機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
無念だった。
結局、エルフリーデはクロガネの口説き文句にしどろもどろになって、日中の水着のお披露目を終えた。
その後もティアナやアンナ、リザを交えて女子四人で楽しく海辺で水遊びを行い、マリヴォーネ風サンドイッチ――ツナを具材に使っていてしっとりとしたパンが美味しい――を味わい、とても充実した時間を過ごした。
文句なしの海である。ついでにクロガネのたくましい胸板とか腹筋とか二の腕をまじまじと見つめて、勝手に照れたりしていたのだけれど。
クロガネ・シヴ・シノムラは朴念仁のため、エルフリーデが反撃とばかりにその容姿を褒めても「だろうな」と涼しい顔をしていた。
――ううっ、悔しい。散歩して頭冷やそう。
クロガネの立てた予定表は素晴らしかった。特に食事が毎食ごとに鮮烈で飽きが来ない。夕飯もとっても美味しかったので言うことなしである。
それはそうと真顔で美しいとか綺麗とか見惚れるとか連呼されたら、こっちだって照れてしまって困るのだ。
思い出す度に顔から火が出そうになる。
そういうわけで水着から私服に着替えたエルフリーデは、夜のマリヴォーネ市を散策していた。
婦女子が夜の街を出歩くなど危険ではないか、と思うかもしれないが、ここは富裕層向けの観光地として売り出されている街である。そこら中に街灯と警官が配置されているから、一人や二人で夜の街を歩く女性旅行者も大勢いた。
よからぬことを考える犯罪者も、ここまで警官の密度が濃いと何もできないのである。
――それにしても綺麗な街だよね。
今、エルフリーデが歩いているのはマリヴォーネ市の旧市街である。人間が並んで二、三人通れるかどうかという感じの、狭い通りが続く古くからの街並みだ。
観光ガイドブック曰く、マリヴォーネ地方がバナヴィア領になる以前――この地は隣国レナタン共和国との国境沿いにあり、領土紛争の舞台にもなってきたのだ――からの建物が多く残っているのだとか。
歴史を感じさせる低層の建築物が多いが、いい感じのレストランやカフェ、バーになっているお店がずらっと並んでいるので、日が沈む時間帯でも人通りは多い。
あちこちに設置された街灯のおかげで、この手の入り組んだ道にありがちな薄暗さはないし――エルフリーデの磨き抜かれた直感も、今歩いている道に危険はないとささやいていた。
電灯の明るさに照らされて、一人、街をぶらつく。
――うーん、これはこれで風情があるなあ。
もちろんエルフリーデ・イルーシャの外出は、クロガネにも伝わっている。護衛なしでも出歩くのが許されているのだから、この街の安全度はかなり高いのだろう。
このとき少女はそのように思っていたのだが、ふと、通りから人通りが途切れる奇妙なタイミングが訪れた。
とあるT字路の角を曲がったときのことだ。
偶然である。
営業しているカフェやレストランの窓ガラスの向こうには、電灯に照らされて食事を楽しむ客の姿が見える。
人払いされているとかではないのだ。
にもかかわらず、そのときエルフリーデは自身の第六感じみた感覚が、全力で危険を知らせるのを感じた。
音が聞こえる。
――誰かが道を走っている。
とたとたと軽い体重、歩数の多い足音が、石畳の敷かれた古風な道路を叩く。
夜風からアドレナリンのにおいがした。誰かが切羽詰まって興奮して、汗と共にそれを空気に染みこませているにおい。
エルフリーデは迷うことなく、右腰のホルスターに手を伸ばした――旅行客らしいベルトポーチの群れに紛れ込ませた拳銃が、ゆっくりと引き抜かれる。
銃身長二六センチのロングバレル、護身用拳銃としては大きすぎるし重すぎる馬鹿げた一品。
機甲猟兵が乗機を脱出する際の護身用として、最大出力なら装甲車とだって撃ち合えるよう設計されたハンド・レールガン。
――〈騎士の拳銃〉なんて皮肉な名前だよね。
軽い足音はたぶん、子供のものだ。
それに続いて硬質な重量物が、どしんどしんと地面を叩く音が聞こえてくる。
わずかに大地が揺れている。それはどんどん近づいてきていた。
――逃げるべきなんだろうなぁ。
ふぅ、とため息。あるいはそれが子供の足音でなければ、エルフリーデは全力でこの場から立ち去ったかもしれない。
だが、かすかに聞こえてくる息づかい、必死な逃げる足音がそれを許さなかった。
わかってしまうのだ。
たぶんティアナと同じぐらいの背格好の少年ないし少女――そんな存在が巨大な何かから逃げている。
重量的にはバレットナイトの類だろう。こういった市街地でこんな足音を立てる存在はそれぐらいしかありえない。
馬鹿げていた。見て見ぬふりをしてホテルに戻って、こんな怖いことがあったと話の種にする。それが賢い人間ってやつだろう。
しかしながらエルフリーデ・イルーシャはこう思うのだ。
――そんな格好悪い恥知らず、わたしの
つまるところは合理性の欠片もない感傷、命を危険に曝すばかりの感情論なので救いようがない。第一、それで自分が死んでしまってはティアナを本当に悲しませ、不幸にしてしまうだろうに。
そのように自己評価しながら、エルフリーデは冷静に拳銃の安全装置を解除し、薬室に弾丸を送り込んだ。曲がり角の向こうから観光客の上げる悲鳴が響き渡った。
幸いにも周囲に人影はない。
来る。
何かがやってくる。
見えた。T字路の曲がり角から小柄な人影が飛び出してくる。
――枯れ草色の髪をした子供。色気のない半袖シャツに半ズボンを穿いている。
――たぶん観光客じゃなくて現地人。お金はもってない庶民って感じで親近感が湧く。
金髪と呼ぶにはくすんでいて、茶髪と呼ぶには明るすぎる――そんな髪色のセミロングヘアをべっとりと汗で濡らして、可愛らしい顔立ちの少女が、夜の街を走っている。
街のあちこちで悲鳴が上がっていた。とても恐ろしい怪物を見たとでも言いたげな、ホラー映画のわざとらしい金切り声にも似た音。
それは動物的な本能を刺激され、我知らずに喉を震わせる人々の叫びだった。
「おい、おまえ! そこをどけ!」
焦ったように枯れ草色の少女が声を張り上げた。道の真ん中に突っ立っているエルフリーデが本当に邪魔だったのだろう。
そしてぶっきらぼうな少女は、どうやら行く手を遮る年上の女の子が、大きな自動拳銃を手にしていると把握して、その顔を強ばらせた。
エルフリーデは冷静に強い調子でこう言った。
「伏せて」
どしん、どしん、どしん、と何かが地面を叩いてやってくる。ついに曲がり角から姿を現したそれは、エルフリーデの予想に反して――機械仕掛けの巨人ではなかった。
ざっと一五メートル先に、距離感が狂う大きさの獣がいた。
全長三メートル半はあろうかという馬鹿でかい狼だった。自動車じみた巨体は、下手しなくてもヒグマより大きいだろう。
ありえない。ここが緑深いサンクザーレの巨木森林の奥地ならまだしも、人工的に整備された沿岸都市マリヴォーネに、三メートル半の巨大狼が生息しているなど――そしてエルフリーデの
四足歩行する獣という印象に惑わされたが、その体表を覆っているのは毛皮ではなく、
しかも重機関銃と思しき自動銃塔まで背負っている。
――
チャンスは一度きりだった。エルフリーデが肉眼で対象を捉えたということは、あの機械仕掛けの狼もこちらを視認している。
センサーと連動した電脳棺の識別能力は優秀だから、エルフリーデが武器を手にしていることもすぐわかるだろう。
ゆえに一瞬、刹那の勝負だった。
ターレット型の自動銃塔が動く。電磁式か炸薬式かは定かではないが、サイズから判断して間違いなく対物ライフル並みの馬鹿でかい重機関銃である。
あの三メートル半の狼がバレットナイトに準じた存在なら、アルケー樹脂装甲によって全身が防護されている。
最低でも対物狙撃銃ぐらいは用意しないと、歩兵の武器なんて当たっても痛くも痒くもない。
ゆえに攻撃を避けようともしない。その慢心、その危機感の薄さが必要だった。
でなければバレットナイトに――機甲駆体に生身の人間が立ち向かうなんて無茶なのだから。
四足歩行ゆえの上下運動のリズムを見切って、巨狼の未来位置を予測する。最大出力に設定したハンド・レールガン〈騎士の拳銃〉を両手で構えた。
――今だ。
引き金を引いた。
恐ろしいほどの高速で弾頭が射出される。それはエルフリーデの主観的には、研ぎ澄まされた思考の果ての決断だったが――客観的には自動銃塔を
結果だけを記そう。
発砲音とほぼ同時――刹那、獣が背負っていた自動銃塔の銃身がひしゃげてねじれ飛び、四散した破片で銃塔に付属するセンサーが破損した。
兵器システムとして致命的な損傷を負って、重機関銃を備えた自動銃塔にセーフティが働く。暴発によるさらなる破損を危惧して、制御系として組み込まれた
そういう濃密な時間が終わる。
目にも止まらぬ早撃ち――その反動でびりびりと痺れる手首を余所に、身を低くして、こちらに逃げてきた少女に足払いをかける。
「うわっ!?」
エルフリーデが地を這うような低姿勢になって身を傾げた瞬間、その真横を暗灰色の巨影が通り過ぎていった。
凄まじい風圧。同種の戦闘車両に比べればはるかに軽量でも、バレットナイトはトン単位の重量を持っている。高速移動する巨体に接触すれば、肉は裂け骨は砕けて致命傷を負うだろう。
たった一つの間違いが、瀕死の重傷に繋がるのだ。
転んで膝をすりむいた少女が、涙目になっていた。彼女の腕を片手で掴んで、強引に立たせた。
「走るよ、付いてきて」
「えっ、ちょ、おまえはだれ――」
「お節介の通りすがりだよ」
恐ろしく速度をつけていた狼――獣型のバレットナイトは、簡単に立ち止まることができずに地面を叩きながら急制動をかけていた。その機械仕掛けの足裏が石畳を擦り、運悪くカーブになっていた地点の店舗に衝突した。
壁が崩れる。窓が割れる。ばきばきぐしゃぐしゃと建物が壊れる音を聞きながら、エルフリーデは目の前の小道に飛び込んだ。
「で、あれは何?」
「
会話になっていないのに意思疎通はできているという奇妙な調子――見知らぬ少女の手を引きながら、エルフリーデ・イルーシャは夜の街を駆け抜けた。
星の光も見えない、電灯に照らされた異境の地で。
ヒーローみたいに。
・〈ルーポ・フィアンマ〉
燃える魔狼。ガスマスクを被った狼。
らんらんと煌めくカメラアイ、銃弾を吐き出す口。
全長3.6メートル、全高2.4メートル(背部ガンターレット込み)。
砲塔を背負った機械仕掛けの狼としか言いようがない四脚歩行型バレットナイト。
非人間型構造を模索した機体であり、便宜上、第2世代バレットナイトに分類される。
旧バナヴィア王国との関係が深いレナタン共和国のカバニス・メッカニケ社の開発した小型バレットナイト。
長時間無補給活動およびゲリラ戦に特化した機体で、低負荷・低探知性の通常モードと、高負荷・高機動の戦闘モードを使い分けることができる。
四脚歩行にしたことで機体重量の負荷が二脚型よりも分散され、機体全高も低く抑えられ、十分な整備を受けずとも不整地の長距離移動が可能。
一方でバレットナイトの大きなメリット――駆動フレームによる衝撃の分散吸収ができないため、搭載火器は必然的に低反動のものに限られている。
このため主に使用される背部自動ターレットの装備には、新規に開発された15ミリ電磁重機関銃が採用された。
15ミリ電磁重機関銃は電磁加速式のガウスガンで、本体側から供給される潤沢なエネルギーによって銃弾を発射する。
構造的には20ミリ電磁機関砲をダウンサイジングしたものであり、12.7ミリ電磁重機関銃よりもはるかに強力な運動エネルギーを帯びた弾頭を発射できる。
極めて軽量であり、四脚歩行による三次元的な機動が可能。その常軌を逸した戦闘機動は、人間ではなく軍用犬を融合させているのだと噂が立つほど。
開発チームは本機を
四脚歩行による三次元的高機動というコンセプトおよび設計にはバナヴィア独立派から提供された〈ミステール〉のデータが用いられている。
運動性に特化した性能をしており、停止状態から瞬時に時速150キロメートル以上の速度に到達し、前後左右どの方向にも跳躍できる。
これはアルケー樹脂による軽量化と人工筋肉のパワーの賜物で、本機は装甲の大半を前面に集中している。
その特性上、歩兵や軽武装の装甲車両に対してはめっぽう強いが、バレットナイト同士の戦闘においては火力不足である。
ベガニシュ帝国陸軍の第2世代バレットナイトに対しても、装備換装と地形を利用して互角に渡り合える、とされる。
基本的に4機編成の1分隊=1つの群れを形成しており、2機1組のペアで狩りを行う。
このような人間とは身体構造・駆動システムが根本的に異なる機体と融合する搭乗者への負担は大きく、融合解除後の運動機能への影響が懸念される。
本機の開発にはバナヴィア独立派の指導者・救国卿が深く関わっている。
武装
・頭部固定装備:複合センサーユニット
・頭部固定機銃:6.8ミリ機関銃
・胴体ハードポイント:発煙弾発射機
・背部ターレット:15ミリ電磁重機関銃/40ミリ自動擲弾発射機/6連装対戦車ミサイル/4連装短距離地対空ミサイル/16連装105ミリロケット砲の選択式
・前脚部:対装甲クロー×2…前脚の白兵戦武器として使用される。超振動ブレードの一種。超硬度重斬刀に威力と強度ではるかに劣るが軽くて安い。
ブラックドッグが元ネタ。
軽自動車サイズの動物型ロボット兵器です。
特に理由もなく作者の中では今、空前の戦闘機械獣ブーム。
対物ライフル並みの威力の拳銃を撃って手が痺れるだけで済んでるのは、エルフリーデがゴリラしてるからです。