っていただいた恩はありますし、すごい善人なのはビシビシ伝わってきてますけどね? あの人の立場ならエルフリーデお姉さんが、妄信的になってるぐらいの方が好ましいはずです。なのにわざわざ釘を刺しておくって、逆にすっごく信頼されてますよ」

 

 小さなテーブルにハーブティーが注がれたティーカップが二つ用意され、「どうぞ」とリザが差し出してくる。

 当たり前だが毒物ではないようだ。そういう危機感――ほとんどエルフリーデの勘なのだが今までこれを外したことはない――が働いてこないし、食器類はこの部屋にあったものを使っていて、リザ自身が率先して口をつけている。

 エルフリーデは信頼を示す意味も込めて、ハーブティーを一口すすった。

 気分が落ち着く香りだった。

 

「うん、美味しいね。これはリザの趣味?」

 

「ええまあ……カフェイン入りの飲料は眠れなくなりますからね。寝る前に飲むなら、こういうお茶の方が都合がいいんですよ」

 

「そっか、兵隊と同じだね。寝るときはよく寝て、起きてるときは起きっぱなしができるやつが強い」

 

 そういうことですね、とリザは頷き一つ。

 エルフリーデとリザは人種も民族も国籍も母語も異なるが、戦いの場に身を置いて実戦経験があるという意味で、とても似通った経歴の持ち主だ。

 そういう意味では軍事貴族出身で、自らの意思で士官学校に進学し、最前線を選んだミリアムとは気色の異なる人物像と言えよう。

 片目を隠したボブカット、黒い髪に褐色の肌――リザ・バシュレーは色白のエルフリーデとは対照的な容姿の持ち主である。

 生まれたのもはるか遠く離れたフィルニカ王国だから、つくづく数奇な運命だった。

 

「私が思うにですね。たぶん伯爵は、お姉さんに自分の頭で判断してほしいと思ってるんですよ。そしてそうさせても、お姉さんが変な方向に行ったりしないって信じてるんです」

 

「め、面倒くさい……! あれだけ解説大好き人間のくせに!?」

 

「ええまあ、長々と解説トークに付き合わせておいてそれかよ、って気持ちはわかりますけどね。ただ伯爵の気持ちも、私はわかりますよ」

 

 思いも寄らぬ言葉だった。クロガネとリザは経歴がかなり異なる人間である。

 片や年齢不詳・出生地不明のまま帝国貴族に上り詰めた不老不死の怪人、片やろくでもない大人たちに利用されたスパイの少女。

 見た目では精々、二〇代にしか見えないクロガネ・シヴ・シノムラとの外見年齢での差異はないけれど、気が合う要素があっただろうか。

 いや、オタク気質で情熱的な解説を突然始めるとか、科学技術に詳しいとか、案外、気が合いそうな感じはする。

 エルフリーデが深読みしていると、リザはこんなことを言い始めた。

 

「お姉さんはすごい人です。それは私が保障します。だからこそ、もっと上を目指してほしい――そういう気持ちなんじゃないかと思いますよ、伯爵って」

 

「んー、平民生まれが伯爵直属の騎士って大出世じゃないかな? これがお姫様だったらもうちょっと女の子受けいいと思うけどね」

 

「お姉さんはもっと上を目指せますよ。聞けば出征したバナヴィア人の間でも大人気、ベガニシュ人にもシンパがいっぱいいるそうじゃないですか」

 

 そんなことリザに話した覚えはないのだけれど。誰が話したのだろう、と思考してすぐ気づいた。

 あのブリキ缶野郎――機械卿ハイペリオンの仕業だろう。かの汎用人型慇懃無礼(いんぎんぶれい)人形ならば、エルフリーデの副官に要らんことを吹き込むぐらいはするだろう。

 一々、ニチャニチャした溶けた飴細工みたいな粘度で絡んでくるのだ。

 困ったことに今回みたいなとき、その先手を打った対応――例えばリザにエルフリーデの特異な背景事情を教えておく――が活きてくるので有能なのだが。

 根本的に鬱陶しい。

 エルフリーデは微妙な顔になったあと、傷跡の走った左頬をぽりぽりと指で掻いた。

 

「うーん、まあそうなのかな? 戦地では不自由しないぐらいに融通してもらってたよ、うん」

 

「そういうのって大きな武器ですよ。出る杭は打たれるってことわざがバナヴィアにもあるそうですが、振り下ろされるハンマーをへし折るぐらい強いなら問題ないです」

 

「あはは……わたし、それで殺されかけたけどね」

 

 リザは真顔になった。

 

「お姉さんって死にそうになることあるんですか?」

 

「リザ、リザ。わたしのこと何だと思ってるわけ?」

 

「空を飛びながら自分の一〇倍ぐらい大きい巨人を倒す現代の叙事詩的英雄(エピカル・ヒーロー)……ですかね」

 

「んんー……そういう否定しづらいネタを持ち出されると困っちゃうな……!」

 

 我ながら巨大人型兵器〈イノーマス・マローダー〉相手の大立ち回りはよくやったと思う。リザの印象としては終始、圧倒されていたからこういうイメージになるのだろう。

 エルフリーデに言わせれば、そうして敵を圧倒できなければ、竜騎兵などあっという間に打ち砕かれる存在なのだ。

 塹壕(ざんごう)を掘ったり設置型のバリケードで防御陣地を作る機甲部隊に比べて、エルフリーデのような機動戦を最善最良とする機甲猟兵は(もろ)い。

 

 この手の華々しい騎兵の活躍――しばし要塞や陣地にこもった敵を一方的に包囲殲滅する――はド派手に見える。

 しかし一回崩されてしまうと、身を隠す場所もないから反撃で大損害を負う戦い方でもあるのだ。

 最強の機甲猟兵、騎兵の中の騎兵と呼ばれた英雄は、そういう風に自分の活躍と実績に対してもシビアだった。

 エルフリーデ・イルーシャはひとまず、ハーブティーをすすって気分を落ち着けた。

 現状を整理して口にする。

 

「つまり……クロガネはわたしに、ヴガレムル伯爵のいいところも悪いところも自分で見てから、信じる信じないを決めろって言ってるわけだね」

 

「そうですね。ついでに、それで見捨てられないという自信も感じられます」

 

「クロガネって意外とそういうところプライド高そうだからなあ……」

 

 暴力が嫌いなくせに暴力行使にためらいがなく、自分の戦闘能力に対しては自負があるという面倒くさい性格の極みの少女――自身の厄介さは置いておいて、そんなすっとぼけたコメントが口からこぼれる。

 そしてそんな矛盾しきったエルフリーデの人柄を、知れば知るほど好きになっていくリザは、にんまりと笑うのだった。

 

「似たもの同士ですよね、お姉さんと伯爵様って」

 

「ええっ!? わたし、あそこまでひねくれた性格してないよっ!?」

 

「そういう素直なところがそっくりかと」

 

「…………リザがそう言うんならそうなんだろうなぁ……参ったなあ……」

 

 がっくりと肩を落とすエルフリーデを見て、くすくすと笑うリザ。この屋敷に来たばかりの頃に比べて、異国の少女はずいぶんとよく笑うようになったと思う。

 それはあのおどけた言動――リザ自身、意識して作った仮面――とも異なっていて、彼女本来の皮肉屋だが優しい性格が感じられるものだった。

 傷あり(スカーフェイス)の少女は、年下の少女のそんな様子に安堵(あんど)して微笑む。

 

「そういえば明日の予定はわかってる? わたしはミリアムの案内でミトラス・グループの研究所まで移動するんだけど……」

 

「ええ、私の方は第一工場で〈アイゼンリッター〉を受領することになっています。すごいですね、新参者の騎士見習いが専用機を貰えるとは思いませんでしたよ」

 

「前の職場でも貰ってたんじゃないの?」

 

 フィルニカ王国ではリザの駆る群青色の〈M4パートリッジ〉にずいぶんと苦戦したものである。

 大型の対戦車ミサイルを使った待ち伏せ攻撃を防ぎ、バレットナイトで飛び蹴りを食らわしたあと、白兵戦に持ち込んだものの逃げられた――エルフリーデとしては、あそこまで腕の立つ機甲猟兵は久々に見た。

 これまで戦った中でも五本の指に入る凄腕と評していい。

 素で生殺与奪を握っていた側の視点で死闘を振り返るエルフリーデ――そのときのことを思い出したのか、リザが身震いした。

 

「いやいや、あれは専用機って言っていいのかどうか……便利に使われてたのは否定できませんが」

 

「うん、とりあえず……クロガネもロイさんも、きみの過去は気にしてないよ。気にせず好意は受け取ってくれていい、と思う」

 

「おおらかですよね、お姉さんって……ミリアムさんもそういう意味じゃ可哀想(プーア)です」

 

 リザはぽつりとそう呟いた。あの年上のベガニシュ貴族は、明らかにエルフリーデ・イルーシャに深く重たい感情を向けている。

 聞けばつい先日、バレットナイトを使った殺し合いをしたばかりだという。

 どれほどの愛憎が渦巻いてそのようなことになったのか、部外者であるリザにはわからないが――ここまでさっぱりと割り切られると、それはそれで悲しいものだろう。

 

 普通の人間にとっては、家族友人知人と()()()()()()()()()は悲劇そのものなのに。

 それを歯牙にもかけないエルフリーデの(いさぎよ)さは、美徳でありつつ傲慢と表現してもいいかもしれない。

 

「えっ、ミリアムは強い子だよ?」

 

「ふっふっふ、お姉さんは本当に仕方がない人ですね……()()()()()()()()()姉部門で堂々の一位ですよ、きっと」

 

()()()()って人生設計がだいぶ珍しいと思うなぁ!」

 

 エルフリーデとリザは、そうして笑い合う。

 殺し合いで結びついた仲なのに、本当の友達になれた奇跡が嘘みたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




















ミリアム「わ、私の地位が脅かされている…!」
リザ「かわいそ……」


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