機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
夜のマリヴォーネ市は電灯に照らされた不夜の街であった。常であれば公営ギャンブルのカジノで遊ぶ観光客や、レストランで食事する地元民でにぎわう街並みは、今や混乱の最中にあった。
街のあちこちでパトカーのサイレンが響き渡り、警察官が慌ただしく旧市街に駆けつけていく。
――マリヴォーネ旧市街に巨大な狼が出た。
そのような市民からの通報が相次いだことにより、ここ一五年、まるで使われたことがない散弾銃を持ち出す警察官までいる始末だ。
そして複数の目撃証言から「狼ではなくバレットナイトが出没した可能性」に行き当たったマリヴォーネ市の当局は、最終的に市警の手に余る案件だと判断した。
数百人の警官を動員しようと、武装は拳銃や散弾銃が関の山では、機甲駆体と渡り合うことは不可能だった。強力な小口径レールガンに耐える装甲と、重機関銃やロケット砲で武装した機械仕掛けの巨人の相手など人間にできるわけがない。
かくしてこの自治区が誇る重武装の部隊、マリヴォーネ銃騎兵中隊に出撃命令が下った。その結果――富裕層でごった返す街並みを、様々な装飾で彩られた第一世代バレットナイト〈パンツァーゾルダート〉がのしのしと歩いて行く。
すでに開発・生産を行ったベガニシュ帝国では一線を退いた旧型機である。国家間紛争では実用に耐えないと判断され、格安で払い下げ品が放出された機種でもある。
その中古品販売の結果が、先のヴガレムル伯領で起きた同時多発テロでのテロリストへの兵器流出なのだが――それはさておき、マリヴォーネ自治区のように戦争から遠い地域では、このような旧型機でも大きな需要があった。
人員は一〇〇名ほどしかいないマリヴォーネ自治区における最高戦力の部隊は、ゆっくりと旧市街を練り歩いてくまなく敵を探し求めた。
しかし数時間かけた探索の成果は得られなかった。〈パンツァーゾルダート〉部隊が発見したのは、旧市街の一角に空いた大穴だけであり、崩落した地面の下を掘り起こすのには多大な労力と時間がかかるものと推測された。
ゆえに取られた対策は簡潔だった。
立ち入り禁止区域の設定と、〈パンツァーゾルダート〉による現場の警備――結局のところ、何の対策にもなっていない場当たり的な対処が、この時点でのマリヴォーネ自治区の現状認識の甘さを示していた。
自らの足下、地下奥深くで進む陰謀について知らぬまま、裕福な人々の楽園は惰眠をむさぼり続けていた。
◆
地下に掘られたトンネルは恐ろしく暗くて、空気は冷たくひんやりとしていた。
しばらく走ったあと、先に音をあげたのはヤレアの方だった。枯れ草色の薄い茶髪をした少女は、ずっと限界を超えて走りっぱなしだったから、汗をだらだらと掻きながら足を止めてしまう。
エルフリーデは透明なプラスチック容器に入った、ミネラルウォーターのボトルを差し出した。
「これ、飲みかけだけど」
「あ、ありがとう……」
ヤレアはお礼を言ってから、果たして見知らぬ相手から飲み物をもらって大丈夫なものかと数秒悩んだ。そして結局、喉の渇きに屈してボトルを受け取った。
ごくごくと水を飲むヤレアは、どうやら結構長い時間、飲まず食わずだったようである。
半袖シャツに半ズボン姿の少女が全身を汗でびっしょり濡らしているのとは対照的に、エルフリーデは涼しい顔をしていた。元々、マリヴォーネ地方は湿度が低く最高気温も三〇度にも達しない。
夜間であればとても快適な土地だった。そしてエルフリーデの強靭な肉体は、多少、走った程度で汗を掻いてへばるほどやわではなかった。
ペンライトの明かりで周囲の天井、壁、床面を照らし出す。恐ろしく綺麗な断面だった。まるでヤスリでもかけたようになめらかな質感で、とても石切場として採掘したあとには見えないぐらいだ。
ぽつり、と呟いた。
「変な感じ。石切場にしては断面が綺麗すぎるような……」
「マリヴォーネの街はつい最近まで石切場を利用していた。電動工具や車両だって出入りしてきたんだ、通路だって整備するさ」
水で喉をうるおして人心地付いたのか、ヤレアがそう言って解説してくれる。口ぶりからしてマリヴォーネの都市としての歴史にも詳しいようだった。肌も日焼けしているし、そういう風体は地元民っぽいのだけれど。
こうなってくると気になるのが、少女の正体だった。
エルフリーデ・イルーシャは耳を澄まして、あの四足獣型バレットナイトの足音がしないことを確認した。トンネルじみた長い採掘跡の通路は暗く、ペンライトの明かりが途切れたら間違いなく道に迷う暗闇に満ちていた。
「……きみ、バナヴィア独立派?」
不意討ちだった。これで相手の反応を見て、その真偽がわかればいい――そういう意図の質問だった。
エルフリーデがこのような問いかけに至ったのは、純然たる状況証拠からの推測だ。エルフリーデの知る限り、独自にバレットナイトの開発に成功しているのは、ベガニシュ帝国やガルテグ連邦のような超大国、フィルニカ王国のような地域大国、そしてバナヴィア独立派だけだ。
ここマリヴォーネ市が旧バナヴィア王国の領土であり、バナヴィア南部という土地であることを考えれば、未知のバレットナイトの正体が独立派の新型機だと疑うのは自然なことだった。
だが、謎の少女ヤレアの反応は正直なものであった。彼女は顔をしかめたあと、嫌気が差したようにうめいた。
「私が? ……私はバナヴィア人じゃない、おまえたちの独立運動は勝手にやればいい」
そこにあったのは自然体の突き放した物言いで、自分は独立派でもなければバナヴィア人でもないという立ち位置を表すものだった。
そして最初の頃のやりとりを思い出すと、どうやらベガニシュ人でもないようである。
エルフリーデは目を細めた。
「それじゃ、きみは何者なのかな――ヤレア」
「……エルフリーデ。おまえには感謝してる。だからこれだけは答えておこう」
ヤレアは意を決したように顔を上げて、自分より頭一つ分は背が高い傷ありの少女を見つめた。
幼い顔立ちだった。背だってティアナ・イルーシャよりずっと低い、やせっぽちの子供――だけど、そのアーモンド色の瞳にはとても力強い光が宿っていた。
「――私はズァレン人だ。ベガニシュ人でもバナヴィア人でもない」
燃え上がるような情熱の光を見て取って、エルフリーデはヤレアの自意識の中心にあるものを知った。それは形のないもの、多くの人が紡ぎ上げた物語の最果て、民族と呼ばれる
ズァレン人という単語に聞き覚えがあった。あれは大陸東海岸に派兵されたとき、三三二一独立竜騎兵小隊の部下の一人――ドロテアという少女の父親が、ズァレン人だったか。
思い出す。まだ父母が生きていた頃、父クリストフから個人的に受けていた歴史の授業――ベガニシュ帝国によって併合された国々の一つが、ズァレン王国だったはずだ。
どうやら亡国の民というやつで、そういう意味ではバナヴィア人と同じ境遇である。ベガニシュ人によって二等市民じみた扱いをされているという意味でも、かなり近しい立ち位置にあると言えよう。
「……ズァレンってベガニシュ帝国に滅ぼされた国、だよね」
「ああ。おまえたちバナヴィア人と似たようなものさ」
聞いた話だが、ズァレン人は祖国を失ったあと流浪の民になったという。あるものはベガニシュ帝国の広大な国土に散り、あるものは伝手を頼ってバナヴィア王国のような隣国に逃れた。
そうやって離散した人々の一部が、バナヴィア南部マリヴォーネ――地中海を臨む都市に定住したとしてもおかしくはない。
ズァレン王国もまた地中海を通じてバナヴィアと面しているから、海路を通じて亡命した人々も大勢いたのだろう。エルフリーデの生まれ育ったバナヴィア北部ロシュバレアや、現在住んでいるバナヴィア東部ヴガレムルでは見かけなかったけれど。
そうしてエルフリーデは自分が何も知らないことに気づいた。しばらく黙ったあと、これ以上はヤレアは喋ってくれないだろうと結論づける。
あの獣じみたバレットナイトがなんなのか、問い詰めたい気持ちはたくさんあったけれど。
「……答えてくれてありがとう」
「もういいのか?」
「きみがこれ以上、喋ってくれるならまだまだ聞きたいけどね」
無理だな、とヤレアはぶっきらぼうに告げた。男の子みたいな喋りの少女は、セミロングヘアの髪型にもかからず、どこか
二人がそうして休憩していたときである。
わずかに床面から振動が伝わってきた――エルフリーデは顔を強ばらせて、ヤレアにささやいた。
「走るよ、付いてきて」
「あぁ」
あのダークグレーの巨狼――
そういえば、とエルフリーデは思う。たぶんパッラ・ベスティアというのは、バナヴィアの隣国――レナタン半島に住まうレナタン人の言葉だろう。
悪い予感がした。ひょっとしたらこれ、マリヴォーネ市の闇どころか、隣国まで巻き込んだ話なのではないだろうか。
右手に大型自動拳銃、左手にペンライトを握って走り続けた。確実に近づいてきている振動に怯えながら、それでも暗闇の中を懸命に走って――不意に、白い光がトンネルの向こうに見えた。
「出口?」
エルフリーデとヤレアは必死に走った末、光の果てにたどり着いた。一瞬、夜闇に慣れていた目が眩むほどの光量。妙だった。少女二人が地下に落ちてから、まだ一時間も経っていない。
つまり時刻は夜中のはずである。こんなにも明るいのは明らかに人工の照明ありきだった。
それは投光器から発射された無数の光だった。電源ケーブルによって供給される電力、強力な電灯に照らされた閉鎖空間――これまで通っていた坑道に比べれば広いが、それでも天井と壁がある小さなドーム状の空間だった。
見ればかなり最近に整備された空間のようで、ここが地下の空洞の中であることを忘れそうなほど、真新しいコンテナやケーブル類、投光器などの人工物があちこちに設置されている。
目が慣れてきたヤレアが、顔を青ざめさせていた。
「ま、まずい……ここはダメだ、引き返そう!」
「ちょっと待って、後ろからあいつが追いかけて来てるんだよ?」
「だが、ここは……」
ヤレアが首を横に振った瞬間、物陰から音がした。エルフリーデはそちらに銃口を向けて――予想外の光景に絶句した。
異様であった。そこには男がいた。だいぶ年を重ねた中年男性が、シャツとズボンを着てそこにいた――
それも一人や二人ではない。
物陰から次々と顔を出す男たち――いずれも四つん這いになって地面を這っている。冗談みたいな光景だった。エルフリーデが発砲するか否か、本気で迷うほどに無害かつ奇っ怪な男たち。彼らは目を見開いてエルフリーデとヤレアを見たあと、大きく声を張り上げた。
「バカな……何故ここが……!?」
「侵入者だ!」
「警備は何をしている!」
四つん這いになってこちらを
「なにこれ……」
「だから言ったのに! ああもう、逃げるぞ!」
ヤレアが涙目で叫んだ。
最悪なことに来た道からは、もうはっきり耳で聞こえるほど大きな歩行音――あの四足歩行のバレットナイトがすぐそこまで迫ってきていた。
さらにドーム状の小部屋に通じている通路のあちこちから足音。たぶん銃器で武装している。
不味いな、と思う。自分一人ならまだしも、ヤレアを庇いながらではいよいよ進退
エルフリーデは周囲を見回した。
――見つけた。
二〇メートルほど先、コンテナの影になっているところに見慣れた機影。あるいはこのとき、たった一つだけ幸運があったすれば――古ぼけた一機の巨人が、片膝を突いて放置されていたことだろう。
その角張った装甲は戦地で散々、乗り回してきた
あれはいささか旧型のようだが、間違いなくベガニシュ帝国製バレットナイト〈アイゼンリッター〉だ。そして素敵なことに装甲ハッチは開きっぱなしだった。ずさんな管理に心からの感謝を呟き、傷ありの少女は深紅の瞳に決意を浮かべて、ヤレアに対して言葉を伝えた。
「あのバレットナイトを奪う。ヤレア、付いてきて」
「おまえ、そんなの乗れるのか?」
今さら過ぎる問いかけ。そういえば自分もまた十代の女の子で、普通に考えたらバレットナイトを操縦できるかわからない存在なのだと思い出す。
エルフリーデ・イルーシャは力強く頷いて、走り出した。
自信たっぷりの言葉と共に。
「――わたしは最強の機甲猟兵だから」
隅に放置されている〈アイゼンリッター〉までの二〇メートルを走り抜ける。ドーム状の空間の外、あちこちに掘られた坑道から警備兵が顔を出す。手にした短機関銃がこちらに向けられる。
止まれ、と呼び掛けられる。ヤレアが物陰に滑り込むのを確認しながら、エルフリーデは地面を蹴った。
電磁式短機関銃から九ミリ拳銃弾が射出される。コンマ数秒前までエルフリーデがいた空間を、超音速の銃弾が通り過ぎる。猫科の猛獣を思わせるしなやかさで、飛びかかるように四メートルの巨人の背中に着地する。
装甲ハッチは開きっぱなしで、巨人の
そうして肉体のすべてが同化する。機体のカメラアイが周囲を認識する。高性能な集音センサーがあらゆる音を識別、音響を元に周囲の立体図を作り出していく。
――
最初期型か、と舌打ち。〈アイゼンリッター〉A型となると最初期型もいいところで、大陸間戦争では能力不足を理由にアップデートされてC型やD型になっていた機種である。
一応は第二世代機なので〈パンツァーゾルダート〉などの本物の旧式よりはマシだが、運動性能も電子戦能力もポンコツと言っていい。
武装は胸部固定機銃のみ。おそらくは土木作業に使う重機と電源として持ち込まれていた代物なのだろう。背部ハードポイントには切削用のスコップ、左の前腕には破砕作業用の
清々しいほどに軍用機らしい武装はなかった。
威嚇射撃として胸部の六・八ミリ機関銃を地面に向けてぶっ放す。ズダダダダダ、と空気を引き裂く超音速ライフル弾の発砲音。警備兵が悲鳴を上げて坑道に引っ込んでいった。
「気をつけろ、〈ルーポ・フィアンマ〉が来る!」
ヤレアが叫んだ。動き出したバレットナイトを見て、地面を四つん這いで這い回っていた男たちが逃げていく――エルフリーデは自分たちが通ってきたトンネルの方に向き直った。
どしん、どしん、どしんと足音。
真っ暗闇の中から暗灰色の獣が飛び出してくる。その前脚に超振動ブレードを展開して、エルフリーデの駆る〈アイゼンリッター〉を仕留めようと跳躍。その動きは読めていた。エルフリーデは背中のスコップを右手で掴み、遠心力を目一杯にかけてフルスイングした。
衝撃――横っ面をぶん殴られ、狼の姿をしたバレットナイトが吹き飛ぶ。コンテナをひしゃげさせながら、その機体が地面を転がっていく。
――思った通り、軽い機体だ。
工兵用に用意されたスコップは、人間用のスコップ――人体の体力が有限なので、軽量化も重要なのだ――とは違って、とにかく重く頑丈に作ってある。生身の人間では歯が立たない岩盤を砕いてひっくり返すための装備だから、そのような仕様になるのだ。
エルフリーデは素早く〈アイゼンリッター〉を疾駆させた。機体が重たい。自分が思ったとおりに動くまで、タイムラグがあるような感覚。流石にクロガネが用意してカリカリにチューンしたカスタム機とは比べるべくもない。
ヤレアが〈ルーポ・フィアンマ〉と呼んだ獣が、その四肢を使って身を起こす。その頭部を押さえつけるようにスコップを振り下ろす。
衝突音。
これだけやってもアルケー樹脂装甲と駆動フレーム、人工筋肉の束で構成された獣の首は折れない。重火器で浴びせられる運動エネルギー弾を考えれば、鈍器で殴られる程度のダメージで戦闘不能になるはずもなかった。
だが、加えられた衝撃を無効化できるわけでもないのだ。
〈アイゼンリッター〉が巨獣の頭部の上にのしかかる。股関節で獣頭を押さえつけ、その首関節の隙間に左腕を押し当てる。装甲として機能する強靭な人工筋肉、それを覆うアルケー樹脂装甲の外殻の隙間を選ぶ。
――これで潰す。
あらゆる駆動システムはその構造に由来した弱点を持つ。車輪式がタイヤを、
たとえ巨人よりも身軽で素早い四足歩行の巨獣であろうと、それは変えようがない必然的弱点なのだ。
爆裂――岩盤破砕用の
・〈アイゼンリッター〉工兵仕様
最初期型であるA型をベースにした工兵用バレットナイト。
A型は戦闘用の機体としては完全に型落ちしている旧式機だが、その基礎設計の優秀さは疑うべくもない。
バレットナイトの動力源である電脳棺は半永久機関であり、エーテル粒子と電力を無尽蔵に供給することが可能である。
電動車両を用いているベガニシュ帝国陸軍が、これを利用しない手はなかった。
工兵仕様の〈アイゼンリッター〉はバックパックを専用の大型パックに変えており、各種コネクタを用いることで他の工兵車両に充電することが可能である。
また4メートル大の巨人サイズのスコップ、ドーザー、削岩機などを用いての陣地構築などにも用いられている。
強力な電磁機関砲に耐えられる装甲を持つ〈アイゼンリッター〉は、旧型と言えど前線の兵士の味方なのだ。
武装
・胴体固定武装:6.8ミリ機銃
・背部ハードポイント:大型スコップ
・左腕部:前腕部固定式炸裂パイル射出機
・腰部ハードポイント:炸裂パイル予備
ふわふわナーロッパ異世界の本作ですが、いっぱい出てきた地名と地理関係はこんなイメージです
・ベガニシュ帝国…東ヨーロッパ~中国大陸あたりまでぜんぶ(ふわっ)
・ガルテグ連邦…北アメリカっぽい新大陸
・バナヴィア王国…おフランスとおドイツ合わせたぐらい
・レナタン共和国…イタリア半島っぽい