機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
プロローグ(4)
落日の都であった。
夕暮れの空から西日が差し込む中、城塞都市が焼け落ちていく。
待ち伏せていた機関銃がうなり声を上げ、それすらも反撃で叩き潰されると――ボルトアクション式の小銃を抱えた何百何千もの兵士が雪崩れ込んでいく。
それから一刻ほどあとのことである。
街のあちこちで銃声が響いて――殺される民の絶叫が、奪われるものたちの絶望が、踏みにじられるものたちの悲鳴が響き渡る。
地獄。
そう呼ぶほかない悪夢の最中、白金色の兜を被った男が、死体の山を前にしていた。
かつては都市の住人で賑わっていた市場は、最早、足の踏み場もないほどの屍で埋まっていた。
「…………戦争だ。戦争が、私から奪っていく……」
男は英雄だった。
伝説に謳われた勇者の中の勇者、何者も勝てぬ恐るべきズァレン人の戦士カガン。
歩兵の携行する装薬式小銃を弾き、戦場において無双の腕力を与える騎士甲冑――燃えるような焔の色、
その足下にはうずたかく積まれたベガニシュ人の死骸が転がっている。略奪のために市街地に押し寄せた兵士たちは、正確無比な剣技によってその命を絶ちきられていた。
果たしてその骸の数は一〇〇を超えて、二〇〇に届こうか。
近代的軍隊の編成において、一個中隊にもなろうかという銃器で武装した兵士が、一方的に殺戮された結果だ。
凄まじい血臭が漂っていた。
切り裂かれた胴体からあふれ出した血液、こぼれた臓物の切れ端、はたまた漏らされた汚物――そういうものの香りが混ざり合い、耐えがたい汚臭となって染みついていく。
人間離れした身体能力がなければ不可能な所業を成し遂げた男は、深々とため息をついた。その表情は兜の前面を覆う装甲に隠されて見えない。
数百の人体を断ち切っても刃こぼれ一つない剣は、先史文明種の遺産たる造物塔で鍛え上げられた、この世ならざる秘術の産物だ。
街のあちこちで銃声が続いていた。果たして彼が切り伏せた一個中隊あまりの兵士たちの死に、如何ほどの意味があったのか――そのように男が思考した刹那、コツコツと規則的な足音がした。
振り返る。
ありえないものが、屍肉の山で埋まっている石畳の上を歩いていた。そいつは血まみれの黒衣を身につけていて、よく見れば胴体を袈裟懸けに斬られていた。
だというのに、血ででべっとりと濡れた肌には傷跡一つない。黄金色の瞳をした青年――つい先刻、その裏切りに等しい傍観を
そいつが足を止めて。自分の目の前に立っている。
「…………確かにお前を斬り捨てたはずだ、クロガネ」
動揺があった。無双の騎士がそう問いかけると、黒髪の青年は足下の死体の山をじっと眺めた。そして幾ばくかの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「ああ。実に三〇〇年ぶりの即死だった……死ぬほど痛かった、というより一回死んでいる。その点において、お前の見立ては何一つ間違っていなかったぞ、カガン」
カガンは何を言っていいかわからず、右手に握った血まみれの長剣に視線を落とす。胴体を深々と切り裂き、主要臓器の大半を破壊し、大量の出血をもたらしたはずの斬撃。
多少、傷の治りが早いとか身体が頑丈とか、そういう類の体質ではどうにもならないダメージを与えたはずだった。
何故、クロガネが生きているのか理解できなかった。そんな騎士の常識的な戸惑いに対して、黒衣の不死者はゆっくりと口を開いた。
「――逆行復元。あるべき形に向かって肉体が再生する、俺のような不死者が持つ生理的メカニズムの一部だ」
まるで魔法の仕組みを解説されているかのような気分だった。どれほど屁理屈をこねられようと、つまるところ胡散臭い神秘の秘術の類としか思えない力である。
しかしながら騎士カガンは現実を冷静に受け止められる人物だった。今まさに城塞都市が落城し、押し寄せるベガニシュ人の兵どもによって蹂躙されていく最中――すべてが手遅れであることを理解しているように。
喉を震わせて、カガンは問いかけを発した。
「クロガネ。残酷な知恵者よ――お前は何を探し求めている? それは果たして、ここで死んでいった幾百幾千の命よりも重たいものなのか?」
英雄カガンの知る限り、この異邦人はズァレン王国の生まれではない。どこか遠い国で生まれ落ち、あまりにも多くの事物を見聞きして、王の客人として宮廷に招かれていた知恵者である。
彼はズァレン人でもなければ王の臣下でもない。であればベガニシュ帝国による侵略戦争が起きようと、ズァレン人のために命がけで戦う義理はあるまい。
だというのに先刻、カガンはクロガネを斬った。彼が憎かったからではない。むしろクロガネという男を友達として信頼しているからこそ、この期に及んでも知恵の一つも貸さない無慈悲さに、勇者カガンは激怒したのである。
「すべては俺の使命だ――カガン、ズァレン人の勇者よ。俺はお前たちとベガニシュ人の戦争において無力だった。言い訳はすまい」
クロガネの返答は簡潔であった。
カガンにわかっていることは単純だった。この男は自分たちには計り知れない知識を頭脳に蓄え、途方もない深い叡智を振るうことができ、その全精力を傾けて何かの目標のために生きている。
その正体をカガンは知らない。彼は勇者であり、騎士であり、滅びゆく王国のため戦う存在だった。
都市が燃えている。沈みゆく太陽から放たれる西日が、強烈な
すべてが手遅れだった。カガンは異邦の友人に対して、決別の言葉を投げかけた。
「失せろ。お前の使命が何であれ、お前と私の道は分かたれたのだ……!」
カガンはクロガネから目を背けると、剣を片手に走り始めた。城塞都市は敵軍に包囲されており、その城門は陥落してしまった。逃げ場はない。民を生かして逃す術もない。
だが、この命尽きる前に一人でも多くのベガニシュ兵を道連れにすることはできよう。
そのような確固たる意思の元、白銀の騎士が石畳の上を駆け抜ける。自らが切り捨てた屍を踏みつけながら、より多くの死を振りまくために。
その後ろ姿を眺めながら、クロガネはぽつりと呟いた。
「……すまない」
それが、互いを友と呼んだ二人の別離であった。
◆
抜けるような青空の下を、一機の飛行機が飛んでいる――否、飛行機と見まごう速度を宙を舞う機甲駆体――それは今や旧バナヴィア王国の民であれば誰もが知っている英雄の翼だった。
戦地で多くのバナヴィア人の命を救った英雄エルフリーデ・イルーシャと、その無双の乗機〈アシュラベール〉。
深紅のデモンストレーション・カラーで塗られたその試作機は、背中側に大きな翼を生やしていた。翼長一〇メートルにもなろうかという翼で揚力を得て、電気熱ジェット推進機構の推力で空を舞うその姿は、まるで天の御使いのように軽やかだった。
それがどれほど技術的に無茶をした代物なのか、市民には知るよしもない。
〈アシュラベール〉は今、ヴガレムル市周辺を飛行していた。ミトラス・グループの飛行場から飛び立ち、規定の飛行ルートを一周して戻ってくるデモンストレーションの真っ最中なのだ。
――英雄エルフリーデ・イルーシャが都市を守っている。
そういう世論作りのための工作の一環だった。今頃、ヴガレムル市民たちは物見遊山にしゃれ込んでいることだろう。
川縁の土手や丘の上の公園には、かのサンクザーレ会戦において公爵軍を一方的に斬り伏せたという英雄のマシンを一目見ようと、大勢の人が押しかけている。
また市内で働く労働者の多くも、少し空を見上げれば、エルフリーデと〈アシュラベール〉の機影が目に入りはするだろう。電気熱ジェットエンジンが空気を吸い込み、ジェット噴流として吐き出す甲高いうなり声が、耳に入りもするだろう。
そして誰もがその存在を意識するはずだった。
それはつい二ヶ月ほど前、ヴガレムル同時多発テロ事件によって市民が負った心理的ショックを和らげるだろう。
――あるいは少女の負った傷すらも、英雄への親愛の情が和らげるかもしれない。
真夏の空の下を、赤いバレットナイトが飛翔していく。
地上に設けられた広大な試験場から、その姿を眺める男――クロガネ・シヴ・シノムラは、いくつかの観測機器から映像を受け取っていた。
それは例えばヴガレムル伯領を巡回する高高度飛行船からの観測とか、市内各所に据え付けられたカメラとか、そういう撮影された映像データは、いくらでもローカルエリア・ネットワークを通じて手元のタブレット端末で見ることができる。
だが、どうしても彼は自分の目と耳で、エルフリーデが空を舞う姿を見ていたかった。
深紅の機影が、雲を背負いながら青々とした空を切り裂いていく。空を飛翔する少女の姿は、地上のあらゆる呪縛から逃れたかのように自由で美しかった。
わかっている。
〈アシュラベール〉は決して自由に空を舞うような機体ではない。初の実戦投入から五ヶ月ほどの時間が経って、ジェットエンジンにも改良が加えられているが、それでも推力任せの飛行であることは否めないのだ。
その飛翔する姿が美しいのは、エルフリーデという隔絶した才覚の天才が操るからこそと言えよう。
鳥が空を飛べるのは、身体を限界まで軽くして、そのためにすべてを捨てたからだ――鳥ならざる人が空を羽ばたけるのは、摂理に抗う数多の
それでも、その姿は自由に見えた。
――その翼が、お前に生きる力を与えるものであることを。
クロガネは強く願っていた。
自分が彼女に与えた力が、新たな戦場へとエルフリーデを導くものだと知りながら――それが祝福であることを祈り続けた。
慈しむように、愛おしむように。
4章開幕です。
夏だ! 水着だ! 陰謀だ! ゾ〇ドだ!
4章ではリゾート地でイチャイチャしたり、現地の陰謀に巻き込まれたり、天を切り裂く大英雄になったりします。