機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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神話の地マリヴォーネ

 

 

 

 

 

 

 水着が見たいか見たくないかの質問が通じないとみるや、リザは素早く話題を切り替えた。異国で生まれ育った少女は、人の輪に溶け込むのが仕事の元スパイなので、空気を読むのがとても上手かった。

 

「そういえばマリヴォーネってどういう土地なんですか?」

 

 リザ・バシュレーは多言語と科学技術に精通した元スパイ、プロの工作員である。しかし生まれは大陸南方のフィルニカ王国、育ちは大洋の彼方にあるガルテグ連邦である。

 正真正銘の異文化圏なのだ。つまりバナヴィア人であれば誰もがうっすらと知っている常識に対して、存外、疎い身の上だと言える。

 

 むしろ移住から三ヶ月ほどで言葉を不自由なく読み書きできるレベルになっているだけ大したものなのだが――ともあれ、話題の切り替えは効果的だった。

 エルフリーデが気安い感じで口を開く。

 

「マリヴォーネはバナヴィア南部の海沿いにあるリゾート地だよ、リザ。お金持ちの保養地として栄えている観光の街だね――バナヴィア人なら誰もが知ってる、豪華な海の街って感じかな」

 

「補足するならマリヴォーネはバナヴィア南部で最も経済的に繁栄している都市だ。ベガニシュ帝国に併合されたあとも、自治区として多くの権利を保持し、数多くの免税によって富裕層の定住を促している。レナタン半島とも国境を面していることから、異国の文化の影響も強い街だな」

 

 エルフリーデとクロガネが、息もぴったりにマリヴォーネ市についての解説をした。

 多少なりともマスメディアに触れていれば、近代的なリゾート地としてのマリヴォーネについてのイメージは共有されることだろう。

 

 一面の青い海、港湾部に広がった砂浜、豪華なヨットやクルーザーが並ぶ港、開放的で近代的な新市街、狭い建物と建物の間を石畳の道路が続く旧市街――写真付きで新聞に広告を打つことも珍しくないから、実際には訪れたことがない庶民でも、保養地マリヴォーネのことはわかるのだ。

 

「……ああ、そのお話を聞いて思い出しましたよ。そうでした、素敵(クール)な神話がある土地でしたね!」

 

 リザは頷き一つ、そんな風に切り返した。近代的な海のリゾート地というイメージにそぐわない単語を聞いて、ティアナ・イルーシャが姉そっくりの容姿で首を傾げた。

 

「神話、ですか? ええっと、リザさんってそういうお話が好きなんですか?」

 

もちろんです(オフコース)! 伯爵様のお屋敷って書斎の本が閲覧自由じゃないですか、あれでいろんな地域の神話を調べるのがですね、中々楽しくって……」

 

「へー、ねえリザ、それってどんな話なの?」

 

 興味津々という感じでエルフリーデが問いかけた。待っていましたとばかりに、リザ・バシュレーはにやりと笑う。

 

「よくぞ聞いてくれました――マリヴォーネにはとても古い神話があってですね。今から数千年前、神々の長の息子エリゼオが訪れて、恐ろしい怪物を退治したって伝説があるんですよ。何でも火を噴く巨大なトカゲだとか、毒気を出す大蛇だとか、そういう感じらしいんですけどね。とにかく、剣の一振りで天を衝くような怪物を真っ二つにしたそうですよ」

 

 リザは新大陸発祥のヒーローコミックが大好物というだけあって、大陸諸国に残る英雄譚もまた大好物らしかった。熱の入った語り口に一同が耳を傾けていると、十代半ばの少女はちょっと調子に乗った。

 

「かくしてマリヴォーネは英雄エリゼオのおかげで人が住める土地となり、エリゼオを讃える神殿を作ったそうなんですが……ええ、まあ、めでたしめでたしとは終わらなかったんです」

 

 話の先行きが怪しくなってきた。普通に考えれば怪物が英雄に倒されてハッピーエンドでは――エルフリーデが小首をかしげると、リザはにこにこと笑いながら、ちょっぴり声を潜めた。

 

「マリヴォーネを邪悪な大蛇が支配していた頃、その地下は冥府の国と繋がっていたそうなんですが……マリヴォーネの大蛇はエリゼオに討たれる直前、たくさんの怪物を産み落としていたそうなんです。彼らは母親である大蛇が討たれたあとも、マリヴォーネの地下をさまよっているそうです……火を噴く恐ろしい魔犬(ブラックドッグ)の群れが、ね」

 

「つ、作り話、ですよね?」

 

 ティアナが声を震わせてそう尋ねた。エルフリーデの妹である少女は聡明だったが、怖い話は苦手な方だった。

 リザの語り口が雰囲気抜群だったこともあり、小動物じみてビクッと肩を震わせている。

 

「いえいえ、それはどうでしょ――あ痛ぁっ!?」

 

 調子に乗ってホラー調の語りを続けようとしたリザの背中に、断頭台じみたチョップが振り下ろされた。目を細めているエルフリーデが、無言で制裁を加えたのである。

 割と本気で痛かったらしい――褐色の少女が涙目で隣を見やると、エルフリーデ・イルーシャは静かにこう告げた。

 

「ティアナを怖がらせた罪だよ、リザ」

 

「一歩間違ったら首を刎ねられそうな威圧感があります……!」

 

「そうだよ?」

 

「否定しない!?」

 

 エルフリーデの深紅の瞳には冗談の欠片もなかった。リザは戦慄(せんりつ)した。

 

「そんな……これが姉妹溺愛者(シスコン)……冗談が通じない……!」

 

「可愛い子を怖がらせてよろこぶセンスを、わたしはジョークと認めない。そしてティアナは世界一可愛い――つまりきみは世界一の大罪を犯したんだよ」

 

「えっ……!?」

 

 恐ろしい論理の飛躍が襲ってきた。澄んだ瞳でやや狂気を感じさせる言動のエルフリーデをなだめるように、クロガネがゆっくりと口を開いた。

 

「リザ・バシュレー。人を怖がらせてよろこぶのは、あまりよい趣味とは言えない。確かにマリヴォーネ旧市街の地下に大小様々な通路が広がっているのは事実だが、それは都市建設のために石材を採掘した石切場の採掘跡だ」

 

「おおーう……夢も希望もない現実的な補足ですね……ごめんなさい(ソーリー)、ティアナさん」

 

「あっ、いえ、あたしは大丈夫ですけど……」

 

 妹が落ち着いた返答をすると、姉もまたするりと矛を収めた。

 ここで姉妹愛からの暴走をしないあたりに、エルフリーデの奇妙な理性的振る舞いがあると言えよう。確かに最年少の子供を怖がらせるような言動は、たしなめられるべきではあったので、それ以上、誰も追求はしなかった。

 ただこの場の全員がこう思った。

 エルフリーデ・イルーシャを妹のことで怒らせるのはやめた方がいい、と。

 ちらりと窓の外の景色に目を向けて、クロガネ・シヴ・シノムラがこう告げた。

 

「マリヴォーネが見えてきたな。今はいい写真が撮れる」

 

 そう聞いた瞬間、ぱっと顔をほころばせてティアナが窓に張り付いて。

 わあ、と歓声を上げた。

 ティルトローター旅客機が徐々に高度を下げていたこともあり、窓の外から一望できる景色は素晴らしかった――大空と海原が綺麗に調和した景色――鳥のように空を舞って見る海面は、日光をきらきらと反射して、まるで宝石をちりばめたように美しい。

 

 そして一面の海原を抜けた先には、弧を描くようにできた港湾部が存在していた。日光を照り返す砂浜、無数の船が浮かぶ港、白亜の建物がびっしりと立ち並ぶマリヴォーネの街並み。

 それ自体が王侯貴族の庭園のような美を彩っている。

 

「……よしっ!」

 

 エルフリーデがカメラを取り出すと、手慣れた様子でカシャッとシャッター音が鳴った。

 撮ったのは外の景色ではない。弾けるような笑顔ではしゃぐティアナ・イルーシャのこの夏の姿を、最高のアングルで撮影したのだ。

 プロのカメラマンも顔負けのシャッターチャンスを見逃さない早撃ちだった。

 

「お姉ちゃん、あたしはいいから外の景色撮って!」

 

「大丈夫! そっちも撮るから!」

 

 エルフリーデは浮かれていた。これでも一応、伯爵の護衛として拳銃の携行許可証をもらっており、万が一に備えて厳めしい自動拳銃を持ち歩く気でいるのだが――そう見えないほどに。

 大量の警察官が街の至る所で目を光らせているマリヴォーネで、それらの出番があるかは大いに疑わしかったが、少女が常在戦場の心意気になるのも無理はなかった。

 

 つい先日、イルーシャ姉妹と親しい付き合いのあった人物が、テロリストとして襲撃を仕掛けてきたばかりなのである。

 ことの経緯はエルフリーデの口からティアナにも伝えられており、実際のところ、二人がその事実とどう向き合っているのかは部外者にはわからない領域の話だった。

 ひとまず彼女たちが俗世の憂いを忘れられたらいい、そう願うクロガネだったけれど――

 

 

「――クロガネもちょっとは肩の力を抜きましょう? そりゃ、あなたもわたしも完璧に仕事抜きは無理でしょうけど、今ぐらいは楽しんでも罰は当たらないですよ」

 

 

 弾けるような笑顔の少女にそうたしなめられて、クロガネ・シヴ・シノムラは苦笑した。黒髪の伯爵は、どうやら自分が思っていたよりも彼女が強い人間であることを再確認する。

 湧き上がる愛おしさを胸に秘めて、不死者は肩をすくめた。

 

「なるほど、どうやら俺は夏を楽しむことにおいて、お前から教わることが多いようだな」

 

「ふふーん、夏のバカンスですからね。これでもパンフレットはいっぱい読んだので、頼ってくれていいですよ」

 

 エルフリーデ・イルーシャが無邪気に胸を張る。

 これから過ごす夏に思いを馳せる少女たち――その期待を与圧キャビンに乗せて、ティルトローター旅客機はゆっくりとマリヴォーネ郊外の空港へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 マリヴォーネ国際空港は文字通り、多種多様な人々でごった返していた。

 離着陸に滑走路を必要としないティルトローター機用のスペースに一行を乗せた旅客機が着陸したのを見届けて、ここまで護衛に付いてきていた双発戦闘機がゆっくりと着陸態勢に入っていく。

 その見事な操縦を地上から見上げ、エルフリーデはマリヴォーネ市の空気を吸い込んだ。

 

「……潮の匂いがする」

 

 大陸東海岸で嗅いだ湿潤な空気とは異なり、からっとした空気である。空は快晴、なんと一年の八割近くが晴れ渡っているというマリヴォーネらしい天気だった。

 格納階段から地上に降りた少女は、南バナヴィアの開放的な空気に戸惑っていた。

 バナヴィア北部ロシュバレアの生まれであるエルフリーデにとって、ここはバナヴィア人の土地と言ってもほとんど異国と言っていい土地である。

 

 旧バナヴィア王国の領土が分断され、総督府直轄地・自治区・貴族領の三つに分けられた時点で、一般人がこれらの境界を越えて、陸路で遠出するのはハードルが高い行為になったせいだ。

 不可能ではないが時間と手間とお金がかかる。

 そういう意味では徴兵されて送られた戦地――約一万キロメートルほども離れているベガニシュ帝国の領土、大陸東海岸の方がよっぽど馴染みがある。

 

「エルフリーデ、こっちだ」

 

 クロガネが声をかけてくる。エルフリーデは強い日差しから妹を守るべく、さっと日傘を開いた。日焼けに気を遣うティアナとアンナが、するっとエルフリーデの傍らにやって来た。

 ちなみにリザは野球帽とサングラスでばっちり決めている。

 夏着として薄い布地の半袖シャツやブラウスを着ている少女たちを待って、クロガネと従者のロイが足を止めている。

 妹とメイドの友人を日差しから守りつつ、エルフリーデは素朴な疑問を問いかけた。

 

「そういえば陸路だとビザとかですごく面倒くさいのに……空路ってなんでこんなに快適なんです?」

 

「ティルトローター機は場所を選ばないとはいえ、基本的に空港と空港を行き来するようにできているからな。空港でチェックが入るなら、陸路での検問より効率がいい。それに飛行機は未だ、庶民の乗り物とは言いがたい存在だ」

 

「お金持ちしか使わないから安心安全ってこと?」

 

 クロガネは皮肉な笑みを浮かべて、「そういうことだな」と肩をすくめた。

 なるほど、この男の持論であるところの科学技術の発展と普及による生活の改善と、ベガニシュ帝国が未だに固持している貴族文化は本質的に相容れないものなのだろう。

 

 一行が空港の建物内に入ると、そこには多くの行き交う人々がいた。そしてその誰もが身なりがよく、歩き方一つから見ても中流階級以上だと察せられる人間ばかりだった。

 裾の長いドレスを着た貴族女性や、その従者と思しき礼服を着た侍女の姿も見受けられる。

 

 

――本当にここ、バナヴィアなの?

 

 

 少女にとってのバナヴィアは、本質的に抑圧を受けている人民の姿であった。そこにベガニシュ人がいるとすれば、多くの場合、本国の威光を笠に着た役人や入植者の類に他ならない。

 ここにはそういう一種、張り詰めた空気は微塵もなかった。

 

 誰もが心にゆとりがあるのだ。サービスを提供する空港職員も、通路を行き交って飛行機を乗り降りする人々も、微笑みを浮かべている。

 比較的、市民の生活水準が高いヴガレムル伯領と比較してみても、明らかに雰囲気が違うのである。

 ヴガレムル伯領における豊かさというのが、中流階級のバナヴィア市民の多さを意味するとすれば――ここマリヴォーネの空港におけるそれは、圧倒的な上流階級の貴族や富豪と思しき人々の数に担保された独特の秩序があった。

 

「合わせろ。喋るのは俺とロイがやる」

 

 クロガネは圧倒されているエルフリーデに向けてそう目配せした。

 首からカメラを提げて、片手に日傘を持っているエルフリーデは誰がどう見ても観光に来たお嬢さんだった――その左目に走った大きな傷跡さえなければ、だが。

 空港の保安検査場に荷物を預ける。

 

 こちらは問題なくクリアした。持ち込むことになっていた護身用の銃器に関しても、書類はちゃんとそろっていたし、伯爵家の騎士という身分が大いに役だった。

 そしてマリヴォーネ自治区への入国審査を行う番――審査官の男はビザと通行許可証に目を通したあと、スタンプを押した。

 そして茶目っ気たっぷりに声をかけてきた。

 

 

「こんにちは、美しいお嬢さん! マリヴォーネで素敵な休暇を過ごしてくださいね!」

 

 

 エルフリーデはびっくりした。少女の故郷、バナヴィア北部ロシュバレアの人間は、一般的に真面目で口数が少ない人間が多いとされている。

 基本的にエルフリーデもそういうバナヴィア北部の人間らしい気質の持ち主である。

 そこからするとマリヴォーネ国際空港の審査官のノリは軽かった。まさかこんな風に軽口を役人が言ってくるとは思わず、目をぱちくりさせたあと、微笑みを浮かべてこう返した。

 

 

「ありがとう!」

 

 

 神話と観光の街マリヴォーネと、現代を生きる英雄エルフリーデのファーストコンタクトは友好的なものであった。

 この時点では誰もが、この先で待ち受ける事件を予想していなかったのである。

 

 

 

 

 

 

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