機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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修羅の剣

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは冷静だった。従者ロイ・ファルカの淹れた紅茶をティーカップからすする程度に。

 たとえ自身の統治するヴガレムル伯領が正体不明の武装勢力から襲撃を受け、その本拠地たるミトラス・グループの工場や研究施設が襲われていたとしても、彼は取り乱したりはしなかった。

 一〇万年という長い歳月がもたらした膨大な経験値ゆえの冷静さである。

 

 あるいは如何なる災厄とて、かつて先史文明を滅ぼした〈ケラウノス〉のそれに比べれば、小規模な事件に過ぎないとも言えよう。

 目の前にはタブレット端末、そして報告事項が増える度にやってくる部下たちの姿。

 先のサンクザーレ会戦から数ヶ月、以前から整備を進めてきた危機災害対策室は上手く機能しているようだった。

 クロガネの執務室は今や戦場であった。この地を治める領主であり、企業グループの長でもあるという特異な立場の男は、行政と企業の二重のボスなのだ。

 現場から上がってくる情報は、彼お抱えの文官たちによって整理され、その道の専門家たちによって分析が上がってくる。

 

「有線ドローンによる偵察が完了しました。現在、七箇所の警察署で銃器や爆発物による襲撃が起きています。またミトラス・インダストリーの第一工場に対して、バレットナイトによる攻撃が行われていましたが、現在は鎮圧に成功」

 

「光学観測の結果、ミトラス科学研究所に対して未確認の輸送機が接近しています。現地からは有線通信で状況が報告されましたが、地下試験場で銃撃戦が発生している模様。死傷者については不明です」

 

「現在、ヴガレムル市一帯に発生している電波妨害の発生源、特定できました。都市郊外、北方八キロメートル地点に軍用車両が確認されています」

 

 ミトラス・グループ本社ビルに座して、次々と集まってくる情報を整理していく。

 そもそもこの事件の起点は、原因不明の電波妨害によって通信装置に異常が発生したことから始まった。

 ベガニシュ正規軍に匹敵する強力な電波妨害(ジャミング)――おそらく輸入品の兵器に仕掛けられていたバックドアと並行し、電子戦装備が投入された可能性がある。

 これにより無線通信での迅速な情報伝達ができなくなったタイミングで、テロリストによる武力行使が行われた。

 その結果、現場は一時的に混乱状態に陥ったのである。

 

 そしてジャミングが明らかになった時点で、クロガネは素早く指示を飛ばした。

 上空を浮遊する飛行船を通じたレーザー通信中継網の確立、これによる指揮系統の復活、ジャミングの影響を受けない有線遠隔制御型ドローンによる都市の偵察。

 これによってテロの恐怖でパンク寸前になっていた電話回線に頼らず、スムーズに現状を把握することに成功したのである。

 すでにヴガレムル伯領の警察組織および軍事組織は、何が起きているかを把握し、次の事態に備えて臨戦態勢に入っていた。

 敵の戦略が頭脳と手足の分断、それによる機能麻痺を通じた恐怖(テロル)の増大だったとすれば――テクノロジーによって機能を復旧させたことにより、その目論見は半ば瓦解している。

 

「非常事態宣言はすでに発令されている。市民の外出は控えさせ、警察には引き続きテロ攻撃の第二弾に備えさせろ。事態鎮圧には伯爵家の軍を出動させる」

 

 そのときだった。

 執務室に設置されている固有回線が開き、立体映像投影機が起動する――ぬるりと執務室に現れた人影は、ブリキ缶のような頭部を持った紳士である。

 彼の名は機械卿ハイペリオン。

 伯爵家の家令としてその円滑な運営を司り、クロガネに代わって職務を代行することも多々ある存在だ。

 彼はぺこりと会釈すると、微塵(みじん)も危機的状況を感じさせない口ぶりで話し始めた。

 

『お忙しそうですねぇ旦那様、お屋敷は無事です。念のため伯爵家の雇っているPMCが出動していますが、半径五キロメートル圏内にテロ攻撃の兆候は認められません。またティアナ・イルーシャの通われている学校の周囲も固めていますが、やはり異常は認められていません』

 

「結構。引き続き警戒を怠るな。お前の権限で動かせるものは何を使ってもいい」

 

『仰るとおりに致します。ところで、今まさに劇的に事件が進行中と推測される件ですが――如何なさいますか?』

 

 クロガネはハイペリオンの言わんとすることを察した。今すぐ使える手駒としてのPMC――民間軍事会社と銘打ってはいるが、その実態は元バナヴィア王国の軍人で構成された傭兵である――を、ミトラス科学研究所に投入するか問うているのだ。

 不死者の判断は速かった。

 

「ミトラス科学研究所には警察の特殊強襲チームを送り込む。施設を占拠しているテロリストの掃討に当たらせる、手出しは無用だ」

 

『おやおや? よろしいのですか?』

 

「ああ、現場が混乱する方が問題だ」

 

 もちろんPMCとて素性や思想の調査は済ませてある。バナヴィア独立派のテロに加担するものはいないだろう。

 だが、ただでさえテロ攻撃で混乱している現地に、所属と管轄の異なる武装集団が押し寄せては、かえって事態を悪化させかねなかった。

 一刻も早くエルフリーデとミリアムを救出する、という目的にそぐわない判断だった。

 クロガネ・シヴ・シノムラが個人として、エルフリーデ・イルーシャを大切に思っているのは明らかだが――ハイペリオンの提案を呑みはしなかった。

 

「すでにリザ・バシュレーが現地に急行している。この期に及んでPMCまで追加すれば、警察特殊部隊との同士討ちすらあり得るだろう」

 

『なるほど、失礼致しました。では引き続き業務を遂行します』

 

 ハイペリオンの立体映像がするりと消えた。

 黒髪の伯爵は何事もなかったかのように、黙って推移を見守っていた部下たちに声をかけた。

 おそらくヴガレムル伯領が始まって以来の市街地への攻撃――にもかかわらず、美男子然とした伯爵は涼しい顔をしている。

 

「すまんな、話が中断された。続けてくれ」

 

「はい、代表」

 

「伯爵様、では次に――」

 

 力強く動じない指導者の存在に、ミトラス・グループのセキュリティ部門の責任者、ヴガレムル伯爵の文官たちは落ち着きを取り戻しつつあった。

 動揺も私情も見せず、落ち着いた物腰で理知的に事態解決に尽力するトップ――言うは易く、行うは難い振る舞い――その心理的効果は大きい。

 そういう存在を演じながら、クロガネは心中でこう呟くのだった。

 

 

 

――エルフリーデ、お前が無事でいることを信じる。

 

 

 

 この状況において、彼女が事件の渦中にいないはずがない。

 そうわかっていながら、それでも不死者は祈った。

 愛おしさを胸に秘めて。

 

 

 

 

 

 

 恐るべき剣であった。

 エルフリーデ・イルーシャは今、おそらく人生でかつてない窮地に立たされている。

 これまでにも幾度か死にかけたことはあったが、それはほとんどの場合、個人の戦闘力ではどうにもならない陰謀や、敵軍の集中砲火を浴びたことによるものだった。

 だが、これは違う。

 尋常ならざる殺し合い、一対一の果たし合いに近い条件で――ここまでエルフリーデが追い詰められることがあろうとは。

 

 

――参ったな、強すぎる。

 

 

 これまでにも手強い敵はいた。

 白銀の邪竜〈シュツルムドラッヘ〉を駆るミリアム、群青の巨神〈イノーマス・マローダー〉を駆るリザ。

 いずれも一騎当千の恐るべき兵器であり、一手間違えていれば、エルフリーデの側が撃墜されていたであろう強敵だった。

 だが、少女はそのすべてに勝利してきた。敵の特性を見極め、それを封殺していく超絶の技量が可能としてきた経験である。

 

 対して此度の敵、異形の機体〈ミステール〉を駆るセヴラン・ヴァロールはただ純粋に強い。こちらが相手の動きを読み、それを潰すべく動けば、さらに一手先を読んで反撃を仕込んでくる。

 卓越(たくえつ)した剣技、そして恐ろしく研ぎ澄まされた先読みの技量。

 認めよう、セヴランはエルフリーデを翻弄できるほどの強者だ。

 

 

――納得できない、許せない、だけど。

 

 

 怒りはある。

 それは燃えたぎる焔のように心を包み込んでいて、ともすれば少女から自制心を奪いそうなほどである。

 それでもエルフリーデの中のより純粋な戦士の部分は、こう告げている。

 あるいはセヴラン・ヴァロールこそ、これまでで最強の敵に相違ない、と。

 震えるような怒りを、言葉にして吐き出した。

 

 

「本当に許せないよ……これまで一体どんな気持ちで、葬式に顔を出してたわけ!? 気味が悪いッ!」

 

 

 一本角の悪鬼〈アシュラベール〉が、鴉頭の剣鬼〈ミステール〉に斬りかかる。

 深紅と深緑、二つの色に彩られて――二機のバレットナイトが剣を交えた。地下に作られたドーム状構造体、その天井から吊された照明が煌々と照らす中、刃と刃がぶつかり合う。

 テロス合金製ブレードの衝突は、刀身にまとっているエーテルパルス――高エネルギー粒子を周囲にまき散らす。火花と共に振りまかれるそれは、容易く複合装甲をすら破砕せしめる。

 エーテル粒子によってその防御力を担保している特殊素材、アルケー樹脂装甲で構築された巨人たちは、激しい剣光を振りまいていた。

 

『せめて君やティアナちゃんが、幸せになってくれればいいと思っていた』

 

「どの口でっ!」

 

 すでに〈アシュラベール〉は両肩の光波シールドジェネレータ、左腕、そして左腰部ジェットエンジンを損傷している。

 機体重量のバランスが大きく崩れ、右半身に偏った状態なのである。その状態で特殊合金製の太刀を握り、片手で振り回しているのだ――当然のように重心が狂っているし、油断すれば転倒しそうになる。

 にもかかわらず深紅の悪鬼が激しい斬撃を見舞い、ほぼ無傷の〈ミステール〉と互角にやり合っているのは異常な事態だった。

 

 

『ベガニシュに下ったのは君の選択だ。同情はすまい――()()()()()()()()()()()()()、エルフリーデ』

 

 

 刺撃の連続が襲い来る。

 伸びる右腕に保持された超硬度重突剣――銀光と共に一撃、二撃、三撃が繰り出される。

 背部から伸びた一対二本の副腕(サブアーム)――右腕の刺突の隙を埋めるように、頭上から槍にも似た矛先が降り注ぐ。

 恐るべき必殺の嵐である。

 されどエルフリーデにはもう見えていた。

 

「――ああ、慣れてきたよ」

 

『なにっ?』

 

 鴉頭の剣鬼が用いる異形の剣技は、その強力さゆえに欠点も明白だ。高速での刺突の連打、それ自体に無駄がなさ過ぎるから、幾度もの攻防を経れば攻撃と攻撃の隙間がわかってくる。

 エルフリーデは自分の目がようやく、奇っ怪な敵バレットナイト〈ミステール〉に慣れてきたことを悟った。

 剣戟で弾くこともは決して不可能ではない。

 じりじりと間合いを詰める。気圧されたように〈ミステール〉が半歩、後ろに下がった。

 それだけだった。今の〈アシュラベール〉には攻撃で敵を圧殺できるだけの勢いがない。ゆえに数十センチ、後退されるだけで仕切り直されてしまう。

 

 

――距離を詰め切る()()()()()()()

 

 

 すでに右腕一本しか残っていないのが、ここに来て響いていた。

 それでも〈アシュラベール〉は切れ間なく斬撃を打ち込み、セヴランへとにじり寄っていく。左半身の装備のほとんどを損傷し、半壊したも同然の機体である。

 先ほどの人工筋肉の不調然り、これ以上、長期戦になれば不利なのはエルフリーデの側だった。

 徐々に攻撃を見切られていることに気づき、〈ミステール〉の動きが変わった。隙あらば〈アシュラベール〉の首を狩りにいくという消極的姿勢が、積極的攻勢に変わる。

 

 その左腕に装備された盾が突き出される。

 盾に仕込まれた間接部がうごめき、巨大な超硬度重斬鋏(シザークロー)が飛び出す。馬鹿でかい銀色のハサミが開閉して、深紅の悪鬼の右腕をひねり潰そうとしてくる。

 素早く右腕を引き込み、右斜め後ろに飛び退った。まさにその瞬間を待っていたように、多腕の死神〈ミステール〉が深緑色の脚部を疾駆させた。

 速い。

 

 ぐるんと円を描くようにして突き出される刺突――同時に左右から包み込むように副腕(サブアーム)の斬撃。

 点を突く刺撃と弧を描く斬撃の同時攻撃。

 これまで複数の腕を使って、互いの隙を庇い合っていた〈ミステール〉らしからぬ連動攻撃――エルフリーデはその必殺必死の攻撃圏に舌を巻いた。

 

「――チィッ!」

 

 その奇術じみた戦技の数々に反して、セヴラン・ヴァロールの剣士としての本質は、極めて堅牢な守りにある。

 あるいは彼こそが〈守護の短剣〉その人なのだろう。その名に相応しい隙のない剣術に、相手の不意を突いて即死させる戦術が組み合わさったもの――それこそがセヴランの剣のありようだ。

 ゆえにわかった。

 

 この必殺の攻撃圏は、エルフリーデ・イルーシャを抹殺するために危険を承知で取った博打だ。

 もちろん回避の余地などない。こんなどう動いても死ぬような攻撃、到底、隙と呼べるような代物ではない。

 永劫にも感じられる刹那、少女は自らが取るべき行動を理解した。

 

 エルフリーデは勢いよく()()()()()()

 バレットナイト本体からのエネルギー供給で強固な原子間結合を保っている超硬度重斬刀は、その手から離れればすぐにその絶対的強度を失う。

 だが、いずれにせよ合金の塊である。重量物たる超硬度重斬刀を投擲(とうてき)され、まず〈ミステール〉は右腕の刺突を潰された。

 

 超硬度重突剣が超硬度重斬刀と衝突、激しいエネルギーの奔流が吹き荒れた。

 だが、この程度で〈ミステール〉の必殺攻撃は止まらない。左右から〈アシュラベール〉を挟み込むように、一対二本の副腕が斬撃を放っている。

 次の瞬間、エルフリーデは右半身から()()()()()()()()

 

 

――これで避けられる。

 

 

 多腕の死神は、あくまで上半身から副腕を生やしている。六メートルもの長さを誇る節足は、両肩を飛び越えるようにして背中から伸びているのだ。

 ゆえにその斬撃の殺傷軌道は、どう足掻いてもバレットナイトの上半身から届く範囲に限定される。

 地面に横倒しになった機体には、ほんの刹那、到達が遅れる。

 

 それで十分だった。

 〈アシュラベール〉の右腕の手甲部から一本のワイヤーが射出される――自在軌道剣パイチェ・シュヴェールトと呼ばれる超強度ワイヤーである。

 エーテル粒子を噴射する先端部の勢いに任せて、極細のワイヤーが二本の副腕に絡みついた。

 

『なっ――』

 

 ギリギリになるまで伏せていた隠し武器であった。ワイヤー状構造体からエーテルパルスが放出され、絡みつかれていた副腕が爆発的エネルギー放射を浴びて砕け散った。

 もちろんエネルギー放射に耐えきれず、ワイヤーそのものも寸断されたが――刹那、〈アシュラベール〉の右腰で炎が爆ぜる。

 ジェット噴射だった。

 

 

「――わたしは生きる。死んだ英雄になんてならない」

 

 

 右腰に残った電気熱ジェット・スラスターバインダーを最大出力で噴射――瞬時に恐るべき加速が生み出され、その右半身がぐるんと空中で半回転。

 そして機体の中心軸からズレている高推力は、深紅の悪鬼を空中に押し上げた。

 この姿勢制御の効果は絶大だった。

 

 〈ミステール〉は自在軌道剣パイチェ・シュヴェールトの爆発的切断機構により、一瞬、完全に目潰しをされていた。それゆえにほんの一秒ほど、完全に〈アシュラベール〉の現在位置を見失ってしまった。

 一秒前の情報から、深紅の悪鬼の位置を予測して放たれた超硬度重斬鋏(シザークロー)は、虚空を引き裂くに終わってしまう。

 それは白兵戦において度しがたい隙であった。

 音響センサーから自身の背後に着地されたことを悟って、セヴランが叫んだ。

 

『エルフリーデッ!』

 

「悪役ぶってもさ――」

 

 そして空中での姿勢変更時、エルフリーデは胸部ハードポイントから一振りのナイフを抜いていた。

 対装甲ナイフ・スティレット――超振動モーターによって対象を貫通・破砕するバレットナイト用短剣である。

 それは現在、抜刀した右手には握られていない。空中で抜かれた刃はそのまま放り投げられ、たった今、〈アシュラベール〉の着地点に落ちてきた。

 

 深紅の悪鬼の右脚が伸びる。その先端で二股に分かれている足指が、超振動ナイフの柄を掴んだ。スティレットの起動にはバレットナイト本体からの起動信号が必要だが、それは足指を通じても伝達可能だった。

 こういう曲芸を想定して、エルフリーデの要望で実装された改良点――おおよそ、通常の戦闘行為では使う機会がないであろう戦闘技巧。

 片翼だけになった電気熱ジェット推進機構が起動する。ジェットエンジンがけたたましい騒音と共に火焔を吐き出し、その推力を左の軸足が回転運動に変換して――放たれたのは回し蹴り。

 

 

――亜音速域に達した蹴撃が、刺突短剣を叩き込んだ。

 

 

 右脚の足指で保持された刃が、〈ミステール〉の右腕に深々と突き刺さる。超振動モーターで震える対装甲ナイフが、人工筋肉を断裂させ骨格にひびを入れていく。

 瞬時に進行したその破壊的作用は、深緑のバレットナイトの右腕を完膚なきまでに粉砕。

 重たい超硬度重突剣を保持しきれなくなり、その右腕が千切れ飛ぶ。さらに回し蹴りそのものの運動エネルギーも合わさって、鴉頭の剣鬼は一〇メートル近く吹き飛ばされた。

 ぽつり、とエルフリーデは呟いた。

 

 

「――そういうの、セヴランおじさんには似合わないよ」

 

 

 ここまでやって、ようやく条件は互角だった。すでに〈アシュラベール〉は武装のほとんどを使い果たしたが、〈ミステール〉もまた満身創痍(まんしんそうい)だ。

 これまで攻撃の主軸となっていた右腕と副腕二本を失った今、その武器は不意打ちに特化した超硬度重斬鋏(シザークロー)しかない。

 エルフリーデは油断なく二本目の対装甲ナイフ・スティレットを抜き放った。

 先ほどまでのように飛びつかなかったのは、まだセヴランが見せていない隠し武器を警戒してのことだった。

 床面に倒れ込んでいた〈ミステール〉は、盾を構えながらゆっくりと立ち上がった。

 

『……なるほど、君はどうやら本物らしい。我らが総帥殿と同じ逸脱者(イレギュリエ)か……』

 

「へえ、降参する気になった?」

 

『ああ、もちろんだ』

 

 嘘だった。ほとんど勘で見切った。

 エルフリーデが左に跳んだのと、セヴランが射撃を行ったのはほぼ同時。〈ミステール〉の腰部装甲から、円筒状の物体が射出されたのである。

 それは電磁投射砲や滑腔砲の超高速飛翔体に比べれば、はるかに低速の砲弾のように見えた。

 

 

――いや、これは違う!

 

 

 円筒が爆ぜた。もくもくとどす黒い煙が広がって、エルフリーデの視界を覆い尽くした。

 発煙弾(スモーク)だった。音響センサーを使って、敵機の現在位置を把握しようと努めつつ、煙幕の範囲から逃れようと後ろに飛び退る。

 あの巨大なシザークローや電磁パイルを喰らえば、如何に〈アシュラベール〉が頑丈な機体であろうと圧壊するだろう。

 ゆえに少女はカウンターの一撃を叩き込むつもりだった。

 二秒後、エルフリーデは自分の判断ミスに気づいた――煙幕の向こうで、足音が遠ざかっていく。

 

 

――信じられない、ここで逃げるわけ!?

 

 

 だが、一直線に走って追いかければどういう罠を仕掛けられているかわかったものではなかった。

 対戦車地雷でも設置されていたら、大破はしないまでも脚部損傷ぐらいがするかもしれない。

 悩みはしなかった。

 エルフリーデは両足を使って跳躍、そのまま二〇メートル近い距離を飛び越えて煙幕の範囲を抜けた。煙が視界から消える。着地点に異物は認められない。

 そして物資搬入用通路の向こうに、こちらに背を向けて走り去る深緑の機影を認めた。なんと唯一残った武器であるシザークロー内蔵の盾まで投げ捨てている。

 遠ざかる背中で、〈ミステール〉が器用に肩をすくめた。

 

『俺の負けだ! 畜生、牙持たぬ羊から()()()()()が生まれるとはな!』

 

「セヴラン――逃げるのか! 卑怯者、人でなし、負け犬、クズ!」

 

『強い言葉使われるとおじさん泣いちゃうが!?』

 

 〈ミステール〉は馬鹿みたいに逃げ足が速かった。おそらく元々、装甲を削って隠し武器の充実を優先していたのだろう。

 比重が重たい特殊合金で作られた刃を脱ぎ捨てた今、その機体はどこまでも身軽だった。

 対して〈アシュラベール〉は強襲用バレットナイトとして設計され、機体強度にかなり余裕を持って作られている。多少、重たくなろうが電気熱ジェット推進機構の高推力でかっ飛ばすので問題ない――そういう運用が前提なのである。

 必然的にジェットエンジンなしでのスピードには差が出ていた。

 

『エルフリーデ、こうなったら死んでくれるなよ! また会おう!』

 

 あまりにもふざけた態度である。

 エルフリーデはナイフを片手に全力疾走でセヴランを追いかけた。ほとんど刃物片手に被害者を追いかける、ホラー映画の殺人鬼みたいな絵面だった。

 

 

ふざけるな!

 

 

 緩やかな坂道になっている物資搬入用通路を駆け上がった。重量物が床を叩くリズミカルな音、巨人の足音が響き渡る閉所を抜けて地上に躍り出る。

 大型トラックなどの通行を前提にしている地下試験場への入り口は、すっきりとしていて広大だった。

 研究所の敷地と外部を区切る塀すら遠くに見えるぐらいに。

 〈アシュラベール〉が目にしたのは、地上すれすれをホバリングしているティルトローター輸送機の姿だった。

 少女の目の前で〈ミステール〉が輸送機の後部ハッチに飛びついた。一瞬、重量物が飛び乗ってきたせいで機体後部が傾いだが、凄まじい揚力を稼ぐ二基の超伝導モーター駆動ローターブレードは優秀だった。

 地面に尻をこすりつけて火花を散らしつつ、ティルトローター輸送機がゆっくりと上昇していく。

 

 

「――逃すか!」

 

 

 エルフリーデは大地を駆け抜けた。

 ジェットエンジンやロケットエンジンの加護がなくとも、人工筋肉の動力だけで弾丸の騎士(バレットナイト)は成立する。

 そう言わんばかりの加速の果て、エルフリーデは右手に握ったナイフを投げた。

 スティレット本来の使用方法ではなかった。だが、金属製の超振動ブレードの塊がローターと接触すれば、ティルトローター輸送機の片翼を破壊することも不可能ではない。

 

 そのとき動態探知(モーショントラッカー)の反応があった。エルフリーデの背後からもう一機の輸送機が現れ、その頭上を横切る。

 開け放たれた後部ハッチ、そこから突き出された砲身――電磁投射砲が発射された。

 それが如何に恐るべき精密射撃だったかは言うまい。セヴラン・ヴァロールの乗った輸送機を落とすはずだった投げナイフは、空中で撃ち落とされた。

 砕けた金属の飛沫を見ながら、少女は自らの危機を悟った。

 

 

――ヤバい!

 

 

 エルフリーデは反射的に右斜め前方に跳んだ。次の瞬間、〈アシュラベール〉目がけて機銃掃射が撃ち込まれた。〈アイゼンリッター〉型のデッドコピー機が、輸送機から電磁投射砲をこちらに向けていた。

 高度八〇メートルほどからの制圧射撃である。辛うじて無事だった右腕を盾にする。

 二〇ミリ電磁機関砲による弾幕だった。被弾する。アルケー樹脂装甲がえぐり取られ、エーテル粒子の小規模爆発が装甲表面で生じた。

 

 右腕を覆う装甲が弾け飛び、人工筋肉が砲弾で穴だらけになった。

 不味い。

 光波シールドジェネレータを全基失った今の〈アシュラベール〉では、電磁機関砲による掃射を耐えきれるかは怪しい。有効射程距離内での超高速砲弾の威力は想像を絶する。

 どんな装甲材だろうと、徹甲弾の嵐を喰らって無事ではいられなかった。バキバキと砕けた装甲の欠片が宙を舞う中、エルフリーデは声を聞いた。

 

 

『――うおおおぉおおおおお妹バリアァアア!!!

 

 

 青いバレットナイトが、エルフリーデの眼前に飛び込んでくる。

 光波シールドジェネレータの粒子防御帯を全開にして、上空からの機銃掃射を防ぐように現れたそれ――群青色の〈アイゼンリッター〉からは見知った女の子の声。

 リザ・バシュレーだった。

 もちろん彼女は妹でもなんでもない赤の他人だったが、その世迷い言と裏腹に操縦技術は超一流だった。

 敵輸送機からの機銃掃射を防げるギリギリで間に合った、エルフリーデを守るためだけの飛び込むような防御行動。

 エルフリーデを庇うその姿には勇気があった。

 

 

――敵が遠ざかっていく。

 

 

 少女はその意味を噛みしめた。

 

 

――セヴラン・ヴァロールが逃げていく。

 

 

 これ以上の追撃は無意味だった。輸送機からの機銃掃射が止んだころ、エルフリーデはボロボロの機体をよろけさせた。

 油断なく光波シールドジェネレータを起動させていたリザが、慌てて〈アシュラベール〉の肩を支えた。

 

『お姉さん!? 大丈夫ですか、よもや電脳棺に砲弾が掠ってたりはしませんよね!?』

 

「ありがとう、リザ。うん、大丈夫。無事だよ。ただ、少しさ」

 

 何を言うべきか迷った末、エルフリーデ・イルーシャは静かに涙を流した。

 

 

 

 

「思ったより――この世界が残酷だって思い知っただけ」

 

 

 

 

 優しい沈黙だけがあった。

 リザは何も言わず、エルフリーデの肩を支え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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