機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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ヴガレムル同時多発テロ

 

 

 

 

 

 

 

 青い空の下、エルフリーデ・イルーシャは困り果てていた。

 ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの騎士である彼女は現在、伯爵の代理としてミリアム・フィル・ゲドウィンの案内を仰せつかっている。

 そう難しい仕事ではない。

 案内するのはミトラス・グループの研究施設だが、あくまで見せるのは問題ない範囲である。

 

 そもそもベガニシュ帝国の軍部の代理人であるミリアムに、こうして便宜を図るのはそれがヴガレムル伯領の利益になるから――というのがクロガネの言だった。

 案内と言っても施設側の責任者が実際の案内はやってくれるので、エルフリーデがやることは付き添いだけなのだ。

 だというのに彼女が困っている理由は単純だった。

 ミリアムが持ち物検査で引っかかったのである。銀の長髪が美しい少女は、ばつが悪そうな顔で自分の持ってきたブリーフケースを見ている。

 エルフリーデは首を傾げた。

 

「ミリアム。なんで拳銃持ってきたの……?」

 

 ミリアムはすみれ色の瞳に、決然とした意思を浮かべた。

 

「隊ちょ……エルフリーデ、聞いてください。私とてベガニシュ軍人の端くれ、自衛用の武器は携帯するのが作法です。この通り携帯許可証もあります」

 

「うん、でもね? これからミトラス・グループの研究施設に入るってときに持ち物検査に引っかかるものをなんで持ってきたの?」

 

「……えっとですね……この〈G9大型自動拳銃〉はグレーザー社の出してる最新モデルでして……給料もちょうどよく貯まってたので、つい……」

 

 ミリアム・フィル・ゲドウィンは貴族社会が大嫌いだが、その趣味はかなりベガニシュの貴族軍人然としたものである。

 要するに私物の武器にお金をかけるし、できることならそれを四六時中、持ち歩きたいという性質を持っているのだ。

 武人気質というやつである。

 

 ベガニシュ帝国で貴族軍人がそのように振るまうのは珍しいことではない。しかしヴガレムル市は旧バナヴィア王国の土地であり、ベガニシュに併合されたあともその気風は強く残っている。

 要するに武器を持ち歩こうとする部外者を見たら、普通にびっくりする。

 なるほど、クロガネはこういうトラブルを見越してエルフリーデに案内役を任せたらしい。

 こういうトラブル一つ取っても、事前に根回しできていれば回避できた。わかってたなら最初から言ってほしいんだけどな、と嘆息。

 

「…………ミリアム、私物の拳銃好きだよね」

 

「……どうやら私が原因でトラブルになっているようですね」

 

「うん、きみのそういう柔軟なところは美徳だよミリアム」

 

 エルフリーデが頷く。その真正面では持ち物検査を担当している警備担当者の男が、ものすごく申し訳なさそうな顔になっていた。

 何せ相手はベガニシュ帝国からお越しの貴族令嬢で軍部の使い、一般人の警備担当者からしてみれば厄介ごとの種でしかないだろう。

 外部と通じる出入り口、セキュリティゲートの手前――この場には四人の人間がいる。

 エルフリーデ、ミリアム、研究施設の警備担当者二名だ。全員が気まずそうな顔をしているというシュールな状況だった。

 

 その後、なんやかんやあった末、警備責任者との話し合いによってミリアムの武器持ち込みは特例で承認された。

 ミリアムの側は武器を預けておしまいにしたがっていたのだが、結局、それは叶わぬ願いとなった。

 軍部の使いにヴガレムル伯爵の側が恥を掻かせた、というような言いがかりの種になりかねなかったせいである。

 何か起きたときの責任はエルフリーデが負うという条件で、ミリアム・フィル・ゲドウィンの武器持ち込みは許可された。

 これにはほとほとエルフリーデも参った。

 

 

――政治って面倒くさいなあ!

 

 

 思わぬところで足止めを食った。ミトラス・グループの研究施設は、近代的な建築物が印象的だった。周囲には高い塀が張り巡らされており、軍事施設張りに監視カメラがあちこちに接地されている。

 出入りには警備員の詰めているセキュリティ・ゲートを使うしかなく、そこで不審物が発見されればこのように侵入を阻止される仕組みだ。

 簡易的なIDパスケースを首から提げて、エルフリーデとミリアムが自動扉の前に進む。

 

「すいません、私のせいで……せっかく〈アシュラベール〉を見せていただけるのに……」

 

「用心深いのはきみのいいところだよ、ミリアム。今回はちょっと歯車がずれただけだと思う」

 

 少女の慰めに呼応するように、自動扉が開いた。

 恐ろしく高度な機械設備は、この施設が造物塔――遺跡の生産プラントに由来する高度科学技術の産物であることを示していた。

 大きな扉が開いていく。

 

 視界が開けた先にあったのは、白亜の壁が印象的な四角い建物だった。三階建ての大きな箱形の施設で、地下には広大な実験場が存在しており、トレーラーが出入りできるほど大きな資材搬入用の通路も備えている。

 ここはミトラス・グループのバレットナイト研究ラボ、つまりは第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉が生まれた場所である。

 施設内にはメンテナンスを終えたばかりの〈アシュラベール〉があり、地下実験場で実際に動かすところを見せる予定になっている。

 〈アシュラベール〉に関する機密情報は渡せないが、ひとまず現在の完成度を考察できるテスト風景は公開する――というのが、クロガネと軍部の間の駆け引きの結果らしい。

 もちろん実際には、エルフリーデが操縦するせいで何の参考にもならないオチが待っているのだが。

 

「まあ何かあっても平気だよ、私も拳銃を携帯してるんだし――」

 

 ミリアムが目を輝かせた。片手に拳銃の入ったブリーフケースを提げている少女は、筋金入りの鉄砲好きだった。

 

「ちなみに何をお使いですか?」

 

「えーっと、〈BP281拳銃〉だったかな?」

 

「ああ、我が国の陸軍の拳銃(ピストーレ)ですね。あれはいいものです」

 

 うんうんと頷くミリアム――この口ぶりでは、私物の拳銃というのは〈BP281拳銃〉とは異なる種類の銃器なのだろう。

 エルフリーデは特別、武器オタクではないのでよくわからないのだが。

 そりゃあ頑丈な武器とかよく当たる武器とかは嫌でも覚えているけれど、ミリアムのように銃のカタログを見て何を買おうか悩むほどではない。

 

 

――武器について尋ねると長くなるな、これ。

 

 

 後日、雑談の種にするのが賢明だろう。エルフリーデとミリアムは共に背広姿である――ラボの敷地を歩いているのは、基本的に二種類の人間しかいない。

 白衣の研究員と制服の警備員である。当然、研究員でも警備員でもなく、年若い少女二人は否応なく目立った。

 流石に露骨にじろじろと見られはしなかった。IDパスケースを首から提げているから、見学に来た人間だとすぐわかるのだ。

 

「それじゃ、研究主任と合流しようか。中々、面白い人だよ」

 

 エルフリーデの騎士としての仕事は地味に多い。

 日頃、〈アシュラベール〉の開発スタッフとやりとりするのもその一つで、彼女は貴重なテストパイロットとして遠慮なく感想や意見を送りつけていた。

 ちなみに今のところ、〈アシュラベール〉のことは気に入っている。思った通りに動いて、想像以上のパワーとスピードを発揮できる巨人の肉体というのは素晴らしいものだ。

 一方で兵器としては落第点――そもそも危なすぎて操縦訓練もろくにできないのはナンセンスすぎる――だという辛い評価もしっかり送りつけている。

 

 おおむね良好な関係と言えよう。

 この辺のやりとりは、エルフリーデ・イルーシャが凄腕の操縦者であり、機体特性の微妙な言語化ができる程度にメカニックにも精通しているがゆえだった。

 常識的に考えて未成年で徴兵され、ずっと少女兵として戦ってきた十代に務まるような仕事ではなかった。

 エルフリーデの非凡な才能を表す事実に、ミリアムは感心したように頷いている。

 

「流石です隊ちょ……エルフリーデ。まだ半年も経っていないのに、もう人心を掌握しておられるとは……」

 

「いやいや、ただのテストパイロットだよ。相変わらず、きみは大げさだね」

 

謙遜(けんそん)も行きすぎると嫌味ですよ、元隊長?」

 

「あれ? わたしが(いさ)められてる……!?」

 

 何を今さら、とミリアムが切れ長の目でエルフリーデを見た。色白のエルフリーデ・イルーシャは素晴らしい美少女だったが、こういうすっとぼけた性格なので危なっかしい。

 ミリアムは思う。

 どうかこの人のこういう愛嬌が、今後も変わりなくあってほしい、と。

 そのときだった。

 

 

 

――遠雷が鳴った。

 

 

 

 空は晴れている。

 戦場帰りの少女二人はそれが、遠く離れた場所――ヴガレムル市内で起きた爆発音だとすぐに悟った。

 

「今のは……」

 

「ミトラス・グループの第一工場の方だ。このタイミングで爆弾テロ……?」

 

 呟いたあと二人は同時に異音に気づく。それは何かが大気を切り裂き、高速で前進する際の飛翔音だった。

 回転翼機が恐ろしい速さで、こちらに向かってきているのだ。高い塀のせいで外部を見ることはできなかったが、音だけで不吉さは隠しようもない。

 エルフリーデの判断は迅速だった。

 

「こっち!」

 

 二人は並んで走り出した。向かうのは目の前のラボの入り口だ。

 爆発音を聞いて足を止めた周囲の人々に対して、走りながら叫んだ。

 

「危ないです! 急いで建物の中に入って!」

 

 エルフリーデとミリアムが飛び込むように研究所の入り口に転がり込んだ。

 次の瞬間、もう少しで三階建ての建物に激突するのではないか、というほどの超低空をティルトローター輸送機が飛んできた。

 ガラス張りの研究所施設から見えたのは、間近になるまで目視できなかった飛行機の姿だった。

 ローターブレードの半径ギリギリ、ほとんど地面を這うような低さ――市街地でやるような飛行ではない、狂気じみた曲芸によってヴガレムル市郊外の研究所に接近した航空機。

 その数は三機。

 研究所の敷地の上を横切ったティルトローター輸送機から、何かが投下された。

 エルフリーデにはそれが何者であるのか、よく理解できていた。

 

 

「――機甲猟兵の空挺降下!?」

 

 

 パラシュートなしでの超低空からの空挺降下。

 第二世代バレットナイトの強靱な駆動フレーム強度でしかありえない戦術――エルフリーデ自身、竜騎兵小隊を率いて幾度か行ったことのある戦い方だ。

 敵陣の防衛ラインを飛び越えて、その後方に強力な機甲戦力を展開するための戦術。

 そんなものが平和だったヴガレムル市の風景を引き裂こうとしている事実に、喉が震えそうだった。

 

 

――こんなのテロリストに取れる戦術の範疇(はんちゅう)じゃない!

 

 

 空から落ちてきた異物が、次々と地面に突き刺さる。コンクリートの地面に穴が開き、もうもうと粉塵(ふんじん)が立ちこめる中――身長四メートルの騎士人形がゆっくりと立ち上がる。

 それはアルケー樹脂装甲の甲冑(かっちゅう)を身にまとい、鼻先の突き出た猟犬面(ハウンスカル)の兜を身にまとった巨人だ。

 ミリアムが持ってきた記録映像と一致する特徴に、エルフリーデはうめくように呟いた。

 

 

「バナヴィア独立派……」

 

 

 先ほどの地面との衝突音からして、敵は複数体いる。少女二人は受付の陰に飛び込んだ。周囲で凍り付いたように動けないでいる人々に、ミリアムが鋭い声を飛ばした。

 

「早く隠れて!」

 

 混乱が弾けた。

 突如として研究所の敷地に降下してきた軍用兵器の威圧感に怯えて、研究員たちは慌てて屋内に引き返していく。

 それを横目に、受付嬢が震えながら床に座り込んでいる。

 予想に反して機銃掃射などは撃ち込まれなかった。

 その代わりにティルトローター輸送機の飛行音が、旋回を経て再び戻ってくるのを耳で聞いて――エルフリーデはぽつりと呟いた。

 

「ミリアム。敵の歩兵部隊が雪崩(なだ)れ込んでくるかも」

 

「あなたに従います。ご指示を」

 

 銀髪の少女がブリーフケースが開く。ケース内部に収められていたのは一丁の拳銃とその付属品だった。

 奇妙な形状の銃だった。グリップの前に箱形弾倉を持つ大型拳銃に、脱着式の銃床(ストック)が装着されていく。

 説明書一つ見ないでテキパキと組み立てられ、できあがったピストル・カービン――拳銃に小銃用銃床を取り付けたもの――を手にするミリアム。

 頼もしい竜騎兵小隊の選抜射手の姿を見て、エルフリーデは微笑んだ。自動拳銃を手にしながら、静かに呟いた。

 

「……〈アシュラベール〉のある地下施設まで突っ切る。先導はする、援護よろしく」

 

「了解」

 

「よし……三、二、一、今っ!」

 

 エルフリーデは遮蔽物の影から飛び出て、向かいの通路に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













・〈クラージュ〉
身長4メートル。
「勇気」という意味のコードネームを持つバナヴィア独立派の第2世代バレットナイト。
犬のように鼻先が突き出た、猟犬面(ハウンスカル)型兜を模した頭部形状が特徴。
その正体はベガニシュ帝国製〈アイゼンリッター〉タイプの複製品(デッドコピー)である。
バナヴィア王国残党によって独自にリバースエンジニアリングしたもので、彼らが保有する造物塔で密かに生産が続けられている。
原型になっているのは型落ちの前期型であるが、独立派では独自に改良を加えたものを少数生産している。
これらの機体はバナヴィア独立派では貴重な高性能機であり、精鋭部隊〈ソードブレイカー〉に優先配備されている。

武装
・基本的に〈アイゼンリッター〉と同等品が使用可能。








・〈G9大型自動拳銃〉
ベガニシュ帝国の銃器メーカー・グレーザー社の9番目の自動拳銃。
ほうき型ハンドルと呼ばれる独特の丸いグリップ、グリップ前方に配置された脱着式箱形弾倉、長く伸びた銃身など特徴的な形状を持つ。
銃弾を電磁バレルで投射する電磁加速式銃器の一種であり、出力を切り替えることで威力や発射間隔を調整できる。
このため銃を構成する部品やオプション装備が高度にモジュール化されており、組み替えることで自動小銃、短機関銃、拳銃として運用可能なモジュラーウェポン。
脱着式の銃床を装着することで自動小銃と同等の威力、射程、精度を誇るレールガン・ピストルカービンとして運用することが可能。
この銃床には大容量パワーセルが内蔵されている他、余剰スペースに銃本体を格納することが可能である。

貴族制が現役であり、戦士の文化を重んじるベガニシュ帝国では、自分好みに細やかな調整が利く武器の需要が大きい。
このため軍で制式採用される自動拳銃――〈BP281拳銃〉――とは別に、自分用にカスタマイズされた拳銃を求めるユーザー層に〈G9大型自動拳銃〉はぴったりだった。
その標準的自動拳銃と異なるシルエットも、ユーザー受けがよかった一因と言える。
かくして〈G9大型自動拳銃〉は軍に制式採用こそされなかったものの、高価で高性能な騎士の銃として少数生産が続けられている。
箱形の複列弾倉で7.5ミリ弾を使用。小銃モードの高出力射撃では、自動小銃と同等の射程・威力を発揮する。
モデルはモーゼルC96。













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