機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
八月の空の下、さんさんと照りつける太陽の日差しを跳ね返して――高度一万メートルの高さを飛ぶ乗り物というのは、おおむね落ち着かない。
これは大陸間戦争時代、軍用輸送機を使った空挺降下作戦――「機甲駆体をでっかい飛行機に積み込んでパラシュート降下させたらすごい便利!」という発想に基づく――で酷使されてきた後遺症のようなものだった。
ありがたいことに平和な領空を飛んでいるので、地上から飛んでくる地対空ミサイルや、出力任せに射出される地対空レールガンの脅威に怯えなくてもいい。
ああ、戦後って素晴らしい。
そんなズレた思考の元、エルフリーデ・イルーシャは飛行機の与圧キャビンにあつらえられたふかふかのシートに身を沈めた。
――すごい、金持ちの座り心地がする!
比較対象が辛うじて尻を乗せられる台座のような何か――ベガニシュ帝国陸軍の輸送機は、残念ながら居住性という観点において未熟である――だったので、エルフリーデは深く感動していた。
深い茶色のミディアムヘア、抜けるように白い肌、すっきりと整った目鼻立ち、左目から左頬にかけて走った傷跡。
どちらかといえば凜々しい顔立ちの美しい少女は、しかしながら今、緊張感のないふにゃふにゃとした微笑みを浮かべていた。
何せ今、エルフリーデが乗っているのは高級な旅客機なのだ。
爆撃機の技術を転用して作られた与圧キャビン、抜群の巡航能力と滑走路要らずの機体特性を併せ持ったティルトローター旅客機――企業連合体ミトラス・グループの航空機開発ノウハウの結晶だと、どこかの伯爵様は熱く語っていた。
飛行機としての乗客の定員は一〇人。ここに操縦士と副操縦士の二人を加えて、快適な空の旅を提供してくれる素晴らしい乗り物なのであった。
もちろん二ヶ月前のテロ事件の記憶は新しいから、空の旅を守る体制も万全である。ちらりと窓の外を見れば、肉眼で目視できるぐらいの距離に飛行機がいるのが確認できる。
特徴的な三胴設計の機影――文字通り細長い胴体が三つ連なっているのを主翼で繋げているような構造――は二基の超伝導モーター駆動プロペラがついており、旅客機の巡航速度に合わせてエスコートしてくれている。
何を隠そう、これこそはミトラス・グループの研究していた長距離双発単座戦闘機〈サンライト〉である。
戦闘機というのは、航空機相手に戦うことを第一目標にして作られた飛行機らしい。クロガネが開発した対ミサイル用ジャミングポッドを搭載しているこの戦闘機が、旅客機に対する万全の守りになっているのだった。
要するにクロガネの大好きな科学技術の化身が二重三重に投入された、
――まさかみんなで観光に行けるとは思わなかった。
バナヴィア東部からバナヴィア南部へと向かう旅客機の乗客はいつもの面子である。
まずヴガレムル伯爵クロガネとその従者ロイ、続いてエルフリーデとその従者リザ、そして身内として同行するティアナとメイドのアンナ。
ここに黒服の護衛四名を乗せた定員を満たした状態ながら、飛行機の中に
エルフリーデがちらっと視線を送ると、妹のティアナ・イルーシャは十代前半らしい無邪気な笑みを浮かべて、窓から見える景色に一喜一憂していた。
いつもお世話になっているアンナも、慰労としてこの旅に同行することになって、友人であるエルフリーデとティアナは大いによろこんだ。ついでにぬるっと仲良くなっていたリザも親指を立てていたりする。
聞き耳を立てる。ティアナとアンナは歳が離れているが、その会話はとても和やかだった。
「アンナさん、ここってもうマリヴォーネなんですか?」
「そうですね、もうすぐマリヴォーネだと思いますよ。たぶん機長さんがアナウンスしてくださいますよ」
「そっか、それもそうですね! わあ、海がキラキラしてて綺麗です……!」
目を輝かせて窓から見える景色――流れていく眼下の地上を眺めているティアナは、あまりにも子供らしい健やかさに満ちていた。
つい半年前は雪深い古城に閉じ込められていたとは思えないぐらい、心身共にティアナ・イルーシャは元気いっぱいだ。
姉としてその事実が嬉しくて、エルフリーデは思わず、ぽろっと本音をこぼした。
「ううっ…………うちの妹が可愛すぎる……今日という日を全人類がティアナを讃える記念日にしたい……」
「お姉ちゃん、本気で気持ち悪いから外でそういうのやめようね?」
ティアナは冷たい視線で姉の溺愛を
「うん、でもね? 夏のバカンス、海辺のリゾート地、可愛い妹……これはもう姉心が燃え上がってもおかしくないと思うんだ」
「姉心とか意味わかんないこと言い始めるの、お姉ちゃんのよくないところだよ」
「だって、わたしはティアナのお姉ちゃんだから……!」
エルフリーデは澄んだ瞳でそう言い放った。深紅の
ティアナはとても勉強ができる子だったので、にべもなく姉の言葉を切って捨てた。
「お姉ちゃん、そういうの妄執っていうんだよ? ウザいよ?」
「うん、わたしを若干冷たい目で見るティアナも可愛いよ……!」
エルフリーデ・イルーシャは無敵だった。何故ならば妹は世界一の美少女であり、何をしていても可愛いというのはこの世の真理だからである。
であれば自分の溺愛が突き放され、妹から批判されるのもまた、姉が通るべき洗礼と言えるのではないだろうか。
フィルニカ王国での旅で一度、姉妹として距離を取ったことによって――エルフリーデはそのような信仰と呼ぶべき価値観を獲得したのだ。
より厄介な
「お姉さんは相変わらず
イルーシャ姉妹の珍妙なやりとりを聞きながら、エルフリーデの隣のシートに座る少女――リザ・バシュレーはやれやれと肩をすくめた。
すっかり一同に馴染んでいる褐色肌の少女は、実のところシノムラ家の家臣に加わってからまだ日も浅い新人である。まるで昔からのエルフリーデの従者みたいな顔をしているのは、単純にリザが図太い性格だからである。
エルフリーデとティアナの間に挟まっているリザとアンナは、顔を見合わせて苦笑する。
二人が意気投合しているのは、個性的だが悪人はいないヴガレムル伯爵の屋敷の面子の中で、アンナの人柄がとにかく優れているからだった。
「そういえばお姉さん、水着は準備されましたか?」
「へっ?」
リザに問いかけられ、エルフリーデはきょとんとした顔になった。もちろんエルフリーデ・イルーシャはすっとぼけた人物なので、夏の海に繰り出すとわかっていても、水着を準備するような色気はなかった。
涼しく過ごせる服装とか、日焼け止めクリームとか、サングラスとか、日傘とか、カメラとかの準備は万全である。すべては妹を夏の日差しから守り、その可愛い姿を写真に焼き付けるためなのは言うまでもない。
小首をかしげたエルフリーデの様子からすべてを察して、リザは腕組みした。その豊満な胸の膨らみが腕に押し上げられた。
「……よし、現地で買いましょう!」
リザ・バシュレーはできた娘だったので、この時点でエルフリーデの私人としての天然ボケっぷりを把握していた。
そもそもヴガレムル伯領があるバナヴィア東部は緯度が高く、比較的、寒冷な気候で知られている地域だ。街の服屋に水着が売っているはずもないし、屋敷に出入りする外商からカタログで取り寄せるなんて器用な真似、エルフリーデにできるはずもない。
かの少女騎士は庶民派の英雄であり、そこらの貴族令嬢とは大きく異なる価値観で生きているからだ。
これでも祖国から亡命する前は上流階級の子女だったリザは、その辺のギャップを埋めるのがとても上手な娘だった。
「あら、ならわたしもご一緒したいです。水着というのはその……どうやって選べばわからなくて」
メイドのアンナがすかさず助け船を出す。これでもう、エルフリーデ・イルーシャが水着選びから逃げる術はなくなった。
無言のアイコンタクト。このときリザとアンナは恐るべき連係プレイを発揮していたのである。
「リザさんは水着に詳しいんですか?」
「
「わっかんないなあ。水着ってアレでしょ、なんか下着みたいなやつ。肌を露出しすぎじゃないかな」
エルフリーデの呟きは大いに一同を困惑させた。一般的にバナヴィア王国だった土地の気風は、革命によって保守的な価値観が大きく変わった影響が大きい。
つまり「嫁入り前の娘が肌をみだりに見せるべきではない」というような、前時代的価値観は駆逐されつつあった土地柄なのである。
それに比べれば
夏のバカンスで水着を着るぐらいの羽目の外し方は、一般にも広まってきたと言っていい。
ゆえにエルフリーデ・イルーシャのズレた反応は、浮かれているリザに火を点けた。
「違いますよお姉さん……水着はそう、晴れ着みたいなものですから! 夏の日差しの下、弾けるようなみずみずしさ! 笑顔が
リザは熱弁した。
エルフリーデはその熱意に押されて「そ、そういうものかな?」とたじろいだ。
褐色の少女は、その鬼火色の瞳でちらっと視界の隅に視線を向けた。朴念仁で有名な黒髪の伯爵は、ちょっぴり開放的な半袖シャツ姿だが、手元の本に視線を落としている。
従者のロイ・ファルカ共々、男性陣はとても静かだった。
そもそも話題に加わらないのが仕事の黒服たちはともかく、彼女たちをリゾート地に招待した伯爵様まで静かなのはいただけない。
ニヤッとリザは笑った。
「伯爵様も見たいですよね、お姉さんの水着!」
ド直球だった。
クロガネ・シヴ・シノムラは顔を上げると、困り果ててうめく。
「待て、俺に話を振るな」
水着が見たいと言えば下心がある感じになり、見たくないと言えばエルフリーデの機嫌を損ねる嫌な二者択一だった。
金髪碧眼の従者ロイ・ファルカは、主人に代わってリザをたしなめた。
「リザ様、旦那様がどう答えても……面倒な話題を振りましたね?」
「ロイさん、エルフリーデお姉さんはこのぐらい正面からぶつからないと伝わらないです!」
わいわいとやかましくなってきた機内で、エルフリーデはため息をついた。
どうしてこんなに気分が楽しいのかわからないが――ひとまず、傷ありの少女の本音は一つだけだった。
「わたしは……ティアナの水着姿なら見たいかな……!」
ティアナは真顔になった。
「お姉ちゃん、そういうのやめな?」
姉は絶妙に気持ち悪かった。