機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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悪鬼と剣鬼

 

 

 

 

 

 

 

――刃が交わり、銀光が弾ける。

 

 

 超硬度重斬刀(ブレード)超硬度重突剣(エストック)の衝突は、互いの間合いを保つために生じていた。

 斬撃において優れた性能を発揮する太刀と、刺突に特化した長剣の戦いは、決して鍔迫り合い(バインド)の形に持ち込まれない。

 射程に勝るセヴラン・ヴァロールの乗機に、パワーとスピードで勝るエルフリーデが果敢に打ち込む――おおむね、そのように戦闘は進行していた。

 

「あなたが独立派!? どうしてなの、おじさん!」

 

 〈アシュラベール〉は少女の嘆きと共に剣を振るう。その四肢は強靭であり、電気熱ジェットの推力がなくとも、恐るべき加速力を機体に与えている。

 異様な光景であった。

 エルフリーデ・イルーシャは眼前の敵が、旧知の人物であることを心から嘆いている。

 だが、その剣は冴え渡っていた。精神活動と切り離され、戦技にまで昇華された自動的殺人剣――そのおぞましい刃を弾きつつ、セヴランが独りごちた。

 

『確かに強いが、兵法で上手なのはこちらのようだな』

 

 セヴランの駆る鴉頭のバレットナイトの背中で、異様な一対二本の武装肢が起き上がる。

 昆虫の節足じみて折り畳まれていた、全長六メートルにも及ぶ長大な副腕(サブアーム)――そう呼ぶには本体の腕よりも長く存在感がある――が、鋭い刺突を頭上から振らせてくる。

 エルフリーデは即座に、それが自分の太刀よりも長い間合いを持ち、手数においてすら凌駕(りょうが)していると看破した。

 

『我が剣〈ミステール〉は初見殺しだけでもなくてね』

 

「クソッ!」

 

 両手で握った太刀を逆袈裟に切り上げ、返す刃で切り下ろし、三連撃となった刺突すべてを弾く。

 後退はできない。

 セヴランが踏み込めば、容易く詰められる間合いである。

 

 ゆえにエルフリーデはあえて敵機の懐に飛び込んだ――即座にセヴランの〈ミステール〉が動く。深緑色の装甲に銀色のフレームで縁取られた、異形の剣鬼が左腕を持ち上げた。

 巨大なハサミを内蔵した盾である。

 万力のように剣を掴んだ異様なパワーを見るに、盾そのものに超伝導モーターか人工筋肉が仕込まれているらしい。

 捕まれば死あるのみ。

 エルフリーデは左肩の光波シールドジェネレータを起動させた。

 

『――何っ?』

 

 励起した粒子防御帯が、セヴランの機体に接触して強烈な閃光を放つ。高エネルギー粒子が物理作用となって爆発したのだ。

 もちろんバレットナイトの装甲や駆動フレームを傷つけるには至らない爆発反応である。

 だが、白兵戦の間合いにおいて目潰しは生死を分ける。

 

 

――ここで斬る。

 

 

 エルフリーデはあらゆる納得を置き去りにして、セヴラン・ヴァロールは絶対に倒すべき敵だと認識していた。

 対話の余地はない。

 それを試みれば、自分こそが無残な骸をさらすことになるという確信――両手で太刀の柄を握り、右肩の上に刃を持ち上げて、一息に振り下ろす。

 あるいはクロガネ・シヴ・シノムラが見れば、「八相の構えか」とでもコメントしたであろう斬撃。

 セヴランを真っ二つにするはずだった斬撃は、しかしながら次の瞬間、強烈な衝撃によって拒絶された。

 

 

「――仕込み武器!?」

 

 

 鴉頭の剣鬼〈ミステール〉の左腕だった。巨大なハサミを隠していた盾は、まだ隠し札を秘めていた。

 それは射撃武器の一種だった。

 電磁加速によって超高速で射出された(パイル)――強烈な運動エネルギー弾が、振り下ろされた刃の軌道を逸らしたのだ。

 多腕の死神は、斬撃を(かわ)された悪鬼を(ほふ)らんと刺突を準備して。

 次の瞬間、怖気が走ったように後ろに飛び退いた。

 空を切った二撃目の剣閃――セヴランの想定を上回る動作で切り返し、放たれた必殺剣である。

 

 

――避けられた。

 

 

 エルフリーデはセヴランの勘の良さに舌を巻いた。彼が飛び退いたのをいいことに、両手で握った太刀を構え直した。

 切っ先に相手に向けた中段の構え、クロガネであれば「青眼の構えか」とコメントしたかもしれない。

 刺突に対する防御態勢であった。

 じりじりと睨み合う〈アシュラベール〉と〈ミステール〉――ふと、セヴランがおどけたようにこう言った。

 

『不思議か? 顔見知りのセヴランおじさんが殺しに来たのが? 想像力不足だな、エルフリーデ――君の存在そのものが、無視できなくなってね。死んでもらうことにした』

 

「……ッ!」

 

 動揺してはならない。

 この会話そのものが、セヴラン・ヴァロールによる戦術の一環なのだと、エルフリーデは気づき始めていた。

 さりとて家族同然の付き合いがあった、旧知の仲であるがゆえに無視もできない。

 少女は落ち着き払って、逆に問い直した。

 

「それでやることが、これ? こんな恐怖の喚起(テロル)で何が変わるっていうの?」

 

『ほぉ……いつまで他人事みたいに喋るつもりだ? そこら中に転がってる亡骸は、ついさっき、君が射殺したバナヴィア人の同胞だ』

 

 事実だった。

 試験場のあちこちに、死体が転がっていた。それはエルフリーデとミリアムが、無慈悲に銃火によって奪った命の成れの果てだった。

 罪悪感がないわけではない。しかしながらエルフリーデ・イルーシャの強靭な精神は、そういう道徳的良心と相反する冷酷さを併せ持っていた。

 

「先に銃口を向けてきたのは――彼らだよ」

 

『そうだな、その点で俺たちは君の敵なのだろう』

 

 剣を手にして、互いに円を描くように動いて間合いを計り合う。

 電気熱ジェット・スラスターバインダーを損傷した〈アシュラベール〉では、急加速による突撃はできないし、敵機――〈ミステール〉なるバレットナイトも同じだろう。

 エルフリーデの勘が告げるところでは、互いの機体のパワーとスピードは同等性能だ。

 いや、幾分か〈アシュラベール〉が上回っているかもしれない。だが敵は、根本的に人体構造を逸脱することで、人体では不可能な連撃を可能としている。

 あの刺突の雨をどうくぐり抜けるか、考える。

 

『君がここで死ねばバナヴィア人にとっての面倒の種は一つ減る』

 

「いつから? いつから、あなたは独立派に――」

 

『その問いは無意味だ、エルフリーデ。俺がベガニシュ帝国を憎んでいなかった日などない』

 

 一五年前、戦争があった。一方的な侵略戦争だった。バナヴィア王国は国土を蹂躙(じゅうりん)され、多くの人民が故郷を戦火に焼かれた。

 そしてベガニシュ帝国が市街地に落とした爆弾によって、セヴラン・ヴァロールは妻子を失った。

 怒り、憎み、戦う理由などいくらでもある。

 そういうものだと戦争に馴染みきった英雄エルフリーデは理解した。だけど十代の少女に過ぎないエルフリーデ・イルーシャは、その論理の残酷さを飲み込めなかった。

 

「もう戦争は終わったんだよ、おじさん! バナヴィアなんて、わたしが物心ついたときにはなくなってた!」

 

『戦争とは鉄砲や大砲を撃ち合うだけのものじゃない――人間の認知を塗りつぶし、仕方がなかったという諦めを広げ続ける。それがベガニシュ帝国の最も醜悪な戦争のやり方だ』

 

 セヴランの声は、驚くほど静けさに満ちていた。

 いっそ優しさすら感じられるその穏やかさが恐ろしくて、少女は泣きそうになった。

 

「それでやるのが、こんなちっぽけなテロリストごっこなの?」

 

 ふむ、とセヴランは頷き一つ。

 まるで姪っ子の勘違いを正す叔父のように、鴉頭の剣鬼が頷いた。

 

『テロリストとはベガニシュ帝国とガルテグ連邦、二つの超大国が不都合を踏み潰すために作りあげた虚飾だよ。彼らが民家に落とす爆弾はなかったことにされ、連行され拷問を受ける人々の犠牲は対反乱作戦の名の下に正当化される』

 

「……なっ」

 

『戦場の英雄。君が見てきた地獄は、まだ綺麗な地獄だよ。戦場の狂気という言い訳を使えるからな――真に非人間的な残虐非道とは、家畜を(ほふ)るように行われるものだ』

 

 〈ミステール〉が踏み込んでくる。

 その右腕がバネのように伸縮して、長大な射程の刺突が飛ぶ。超硬度重突剣――刺撃に特化した分厚く頑強な刃が、矛先のように突き出される。

 〈アシュラベール〉の身が軋む。先ほどのジェットエンジンの爆発で人工筋肉に損傷が走っていた。

 わずかに機体の反応が遅れる。

 コンマ数秒の出来事だった――左肩部の光波シールドジェネレータが、根元からえぐり取られた。

 

『君は裏切り者のバナヴィア人だ』

 

「正しい庇護も、選択も、誰も示してくれなかったのに――今さら!」

 

 エルフリーデは怒りを覚えた。

 自分がベガニシュ帝国に徴兵されたとき、周囲の大人たちは何かをしてくれただろうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが少女にとってのこの現実の寒々しさの正体だった。

 数年間の大陸間戦争に駆り出され、挙げ句の果てに陰謀に巻き込まれたとき、手を差し伸べてくれたのはクロガネだけだ。

 

 

「わたしを、ティアナを、こんな風に苦しめた世界が――どうして今さら、正義や同胞の話で糾弾(きゅうだん)できるの!?」

 

 

 傷あり(スカーフェイス)の少女は吠えた。

 〈アシュラベール〉が地面を蹴る。袈裟懸けに振り下ろされた刃が、〈ミステール〉の三本の腕から放たれる連撃をまとめて弾き飛ばす。

 さらに一撃を打ち込まんと踏み込んだ刹那、鴉頭の剣鬼がゆらりとその身を動かして。

 

 

『悲しいなあ、俺は辛いよ。クリストフとヘルミーナに顔向けできんよ――()()()()()()()()()()()()()()とはな』

 

 

 嘲るように発せられた言葉が、エルフリーデの血を凍らせた。少女はまるで戦場に始めて出たときのように、冷静さをほんの一瞬失った。

 しまった、と思う。

 〈ミステール〉の右腕が伸びる。一対二本の副腕が刺突の雨を降らせる。

 

 剣閃――それでも八割は防いだ。

 そして残り二割は回避しきれなかった。被弾する。エーテルパルスをまとった斬撃は、アルケー樹脂装甲に接触すると爆発する。

 〈アシュラベール〉の右肩から光波シールドジェネレータが脱落した。

 

「何を――何を言っている、セヴラン・ヴァロール!!」

 

 見知った優しいおじさんのはずだった。

 彼の口から語られた真実は、目の前が真っ暗になるほどの絶望に満ちていた。

 

 

 

 

『――クリストフとヘルミーナが死んだ爆弾な、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 全身の血が沸騰(ふっとう)する。エルフリーデ・イルーシャは冷静さを欠いている自分自身を必死に戒めて、追撃を弾きながら斜め後ろに飛び退った。

 わからなかった。どうしてそんなにも、残酷で邪悪な事件が起きたのか、お人好しのエルフリーデには理解できない。

 鴉頭の剣鬼が笑う。

 

 

『――ドーレヴォフの惨劇を知っているか? ベガニシュ帝国はドーレヴォフ市に住むバナヴィア人に強制移住を行った。バナヴィア全土で行う平和促進政策とやらの実験としてな』

 

 

 〈ミステール〉が突進してくる。地を這うような前傾姿勢での強襲――背中から生えた武装肢が、刃の嵐を見舞いながら急接近してきた。

 そのすべてを見切る/切り払う。

 

『三〇万人が家畜のように列車に詰め込まれ、極地に移送されて凍え死んだ。ずさんな計画、大量虐殺(ジェノサイド)の言い換えに過ぎん邪悪な行いだ。バナヴィア独立派は関わったベガニシュ人のリストを作りあげ、その皆殺しを報復とした――我々は最後の一人まで逃さずに殺し尽くした。ベガニシュ本国に逃げ帰った連中まで殺したとも』

 

 それは救いのない悪逆の連なる物語だ。あらゆる道徳が紙切れのように破り捨てられ、陰惨な暴力だけが飛び交う地獄があった。

 例えようもない悲しみを覚えても、エルフリーデは戦いをやめられない。

 銀光が走る。

 構えられた左腕の盾、超硬度重斬鋏(シザークロー)が襲い来る。間一髪で閉じられた二つの刃から逃れる――回し蹴りを叩き込み、〈ミステール〉を頭から蹴り飛ばした。

 

『――ぐぉ!?』

 

 当たった。

 だが、浅い――仰向けに吹き飛ばされ、地面に衝突せんとする深緑のバレットナイト。

 深紅の悪鬼が、その身体に刃を突き立てようと跳躍する。

 刹那、エルフリーデの追撃――胴体を串刺しに貫くはずの刺突が回避された。

 

「チィッ!?」

 

 地面に背を向けたまま、セヴランが地面を這い回ったのだ。理解しがたい気味の悪い動き。まるで物陰から飛び出てきたゴキブリのような高速疾走――背部の副腕(サブアーム)と脚部を駆使した擬似的四足歩行だ。

 今度こそエルフリーデは虚を突かれた。

 下方から銀光が閃く。

 超硬度重突剣の一撃、二撃、三撃――盾にした左腕が穴だらけになる。砕けたアルケー樹脂と合金骨格の欠片が、爆発と共に四散した。

 仰向けの状態で地面を這い回り、自由になっている二本の腕を振るう〈ミステール〉。

 全身の強靭な筋肉をバネにして、その身体が起き上がった。

 

 

『――機甲魔剣スカラベ。生き延びたのは君が初めてだな、エルフリーデ』

 

 

 そんなことはどうでもいい。

 エルフリーデ・イルーシャは泣きそうな声で、身を切るような激情を叫んだ。

 

「虐殺に対する報復……そのために、父さんと母さんを巻き込んだの!?」

 

『そうだ。想像力と共感能力が欠如したクズどもには、皆殺しという猛毒しか薬がない。事実としてベガニシュ帝国は以後、強制移住政策を実行しようとはしなくなった』

 

 もう右腕しか残っていない〈アシュラベール〉が、鬼神のごとく剣を振るう。並みのバレットナイト搭乗者であれば、一個中隊であろうと一分と経たずに全滅するような斬撃の乱舞。

 だが、しかし――セヴラン・ヴァロールは卓越(たくえつ)した剣士であり、異常なまでの融合者だった。

 彼は非人間的機構を使いこなし、神に愛された戦闘の天才を追い詰めていた。

 

「そんなご高説で、わたしが納得するとでも思ってる!?」

 

 いいや、と返答。

 剣閃は激しさを増していく。コンテナが紙切れのように切り裂かれ、吹き荒れる高エネルギー状態のエーテル粒子がそれらを穴だらけにした。

 第三世代バレットナイト同士の攻防――変幻自在の剣を振るうエルフリーデと、神速の刺突を三本の腕で繰り出すセヴラン――尋常ならざる人型機動兵器にしかなし得ぬ剣戟(けんげき)であった。

 それは剣閃の嵐であり、死の舞踏であった。わずかでもリズムを乱した側が死ぬ、そういう非情なルールの下で行われる儀式だ。

 

『エルフリーデ、君は無知だ。理知的でお優しいベガニシュ人の上流階級や、賢くて金持ちの伯爵がお友達になって、ベガニシュ人にもいいやつはいるなんて本気で思ったのか?』

 

「あなたは意図的に、帝国とベガニシュ人を混同して、憎しみを作りあげている!」

 

『個々人としてわかり合えるなんて人情はな、この戦争のシステムの前では犬のクソほども価値がない』

 

 互いに舌鋒(ぜっぽう)鋭く言葉を交わすのは、わかり合うためではなかった。刹那でもいい、相手が動揺して剣が鈍ったならば、即座に首を刎ねられる。

 そういう冷酷な打算の元、重ねられる会話に過ぎなかった。

 エルフリーデの繰り出す斬撃は、縦横無尽に空間を刃で満たす。セヴランの放つ刺撃は、一本の腕と二本の副腕によって止まらぬ刺突の雨を作り出す。

 そのすべてが、一撃で互いの装甲を穿(うが)ち、バイタルブロック――電脳棺(コフィン)を破壊し尽くすだろう。

 必殺に次ぐ必殺、致死に次ぐ致死、二人の間には如何なる迷いもなかった。

 

 

『――君には信念がない。理想がない。未来のない、虚ろな英雄幻想(イリュジオン)だ』

 

 

 セヴランの言葉は、エルフリーデという少女のありようを糾弾していた。

 それでも――どんなに言葉を言い繕っても、少女の怒りが抑えられることはなかった。

 電脳棺の中で涙を流しながら、少女は呪うように呟いた。

 

「父さんと母さんを……爆弾で吹き飛ばしておいて……!」

 

 鴉頭の剣鬼は、ただ悲しげに頷いた。

 

 

『ああ、そうだな――そして俺の罪を裁くのは、正当なるバナヴィアでなければならない』

 

 

 空気が引き裂かれ、斬撃と刺撃が絡み合う。

 エーテルパルスの煌めき、テロス合金の軋む音、銀光がぶつかり合う剣閃の嵐――互いへの断罪を願う、二人のバナヴィア人が殺し合う風景。

 ここには、尽きることない悲しみだけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















・機甲魔剣〈スカラベ〉
強度的に問題ないため、〈ミステール〉は脚部と副腕を利用して、擬似的に四足歩行を行って高速で地面を這い回るなどの非人体的な挙動が可能。
シャコのように刺突を見舞い、ゴキブリのように這い回り、バッタのように跳ねる。
仰向けに寝転がった状態から高速移動し、下方から高速刺突の連撃。ゴキブリのように地面を這い回って死角に消える人外剣法である。




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