機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
『こちらマルコ。やはり市内に大きな歩行機械が出現したのは確かなようです。観光客が大勢、馬鹿でかい狼が出たって騒いでます』
部下――マリヴォーネ観光に当たって連れてきた四人いる護衛の一人――からの報告を聞いて、クロガネ・シヴ・シノムラは思案した。
場所は観光客向けの高級ホテルの一室、上層のスイートルームである。保安上の理由から選ばれたこの部屋には今、荷物として持ち込まれた無線通信機が設置され、外の様子を探りにいった部下たちからの報告を聞いている。
マリヴォーネ旧市街から聞こえた発砲音、散歩に出て戻らないエルフリーデ――この時点でよくない可能性を念頭に置いて、クロガネは何が起きているのかを探っていたのである。
これまでマリヴォーネ市警の無線通信を傍受した結果から、ある程度、状況は掴めてきていた。
「それは四足歩行の兵器が出現した、ということか? 歩行型のドローンであれば珍しくもないが……」
『わかりません。ただマリヴォーネ市の側はバレットナイトの可能性も念頭においてますね。街のあちこちに〈パンツァーゾルダート〉が出張ってます』
「そうか。わかった、戻ってこい。リザも一緒にな」
『了解です』
マルコからの無線が切れる。
クロガネは眉間にしわを寄せると、自分の顔を見つめる少女たち――ティアナとアンナの視線に気づいた。リビングルームのソファーに二人並んで座っている少女たちは、荒事に慣れていないから不安げだった。
エルフリーデが外出から戻ってこないと訴えてきたのは、元々、彼の真向かいにいるティアナ・イルーシャなのである。ティアナとアンナは、二人ともホテル内で快適に過ごすための私服姿になっており、半袖シャツとショートパンツになっている。
ひとまず黒髪の男は思考をまとめると、ゆっくりとよく聞こえるように口を開いた。
「ティアナ・イルーシャ、ひとまず安心できる材料は見つかった。おそらく
それは子供を安心させるための方便というより、心の底からそう思っているからこその断言だった。黄金色の瞳がティアナの姿を捉えていた。姉そっくりの容姿を持つ少女は、率直な疑念を述べた。
「あの……それはどういう理屈で?」
「あぁ、今説明しよう。まずこれだけ大規模にマリヴォーネ市警が出動しているにもかかわらず、エルフリーデらしき人物が捕まったという報告はない。死傷者が出ているという情報もない。もしエルフリーデが狙われ、襲われたのであれば、彼女の存在はもっと衆目にさらされている」
「お姉ちゃんは死んでいない、ってことですか?」
そうだ、とクロガネは頷く。しかしティアナは聡い子供だったので、クロガネが述べていない可能性にすぐ思い至ったようだった。
「えっと、それじゃあ拉致とか誘拐とか……」
「エルフリーデは護身用の武器を携帯していた。その状態の彼女に不意討ちをして、無傷で拉致するのは極めて困難だ。不審な車両の目撃情報などもない」
極めて感覚が鋭く、ある種、予知じみた危機感知能力を持つのがエルフリーデ・イルーシャである。観光地をぶらついているところを奇襲したとしても、先制攻撃として装甲車だってぶち抜けるハンド・レールガンで撃たれるのがオチだ。
つまり特殊部隊を一個分隊連れてきても、まず間違いなく派手な銃撃戦に発展するだろう。そうなっていない以上、おそらくエルフリーデは生存しているし無力化もされていないはずだった。
そもそもエルフリーデは常人離れした身体能力の持ち主なのである。そんな少女が容易く捕まるはずもない、というのがクロガネの確信に満ちた言葉から伝わってくる。
「……えーっと、つまりお姉ちゃんは……たぶん無事だけど、あたしたちに連絡する方法を失ってるってことですか?」
「ああ、おそらくは。携帯無線機を持たせるべきだったな、その点は俺の落ち度だ」
クロガネは気落ちした様子だった。どうやら伯爵は何から何まで本気らしいと悟って、ティアナは姉の身の心配よりも純粋な困惑が勝ったようである。
栗色のショートカットをさらりと揺らして、深紅の瞳に疑問を浮かべる。
「……伯爵様ってお姉ちゃんのこと、心配してます?」
「俺はエルフリーデの能力に全幅の信頼を置いている。その点で彼女を疑ったことはない。だが、このような状況下で孤立している可能性は……あまり考えたくないものだな」
持って回った言い回しである。つまるところエルフリーデならば大丈夫だと信じているが、現在の状況そのものはとても不安だということなのだろう。
現在、クロガネたちが宿泊している階の扉の前には、私服の護衛たちが警備に当たっている。
そんなスイートルームの出入り口のドアが開く。外へ聞き込みに出かけていた二人が戻ってきたのだ。大柄な成人男性が護衛のマルコ、褐色の肌を持つ黒髪の少女がリザである。
元スパイの話術を買われたリザ・バシュレーは、するっと空いていたティアナの右隣に座ると、その肩を抱いた。そして流れるように涼しい顔で物騒な報告をした。
「たぶんエルフリーデお姉さんが暴れてますね。血痕とかなかったので無事だと思いますよ、石畳に銃撃の痕跡がありましたけど」
リザの端的な報告に、クロガネは目を細めた。
「戦闘行為の痕跡か?」
「警官が邪魔でそんなに長くは見られなかったんですよ。ただ、六・八ミリ機銃ぐらいの威力はあるかと」
「リザ・バシュレー、お前の見解は?」
クロガネが真顔で問いかける。リザはうーんと悩むそぶりをしてから、ティアナの頭を撫でつつ、しれっとこんなことを言った。
「エルフリーデお姉さん狙いじゃないと思いますよ、これ。生身の人間を狙ったなら過剰ですし、悪目立ちしすぎです。どうやら地下坑道を使って歩行機械が逃げたんじゃないか、って警官が話してるのを耳にしましたけど――お姉さんも存外、私たちの足下にいるのかも」
クロガネとリザの見解が一致した。ロイがティーポッドとティーカップを手に現れ、外から戻ってきた二人を含めた五人にお茶を振る舞った。きっちり同量のお茶が、ティーカップに注がれて全員に配られる。
「気分を落ち着けるハーブティーです」
「あ、ありがとうロイさん……」
ティアナがお礼を言うと、金髪碧眼の従者は一礼してダイニングへと去っていった。
黒髪のボブカット、特徴的な前髪で片目を隠したような髪型の少女――リザ・バシュレーは遠慮なくハーブティーをすすった。
にっこりと笑う少女は楽天的そのものという感じで、場の空気をほぐすように軽口を叩いた。
「ええまあ、お姉さんのことですから、どうせ私みたいな
「経験に基づく発言だな、リザ・バシュレー」
「その節はどーも。伯爵様の発明品にボコボコにされましたからね、私も」
クロガネとリザの共通見解が「エルフリーデならば元気に暴れてるだろう」なのを見て取って、一般人であるティアナ・イルーシャは深々とため息をついた。
「大丈夫かなあ、お姉ちゃん……」
◆
――わたしって今、大丈夫な状況なのかなあ。
エルフリーデ・イルーシャは悩んでいた。彼女は今、ヤレアをお姫様抱っこの要領で抱えつつ、広大な地下迷宮を歩いていた。バレットナイト〈アイゼンリッター〉に融合した状態だからできる芸当だった。
上下運動を最低限に抑えての二足歩行――エルフリーデの卓越した操縦技術あっての動きである。
道を煽動しているのは巨大な狼――バレットナイト〈ルー・ガルー〉というらしい大型機だ。ズァレン人の騎士カガンを名乗った男は、どうやらクロガネの古い友達なのだという。
それゆえにエルフリーデと敵対するつもりはない、と言い放った男のことを、エルフリーデはどうにも図りかねていた。
地上への道を案内するというから、話の流れで後ろを付いていくことになったが、信用していいのかどうか。明らかにベガニシュ帝国のそれではないバレットナイト、というのが、どうにも少女騎士の警戒感を煽っていた。
二ヶ月前、エルフリーデの命を狙ってきたセヴラン・ヴァロールの〈ミステール〉の例があるからだ。
『安心されよ、エルフリーデ卿。確かに私の機体はバナヴィア独立派の援助によって得られたものだが、我らに貴殿と敵対する理由はない。バナヴィア人がバナヴィア人と争う理、ことの善悪がズァレン人に関わることはない』
「だ、団長!? いいんですか……!?」
『構わぬ。エルフリーデ卿には情報を開示する、それが私の判断である』
はっきりと明言されてしまった。あの四足獣型のバレットナイトはバナヴィア独立派から与えられたものらしい。背中から生えた副腕など、言われてみれば〈ミステール〉とよく似た特徴がある。
独自開発のバレットナイトを与えられるほど仲がいいのに、エルフリーデのことは
ちょっと厚遇が過ぎる。その意図がわからず、エルフリーデが首を傾げると、カガン――騎士甲冑を着た狼がくつくつと喉を鳴らした。
『そう警戒されるな。いやなに、単純なことだ――貴殿はクロガネ・シヴ・シノムラの騎士であろう? 私が喋っていることは、そのままクロガネへの言づてだと考えてほしい』
どうやら冥土の土産に教えてくれているとかではないらしい。ずしん、ずしん、と足音を響かせながら、エルフリーデとカガンは長い長い地下迷宮――明らかに坑道ではない、先史文明種の遺跡と思しき人工物めいた通路――を歩き続けた。
いきなり命を奪われる様子はない。ならば問わねばなるまい、とエルフリーデは覚悟を決めて、一番気まずい話題に触れた。
「この遺跡に関して、カガン殿は何かご存じですか?」
『安心されよ、少なくともこの地の地下施設は死んでいた……あるいはクロガネのような知恵者なら、再起動の術を知っているのかもしれないが。我らがこの地下迷宮を見つけたのは偶然でな、地下坑道を利用した拠点作りの過程で見つけたのだ』
嘘を言っている様子はなかった。これだけ巨大な先史文明種の遺産など、エルフリーデも〈ケラウノス〉絡みでしか触れたことがないから、本当の意味で真偽は不明だが――少なくともカガンは心底そう思っている様子だった。
問題はその意図である。エルフリーデをメッセンジャーとして、クロガネに何かを伝えたい。あるいはメッセージを通して意図通りに動かしたい。そのようにカガンは考えているはずだが、その目的が見えてこない。
「遺跡について、クロガネに伝えたいことがおありなのですか?」
『左様。知っての通り、我らはつい先ほどまで二つの派閥に分かれていた……副団長のラハイドらの反逆が起こり、私が目を離した隙にベガニシュ帝国と取引を行ったのだ。これはバナヴィア独立派と協力している我らにとって、決して見過ごせぬ裏切りであった』
ついさっき、団長自らの手で粛清された一派の存在は過去形だった。おそらく一世代は性能面で違いがあるとはいえ、カガンの駆る巨獣〈ルー・ガルー〉は〈ルーポ・フィアンマをはるかに凌駕する戦闘能力を持っていた。
息をするように電脳棺を破壊して、まだ生きていた搭乗者まで殺していった手際の良さ――決してこのカガンという男は、好々爺然としているだけの人物ではなかった。
油断なくその後ろ姿を眺めつつ、エルフリーデはさらに問うた。相手の会話の持って行き方から推測して、おそらく彼が言わんとしているのは――こういうことだろうか。
「……遺跡、あるいはその発掘品について、ラハイドたちはベガニシュ人と取引をした。あなたはそれを知って、彼らを粛清した。つまり取引相手が問題なのですね?」
『然り。なるほど、クロガネはよい騎士を見つけたようだ』
どうやらマリヴォーネを巡る陰謀には、相当にろくでもない構図が潜んでいるようだった。バナヴィア独立派と協力関係にあるズァレン人の組織、それを裏切ってベガニシュ帝国と取引をした一派、都市の地下に広がる広大な遺跡――観光地マリヴォーネで夏を楽しむ人々の想像もしていない現実だ。
そしてエルフリーデは一つ、確信したことがある。おそらくこの地の遺跡が死んでいるというのは本当だが、カガンらはそれ以外の何かも見つけているのだ。
かつて存在した超古代の科学文明は、それ自体が現代の技術水準、科学的知見を超えた遺産を残している。しばしばまとまった数が発見され、小規模な製造設備が見つかりもする
『このマリヴォーネには、偽りの神を
「偽りの神……ずいぶんと仰々しい伝承なんですね」
『うむ。かつて英雄エリゼオに討たれたという魔物もまた、この
ヤルダバオート――聞き慣れない響きの言葉だった。あるいはすでに滅んだ旧文明や、クロガネが言うところの
回収された遺産がどうなったのかは問えなかった。下手に
ともあれエルフリーデにも話の本題がわかってきた。
「ええっと……ラハイドたちが取引していた相手っていうのは?」
『調べはついている。相手はベガニシュ帝国陸軍マリヴォーネ駐屯地の基地司令、パウル・シェスカ大佐だ』
遺跡の発掘物を欲しがるなんて、てっきりどこかの物好きな貴族だと思っていた。まさか陸軍の基地司令だなんて人物の名が出てくるとは思わず、エルフリーデは目を見開いた――無骨な〈アイゼンリッター〉にまぶたを大きく広げるような機能はなかったけれど。
息を呑んだ少女騎士の様子を見て取って、ズァレンの勇者カガンは端的な警告を告げた。
『シェスカ大佐は極めて危険な人物だ。エルフリーデ卿、地上に戻り次第こう伝えてほしい――ただちにマリヴォーネを去るように、と』
カガンはエルフリーデがその意味を問うよりも早く、こう続けた。
『――おそらく、この地は戦場になるであろう』