機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
音が止まない。
それは戦場の音だ――数多の砲弾が爆ぜる音、地雷を踏んだ戦車が吹き飛ぶ音、機関砲がうなりを上げて歩兵をズタズタに引き裂く音。
どんよりと曇った空の下、敵も味方も兵器と兵士の残骸を地面にさらしながら、終わることがない殺し合いをもう何日も続けていた。
ジャコモ・クルチ一等兵はバナヴィア人である。大陸の反対側、はるか一万キロメートルも離れた土地に住まうバナヴィア人が徴兵され、こんな戦場に投じられている――何もかもがおかしくて狂っていた。
『――こちらB四五地点、第一八連隊第七歩兵中隊! 敵の弾幕がひどい! 支援砲撃を要請する!』
『こちら第三戦車中隊、第三ラインまで突破に成功した! バナヴィアの機甲猟兵を寄越せ、このまま落とす!』
『地対空レールガンを潰せ! フェンジオ要塞を陥落させれば、ガルテグ兵は飢えて死ぬ!』
無線機から聞こえてくるのは、味方の勇ましい声だった。
――ベガニシュ人。みんな死んでしまえ。
馬鹿げた戦争だった。ベガニシュ貴族どもの利権争いで始まった挙げ句、海戦で負け続きになって本土にまで攻め込まれるなんて、他人事なら無様すぎて大笑いしただろう。
だが実際には他人事ではすまなかった。
身分階級に縛られ、国内政治をこんなときでも優先している腐った貴族どもは、本土防衛のための時間稼ぎの兵隊を必要としていた。
それも帝国内で消費しても文句を言われない身分の人間をだ――結果として白羽の矢が立ったのは二等市民たるバナヴィア人であり、その政治的無価値さは、大陸の反対側から人員を運ぶ輸送コストよりも優先されるものだった。
効率だけを考えるなら攻め込まれる東海岸の人間だけで防衛隊を組織した方が、よっぽど時間的にも資源的にも無駄がなかっただろう。
だが、そうはならなかった。
そして笑えないことに、立派な負け戦にバナヴィア人は投入された。ベガニシュ帝国はその犠牲によって稼がれる時間を使って、反攻作戦に必要な戦力をまとめ上げようとしていた。
ジャコモたちは捨て駒なのだ。
――
砲弾が降ってくる度に怯えながら遮蔽物に隠れるしかなかった。敵も味方もそうやって物陰に隠れているから、お互いの隠れる場所をなくそうと、手当たり次第に砲弾を撃ち込む有様だった。
おかげでかつて家屋が建ち並んでいた丘の上の住宅地は、すっかり瓦礫が広がる荒れ野になっていた。
もうとっくの昔に部隊は散りじりになっていた。一緒に列車で連れてこられた同郷の友人たちは、敵軍の銃弾によって倒れていった。
今、ジャコモがいる戦場はかつて、東洋の水上都市と謳われた街並みを一望できる丘の上だった。ここからは海岸から水平線の向こうまでを見渡すことができ、強力な要塞砲――設置型の大型レールガンだ――によって海辺が守られている。
対空レーダーと連動している電磁投射砲のおかげで、ベガニシュ帝国ご自慢の戦略爆撃機は近づくことすらできずにいる。
だから大量の犠牲を出すことを承知で、ベガニシュ帝国陸軍は攻勢を仕掛けることにした。
そして数百数千の単位で死んでいっても仕方ないものとして、ジャコモ・クルチ一等兵を含むバナヴィア兵は投じられていた。
――こんな余所の戦争で死にたくないっ!
ジャコモはまだ二十歳の若者だった。故郷はもっと温暖で過ごしやすい街であり、こんな肌にまとわりつくような湿気がある土地ではなかった。
今隠れている比較的大きな家屋の残骸に、敵の砲弾が飛んできたら死んでしまうだろう。だが、後方に戻る道もなかった。来た道はすっかり砲撃で耕されていて、開けた斜面になっている。
機銃掃射で蜂の巣にされるのがオチだった。
だが、もうジャコモには部隊の仲間がいない。所属していた小隊の小隊長は、先ほど運悪く砲撃を喰らって粉々に砕け散ったようである。
戦況は少しずつ味方が優勢になっていた。戦車部隊が地雷の尽きた地雷原を突破して、敵の防衛ラインを大きく後退させているのだ。
――俺が死ぬ前に要塞を落としてくれ!
歯の根を鳴らしてジャコモは恐怖に震えた。大勢の敵兵が立てこもっていて、無数の機関銃や電磁投射砲、大口径の曲射砲で守られている要塞は鉄壁の守りである。
このまま前進しても生き残る目はなかった。ガルテグの遠征軍が立てこもっているのは、元々、ベガニシュ帝国軍が築いたフェンジオ要塞である。
要するにベガニシュ人が撤退時に壊し忘れて、そのまま敵軍に奪われた挙げ句、地対空レールガンを増設されて始末に負えない状況になったのだ。
死ぬならベガニシュ人が死ぬべきだった。けれど戦場は理不尽で、次々とバナヴィアから連れてこられた同胞たちの命を奪っていった。
爆音。視界がぐらつく。ジャコモが隠れている物陰のすぐ近くで爆発が起きたのだ。
地面に倒れてうめく青年は、自分が今、どういう姿勢でいるのかも不明瞭だった。奇跡的に砲弾の破片が当たることを逃れ、防弾装備のおかげで軽い負傷で済んでいることすらわからない。
ただ痛みでこのまま死ぬのだと思った。
ここに二発目の砲撃が撃ち込まれれば、ジャコモは死ぬだろう――これまで倒れていった同胞たちのように。
そのとき振動を感じた。
何か大きなものが地面を叩いて前進する音。意識がもうろうとする中、ジャコモ・クルチ一等兵は確かにそれを見た。
光の盾を掲げて前進する巨人の群れ――青みがかかった暗い灰色、肩部アーマーにペイントされた部隊の所属を表す番号。
その手に馬鹿でかい剣を携えた機甲駆体と、それに付き従って銃を構えた機甲駆体が、恐ろしいほどの快速で瓦礫の山を踏み越えていく。
――三三二一独立竜騎兵小隊、エルフリーデ・イルーシャ中尉の率いる英雄部隊。
バレットナイトの携えた四〇ミリ狙撃砲が次々と敵の火点に撃ち込まれる。機関砲の自動砲台が撃ち抜かれていく。直接照準で用いられていた大口径砲の砲身が撃ち抜かれ、薬室の砲弾に引火して悲惨な誘爆が起きる。
そうして要塞の地上の守りが手薄になった瞬間、ためらいなく三三二一独立竜騎兵小隊は飛び出していった。
それは一見すれば無謀な突撃だった。
しかし実際のところそれは計算された戦術である。これまでの戦闘状況から敵要塞の火砲の配置を読み取り、どこをどう動けば突破できるかを読み取った末の効果的な攻撃だったのだ。
恐ろしいことにそれは地雷原の配置すら予測し、砲兵と連動しての
『命あるものは我に続け――エルフリーデ・イルーシャが要塞を落とす! ついてこいッ!』
要塞の前面の
後方からの支援砲撃が着弾し、竜騎兵部隊の進路を阻む地雷原を吹き飛ばしていったのだ。同時に撃ち込まれた大量の発煙弾が濃密な煙幕の帳を広げていく。
エルフリーデたちは嵐のように吹き荒れる機銃掃射をものともせず、味方の砲撃に合わせて要塞目がけて斬り込んでいった。敵の防衛線を突破した竜騎兵以外の戦車も機甲駆体も、エルフリーデのあとを追うように突撃していった。
とんでもないことが起きていた。
ジャコモは地面に横たわり、要塞から聞こえる悲鳴じみた砲声を聞いていた。超硬度重斬刀が振るわれて、要塞の守備隊が切り捨てられていく音を鼓膜に染みこませる。
ゆっくりと青年は立ち上がった。
――俺も、まだ死ねない!
そして生きて故郷に帰るのだ。
ジャコモ・クルチ一等兵は戦場の混乱に紛れるように走り始めた――自らが生存するために。
そして半年後、彼は大陸東海岸の戦地で終戦を知ることになる。
◆
さんさんと照りつける日差しの下、マリヴォーネの街並みはとても綺麗だった。戦争によって荒れ果てた国土や、行政が機能不全に陥っている総督府直轄領の風景を知っているとなおさらだった。
まず街並みのすべてが綺麗だった。収集車が来なくてゴミ捨て場があふれているなんてことはないし、道ばたにゴミをポイ捨てしようものなら、街中どこにでもいる警察官が罰金を徴収する。
よってマリヴォーネの街並みはとても綺麗だった。文字通り道ばたにゴミ一つない清潔さ――あちこちに整備された噴水はいつも澄んだ水を噴き上げ、花壇には夏に花を咲かせる品種が植えられて色とりどりの花弁を開かせている。
石材を切り出して作られた白亜の伝統的な建物はよく手入れされているし、近代的な建築物もまたそれと調和するようなデザインのものばかりだ。
開放的なメインストリートから一望できる海、そして砂浜はいずれもなだらかで、気持ちよさそうに日光浴に勤しむ海水浴客だらけだった。
「すごいですね、お姉さん。まさにセレブ御用達って感じの景色です――お気づきですか?」
リザがぽつりとそうこぼす。
日傘を差して年下の友人を日光から守るエルフリーデは、同意するように深く頷いた。
「うん、ここって海岸線も含めて人工物なんだね。たぶんあの砂浜も、埋め立てて作った環境だと思うよ」
エルフリーデとリザは今、二人で街の下見に来ていた。
空港から送迎の車に乗り込んだ一行は、クロガネが予約していた高級ホテルに到着後、二手に分かれたのである。
すなわちまずはとても豪華なホテルの室内で一休みする方――ヴガレムル市の屋敷からマリヴォーネ国際空港までの移動時間は二時間にも満たないが、それでも精神的に気疲れはするものだ――と、街の様子を偵察しに繰り出す方である。
妹ティアナとメイドのアンナは前者を選び、エルフリーデとリザは後者を選んだ。クロガネとロイは例によって何かの仕事を持ち込んでいるらしく、するりといなくなっていた。
貴族は大変である。休暇のときでさえ、実質的には人脈作りの仕事が待っているのだ。大方、マリヴォーネのお偉いさんと三〇分だけの非公式会談とかをするのだろう。
ひとまずお昼ご飯の時間までに合流して、予約していたレストランにみんなで向かう手はずになっていた。
年若い女の子二人で街を出歩いて大丈夫なのか、という問題に関しては、クロガネ直々に「マリヴォーネの新市街ならば問題ない」と太鼓判を押されていた。
街のあちこちに警官が配置されているから、よほど人混みがひどいところでなければ、まず犯罪に巻き込まれることもないだろう、とのことである。
警護の人員はティアナとアンナのため、ホテルの方に残してあった。
クロガネも従者であるロイも、護身術の類に覚えがあるようだから、一番無防備なのが一般人の女子二名なのだ。
「いやはや、流石ですねマリヴォーネ。お金持ちの街って自然まで好き放題弄るんですから」
「マリヴォーネはお金がすごく流れ込んでくる街だっていうからね。公営ギャンブルで遊ぶ人もいれば、個人銀行にお金を預けて税金を逃れようって人もいるらしいよ」
「……それってパンフレットに書いてある内容なんです?」
少々、この街の後ろ暗い性質に触れる言及である。湿気がまるでないマリヴォーネ市の空気は、日差しさえ遮ってしまえばとても快適だった。ちょうど建物の影になっている場所で涼みつつ、エルフリーデはリザの方に目を向けた。
リザは今、サングラスに野球帽をばっちり決めて、半袖のブラウスにタイトなショートパンツを履いて、太ももを露出した開放的な姿だった。この上なく夏をエンジョイしてる女の子という感じの出で立ちである。
対するエルフリーデはゆったりした半袖のシャツに、膝上まであるキュロットタイプのショートパンツ姿である。腰にはサイドポーチを着けているが、これは右腰に吊した馬鹿でかい自動拳銃のホルスターを紛れ込ませるためのカモフラージュだった。
一見すると夏を楽しむ乙女二人はその実、スパイ組織を相手に拳銃で大立ち回りを演じたこともある物騒な二人でもあった。
エルフリーデはリザの見事なオシャレに視線を向けたあと、いや、と首を横に振った。
「今のはクロガネからの受け売りかな。マリヴォーネの三大産業と言えば、観光とギャンブルとマネーロンダリングだってさ」
リザは気まずそうな顔になった。よもや観光地に着いて早々、その後ろ暗い側面について言及されるとは思わなかったのだろう。
「
「そうそう。マリヴォーネはありとあらゆるお金持ちの欲求を満たすために存在していて、ベガニシュ貴族も併合前からいっぱい利用してた――だからこの街の特権は、併合後も守られてるってわけ」
以上、伯爵ことクロガネ・シヴ・シノムラのこの街に来る前のレクチャーの受け売りである。
エルフリーデとしてはいけ好かない貴族たちの利権という感じでげんなりする話だったが、わざわざ事前にそういう話もしておくのが、クロガネという男の誠意なのも理解していた。
彼は複雑な男なのである。エルフリーデやリザのような境遇の人間を、騎士として雇い入れていることへの罪悪感を抱えながら、その有用性そのものは否定しないように。
したがって観光のため連れて行く土地の負の側面を伝えるぐらいはする。
リザは複雑そうな顔でマリヴォーネの華やかな景色を眺めた。
「ううーん、そう言われると中々、罪深い気持ちになる光景ですねー」
「まあわたしたちは今回、羽を伸ばしに来たんだし? けろっと忘れて楽しもうよ、リザ」
「お姉さんはそういうところ強いですねー」
エルフリーデとリザは並んで歩き、観光客が思い思いの店に出入りする賑やかな大通りを眺めていた。
ふと視線を感じた。ちらりと目を向けると、夏らしい半袖シャツを着た青年が、こちらを見ている。服装からするとあまり観光客には見えないが、日焼けしていない肌は地元の人間にしては薄い。
そして何よりエルフリーデの関心を引いたのは、彼の顔に刻まれた苦悩の痕跡だ。
それが何を意味するのか、エルフリーデ・イルーシャはよく知っていた。距離にして六メートルほどだった。信じられないものを見たかのように固まっていた青年が、ぽつりと声を漏らした。
「も、もしかして……エルフリーデ・イルーシャ……?」
エルフリーデはリザがすっと身構えるのを手で制した。彼からは敵意を感じなかったし、危険を察知する少女の嗅覚にも反応はなかったからだ。もし彼に害意があったならば、武器を手にした時点で――何百メートル離れていようと、その存在を嗅ぎ分ける自信があった。
青年からはただ、純粋な驚きを感じ取った。青年の年頃と歩き方からして、彼がどうして自分の姿に驚いているのかを察した。
一時期だけとはいえプロパガンダ・ヒーローに据えられていたエルフリーデは、そこそこ顔を覚えられているからだ。
ゆっくりと口を開く。
「はい、わたしはエルフリーデ・イルーシャです。そういうあなたは……戦地から帰られたばかりですか?」
そう問いかけると、薄い茶髪の青年は気まずそうにうつむいた。そして何かを噛みしめるように、こう話し始めた。
「俺はジャコモ・クルチって言います、東海岸であなたに救われたものです……フェンジオ要塞攻略戦、俺も従軍していましたから」
「……ああ、フェンジオはたくさんの犠牲が出た。わたしも覚えています、あの戦いは忘れがたいものでした」
「ええ、いっぱい、いいやつが死にました……でも、あなたのおかげで助かった兵も大勢います、中尉」
復員兵だという青年は、心からの感謝と尊敬の念をエルフリーデに向けていた。
こそばゆいものを感じながら、少女は青年へ微笑みかけた。
「今は軍人ではありませんよ、ジャコモさん。わたしもあなたも同じ……普通のバナヴィア人、そうでしょう?」
本当のところエルフリーデの今の身分は伯爵の騎士なのだが、それを一から説明するのもややこしい。
少女の何気ない一言を聞いて、ジャコモはしばらく呆然としていたが――やがて感動に目をうるませて、感極まったように言葉をこぼした。
「……これでも地元じゃ顔が利くので……何かあったら頼ってください。その、たぶん観光で来られたんですよね。すいません、こんなときに声かけちゃって」
「いいえ、ありがとう。こうして生きて戦友に会えたことを、わたしは誇りに思います」
そう言って微笑むエルフリーデは、誰が見ても完璧な英雄そのものだった。
芝居ではない。ほとんど何の意図もなく、相手に一番刺さる言動を自然体でやってのけている。
あまりに普段と異なる振る舞いに、リザ・バシュレーは胡乱げな目でその光景を見ていた。ジャコモ青年に聞こえないぐらいの小声でぼそっと呟く。
「本当にあの
エルフリーデはするっと聞き流した。