機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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ズァレンの勇者カガン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 投光器の明かりで照らされた台地の上で、機械仕掛けの巨人が、おとぎ話の騎士のようにスコップを掲げる――ある種、滑稽ですらある光景だった。

 しかしエルフリーデの挑発的な言動は、ものの見事にラハイドらの関心を引きつけていた。

 

 たとえ露骨な挑発だとわかっていても、目を離した瞬間に何をされるかわからない相手――瞬く間に三機のバレットナイトを無力化した〈アイゼンリッター〉――は、それほど恐ろしいものに映るのだ。

 

 彼らの目的はあくまでズァレン人の少女ヤレアの処刑である。武器一つ持っていない女の子一人、バレットナイトがあれば即座に殺せるはずだったのだ。

 それが正体不明・意図不明の機甲猟兵の存在で完全におかしくなっていた。狼型のバレットナイト〈ルーポ・フィアンマ〉と融合している男、ラハイドは忌々しげにうめいた。

 

『……時代錯誤の騎士気取りめ』

 

 罵り言葉を一つ、同時に残り五機の〈ルーポ・フィアンマ〉が一斉に地面を蹴った。中央部の台地に続く細い崖っぷちの通路複数を、全長三メートル半の獣が並走していく。

 おそらくレーザー通信モジュールを使った連携――やはり一番面倒な動きをしてきたな、とエルフリーデ・イルーシャは思う。

 一対一であれば後れを取るつもりはない。だが、複数体を同時に相手取るには、旧式化した初期型〈アイゼンリッター〉は如何にも性能不足だった。

 

 

――泣き言じゃ戦えないけどね。

 

 

 エルフリーデの判断は早かった。キャットウォークじみた細い通路と台地の接合点目がけて、旧型バレットナイトで突進する。右手に握った大型スコップは、装甲の侵徹も人工筋肉の破壊もできない鈍器だが、その重量だけは気に入っていた。

 敵がこちらの狙いに気づき、一斉に一五ミリ電磁重機関銃を連射してくる。相対する角度に気をつけて、正面装甲でそのすべてを受け止める。ギギギギギ、とアルケー樹脂装甲が銃弾を弾く音。

 

 口径一五ミリの電磁重機関銃――小口径レールガンは歩兵用小銃とは比べものにならない威力だが、装甲車両を代替する機動兵器として発展した第二世代機の防御を抜くには不足している。

 銃火を浴びながらスコップを振りかぶった。

 

 見え透いた打撃を避けようと〈ルーポ・フィアンマ〉が足下を蹴って跳躍――その軌道を見越していたエルフリーデは、フェイントをかけてその頭をぶん殴った。空中で姿勢制御もできずに打撃を打ち込まれ、装甲と人工筋肉の塊の着地点が狂う。

 必死に前脚を通路に引っかけようとしていた機体は、自身の体重を支え損ねた。落ちる先は奈落の底だった。

 

 

――これで四機。

 

 

 悲鳴を上げる敵機を尻目に、エルフリーデは次の敵に向きあうべく床面を蹴った。押し寄せてきていた敵のうち、残り四機が通路を渡ってしまった。電磁重機関銃を最も装甲が薄い背部に撃ち込まれては不味い。何より彼らを素通しさせてヤレアを殺されては意味がない。

 

 数十秒の戦闘で敵の半数を葬った戦果と裏腹に、余裕がないのはエルフリーデの側だった。

 ラハイドもそれを心得ているのか、残り四機の〈ルーポ・フィアンマ〉を二つに分けた。三機の獣がエルフリーデを囲む――残り一機がヤレアの隠れている遮蔽物へ向かうためである。

 

 

――さて、どうする。

 

 

 強引に突破してでも敵陣を崩すべきだろう。そのようにエルフリーデが覚悟した瞬間である。

 恐ろしい足音がした。それは四つ足の獣が地面を蹴る音だったが、明らかに〈ルーポ・フィアンマ〉のそれとは足音が異なっていた。より大きく重たい何かが、ずしん、ずしん、と足音を響かせてやってくる。

 

 エルフリーデはこの状況で新手がやってくるという事実に舌打ちしたくなった。

 こうなると流石に分が悪い。だが、少女騎士の想像と裏腹に――ラハイド率いる〈ルーポ・フィアンマ〉の動きが鈍くなっていた。彼らは迫り来る何かの足音、その方角に頭を向けていた。

 露骨なまでに怯えている。

 

『まさか……』

 

 先ほどから続いていた重機関銃の掃射が、その怯えに比例するように弱まっていた。ほんの刹那の隙だった。エルフリーデにはそれで十分だ。反応の鈍い初期型〈アイゼンリッター〉の運動性に歯噛みしながら、敵の包囲網の一角に機体を走らせる。

 

 流れるような飛び膝蹴り――装甲と装甲がぶつかり合う打撃音、弾き飛ばされた暗灰色の狼の頭にスコップを振り下ろす。衝撃で一瞬、その動きが止まる。

 左腕に装着された炸裂杭の発射機を、装甲と人工筋肉の隙間に押し当てる。

 爆裂。破砕。獣の首が半ばまで千切れそうになっていた。勢いもそのままに背部ガンターレットの重機関銃を蹴り飛ばした。

 

 

――これで五機。

 

 

 だが、反撃を喰らった。センサー類を潰された敵機の前脚、対装甲クローが闇雲に振るわれる。ギギギギギ、と超振動ブレードが装甲を切削する音。アルケー樹脂装甲が引き裂かれ、胴体に深々と切創が刻まれる。

 

 エルフリーデは右脚を前に突き出し、〈ルーポ・フィアンマ〉の胴体をサッカーボールのように蹴りつけた。そして右手のスコップをぶん投げようとした瞬間、横っ腹に六機目の〈ルーポ・フィアンマ〉が突進してくる。

 反応が間に合わない。機体の反応速度がエルフリーデに追従していなかった。衝突音――馬鹿でかい狼が、エルフリーデ機を押し倒してくる。

 

 少女騎士は迷うことなく、振り下ろされた敵の前脚に金属スコップを掲げる。

 火花が散る――金属が切削されて真っ二つになった。狼の腹に膝打ちを叩き込み、その姿勢を崩す。対装甲クローの軌道がずれて、頭の横の地面を削った。

 思い切り〈ルーポ・フィアンマ〉を殴りつけた。のしかかってきていた獣が弾き飛ばされた一瞬で、炸裂杭の最後の一発を装填し終えた。

 

 鈍重な〈アイゼンリッター〉を目一杯の速度で起き上がらせた。

 どしん、どしん、どしん――そんな足音が迫っていた。振動センサーは彼我の距離がもうさほどないことを告げている。エルフリーデは視界を音がする方に向けた。

 

 

 

――燃えるような橙色の狼だった。

 

 

 

 まるで騎士の甲冑を着たような銀の装甲、そして夕日の色を思わせる橙色の装飾。おそらく戦術的優位性ではなく、デモンストレーションのための派手派手しさを優先されたのであろうもの。

 無骨な殺人機械といった趣の〈ルーポ・フィアンマ〉と比して、優美ですらある曲線を描くシルエットの巨獣である。

 

 それは大きかった。全長三メートル半ほどである〈ルーポ・フィアンマ〉に比べて、何から何まで巨大――おそらく一・五倍から二倍ぐらいのサイズ差があるはずだ。

 にもかかわらずその速度はエルフリーデの想定を超えていた。瞬く間に細い崖っぷちの通路を渡り終えた巨獣は、そのまま台地の上を疾走――すれ違い様に〈ルーポ・フィアンマ〉の胴体が両断された。

 これで六機目だ。

 

『ぐがっ――!?』

 

 橙色の巨獣の背中から、一対二本の腕が生えていた。たくましい人工筋肉で駆動する副腕――その先端から生えた大鎌が、瞬時にアルケー樹脂装甲を切断したのである。

 まさに疾風迅雷のごとき剣閃であった。

 

 ヤレアを殺すために突出していた七機目の〈ルーポ・フィアンマ〉が、次の犠牲者だった。電磁重機関銃の掃射を飛び越えて、剣持つ巨獣が獲物へ襲いかかる。

 やはり胴体を一撃――バイタルブロックを真っ二つにされ、電脳棺ごと搭乗者は即死した。最後に残った一機、ラハイドの駆る〈ルーポ・フィアンマ〉が悲鳴のように叫んだ。

 

『――カガン!? 何故ここに!?』

 

 言いながら対装甲クローを展開した動物型バレットナイトに対して、乱入してきた巨獣は厳かにこう告げた――おそらく相当な年月を重ねた男の声。

 

『すでにお前の反乱は明らかとなり、私自らの手によって反逆者たちは処刑された。ラハイドよ、お前が最後だ』

 

『……馬鹿なっ』

 

 ラハイドは信じられないとでも言いたげに、その身を震わせた。同化融合による操縦システムを行うバレットナイトは、搭乗者の意識をすぐに反映する戦闘兵器だった。

 暗灰色の獣が、大地を蹴った。前脚に展開された対装甲クローで、相手の命を奪い取ろうと〈ルーポ・フィアンマ〉が飛びかかる。

 そして橙色の巨獣は、反逆者の決死の抵抗など意にも介していなかった。

 

『――お前を導けなかった私を恨むがいい』

 

 一閃。

 一対二本の副腕が振るわれ、超硬度重斬刀の斬撃によって〈ルーポ・フィアンマ〉の機体が切り裂かれた。真一文字に斬られた獣が、物言わぬ骸となって地面へと落下する。

 

 エルフリーデ・イルーシャの目から見てなお、それは目にも止まらぬ早業であった。巨獣はエルフリーデの存在を意に介さず、むしろ彼女が撃破した敵機の残骸一つ一つに、とどめを刺していった。

 電脳棺が貫かれ、じたばたともがいていた〈ルーポ・フィアンマ〉すべてが息の根を止められた。

 寒気がするほど迅速な抹殺だ。

 

 

――残り一発の炸裂杭で倒せる相手かな、これ。

 

 

 厳しいな、と思う。流石にバレットナイトの機体性能が違いすぎるし、搭乗者もかなりの凄腕である。せめて現行機種の〈アイゼンリッター〉D型ぐらいの反応速度がないと心許ない。

 

 だが、背中を見せれば死ぬだけだ。油断なく相対するエルフリーデに対して、巨大な狼がゆっくりとその視線を向けてきた。まるで兜を被ったような尖った鼻面、センサーの埋め込まれたスリットからカメラアイがこちらを覗き込んでくる。

 互いの距離は三〇メートルほど。〈ルーポ・フィアンマ〉数機をまとめて葬り去った機動力ならば、瞬時に詰められる距離だった。

 

『……よい戦士だ。貴殿の身体を張った献身に感謝を』

 

 予想に反して、エルフリーデに向けられる感情は敵意ではなかった。動態探知機能が、一〇〇メートル以上離れた神殿じみた柱の傍、人工物の林立する林から顔を出した少女を捉えた。

 

 ラハイドたちが全滅したことを聞き取ったのか、おっかなびっくりにヤレアが姿を現したのだ。枯れ草のような薄い茶色の髪をした少女は、燃えるような橙色の巨獣を見て、その幼さの残る顔立ちによろこびを浮かべた。

 〈アイゼンリッター〉の集音マイクが、ヤレアの口からこぼれた言葉を拾う。

 

「団長……!」

 

 少女の声に応えるように、ゆっくりと巨獣がその刃を収めた。一対二本の副腕が折り畳まれ、湾曲した形状の巨大な超硬度重斬刀を背中に仕舞い込んでいく。

 戦闘の意思がないことをエルフリーデに示して、巨大な獣と一体化した男は静かに名乗りを上げた。

 

 

『私はこの地のズァレン人の長、カガンというものだ。貴殿、名は?』

 

 

 おそらく相手は反ベガニシュ帝国のレジスタンスの長――果たして素直に名乗るべきか、エルフリーデは悩んだ。しかし結局のところ、詐術を弄する手管など自分は知らないのである。

 ならば誠意以外にあるまい、と腹をくくった。

 

 

「……エルフリーデ。わたしはエルフリーデ・イルーシャというものです、カガン殿」

 

 

 その名前を聞いた瞬間、相手が息を呑むのがわかった。エルフリーデにとって最も緊張する数秒間だった。沈黙の末、ズァレン人のカガンは獣の首を横に振った。

 まるで運命のいたずらを感じたかのように。遠い過去に思いを馳せ虚空を泳いだ視線が、じっとエルフリーデに注がれた。

 カガンはやがて、こう告げた。

 

 

 

 

『ならば貴殿にはこう伝えた方がよかろう――私はかつてズァレン王の騎士として、〈始まりの御使い〉クロガネと友誼(ゆうぎ)を結んでいたものである。エルフリーデ卿、貴殿を害するつもりはない』

 

 

 

 

 長き生を経たズァレン人はそう言って、若き英雄に笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















・〈ルーポ・アレナス〉/〈ルー・ガルー〉
燃える剣狼。
全長6.5センチメートル、全高3.8メートル。
自分自身を「ズァレン人の怒り」に捧げたという固い信念の元、あえて電脳棺から降りることをしなくなった〈ズァレンの正義〉団長カガンの専用機。
事故による分離不可能ではなく、自らの意思で自己認識をマシンと同一化させた精神的超人の乗機。
その兵装および機体特性から便宜上、第2.5世代に分類されるが、基本性能においては第3世代機にも匹敵する。
バナヴィア独立派の盟主・救国卿によって〈ルーポ・フィアンマ〉の発展改良機として設計され、レナタン共和国のカバニス・メッカニケ社が製造した。

原型機である四足獣型BK〈ルーポ・フィアンマ〉の2倍近い巨体にも関わらず、その絶大な機体出力によって最高速度、運動性、火力、防御すべてで凌駕する。
巨大な頭部に大出力の光波シールドジェネレータを搭載しており、これを多重展開することで白兵戦において比類なき防御力を手にした。

この強力なエーテルパルス・バリアは半球状に展開され、機体前方からの砲弾を一時的に無効化できる。
また背中には武装ターレットと併用して専用の武装肢が配置されており、特殊合金製のブレードと一体化した副腕を使って斬撃を放つ。
実質的にはバナヴィア独立派のBK〈ミステール〉の兄弟機と言える機体特性を持つ。

当然のことながら人間は四足歩行で地面を高速疾走し、背中から生えた腕を操作する肉体制御ができるようになってはいない。
現状、電脳棺の原始的利用しかできていない現代人では、この機体に適合できる人間の数は限られている。
本機の開発コードネームは〈ルー・ガルー〉――人狼を意味する。
非人間的な機構へと自己を捧げることで得られる力、それが救国卿の設計したBKに共通する設計思想である。

武装
・頭部固定装備:超硬度重斬角×2
・頭部固定武装:光波シールドジェネレータ〈クロ・ブリランテ〉×2…「輝く牙」の意。エネルギーバリアの発生器。
・背部固定装備:自動ターレット搭載30ミリ電磁機関砲×1
・背部副腕:超硬度重斬鎌〈フォシーユ・ドゥ・ラ・モール〉×2
・前脚部:対装甲クロー×2






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