機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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観光都市封鎖

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝――無線通信によって告げられた都市封鎖の通告は、関係者を驚愕させるものだった。まず、すべてが異常事態だったと言っていい。

 そもそもマリヴォーネ自治区は安全保障上の軍事力こそベガニシュ帝国に依存していたが、自治区としての権利の数々は帝国が保障している。それはつまり帝国皇帝を頂点とする権力機構が、それを認めたということであった。

 一介の基地司令にこれを覆す権利などあるわけがなかった。それは一種の越権行為、あるいは不敬であるとさえ言えよう。

 

 またマリヴォーネ自治区の駐留軍は、隣国であるレナタン共和国に対する抑止力として置かれたものだったが、実際に開戦に至る可能性はほとんどないと考えられていた。レナタン共和国は海軍艦艇こそ優秀だったが、陸軍の戦力に関してはさほどではないからだ。

 

 であるからして精強で知られるベガニシュ陸軍と言えど、この駐屯地は将兵、配備された戦力共に二線級の部隊だったと言ってよい。優秀な戦力であればあるほど、バナヴィアの自治区で遊ばせておく余裕はないのだ。

 何せ、今年の春先まで帝国は大陸間戦争の真っ最中だったのである。マリヴォーネのような平和な地で留め置かれるだけの人員に、質・量で優れた存在を配備するはずもない。

 

 マリヴォーネ駐屯地は歩兵部隊・戦闘車両の数こそそろっていたものの、機甲駆体(バレットナイト)に関しては最も新しい機でも〈アイゼンリッター〉C型――このタイプは光波シールドジェネレータを装備していない――という状況であった。

 そして何より将兵の質がよろしくない。素行不良のもの、成績不良のもの、はたまたどこぞの貴族の使えない将校。そういう人材が島流しにされて押し込められているのが、マリヴォーネ駐屯地の現実であった。

 

 基地司令であるパウル・シェスカ大佐からして、そのパーソナリティに問題があると軍上層部に認識され、出世の道を閉ざされた貴族将校なのだ。

 あるいは帝国側も、マリヴォーネ自治区の側も、誰もがこの駐屯地の軍人たちを侮っていたのである。

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

 ホテル上層部、ベッドルームの窓――都市郊外を一望できる場所から、エルフリーデ・イルーシャはろくでもない景色を目にしていた。エレベーターでの移動が前提にある高層建築は、ざっと直線距離で二〇キロ以上離れたマリヴォーネ国際空港の様子も眺められた。

 

 双眼鏡を手にしている上に空気は澄んでいて視界は良好だ。ちょうど空港があるあたりに、軍用の装甲車両が詰めかけているのが見えた。

 バタバタとやかましい騒音は回転翼が空気を切り裂く音で、マリヴォーネ自治区の上空を軍用ヘリコプターが飛んでいる証だ。

 

 一般的に航空機は、航続距離・最高速度の点でティルトローター機の方が優れているとされているが、超伝導モーター駆動プロペラの数が少ない分、ヘリコプターの方が運用負荷は低い。

 ダークグリーンで塗装された軍用ヘリコプターは拡声器を使って「この都市はマリヴォーネ駐留軍によって封鎖されたこと」を垂れ流している。

 最悪の気分だった。

 

 怪文書じみた主張を大音量で流しているおかげで、可愛い妹ティアナ・イルーシャまで目が覚めている始末である。目をしょぼしょぼさせている妹は、気づいたらホテルに戻っていた姉を見ても驚きはしなかった。

 開口一番、十代前半の少女の口から飛び出たのは率直な疑問だった。

 

「お姉ちゃん……これ、大丈夫なやつ?」

 

 流石に我が妹である。肝が据わっていた。エルフリーデは気休めを言うべきか迷ったが、結局のところ、率直に現実を見つめるしかなかった。

 

「うん、わりとダメな感じかな。正気とは思えないけど」

 

「あとさ、なんか知らない子がお姉ちゃんの部屋で寝てたんだけど」

 

「あの子はヤレア、悪いやつらに追われてたんだ。死ぬほど疲れてるからそっとしておいてね」

 

 エルフリーデは涼しい顔でそうのたまった。その一言でティアナはすべてを悟ったのか、本当にしょうがないなこの人、という顔で姉を見た。

 理不尽であった。今回はたぶん不可抗力だと思った英雄は、しかしそのような言い訳をする暇を与えられなかった。

 

「お姉ちゃんさ、旅先で女の子拾ってくるのやめなって……!」

 

「言い方がよくないなぁ……それにね、お姉ちゃんも人から預かってくれるよう頼まれて、断る暇もなかったっていうか……助けた流れっていうか……」

 

 妹は真顔だった。自分から厄介ごとに首を突っ込んだ結果、重機同然のバレットナイトで戦闘兵器と戦う羽目になり、そうして訪れた危機をカガンに救われたのだ――ある意味、自業自得としか言いようがない状況ではある。

 

 しかしエルフリーデ・イルーシャにも言い分はある。そもそも悪漢どもから命を狙われる子供がいたら、助太刀するのが筋というものではないだろうか。

 そんなことを思っているので、旅行中にトラブルを持ち込んだ自覚はあれど、エルフリーデに道徳的な負い目はないつもりだった。姉のそういう人柄をわかっているだけに、歳の離れた妹はため息をついた。

 

「しょうがないなあ、お姉ちゃんは……」

 

 姉妹がぐだぐだした会話を繰り広げる間にも、軍用ヘリコプターはマリヴォーネ市街の上空を飛び回っている。

 陸路・海路・空路すべての封鎖を宣言しているマリヴォーネ駐留軍の手勢は、まだ市内には展開していない。空港を押さえるのに装甲車両やヘリコプター部隊を回しているせいだろう、とエルフリーデは考える。

 

 この地の駐屯地の規模は知らないが、一般的なベガニシュ帝国陸軍の軍事基地の規模から、ある程度、その戦力を推し量ることはできる。

 もちろん理論上はある種の機動戦――都市の要衝を同時に押さえる――が最善だが、実際にそれができる兵隊がいるかは別問題なのである。先行したヘリコプター部隊から兵隊を降ろして、マリヴォーネ港湾部の船を押さえることはできるかもしれないが、マリヴォーネ全域を歩兵で制圧するのは無理がある。

 

 おそらくマリヴォーネ駐屯軍の先発部隊の大半は空港の制圧に回されており、主力部隊の到着を待って、マリヴォーネ市街の制圧に乗り出すつもりなのだろう。

 

 

――本当ならバレットナイトの竜騎兵を先行させるのがいいんだけどね、こういうとき。

 

 

 機動力と火力に優れたバレットナイト部隊、いわゆる機甲猟兵はこういう状況で最高のパフォーマンスを発揮する兵科だ。

 それをしていないということは、マリヴォーネ駐屯軍の機甲戦力の質はあまり高くない。のっそりと起き出してきた褐色肌の少女――リザ・バシュレーが、顔を洗ったあと朝の挨拶をしてきた。

 

「おはようございます、お姉さん、ティアナさん。朝から愉快なことになってますねー」

 

「おはよう、リザ」

 

「おはようございます、リザさん……えっ、ちょっとマイペースすぎない?」

 

 そうですかね、と応えながらしゃこしゃこと歯を磨くリザは平常心すぎた。ぽやっとした表情筋には緊張感の欠片もない。流石はプロの情報機関工作員、いきなりおかしくなった軍人のクーデター紛いの凶行にも慣れている。

 

 思えばリザは、そもそもフィルニカ王国では軍事クーデターを煽動していた一味だったのである。自分がやるのも、他人にやられるのもお手の物なのかもしれない。

 口を水ですすいだリザが、落ち着き払った口調でこう言った。

 

「ええまぁ、お姉さん、今ちょっとわりと失礼なこと考えてましたよね?」

 

「えっ、きみってこういうの慣れてそうだなーって」

 

「あはははは、それを言われると否定しづらいんですけどね!」

 

 鬼火色の瞳に心の底から愉快そうな色を浮かべて、リザ・バシュレーは爆笑した。場を和ますためにそうしているようで、実のところ本気で笑ってるという感じの声音だった。

 そのときベッドルームのドアが開いた。すでに身だしなみを整えていたアンナが、ひょっこり顔を出す。

 

「エルフリーデ様とリザ様、旦那様がお呼びです」

 

「了解です」

 

「わかりました。アンナさん、ティアナのこと頼みます」

 

「お任せを」

 

 ホテルの窓のカーテンを閉める。エルフリーデはそっと窓際から離れると、リザを伴って部屋から出て行こうとした。だが、それまで姉の後ろについていたティアナが、意を決したように声をかけてきた。

 

「あのさ、お姉ちゃん!」

 

「んっ、どうしたのティアナ?」

 

 天使のように可愛らしい妹が、じっと自分の顔を見つめていた。栗色のややウェーブした髪質、深紅の瞳、白い肌――姉妹そろってよく似ている容姿だった。それはイルーシャ姉妹が、母ヘルミーナから受け継いだ身体的特徴でもあった。

 可愛らしい小顔に決意を浮かべて、言葉を選ぶように黙って、ティアナ・イルーシャは切なる願いを口にした。

 

「たぶんさ、またなんかやるだろうから止めないけど……無茶はほどほどにしてね!」

 

「……ありがと、ティアナ。うん、行ってくるね」

 

 わかっていた。本当は危ないことはしないでとか、行かないでとか、そういうことを言いたいんだってことぐらいは。

 妹からの確かな愛情を感じた。それが身体が震えそうなぐらい嬉しいのに、結局のところ――戦うことで問題を解決しようとしている自分は、度しがたい生き物だと思ってしまう。

 

 だが、エルフリーデ・イルーシャにはわかっていた。おそらく何もしなければ、もっと状況は悪化していく。

 そういう局面だと勘がささやいていた。それは戦地で幾度となく、自分と仲間の危機を救ってきた感覚であった。

 

「お姉さん――」

 

「それじゃリザ、行こうか」

 

 気遣わしげなリザの視線に、笑顔で応える。それはこれから少なからず、物騒なことをやらかす予定の人間のそれとは思えないほど、温かな日だまりのような笑みだった。

 リザは目をまん丸にしてエルフリーデの顔を見つめたあと、にやりと笑った。

 そしてティアナの方を向いて、軽口を叩いた。

 

ご安心を(ドント・ウォーリー)。お姉さんは絶対に無事で帰ってきますよ、私が保証します。何せ、エルフリーデ・イルーシャの名誉妹(シスター)がついてるんですから!」

 

「妹志望からランクアップしてるー!?」

 

 ティアナのツッコミを浴びながら、エルフリーデとリザは笑った。

 どんなに馬鹿馬鹿しくて、滑稽で、愚かしくても――このやりとりこそが、自分たちが守るべきものなのだと信じられた。

 

 

 

 

 

 

 

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