機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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二人の作戦会議

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿泊先のホテルに戻ってきたエルフリーデ・イルーシャを出迎えたのは、夜中ということもあって目を覚ましていた最低限の人員だった。

 見張りに就いていた護衛の人々、そして偶然にも起きていたクロガネ・シヴ・シノムラである。ロイとリザは仮眠に入っており、ティアナとアンナはとうの昔に寝静まっている時間だった。

 

 すでに時刻は午前零時を回っていた。ホテルのロビーラウンジで書物を読んでいたクロガネは、後ろに気まずそうな様子の少女――ヤレアを連れているエルフリーデを見て、静かに嘆息した。

 数時間ぶりに顔を合わせた主従は、どちらともなく口を開いた。

 

「エルフリーデ。お前の外出に制限をかけたくはないが、いささか冒険が過ぎるぞ」

 

「クロガネ、これには深い理由があってですね……」

 

「待て、まず後ろの子供はどうした?」

 

 クロガネが問いかける――耳ざとくそれを聞きつけて、枯れ草色の髪の少女が反論した。

 

「私は子供じゃない、戦士だ」

 

「この子はヤレア。マリヴォーネに住んでるズァレン人の子で……えっと、事情説明が難しいな、これ」

 

 しばらく悩んだ末、エルフリーデは一番端的な説明をすることにした。

 

「あなたの昔なじみの……カガンって人から預かるように頼まれたんだ。彼はズァレン王国の騎士だったって自分のことを言ってた」

 

 クロガネが口を閉じた。黒髪の伯爵は口の端を歪めながら、過去に思いを馳せるように虚空に視線をさまよわせた。そうして数秒間の沈黙のあと、黄金色の瞳に理解の色を浮かべて口を開く。

 

「……そうか。どうやら俺の因縁が、お前に波及したようだな。すまなかった」

 

「いえ、わたしが首を突っ込んだのはまた別件なんですが……とにかくクロガネ、状況がだいぶ複雑なので、部屋に戻って話しましょう」

 

 幸いにもクロガネたちが泊まっているスイートルームには、従者や護衛用の空き部屋があった。クロガネが即座に追加料金を払うことで、ヤレアの滞在先の確保という問題は解決した。ここら辺は流石の金持ちパワーである。割高の追加料金だったが、それさえ払ってしまえば多少の無茶は通るのがマリヴォーネらしい。

 

 そうして部屋に移動した三人の会話――にはならなかった。スイートルームのソファーの上に着いた途端、ヤレアがぱたりと倒れて寝入ってしまったのだ。

 泥のように眠り込んだ少女を見て、エルフリーデはどこかを怪我しているのかとびっくりしたが――どうやら疲れ切っていたらしい。

 すぅすぅと規則正しい寝息を聞いて、エルフリーデは肩をすくめた。

 

「流石にバレットナイトに追い回されたら、誰だって疲れるよね」

 

 口ではそう言いながら、エルフリーデ本人はそう疲労していない様子だった。クロガネはソファーにもたれかかっている少女の身体に、そっと毛布を掛けた。そしてエルフリーデの方を見てこう言った。

 

「お前の部屋の方で頼めるか?」

 

「了解です」

 

 ちなみに部屋割りはシンプルである。クロガネとロイ、そして付き人が泊まるベッドルームが繋がったコネクティングルーム――言ってみれば男所帯のスイートルームと、廊下を挟んでエルフリーデとリザ、そしてティアナとアンナが泊まっているスイートルーム。

 

 ほぼ一フロアを丸ごと貸し切っている格好である。これは純然たる保安上の問題であり、出入りに必要な廊下には、交代制で常に二人の護衛が張り付いている。

 彼らの存在があればこそ、旅先でもロイとリザは安心して休めているのだった。エルフリーデもようやく肩の力が抜ける感じになって、はーっとため息をつきながらお尻をソファーの上に降ろした。

 

 土埃舞う中を駆け抜けてきた性で、正直言って今すぐにシャワーを浴びたい気分だった。とはいえ事態は急を要する。

 エルフリーデは簡潔にこれまでの数時間で起きたことを伝えた。

 

 ズァレン人武装組織の内紛に巻き込まれたこと、レナタン共和国とバナヴィア独立派の関わっている動物型バレットナイトのこと、ズァレン人の指導者カガンの語っていたこと――すべてを話し終えるのには三〇分近い時間が必要だった。

 辛抱強く詳細を聞いていたクロガネは、しばらく目を閉じたあと、皮肉交じりの口調でこう言った。

 

「お前と出会って五ヶ月ほど経つが……事件に巻き込まれることにかけて、エルフリーデ・イルーシャの右に出るものはいないな」

 

「言い方がよくない……!」

 

 エルフリーデの抗議を聞き流して、クロガネは苦笑した。

 

「驚くべき事実は多い。カガンは俺の旧知だが、まだ彼が生きていたとはな。彼と俺の間に交流があった時期からは……それこそ歴史的というべき歳月が経っている」

 

「んー、不老不死ってやつですか?」

 

「後天的に目覚めた可能性はある。最後に俺とカガンが会ったとき、彼は普通ならば死んでいる状況だった。九死に一生を得て、不老不死という特異体質に目覚めるものも……極めて少数だが存在している」

 

 何かしら思うところがありそうな口ぶりだった。これはエルフリーデの想像だが、おそらくクロガネと同じような不死者がいるとしても、彼と必ずしも仲がいいとは限らないのだろう。限りない寿命を持つ境遇のもの同士、仲良くしていたって罰は当たらないだろうに――今までそういうクロガネの同類が見当たらなかったこと自体がその証左だ。

 

 あの巨獣の搭乗者、カガンもまたクロガネには思うところがある様子だった。わりとこのお人好しの不死者に好意的だと自覚があるエルフリーデ自身、かつてはかなりの反感を持っていたのである。

 

 時と場所、巡り合わせが悪ければもっと辛辣な態度になっている旧知の人間がいるのは、そう不思議なことではなかった。

 エルフリーデはひとまず、今後の方針を問うことにした。

 

「それで、どうします? カガン曰く、マリヴォーネは危ないらしいですけど」

 

「この地の情勢については、俺たちよりも彼の方が詳しいだろう。明日、飛行機を動かせるか手配してみよう……ティアナ・イルーシャやアンナは戦場に巻き込みたくはない」

 

「ええ、それがいいと思います。もうちょっと観光を続けさせてあげたかったですけど――」

 

 ふと気づく。エルフリーデの向かいに座るクロガネも、とても残念そうな表情だった。そういえばこの男、昼間はとにかくエルフリーデの水着姿をべた褒めしてきたし、記念写真もやたら撮らせていたような気がする。

 

 もしかして一番、この夏とこの海を楽しみにしていたのは、クロガネ・シヴ・シノムラなのではないだろうか。

 そう思い至った瞬間、エルフリーデ・イルーシャは自然と覚悟が決まっていた。過激派ゲリラだか帝国軍の基地司令だか知らないが、自分たちの夏をクソみたいな陰謀で台なしにするとは頭が高い。

 

 

――ド許せない。

 

 

 そういう気持ちになったので、エルフリーデはかしこまった顔で単純明快な要求を突きつけた。

 

「クロガネ、〈アシュラベール〉持ってきてください。ハイペリオンあたりに輸送機を操縦させればすぐでしょう?」

 

 あまりの率直な決意表明であった。クロガネは黄金色の瞳に、困惑を浮かべながら、自らの騎士をたしなめた。

 

「エルフリーデ、落ち着け。ここはマリヴォーネ自治区だ、ヴガレムル伯領の戦力を持ち込むには問題が多すぎる」

 

 そう言いながらも、すでにクロガネはその可能性の検討を始めているようだった。先のサンクザーレ会戦を通じて、エルフリーデ・イルーシャと〈アシュラベール〉の存在は大きく名が売れている。今の状況が危機的であればこそ、マリヴォーネ市長に対して交渉を通せるかもしれない。

 そんな感じの彼の思考を、表情の機微から読み取って、ずいっとエルフリーデは前のめりになった。

 

「悪党の企みごとで、わたしやあなたの夏が潰されるなんてバカみたいじゃないですか」

 

「だが、武力による解決は最終手段であるべきだ。それは忘れるなよ?」

 

「かれこれ二回は最終手段を使ってますよね、わたしたち」

 

 黒い塔の姿をした大量破壊兵器〈ケラウノス〉を巡るサンクザーレ会戦、フィルニカ王国で起きた怪ロボット事件。いずれもエルフリーデと〈アシュラベール〉の存在があってこそ、犠牲を最小限に抑えて解決できた局面である。

 

 それゆえに強く否定することもできず、黒髪の伯爵は苦笑した。このマリヴォーネで起きるかもしれない騒乱が、先の二つの事件ほど大がかりであるという保証もないのだが、と思いながら。

 

 少女騎士の善意ゆえの提言と、そこに秘められた気持ちを嬉しく感じる自分に気づいて、男は少し戸惑った。

 その変化は心地よいものだった。

 

 

 

――そして翌日。

 

 

 

 結論から言おう。エルフリーデとクロガネの目論見は、翌朝――マリヴォーネ滞在三日目にして裏切られることになる。

 ベガニシュ帝国陸軍マリヴォーネ駐留軍の発した通達が、彼女たちの退路を塞いだのである。

 

 

 

 

――マリヴォーネ周辺の陸路・海路・空路すべての封鎖。

 

 

 

――これを破ろうとするものに対しては、無警告での撃墜もありうる。

 

 

 

 

 この常軌を逸した通達が、マリヴォーネ駐屯地の基地司令パウル・シェスカ大佐の名の下に発せられたのを機に――後にマリヴォーネ事件と呼ばれる騒動が始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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