機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
襲撃者は混乱していた。ダークグレーに塗装された獣のごとき巨体が、衝突した家屋の壁を突き崩して身じろぎする。突然、家の壁が粉々になったことに住人が呆然としていたが、巨獣の融合者がそれを意に介することはなかった。
粉塵塗れになった機械仕掛けの狼――〈ルーポ・フィアンマ〉は、ゆっくりとその身体の向きを反転させた。この四足獣型バレットナイトの搭乗者は、あの一瞬で何が起きたのかをようやく理解した。
ほぼすれ違い様と言っていいタイミングで自動銃塔ターレットが破壊されたのである。無論、自動銃塔とて装甲化されている。当てやすい基部の部分であれば、対物ライフル程度の威力では貫徹できないだけの防御力があった。
〈ルーポ・フィアンマ〉のアルケー樹脂装甲は、正面装甲であれば第二世代バレットナイトの携行する二〇ミリ電磁機関砲にも耐えられるよう設計されていた。
つまり敵――見知らぬ若い女――は装甲化されていない部位を見抜き、瞬時にこれを攻撃してきたのである。
遊びすぎた、と搭乗者は自戒する。あの小娘の正体はわからないが、相当な手練れだろう。〈ルーポ・フィアンマ〉は先ほどまで、自分が追跡していた子供のいた場所を見やる。
誰もいない。
だが近くの小道からパタパタと地面を蹴る足音を聞き分けて、機械仕掛けの狼は再び走り始めた。
短距離電波通信で合図を送って、獲物の予想位置を仲間に知らせる。
今度こそ裏切り者を葬るために。
◆
エルフリーデは今、見知らぬ子供と共に夜の小道を走っていた。背後から再び、大きな獣の足音が聞こえてきたことで、来た道を引き返すという選択肢はゼロになっていた。
枯れ草色の髪をした子供は、ぜぇぜぇとあえぎながらエルフリーデの顔を見上げた。身長は一五〇センチもないぐらいで、背丈もさほど高くなく、身体の厚みもない十代に入ったばかりという感じの女の子だった。
少しなまりのあるバナヴィア語で、彼女が話しかけてくる。
「お、おまえ……ベガニシュ人か? 何が狙いだ!」
「わたしはバナヴィア人だよ。通りすがりのエルフリーデ――きみ、名前は?」
「通りすがりがなんで拳銃なんか持ってるんだよ!」
ペースをゆるめることなく走り続けながら、エルフリーデは正直な事情を端的に話した。
「護身用にね、持ち歩いてたんだ。きみがやってきたから、つい手助けしちゃったってわけ。名前、教えてほしいな」
立ち入り禁止の黄色いテープが貼られた狭い通路を、テープの隙間をくぐり抜けるようにして通り抜けた。半袖シャツ姿のエルフリーデは今、どう考えても鉄火場で激しい戦いをするような格好をしていなかった。
だが元より万全の状態で戦える機会の方が少ないのである。あとはやれるだけやってみるだけだ、と少女は落ち着き払っていた。
そんなエルフリーデの様子に誠意を感じたのか、ようやく、ぽつりと女の子が名乗った。
「……ヤレアだ」
「そっか、ヤレア。うん、いい名前だね」
「あ、ありがとう……って、そうじゃない! 言っておくが相手はバレットナイトだ、このまま逃げ切れるような相手じゃない!」
街のあちこちでパトカーのサイレンがうなりを上げている。あるいはこのまま、警官に泣きつくのも手だが――いや、流石に拳銃を携帯している警察官が一人二人いたところで、市街地に入り込んだバレットナイトに対抗することはできまい。
背後から聞こえてくる足音が近づいてきていた。ちょうど曲がり角の向こうにまで差し迫ってきている物音に、エルフリーデは覚悟を決めた。
「あいつの武器、どこにあるの?」
「頭に機関銃が埋め込まれて――」
「そっか」
敵意の兆候を感じ取って、
振り返り様に構えられた銃口、無造作な照準、耳をつんざく轟音――彼我の距離は一〇メートル以下、命中精度の劣悪さを批判される〈騎士の拳銃〉といえど、この近距離であれば外さない。
狙ったのは狼じみた怪物の頭部、ガスマスクを被ったような鼻面の先端、ちょうど銃口と思しきものが見える部位だ。
しかし当たり所はよくなかった。敵の頭部で火花が散った。流石に二連続で機関銃の銃身を撃ち抜くような神業は、自分にはできなかったらしいと悟る。
エルフリーデは素早く叫んだ。
「伏せて!」
「うぁああ!?」
ヤレアの肩を左手で掴んで引き倒す。石畳の上に二人そろって寝転んだ瞬間、先ほどまでヤレアの頭部があった空間を、機銃掃射が薙ぎ払った。
うつ伏せの状態、しかも片手撃ちというよろしくない条件だった。それでもやるしかない。エルフリーデは三発目の〈騎士の拳銃〉をぶっ放した。
右手が大きく跳ね上がり、手首がびりびりと痺れる。
今度こそ運よく当たった。ライフル弾を高速投射していた電磁機関銃の銃口に、大口径高速徹甲弾がめり込み、その銃身を歪めていく。
そして歪んだ銃身から真っ直ぐに銃弾が吐き出される道理はなく、すぐに暴発が起きた。
――このサイズのバレットナイトなら、武器はそう多く内蔵できないはず。
エルフリーデはヤレアの腕を引っ張って無理矢理立たせた。痛い、と呟いて彼女は涙目になっていたが、まあ死ぬよりはマシだと思うので諦めてもらうしかない。
そうして走り出そうとした瞬間、少女は次なる危険を察知した。ほとんど本能的に身を傾げた瞬間、巨大な獣が自分目がけて飛びかかってくる。あまりにも身軽な跳躍は、紛れもなくその兵器が人工筋肉で駆動する存在であることの証左。
目と鼻の先を獣の前脚が通り過ぎて、前髪が数本、切断された。耳が痛くなるような騒音は、超振動ブレード特有の高速振動が引き起こす音だった。驚いたことに敵機は何から何まで獣じみていた。四脚歩行や骨格の作りからして狼のようだったが、前脚にかぎ爪状のブレードまで備えているとは。
もちろん当たれば、容赦なく――人体など真っ二つに引き裂かれるだろう。
――でも避けた。
エルフリーデの目の前を、暗灰色の狼が通り過ぎていく。狭い小道である。まさか避けられるとは思っていなかったのか、前脚による斬撃を外した巨獣はあっけなく地面に着地。
その瞬間、どうしようもない危機を察知して、傷ありの少女はその左目をしかめた。
悪い予感がした。
弾丸の獣が石畳に接触した瞬間、みしみしと音がした。亀裂が小道に広がっていき――やがてそれは、石畳全体が地下へと崩落する現象に発展した。
足下が崩れていく。エルフリーデは咄嗟にヤレアの胴体を抱き寄せた。やせっぽちの子供はひたすらびっくりしていた。
「えっ、なっ、なんだこれぇえ!?」
立ち入り禁止の黄色いテープを思い出す。なるほど、元々、地盤が弱くなっていて立ち入り禁止になっていた小道に、バレットナイトが侵入して跳躍・着地などという無茶をしたせいらしい。
地面が崩落していく。石畳を構成していたサイコロ状の石が、その下にあった土砂が、暗灰色の獣の上に流れ込むのが見えた。
エルフリーデにとって幸運だったのは、立ち位置がもたらす落下の仕方だった。垂直に落下することなく、急斜面を滑り落ちるような形での滑落に近い状況――あるいは真の幸いは、そうして落ちていった先がきちんと着地できる状態だったことだろう。
このときほど丈の長いズボンを穿いていてよかったと思ったときはなかった。
ずざざざざざ、と擦過音を立てながら、お尻が痛くなるような最悪の滑り台を落ちた先――着地の瞬間に足首をひねらなかったのは、エルフリーデの常人離れした肉体あってこそだった。
それでも衝撃は強くて、足が痺れそうなぐらいにこたえたけれど。
「けほっ……」
土煙がひどい。だが思ったよりひどくはない。呼吸できないとか視界が遮られるというほどでもない。左脇に抱えていたヤレアを地面に降ろす。ゆっくりと立ち上がったエルフリーデは背後を振り返った。
これまで滑り台のように落下してきた斜面は恐ろしく急斜面だった。一目で素人が命綱もなしに登るのも無茶だと思えるぐらいに。どうやら地面の下に巨大な空洞があったらしく、バレットナイトの着地をきっかけにして地盤が抜けてしまったらしい。
うっすらと暗闇の中、見えたのは地上から差し込む電灯の光だった。高さにして二階建ての建物ぐらいはあるだろう、流石に高すぎて生身の人間がどうにかできるとは思えなかった。
「ヤレア、怪我はない?」
声をかけると、枯れ草色のセミロングヘアの少女は、不安そうに眉をしかめた。
「な、なんとか……あいつは?」
「この土砂の下に生き埋めだよ」
土煙が晴れてきた。エルフリーデが周囲を見渡すと――どうやら自分が置かれている状況が、想像よりも複雑怪奇らしいと悟った。
最初は単なる地下の空洞に落ち込んだのかと思っていたけれど。土砂で埋まっている空間から少し視線をずらすと、天井と壁が明らかに人工物であることがわかってきた。
ふとマリヴォーネ市に来る途中、飛行機の与圧キャビンの中でクロガネが話していた内容を思い出す。
――確かにマリヴォーネ旧市街の地下に大小様々な通路が広がっているのは事実だが、それは都市建設のために石材を採掘した石切場の採掘跡だ。
ここがその石切場とやらなのだろうか。
通路と思しき天井と壁に支えられた空洞は、明らかにはるか遠くまで続いていた。真っ暗闇が覗くトンネルの向こうに歩き出す勇気はないが――風の流れも感じるから、空気が停滞して有毒ガスが溜まっているというような懸念もなさそうである。
とりあえず当分、窒息死するというような不安はない。そのように判断してエルフリーデは口を開いた。
「よし、あとは救助隊が助けにくるのを待っていようか」
「あっ、いや……私は……」
そういえばこの子、髪の長さや骨格から推定して女の子だと思うけれど。ずいぶんと男っぽい話し方をするなあ、と思う。
そして案の定、救助隊に助けられるのは嫌そうな様子のヤレアはわけありだった。
突然、マリヴォーネの街に現れた見たこともないバレットナイト、それに追われていた女の子――これで何も知らない普通の地元住民です、は無理があるだろう。
エルフリーデは腰のポーチからペンライトを取り出して、地下空間の闇を照らしながら、何気なく呟いた。
「きみの事情は知らないけど、今はそうするしか――」
ぱらぱらと天井から土埃が落ちてきた。地上に繋がる穴の向こうから、どしん、どしん、どしんと重たげな足音が聞こえてくる。
それは先ほどまで嫌というほど耳にした、あの動物型バレットナイトの歩行音だった。エルフリーデは舌打ちしたい気持ちになった。
「くそっ、二体目か……」
右手に携えた大型自動拳銃〈騎士の拳銃〉の残弾は、あと数発残っている。しかしながら二度も三度も出会い頭に構造上の弱点を射貫くなんて真似、もうやりたくないのが本音だった。
エルフリーデとヤレアがいる地下の崩落地点は、地上の穴から丸見えだ。もし相手がグレネードランチャーでも装備していたら、その瞬間に二人とも即死するだろう。
決断は早かった。
「逃げよう。地下の採掘跡なら、地上に繋がってる通路だってあるはずだよ」
「……わかった」
迷うことなく二人の少女は走り出した。
マリヴォーネの地下迷宮、神話において怪物が徘徊すると謳われる真っ暗闇――その真っ只中を、か細いペンライトの明かりだけを頼りに。