機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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水着のエルフリーデ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水着――それは近代化の象徴である。

 バナヴィア王国のとある神官が、造物塔の制御呪文として偶然、スペルミスから見つけ出した伝説の衣装「ビキニ」を始祖とする海水浴用の服装のことだ。

 当初、「破廉恥すぎる」として見向きもされなかったが、女性の権利向上を目指した時の王妃によって上流階級の間に広まり、服飾デザイナーたちが積極的に新作を発表していったことで文化が築かれていった。

 

 そしてバナヴィア王国での流行は世界中に広がり、ガルテグ連邦やベガニシュ帝国のような異郷の文化圏にさえその影響は及んでいった。

 かくして今日も水着文化は死に絶えることなく、マリヴォーネ市に根付いているのであった。

 

 さて、エルフリーデたちは水着を用意していなかった。そもそも海に遊び行くなんてことが今までなかったし、地元であるヴガレムル市は水遊びに適した立地とは言いがたい。

 近場の大きな水辺――例えばバナヴィアとベガニシュの国境でもあったバベシュ大河は流れが速く、釣り人が魚釣りを楽しむにはよいが、水着で戯れるには危険な川なのである。

 

 しかもヴガレムル市は緯度が少々、北よりの土地と来ている。いくつかの河川が流れていて豊富な水源を持つヴガレムル市だが、水遊びに適している場所はそう多くない。

 地元民にせよ移住者にせよ、ヴガレムル周辺に住んでいては、水着を用意しようという気にならないのは当然だった。

 

 かくしてお昼ご飯を食べ終わったあと、女性陣は連れだって水着を買いに出かけた。

 水着選びは難航した。

 エルフリーデの奇矯なセンスがダメ出しされ、リザとアンナが真剣に着せ替え人形にしたのがその理由である。そしてもちろん可愛い妹の水着選びでエルフリーデが張り切ったのも理由の一つだ。

 

 結果として四人の少女たちは楽しく時間を過ごして、各々が最高だと思う水着にたどり着いたのだった。

 その日の夕方、やはり伯爵おすすめの美味しい食事――庶民的なチョイスが一日目のテーマらしい――に舌鼓を打ちながら、エルフリーデ・イルーシャは今日という日を振り返った。

 

 ツナ、ゆでたまご、アンチョビ、黒オリーブ、トマト、インゲン、ジャガイモ、レタスなどが入ったボリューム満点のサラダを食べる。

 もぐもぐと咀嚼したあと、エルフリーデはぽつりと呟いた。

 

「今日はすごい楽しかったけど……わたしの水着選びに対するダメ出しだけは納得いかないよ……!」

 

「お姉さんの適当なチョイスは犯罪的でしたからね?」

 

「エルフリーデ様はファッションについて勉強されるべきです」

 

 リザとアンナが真顔で忠告してきた。ティアナは「何も言うまい」という顔でサラダと向き合っている。

 若干、口を挟むには微妙な雰囲気だった。しかしクロガネは助け船を出そうとしたのか、すっと口を挟んだ。

 

「無事に買えたのだろう?」

 

「私たちは伯爵様がドスケベエロ伯爵扱いされる未来を阻止したんです」

 

「待て、何故そうなる?」

 

 褐色の少女の軽口に困惑して、黄金色の瞳が宙を泳いだ。リザは嘆息してやれやれと肩をすくめた。

 

「自分の騎士にヤバい水着を着せてるって噂が立ったらいろいろおしまいですよね、なんていうか威厳とかが」

 

「……何も言うまい」

 

 ボロボロに貶されているエルフリーデは、しかし反論の糸口さえ掴めずに、ぐぬぬぬと悔しそうな表情である。リザ単独ならまだしも、センスにおいて信頼を置いている友人のアンナにまで酷評されたのが効いているのだ。

 ともあれ引っ張り続けるには野暮な話題だった。

 気を取り直したようにレストランのテーブルを見渡し、クロガネは明日の予定を告げた。

 

「マリヴォーネ市の天気はいい。明日も快晴だ、朝食を食べたら海で遊ぶのがいいだろう」

 

「海かあ……伯爵、注意事項ってあります?」

 

「沖には出ないことだな。浮き輪を使って浮かぶぐらいがちょうどいい。マリヴォーネの海は穏やかだからな、浜辺で海水に浸かるぐらいなら恐ろしいことは少ないだろう」

 

 すらすらと注意事項を述べるクロガネは、如何にも海に慣れている男という感じがした。

 エルフリーデは心の底から感心した。

 

「流石、なんか慣れてる雰囲気だ……!」

 

「ああ、接待でな……」

 

「すごい、一瞬でうらやましくなくなった!」

 

 なるほど、上流階級の間にもバカンスとして海遊びが広まっているのだ。そうなると必然的に資産家や貴族相手に、社交上の付き合いで海に繰り出すこともあるのだろう。

 クロガネ自身はかなりストイックな人物なので、リゾート地での休暇に詳しいのは妙な感じもしたのだけれど。

 

 そう言われてみるとこの男らしい気がした。

 エルフリーデ・イルーシャは庶民出の少女騎士であり、十代の青春を戦地で過ごした人物である。当然のごとくお金持ちが海で繰り広げる娯楽に縁などない半生だった。

 なのでいまいち具体的なイメージが湧かないまま、ただ今の正直な気持ちをこぼすのだった。

 

「明日は……いっぱいティアナの写真撮るからね……!」

 

「お姉ちゃんのブレなさが怖くなってきたよ!?」

 

 ティアナ・イルーシャは目が本気の姉に恐れおののくのだった。

 

 

 

 

 

 

「すごい! 夏だ、海だー!!」

 

 翌日の午前、エルフリーデはにこにこと花咲くような笑顔ではしゃいでいた。

 クロガネが選んだだけあってホテルの朝食はとても美味しかった――フレッシュジュースもパンもコーヒーもだ――が、からっとしたマリヴォーネの風と共に浴びる日光のなんと気持ちいいことだろうか。

 ビーチの傍に用意されている更衣室で水着に着替えた一行のうち、外に出て大はしゃぎしているのは間違いなくエルフリーデだった。

 

 色白の少女が身につけているのは、黒のフレアビキニにフリルパンツだ。腹筋から四肢に至るまで筋肉が備わっていて、その上に脂肪の層が乗ったスポーティな肢体を、ちょっと大人っぽく黒色の水着が包んでいる。

 

 普段着では見えないへそや尻の曲線まで見える水着姿の色香――それでいてフリルによって可愛らしさも担保された絶妙な塩梅。

 頭に被っている大きめの麦わら帽子が、夏の少女の装いらしさを増している。そのやわらかな可愛らしさと色気の前では、左目から左頬にかけて走った傷跡でさえも鮮烈なアクセントになるだろう。

 

 

――うん、日差しが気持ちいいね!

 

 

 近代的な街並みのすぐ傍に、整備された砂浜が広がる。

 まさにリゾート地という感じの風景である。すでに午前中から遊びに来ている人々が見受けられた。砂浜にシートを敷いてビーチパラソルを立てている人々の姿もある。

 波が打ち寄せては砂浜で消えていく景色は、なんと言っても高揚感があった。

 

「お姉さん、お姉さん! まだ日焼け止めクリーム塗ってないんですから!」

 

 ひょこっと後ろを付いてきたリザ・バシュレーが、慌ててエルフリーデを止めた。

 十代半ばの年齢のわりに、四人の少女たちの中で最も豊満な肢体を持つリザはとても肉感的だった。

 

 豊かな胸の双丘、丸い尻の曲線――白と黒のストライプカラーのビキニ水着でそれらを包み、白い薄手のアウターを羽織っている姿はとても魅力的だ。

 大きな胸の谷間はグラマーの一言に尽きる。飾り気のないメッシュ生地の野球帽を被っているところも、引き締まったお腹や四肢をはじめとするリザの素材のよさを引き立てている。

 バナヴィアでは珍しい濃いめの褐色の肌も、異国情緒を感じさせるポイントだろう。

 

「うん、リザ――とっても可愛いよ!」

 

 ぐっと親指を立てるエルフリーデはノリノリだった。日焼け止めクリームの入った容器を手に追いかけて来ていたリザは、半眼でじとっと年上の友人を睨んだ。

 

「お姉さん、色白で肌あんま強くなさそうですし、日焼けで痛い目見てからじゃ遅いですよ?」

 

「クロガネ曰く、現代人の紫外線耐性はかつての人類と比べものにならないって言ってたけど。宇宙放射線への耐性獲得の名残だとかなんとか」

 

「一体どこの人類と比べたときの話なんですか、それ? 古代人と現代人でそんなに生物学的な違いあるんですか?」

 

 そういえば、と思い出す。明かす理由もタイミングもなかったので、リザ・バシュレーはクロガネ・シヴ・シノムラの正体――約一〇万年前の先史文明種の生き残りで、失われた知識を保持している生き字引――を知らないのだ。

 ほとんど与太話みたいな真実である。それだけに日常生活に慣れてもらうために数ヶ月を過ごしていると、まず話すべき時期が見つからない話題だった。

 

 普通に考えて、諜報機関の人体実験に兄弟を供され、その復讐のために生きてきたというリザの半生もかなり過酷である。

 ほとんどの人間にとってはスパイ映画のあらすじだと思われて、まず信じてもらえない経歴だろう――冗談めかした語り口のせいで、ティアナやアンナがリザの素性を話半分に聞いているように。

 事情説明するかどうか悩んだ末、エルフリーデはすっとぼけることにした。

 

「さあ? クロガネに訊けばノリノリで教えてくれると思うよ」

 

「あっちにロイさんがビーチパラソル用意してくれてますから、そこで日焼け止め塗りましょう」

 

「はいはい、リザはせっかちだなあ」

 

 リザに手を引かれて苦笑しつつ、エルフリーデはビーチパラソルに向かった。

 しばらく歩くと、すでにロイとアンナが設営を終えていた。流石は職業が従者の二人である。あっという間にビーチの一角にヴガレムル伯爵ご一行のための陣地が築かれていた。

 

 金髪碧眼の従者――ロイ・ファルカはいつもきっちりした服装の彼にしては珍しく、今回は緑色の男物の水着を履いていた。上半身にはアウターを羽織っているが、鍛え上げられた胸板や腹筋を惜しげもなくさらしている。

 元々、顔立ちも美男子なのでかなり絵になる様子だった。

 

「――素敵だ(エクセレント)! ロイさんもこうしてると美男子(ハンサム)ですねぇ」

 

「ありがとうございます、リザ様。あなたも水着がとてもお似合いですよ」

 

「あははは、社交辞令って感じのコメントですね!」

 

 じゃれ合うリザとロイを横目に、エルフリーデは視線をさまよわせていた。おかしい、ここにいるべき存在がいないではないか。

 可愛い妹の姿を探して、荷物からカメラを手際よく取り出したエルフリーデは洗練された動きだった。まるで鉄火場を前にして、銃器の安全装置を外す兵士のように無駄がない。

 

「ティアナ様ならクロガネ様と一緒にお散歩されてますよ」

 

 親切にアンナが教えてくれた。

 ちらりと目が向ける。薄い茶髪のショートカット、鳶色(とびいろ)の瞳、優しげな顔立ち。ヴガレムル伯領に来てから最初にできた友達、メイドのアンナ――エルフリーデと同年代の少女は、水着もばっちり決まっていた。

 

 紺色のオフショルダーのワンピース水着は、白いフリルがアクセントになっていて抜群に格好いい。それでいて青いパレオに包まれた二本の足が魅惑的である。

 

「……アンナさん、いつも思うんですがどんなときも完璧ですね。普段は着ない水着すらアンナさんは最強のオシャレにしていく……!」

 

「褒め方が面白い方ですね、エルフリーデ様は」

 

 くすくすと笑うアンナ。

 そのときだった。砂浜を踏みしめる聞き慣れた二人分の足音を聞いて、エルフリーデはその目を向けた。

 目を見開く。

 深紅の瞳にうっすらと涙がにじみ、かつて戦場で〈剣の悪魔〉と恐れられた少女が、呆然として我を忘れた。

 

 

 

――地上に舞い降りた天使がいたと思ったら実の妹(ティアナ)だった。

 

 

 

 おお、おお、なんと美しいのだろう。

 その白い肌は冬に積もった新雪のごとく穢れを知らず、深紅の瞳は宝石のよう。少しウェーブした髪質の栗色の髪は、ショートヘアとミディアムヘアの中間ぐらいの長さだろう。

 すっきりとした小顔の顔立ちは姉であるエルフリーデにそっくりだが、桜色の唇は小さくて愛らしい。

 

 まあここまではティアナ・イルーシャが常に地上最高の美少女であるという基本的事実の確認に過ぎないが、問題は現在、彼女が着ている服装である。

 ともすれば子供っぽくまとまってしまいそうなワンピース水着は、ティアナの柔肌に馴染む淡い水色――胸元の白いリボンがその柔らかな胸郭(きょうかく)を包み込み、水辺で戯れる妖精のような美を付与している。

 

 まだ十代前半の少女の頼りないほっそりした手足も、こうして水着と合わさることによって成長の途上にある少女だけの矛盾した可愛さを生み出していた。

 子供と呼ぶには大きくて、大人と呼ぶには骨張っている未成熟な肢体――今まさにティアナ・イルーシャは造物主がお許しになったひとときの美しさに触れているのだ。

 しかも頭に被っている麦わら帽子は、エルフリーデとおそろいだった。

 

「お姉ちゃん……?」

 

 クロガネと並んで立っているティアナが、動きを止めた姉を不審に思って呼び掛ける。

 エルフリーデは自分がカメラを手にしていることも忘れて、どうやって褒め称えようか悩んだ末、とても単純明快な言葉をひねり出した。

 うっとりと恍惚とした口調で呟く。

 

「ティアナ、存在が優勝してるよ――この世のすべてに対して」

 

「寝ぼけてるの!? 顔洗ってきた方いいよ!」

 

 ティアナの鋭い罵声に対しても姉はめげない。まるで拳銃を早撃ちするような素早い手つきで、カメラを構えてその美少女(カワイイ)ぶりを撮影していく。

 ピンボケなどありえなかった。屋敷での日常生活を通じて磨き抜かれた異様な撮影技術が、ティアナ・イルーシャのこの夏の水着姿という唯一無二を保存するため行使されていく。

 

 エルフリーデの奇行に対して、ティアナは眉を寄せて困ったあと、深々とため息をついて。

 仕方ない人だなあ、と苦笑した。

 

「はいはい、お姉ちゃん。あたしが可愛いのはわかったから、ちょっと落ち着こう、ね?」

 

 涙まで流して感動しているエルフリーデは、だいぶ度を超えた姉妹溺愛者(シスコン)だった。

 そんな傷あり(スカーフェイス)の少女の様子を眺めつつ、クロガネ・シヴ・シノムラ――こちらも男物の黒い水着を履いて、前開きのアウターを上半身に羽織っている――は、生真面目な顔をして頷いた。

 黒い髪に黄金色の瞳、こちらも見惚れるような美男子である。とても一〇万年生きているとは思えない不死者は、涼しい顔をしてこんなことをのたまった。

 

 

 

「ティアナ・イルーシャが水辺の精霊のように可愛らしいとすれば。エルフリーデ、今のお前は風の精霊のようだな。美しく涼やかで見惚れるしかない。その淡雪のような容姿に、その水着はよく似合っている。俺にとっては――お前こそが、この世で最も美しいものだ

 

 

 

 口説き文句だった。

 エルフリーデ・イルーシャは頬を紅潮させて固まった。

 ありとあらゆる恋愛小説を読んでいるので、疑似体験によって恋愛博士になっていると自称する少女は、恋愛経験ゼロの超初心者(スーパービギナー)だった。

 えっ、あぅ、とか意味のない鳴き声をあげたあと、バナヴィア人の英雄は顔を真っ赤にしてうめいた。

 

 

 

口説き文句……!?

 

 

 

 クロガネは素直に頷いた。

 

 

「そうだな、お前を口説いているのかもしれん……美しさに対して、そうすべきだと思ったからだ」

 

 

 限界だった。

 エルフリーデは思考停止して、よくわからない鳴き声をこぼした。

 

 

「えぅ……」

 

 

 エルフリーデ・イルーシャはこの日、人生で初めての敗北を味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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