機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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エルフリーデと海鮮スープ

 

 

 

 

 

 

 

 お昼になった。

 ホテルに戻ったエルフリーデとリザを待っていたのは、どうやら用事とやらが片付いたらしいクロガネとロイ、そしてティアナとアンナの姿だった。

 何事もなく合流した一行は護衛の人々と共に、大型のレンタカー二台に乗って目的地へと向かった。

 予約してあったレストランは大いに混雑していた。クロガネ自ら選んだ店はわりとカジュアルな雰囲気で、ドレスコードもなく気軽にくつろげる店である。

 正直助かった。

 

 ドレスコードや礼儀作法にうるさい店での食事は、庶民出のエルフリーデやティアナにとってやや息苦しい。

 そして何よりもこの店は味がよかった。海沿いの街であるマリヴォーネの料理は海産物をふんだんに使っており、新鮮な魚貝のうま味を味わえる逸品ぞろいだった。

 

 魚肉のすり身と香草を混ぜて焼き上げたテリーヌ――抜群に美味しい。

 夏野菜を使った爽やかなタコと生野菜のサラダ――シャキシャキとした葉物野菜とネギが実に小気味よく、マリネされたタコの足の食感がよい。

 期待以上だったのはマリヴォーネ名物である。提供される前に、大きなトレーに載った魚介類が運ばれてきたのもびっくりした――なんでもスープの具材として煮込む魚とロブスター、貝類らしい――が、出されたスープの奥深さは別格だ。

 

「トマト味の海鮮スープ……美味しすぎる……」

 

 エルフリーデはしみじみと呟いた。

 オリーブ油で炒められた多量の香味野菜、白ワインとか香辛料とかトマトとか、たぶんそんな感じの各種調味料、煮込まれた無数の見知らぬ魚介類から染み出た滋養たっぷりのスープである。

 この出汁が美味しい。美味しすぎる。まさに命のエキスをスプーンでいただいているという気持ちにさせられる。

 ニンニクソースを塗ってあるクルトンと一緒に食べたときはちょっと恍惚で何も考えられなくなった。

 

「今さらですが、私のような使用人がご一緒してよろしかったのでしょうか……?」

 

 アンナは美味しすぎる料理に恐縮していた。なるほど、確かに屋敷の主人と使用人が同じ食卓を囲むというのは、身分階級の区分という意味ではよろしくないことだろう。

 どう考えてもクロガネ・シヴ・シノムラはそんなこと気にする質ではない。

 

 ベガニシュ貴族としての公的な場ならいざ知らず、今回は身内だけの休暇なのだから気にする必要もあるまい――そうエルフリーデは思ったのだが、彼女がそれを口にするよりも早く、テーブルの左向かいに座っていた褐色肌の少女が笑った。

 リザ・バシュレーである。

 

「お屋敷のご飯も美味しいですが、これは格別ですねぇ……アンナさん。考えてみてください、よく考えると私なんて数ヶ月前はそこのロイさんにミサイルぶっ放してましたからね。雇用者と被雇用者の壁なんてそれに比べれば些細なことです」

 

「し、刺激的な経歴ですね、リザ様……!?」

 

「リザ様。それは普通、私が口にすることであって、命を狙っていたあなたが言うべきではありませんが……?」

 

 金髪碧眼の従者、ロイ・ファルカは顔を引きつらせていた。日頃、微笑みを絶やさぬ青年にも、「どの口で言ってるんですか!?」という感情はあったらしい。

 実際問題、リザは凄腕のバレットナイト搭乗者で工作員だった。エルフリーデの対応が一手遅れていたら、ロイは運転していたトレーラーごと粉々になっていた可能性がある。

 場の空気がなんとも言えない微妙な雰囲気になった。

 黒髪の伯爵は厳かに口を開いた。

 

「アンナ。今、我々はエルフリーデの共通の友人として食事を共にしている。この休暇の間はそういう気持ちで過ごしてくれて構わない」

 

「旦那様……いえ、クロガネ様。承知致しました」

 

 アンナは場の空気を読める人間だった。その人柄でヴガレムル伯爵に雇われているだけあって切り替えが早い。

 美味しいスープを味わっていた少女、ティアナ・イルーシャはもっともな疑問を口にした。

 

「えっ、ミサイルって何のたとえなの?」

 

「ティアナ、それにはお姉ちゃんとリザの劇的な出会いが関わってくるんだよ」

 

「お姉ちゃんが映画館で女の子口説いた話だよね?」

 

 ティアナは呆れ顔で自身の横に座る姉を見た。不当な疑惑だった。エルフリーデはちょっと泣きそうになった。

 

「わ、わたしが妹に偏見を持たれている……!」

 

「ティアナ・イルーシャ。お前の姉は不純な人間ではない。俺が保障しよう」

 

「伯爵様のフォローが今ちょっとありがたい……!」

 

 対面して座るエルフリーデとクロガネは心が通じて合っていた。そんな二人の様子を眺めつつ、リザはにやりと笑った。

 

「ロイさんロイさん、ちょっといい空気だと思いません?」

 

「…………リザ様は一度反省された方がよろしいかと」

 

 馴れ馴れしさが極まっていた。車の運転席に対戦車ミサイルを撃ち込もうとしていた少女と、もう少しで粉微塵にされるところだった青年――リザとロイはお互いにどうしてこんな成り行きになっているのかわからないまま、同じテーブルを囲んでいた。

 

 ここにあるのはエルフリーデを中心として集まった、生まれた土地も身分も異なる人々の食卓だ。こじゃれた堅苦しくないレストランでの会食らしく、誰もがいつもよりリラックスしていた。

 ともあれトマト味の海鮮スープにイルーシャ姉妹が感激していると、クロガネがさらりとこう言った。

 

「そろそろメインディッシュが来るぞ」

 

「へっ?」

 

 傷あり(スカーフェイス)の少女が目をぱちくりさせていると、ウェイターが台車に乗った大皿を持ってきた。

 すごかった。

 ウェイターがにこやかに解説をしながら、手際よく大皿から小皿に具材を取り分けていく。

 先ほどまで味わっていたスープの具材として煮込まれたもの――白身魚、ロブスターの身、殻の開いた貝類が盛り付けられていった。

 ほろほろの状態に火が通された魚の身が蠱惑的だった。たっぷりとスープ皿に注がれた二杯目のスープは量も抜群である。

 

「…………す、すごいボリュームだ……」

 

「お姉ちゃん、リアクションが大きくない?」

 

 妹からのツッコミを浴びつつ、エルフリーデは慎重にお皿に向き合った。絶妙に火が通された白身魚をフォークで口に運ぶ。

 舌の上で魚肉が蕩けた。じゅわりと新鮮な魚のうま味が広がっていく。

 

 

――美味しすぎる。

 

 

 鮮度の悪い魚介類にありがちな磯臭さは微塵もなく、ただ海の幸の美味しさが詰まっていた。おそらくスープを取る食材とは別に、食べる具材としての適切な火の通し加減があるのだろう。

 とにかくそのコントロールが絶妙なのだ。

 

 今朝取れたばかりだというアナゴやカサゴ、ロブスターの身を味わう。脂の乗った肉厚の身、繊細だが上品な甘みの身、ぷりぷりのエビの肉。

 魚それぞれの食味、味の濃度が違うから食べていて飽きない。スープを合間合間に味わうことで、互いを補い合う美味がそこにあった。

 

「…………美味しいが止まらないよ、クロガネ……」

 

「このスープがマリヴォーネ名物になって久しいが、どうやら年月を経る度に洗練されていくようだな」

 

 クロガネは端整な顔立ちに微笑みを浮かべて、心の底からこのスープを楽しんでいるようだった。

 

「ちなみに店ごとにレシピは千差万別だ。滞在期間中、別の店のを味わうのもいいぞ」

 

「き、気が早いですね……!?」

 

「頬がゆるんでいるな、エルフリーデ」

 

 ちなみに少女騎士と伯爵のやりとりを余所に、同伴していた面子が黙々と自身の皿に向き合っていた。あまりに美味しい料理を前にして、人は言葉よりも沈黙を選ぶものなのだ。

 一応、身分としては各々がクロガネに雇用されていたり、その庇護を受けていたりする人々――されど今、彼らは美味しい料理を分かち合う友人同士だった。

 このあとデザートとして供されたチョコレートケーキがまた素晴らしい味だったので、エルフリーデが喜色満面で食したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 レストランでの食事は、ランチであるにもかかわらず二時間以上かかった。カジュアルな店だったので品数こそ控えめだったが、一品一品の量が多かったので、食べるのに時間がかかったからである。

 満腹で気がゆるんでいるティアナとアンナを横目に、店を出たエルフリーデとリザはさっと周囲に視線を向けた。

 

 異常はない。ここはマリヴォーネ、そこら中に警官が配置されていて安全な土地だとわかっていても、二人はつい警戒してしまう。

 エルフリーデはテロ攻撃を受けたばかりだし、リザはこういう平和な街中で銃撃戦をしたことが在る本職の工作員だ。

 まさか襲撃などあるまい、という油断こそ大敵だと心得ている。

 

 

――でもまあ、怪しいところはないね。

 

 

 肩の力を抜いて、エルフリーデは左手に紙包みを持った。リザがそっとティアナとアンナの護衛についたのを確認しつつ、駐車場に向けてエルフリーデは歩いた。

 紙包みの中身は、公共駐車場で車の番をしていた護衛の人々――彼らの仕事はこういうとき、自動車に爆弾を取り付けられたりしないよう見張ることだ――に渡す差し入れだった。

 

 レストランの厨房に頼んで作ってもらった、海産物をたっぷり使ったサンドイッチである。

 マリヴォーネの景観は抜群だった。こうしてレストランから最寄りの駐車場までの道を歩くだけで、波が押し寄せる浜辺の匂いと音が感じられる。

 ご機嫌な少女の横に、クロガネが並んできた。

 

「どうしました?」

 

「ああ、午前の仕事についてお前にも情報共有をしておこうと思ってな」

 

「あー……お疲れ様です。マリヴォーネの偉い人、話しやすい人でした?」

 

 クロガネは沈黙して首を横に振った。話し合いは不首尾に終わったらしい。人脈と根回しの鬼みたいな男らしからぬ結果だった。

 詳しく内容を聞いてはいなかったが――昨今の政治的情勢から、なんとなくエルフリーデにも話し合いの内容は察しが付いている。

 案の定、クロガネが話し始めたのはそういう話題だった。

 

「お前もわかっている通り、話したのは()()()()()()()()()()()()()だ。現在、総督府の直轄領と自治区、そして貴族領に分かたれている旧バナヴィア王国の領土――それらを都市と都市を繋ぐ同盟という形で一つにする。行き来に通行許可証が必要な現在の枠組みも、自由な往来が可能なものに作りかえる。元々一つだった国の一部を元通りに復元する作業と言ってもいいな」

 

 実に壮大な構想であった。おおむねバナヴィア人にとってはメリットの方が大きい話なので、ヴガレムル伯領の周辺の自治区は乗り気だった。

 総督府はあまり面白くないようだが、そもそも先のヴガレムル伯領でのテロ事件の原因が原因だけに、強く出られないようだった。

 そのようにクロガネが関係各所に根回しした成果とも言えよう。

 

「経済的交流の活性化、そして対テロリズムなどの安全保障において、バナヴィア人の自治区とヴガレムル伯領が連携するのもその目的の一つだ」

 

「うん、わかってきました。クロガネ、午前中はそれでマリヴォーネ市の偉い人と顔合わせしたんですね?」

 

「そういうことだ。すげなく断られたがな」

 

 クロガネは肩をすくめた。その顔に浮かんでいるのは苦い笑みだったが、気負いすぎていないようだった。あるいはこういう結果も予想の範囲内だったのだろう。

 波が砂浜で砕ける音、浜辺で遊ぶ海水浴客の歓声が聞こえた。近代的な舗装道路、透明ガラスの窓が整えられた店舗、道行く夏を楽しむ観光客。

 ウェーブした栗毛のミディアムヘアを揺らして、エルフリーデ・イルーシャは男を励ますように笑った。

 

「元気出してください。せっかくマリヴォーネに来たのに、初日から景気が悪いのもよくないでしょう?」

 

 そして何の気なしに、少女は素直な自分の感情を伝えるのだった。

 

「あなたが元気な方が、わたしだって嬉しいんですから!」

 

 こぼれたエルフリーデの笑顔を受け取って、クロガネは心からの微笑みを浮かべた。夏の観光地らしい半袖シャツ姿の不死者は、どうやら気持ちを切り替えられたようだった。

 黒髪の青年は軽口を呟いた。

 

「お前にそう言われると、俺は降参するしかないようだ」

 

「ええまあ、わたしの方が強いですからね?」

 

 冗談を言い合って、笑い合う。並んで歩く少女騎士と不死者は、まるで絵画に描かれた恋人たちのように距離が近かった。

 そんな二人の様子を数メートルほど後ろから眺めて、ティアナは正直な疑問を口にした。

 小声である。

 

「リザさん、アンナさん……あれって……恋なの?」

 

「あれは()()でしょう、たぶん(メイビー)

 

「旦那様……クロガネ様とエルフリーデ様は独特の関係のようですから……」

 

 少女たちの話し合いを聞きながら、金髪の従者ロイ・ファルカは無言で微笑んでいた。

 実のところこの場の誰よりも、主人とその騎士の恋を応援している青年は、とてもいい空気を吸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 















海鮮スープはブイヤベースです。



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