機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

71 / 203
エピローグ(3)

 

 

 

 

 

 

 ヴガレムル伯爵の屋敷で、クロガネ・シヴ・シノムラは執務に当たっていた。ここ数日、同時多発テロ事件への対応に追われて溜まっていた書類仕事を片付けているのだ。

 屋敷の中に整えられた執務室は、部屋の主の性格を表すように簡素で機能的だが、壁際には遠い異国の地のよくわからない土産物――ベガニシュ人でもバナヴィア人でも、異文化圏過ぎてその正体が判別できないような代物――が飾ってある。

 

 長い鼻の突き出た妖精のお面、幸運を表す赤い牛、踊り狂う女神像、世界を作った虹色の神、山羊角を持った悪魔、邪神を討った銀色の騎士、大地を支える巨神。

 異国情緒あふれる品の数々は、この正体不明・年齢不詳で通している神秘的怪人のこれまでの足跡を表すかのように、多様な異文化に満ちている。

 

 そんな部屋には今、三つの人影があった。

 机に向き合っているクロガネ、その傍らにたたずむ従者のロイ、そしてブリキ缶を被ったような異形の家令である。

 まるでにやけ面のようなスリットが入った頭部で、機械卿ハイペリオンは淡々と報告を行っていた。

 

「ヴガレムル伯領での死者は二一人。そのうち警官が一六人、ミトラス・セキュリティ・サービス社の警備員が五人。負傷者は四七人にも及んでいる――以上が今回、我々が負った人的被害の全容です。唯一の救いは市民の被害が出なかったことでしょう」

 

 あの同時多発テロ事件から数日が経っていた。ようやく事態が落ち着いてきたことによって、被害の全容も明らかになっている。

 犠牲者の大半は警察署に対する攻撃で生じていた。

 

 機関銃やロケットランチャーを使った奇襲攻撃で、軽武装の警察官に多くの殉職者が出たのである。

 果たしてそういう犠牲に対してどう思っているのかわからない、鉄面皮というか金属そのものの頭部でハイペリオンが問いかけてくる。

 

「旦那様。あなたは此度のテロ事件についてどう思われていますか?」

 

 無論、ヴガレムル伯爵およびヴガレムル伯領の行政機関の公的見解ははっきりしている。

 今回の同時多発テロ事件は、民の安全を脅かし、卑劣な暴力行為によって自らの政治的主張を通そうとする非道の行いである――そういう声明が出されている。

 事件の起きたヴガレムル市民の世論も、おおむねこれに同調していた。

 

 ベガニシュ製兵器に仕掛けられていたバックドア、流出していた旧式バレットナイトや電子戦システムなどについては、包み隠さずに公表した。

 ここで隠蔽(いんぺい)を図れば、独立派からのリークでもっとひどいことになるからだ。

 

 このショッキングなニュースにより、市民の間に不満や不信も芽生えていたが――こればかりは仕方ない。

 下手に言論統制を試みれば、それを根拠にさらに燃え盛ることは目に見えていた。何よりクロガネは自分自身の信念として、人々の意思を尊重すべきだと願っていた。

 なのでハイペリオンが問うているのは、より個人的見解であった。

 

「エルフリーデ・イルーシャがバナヴィア独立派と内通している――そのような疑惑を打ち立て、彼女を英雄視するヴガレムル伯領の民衆と帝国を切り離す。それが今回のテロ事件の隠れた狙いだ」

 

 クロガネの言葉は端的であった。

 そもそもエルフリーデの自覚はともかくとして、かの少女のヴガレムル伯領での好感度は極めて高い。まさに絵に描いたような貴族の横暴、ドゥガリオ公爵ガトア家によるサンクザーレ侵攻は記憶に新しい。

 出土した古代遺跡の巨塔がただの置物で、何一つとして有力な遺物ではなかったこと――実際にはクロガネが命がけで無力化した成果なのだが――を差し引いても、ベガニシュ帝国の大貴族による侵略行為は、人々の記憶に焼き付いている。

 

 だからこそ単騎駆けでサンクザーレ侵攻軍を撃破し、紛争を速やかに終わらせてしまった英雄エルフリーデ・イルーシャの名は、忘れがたいものになっていたのである。

 そんなエルフリーデを帝国が疑い、糾弾するような事態になれば、ヴガレムル伯領に住まうバナヴィア人たちの怒りは燃え上がることだろう。

 

 近隣のバナヴィア自治区でも同じことだ。

 やはりベガニシュ貴族の軍勢を徹底的にぶちのめした存在だから、知識人から一労働者に至るまで、このあたりのバナヴィア人は彼女に好意的なのだ。

 

「実際のところ、エルフリーデは今回のテロで唯一、直接的に命を狙われた人物だった。ベガニシュ帝国の統治下で頭角を現したエルフリーデ・イルーシャは、独立派にとっては政治的に邪魔な存在になってきたということだな」

 

「徴兵されていたバナヴィア人の若者たちも、じきに故郷へ戻ってきます。そうなれば戦場で女神のように崇拝されていたエルフリーデ卿の影響力は、さらにバナヴィア人の間で強まる……いやはや、流石は〈剣の悪魔〉ですねえ」

 

「ああ。バナヴィア独立派は今回の同時多発テロを(くさび)として、ヴガレムル市や多数のバナヴィア自治区のような、比較的、豊かな地域を独立運動に巻き込んでいきたいのだろう」

 

 一見するとエルフリーデの暗殺を狙ったのは悪手のように見えるが、これもバナヴィア独立派の視点では合理的なのである。

 事実がどうあれ、エルフリーデが死んでしまえばいくらでも噂で真実を隠してしまえる。非道なベガニシュ貴族が英雄を暗殺して、バナヴィア人に汚名を着せようとしている――そんな風に物語を被せることだって可能だろう。

 ハイペリオンは饒舌(じょうぜつ)にクロガネの言葉を引き継いだ。

 

「そこであなたは、新たな同盟の設立をバナヴィア人の自治区に提案した――()()()()()()()()()。ううーん、これは少々、ベガニシュ帝国にとっては刺激的な名前では? まるでバナヴィア王国の市民革命を想起させるような名前です」

 

「帝国側……本国と総督府にも話は通してある。それに都市国家間の同盟という枠組みは、ベガニシュ帝国の歴史にも存在しているからな。これはあくまでテロの脅威に対抗し、民衆を落ち着かせるための取り組みだと納得できるだろう」

 

「それと都市連合という名前がよくない。村や町に住む人々を無視しているかのような響きです」

 

 ぺらぺらと喋るハイペリオンは楽しげだが、その指摘は極めて要点を踏まえていた。クロガネは少々気まずそうな顔で、頷き一つ。

 

「やはり……そう思うか?」

 

「ええ、まあそういうお考えなら致し方ないでしょうが――演説なりでフォローしておかないと、伯爵は都会っ子だなんて陰口を叩かれるかもしれませんねえ」

 

 今のバナヴィア東部は同時多発テロによって、強い怒りが充満している。それは卑劣なテロ攻撃に対する怒りであり、強力な兵器を流出させたベガニシュ帝国に対する怒りでもある。

 元来、バナヴィアは情熱的な風土である。銃口から歴史を作り、革命によって貴族を追い落とし、近代的市民という枠組みを作りあげた人民なのだ。

 

 クロガネが行ったのは、その激情を傾ける先を用意することだった。

 バナヴィア都市連合構想は、バナヴィア人によるバナヴィア人の安全を維持するための仕組みを提唱するものだった。

 これは大陸間戦争で帝国が疲弊(ひへい)し、その立て直しに取りかかりたい今の時期だからこそ、通る類の構想であった。

 

「それとハイペリオン。敵機の残骸について何かわかったことは?」

 

 クロガネには、気になっていることがいくつもあった。

 それは例えばエルフリーデがセヴラン・ヴァロールとの戦闘中に聞いた独立派の総帥なる存在のこと、そして彼らが独自開発の高性能バレットナイトを投入してきたことである。

 

 回収できたのはエルフリーデが破壊した副腕二本と右腕一本、そして仕込み武器の巨大な盾ぐらいだが、それだけでも駆動フレームや人工筋肉の性能を知ることはできる。

 ハイペリオンが頷いた。

 

「ふむ、では要点を簡潔にお伝えしましょう。まずエルフリーデ卿が交戦した敵バレットナイト〈ミステール〉は、二・五世代ないし第三世代相当の出力と強度を有しています。つまりバナヴィア独立派はすでに、ベガニシュ帝国の兵器工廠に匹敵する開発力を得ているわけですね」

 

「〈アシュラベール〉に記録されていた映像を、ミトラス・グループの技術陣が解析した結果、ということか」

 

「ええ、そして件の残骸から得られた知見でもあります。そして何より旦那様にとって見逃せない情報がもう一つ――これは放棄されたシールドの分析時に判明したことなのですが」

 

 黒髪の不死者に対して、ブリキ缶の頭部とスリット状の空洞を向けて。

 機械卿ハイペリオンが笑う。

 

 

 

「――救国卿(ロード・セイヴィア)より愛を込めて。そう刻まれていましたよ、どうやら敵はバナヴィア人の英雄を名乗っているようです」

 

 

 

 沈黙が降りた。

 クロガネは黄金色の瞳に形容しがたい感情を浮かべたあと、長いため息をつく。

 それは常人とは異なる時間、異なる尺度でこの世界を歩いてきた不死者が、自身の人生を振り返った果てに吐き出されたものだ。

 黒髪の青年の容姿と、想像を絶する歳月を経てきた長命種としての自我――アンバランスな肉体と精神は、途方もない疲労感をこの瞬間得ているようだった。

 

「…………そうか。引き続き調査を進めろ」

 

「かしこまりました。ところでエルフリーデ卿の姿が見えませんが、どうされたのです?」

 

 クロガネはたたずまいを直すように、背筋を伸ばしてハイペリオンを見上げて。

 彼は自らが全幅の信頼を置いている少女騎士の動向を、誇らしげにこう告げるのだった。

 

「俺の代理として犠牲者を(いた)む市民の集いに参列している」

 

 

 

 

 

 

 初夏の日差しは少し眩しかった。

 エルフリーデ・イルーシャは久々にヴガレムル市の街中に来ていた。彼女が今立っているのは、有志の手で作られた献花台のすぐ傍だった。

 献花台は日中にもかかわらず、人の列が尽きなかった。

 

 今回、テロ攻撃を受けた警察官、そしてミトラス・グループの警備員の犠牲を(いた)んで、ヴガレムル市の民衆が詰めかけている。

 そこに集う人々は多種多様で、年齢も服装もバラバラだった。テロを警戒してあちこちに立っている警官すら、この人だかりの前ではちっぽけな存在に思えるぐらいに。

 

 喪服じみた黒い背広に身を包み、黒いネクタイを締めた男装姿の少女騎士は、花を持ち寄る市民を呆気に取られて眺めていた。

 クロガネから顔を出すように言われたときは戸惑ったけれど――こうしていると、その力強さに圧倒されてしまう。

 

 少女騎士の横には、同じく正装姿のリザ・バシュレーが控えている。クロガネがつけた護衛の黒服たちとは別に、リザ自ら立候補しての人選だった。

 エルフリーデは左目の傷が特徴的だから、市民にもだいぶ顔を覚えられていた。

 顔馴染みの店の主が、声をかけてきた。

 

「エルフリーデちゃん、大変だったな……うちのパン、食べていっておくれよ! 新作でね、美味い菓子パンなんだ」

 

 エルフリーデがテロ攻撃の現場に合わせた、という話は市民にも伝わっているようだった。おそらくクロガネの仕業だろう。

 住民の感情のコントロールというか、情報を隠さないことによって敵の意図をくじくというか、そういう手口に関してはやり手の男である。

 

「おじさん、ありがとう。うん、帰りに寄るよ」

 

 この人でごった返した状況は、あまりセキュリティ上はよろしくない。もちろん検問や持ち物検査は街の随所で行われており、そうして安全が確保されているからこその催しなのだが――エルフリーデは、自分が何故、ここに送り込まれたのかいまいちわかっていなかった。

 だが、その理由はすぐに明らかとなった。

 エルフリーデの名前を聞いて、中年の女性がゆっくりと歩み寄ってくる。彼女の瞳は涙でうるんでいた。

 

「あんたが……エルフリーデ・イルーシャさんなのかい?」

 

「ええ、そうですが……あなたは?」

 

 女性が感動したように泣き始めた。危険の兆候は感じ取れなかったので、自分の手を取ろうとする仕草を止めようとは思わなかった。

 むしろ女性を安心させるように、エルフリーデは力強く微笑んだ。

 涙をこぼしながら、献花に訪れたらしいおばさんは語り始めた。

 

「うちの息子はね、戦地であんたに助けられて……今度、無事に戻ってくるんだよ。ありがとうね、本当に……ありがとうねえ……」

 

 ぎゅっと手を握られる。

 そこにはぬくもりがあり、強い感謝の念だけがあった。

 エルフリーデが見知らぬ人から向けられた、純粋な好意に困惑していると、群衆の中から、やはり年老いた男が声をあげた。

 

「俺の息子もだ! エルフリーデ・イルーシャ、あんたのおかげだよ……!」

 

「ああ、私の息子もそうだよ!」

 

「あたしの上の息子もね、助けられたって!」

 

 群衆から次々と、絶え間ない感謝の声が上がっていく。

 エルフリーデは目を丸くして、こんなにも多くの人々が、自分に好意を向けている状況に戸惑った。

 そんな年上の少女の様子を眺めて、褐色肌の少女――リザはにんまりと笑った。

 

「なるほど、こんな時期になんでまた、街に姿を現すなんて、と思っていましたが――これは大事なお仕事ですね」

 

「どういうこと?」

 

 エルフリーデが首を傾げると、リザはふっふっふと自慢げに頷いた。

 

「お姉さんは好かれるタイプの英雄(ヒーロー)なんですよ。ちょっとは自覚しても罰は当たらないってことでしょう、伯爵様も(いき)ですね」

 

 そういうものだろうか、と思う。

 ふわふわと現実感のない認識で、エルフリーデを讃える市民の姿――ちょっと感動して合唱になってきている――を眺めた。

 戦地にいた頃、三三二一独立竜騎兵小隊を率いていた頃は毎日が必死だったように思う。

 

 

――わたしが誰かの命を救ってたって、こういうことなんだ。

 

 

 自分がこれだけ多くの人々から好かれていたのだという事実を見せつけられて、エルフリーデ・イルーシャはびっくりしていた。

 頭では理解できる。

 そもそも帝国は当初、バナヴィア人向けのプロパガンダとして彼女を利用していたし、停戦後は検閲もゆるくなって戦地の情報が銃後の人々にも伝わったのだろう。

 

 その結果として、英雄エルフリーデに家族の命を救われた誰かが集い、こうして彼女に感謝してくれている。

 じんわりと胸が温かくなった。

 ふとエルフリーデは群衆の中に、見慣れた銀の長髪を認めた。真っ白な肌にすみれ色の瞳、見間違えるはずもなかった。

 

「ミリアム。きみも来てくれたんだ」

 

 ミリアム・フィル・ゲドウィンはそっと群衆の中から、エルフリーデの傍に歩み出た。

 

「ええ……一人の人間として、今回のテロで犠牲になった人々を(いた)むのは当然のことです」

 

 生真面目な元副官は、少しだけ人よりも小柄で可愛らしい。

 半袖のブラウスを着ているミリアムは、まるでおとぎ話から抜け出てきたみたいに綺麗だった。

 同じ三三二一独立竜騎兵小隊の一員として、エルフリーデとミリアムはその十代の時間を戦地で共に過ごしてきた。

 群衆の盛り上がりを浴びながら、二人はしばらく見つめ合う。多くの感情が流れて、しかし結局のところ言葉になることはなかった。

 やがてミリアムは、ゆっくりと噛みしめるようにこう告げた。

 

 

 

「あなたは決して、空虚な英雄などではない。それを我々は――あの戦争に従軍したものは、誰もが知っています。たとえ遠く離れていようと、私はあなたの味方です。それを忘れないでください、エルフリーデ」

 

 

 

 息を呑んだ。

 エルフリーデはそのとき初めて、自分が傷ついていたことを知った。優しいおじさんだったセヴラン・ヴァロールと殺し合い、英雄の欺瞞(ぎまん)を突きつけられて、自分の立ち位置を見失っていたのだ。

 

 たまらなく嬉しかった。

 傷ありの少女は、悲しみではない感情に駆られた。

 ぽろぽろと頬を伝い落ちる熱い(しずく)を感じながら、エルフリーデ・イルーシャは子供のように泣いた。

 

 

 

「うん…………ありがとう、ミリアム」

 

 

 

 エルフリーデもミリアムもわかっていた。

 きっとこれは彼女たちの結末なんかじゃなくて、人生も世界も続いていくのだと。

 この揺れ動く時代の中で、絶対の現実なんてありえないのだと悟っていた。一度は殺し合った仲だからこそ、再び刃を交える明日があるかもしれないと知っている。

 それでも今、少女達が心通わせた時間は真実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――こうして歴史は進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――何者にも止められぬ時計の針と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
























これで3章は終わりです。
お読みいただきありがとうございました。

4章は夏と水着とバカンスと大冒険です。
またお付き合いいただければ幸いです。


感想・評価などいただけると…よろこびます…!






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。