機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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人狼英雄

 

 

 

 

 

 

 

 マリヴォーネ駐屯軍の現状認識は実に牧歌的であった。彼らはこの異例の出動――都市封鎖というマリヴォーネにとって致命的な処置――に対しても、あまり違和感を覚えていなかった。

 昨晩、マリヴォーネの市街地にテロリストのバレットナイトが出没したという報告は受けていたからだ。

 

 ならば少々過激だが、このような対応が命じられることもあるのではないか。貴族のような特権階級が大きな影響力を振るうベガニシュ帝国だからこそ、そういう感想になってしまうのである。

 それが実際のところ、マリヴォーネの情勢を考えればどれほどありえないことであるかなど、庶民の出が大半であるベガニシュ兵にわかろうはずもない。

 

 基地司令パウル・シェスカが妙に張り切って命令を出していたとしても、それは滅多にない大仕事に気合いを入れている程度の認識にもなる。

 かくしてマリヴォーネ自治区の北部、沿岸都市マリヴォーネから数十キロ離れた場所にある駐屯地から、多数の軍用ヘリコプターと装甲車両が出発したのがその日の朝のことである。

 

 マリヴォーネ市周辺の空を封鎖するため、移動式の地対空ミサイル発射機とレーダー車両まで動員されている念の入りようである。

 すぐさまマリヴォーネ国際空港は制圧され、マリヴォーネ観光にやって来た貴族や資産家たちが乗ってきた飛行機は、空港から飛び立つこともできずに隔離されてしまった。

 

 マリヴォーネ国際空港に向かっていた飛行機は、突然の空の封鎖に驚き、引き返したり着陸先を近隣のバナヴィア領に変えたりして去っていった。

 この時点でマリヴォーネ市が負った経済的損失は計り知れないものだった。

 そうしてマリヴォーネ国際空港を先発隊が制圧後、後続としてやってくる主力部隊がマリヴォーネ市街を完全に封鎖――都市に紛れ込んだテロリストの捜索を行う。

 そういう手はずになっていた。

 

 雲行きが怪しくなってきたのは、基地司令自らが巨大な陸上多脚砲台――先日、ベガニシュ帝国で試験的に製造されたばかりの試作機だ――を持ち出して乗り込んでくるという話になったあたりである。

 件の多脚砲台は恐ろしく大きい。まず間違いなく、バレットナイトを乗り回す賊を討ち取るなんて名目で持ち出すには過剰な戦力である。

 

 パウル・シェスカ大佐が出撃するという知らせを聞いて、首をひねったのは先発隊の機甲猟兵たちである。

 やや型落ち気味の〈アイゼンリッター〉C型で構成された機甲部隊は、マリヴォーネ駐屯地においては貴重なバレットナイト部隊であった。

 

 抜けるような青空の下、空港の周囲、道路沿いに展開された機甲駆体は、マリヴォーネ市の傍にある大きな山を眺めていた。青々とした木々が生い茂る山の名は、モンテ・エリゼオ――かつてマリヴォーネを住処とする邪悪な怪物を討ち取り、この地を平定したという英雄エリゼオの名が付いた山である。

 

『なあ、妙じゃないか? あのデカブツ、市街地に持ち込んで何するんだよ?』

 

 〈アイゼンリッター〉の一機が、短距離無線通信で僚機に話しかけた。その手に二〇ミリ電磁機関砲を手にし、明るめの茶色で塗装された騎士人形である。同様の装備をした〈アイゼンリッター〉が、その疑問に答えた。

 

『ありゃ本国の……ラドムンクだったか、兵器工廠で作った馬鹿でかい対空砲らしいぜ? 熱線砲で空飛ぶものを何でも撃ち落とせるらしい。司令が陣頭指揮やってるってポーズのためだろ?』

 

『ああ、あれって自走砲なのか……戦艦かと思ったぜ』

 

『バァカ、足で歩く戦艦があるかよ』

 

 無駄口を叩きつつ、カメラアイで周囲を索敵する。と言っても彼らはほとんど実戦を経ていない部隊である。マリヴォーネ国際空港からさらに移動すれば、ズァレン人ゲリラが潜む山岳地帯へ足を踏み入れることもあるが、ここまで市街地と近い地域にはゲリラも出たことがない。

 

 昨晩、市街地に出現したというバレットナイトも数は二機ぐらいだったという話である。先発隊だけで何十機もの〈アイゼンリッター〉が駆り出されている現状、恐れるべきものは何もなかった。

 現在、先発隊として展開されているのは装輪式戦車が一個中隊と、バレットナイトを四機積める大型トレーラーが一〇台、そして歩兵部隊を乗せた輸送ヘリコプターである。

 

 陸戦において最も分厚い装甲を持つ機甲戦力――いわゆる重戦車の類は足がさほど速くないため、比較的、軽量で展開能力に優れたバレットナイト部隊が派遣されていた。

 マリヴォーネ駐屯軍の練度は低い。今年の春まで続いていた大陸間戦争において、バナヴィア人の若者が徴兵されている横で、後方もいいところのマリヴォーネに配置されていた部隊である。

 

 植民地化した領土から兵士を引っ張ってくるぐらいに追い詰められていても、一応、抑えとして軍隊を置いておきたい――そういう戦略上の妥協の結果、島流しにされた人材の墓場がマリヴォーネ駐屯軍だった。

 帝都の守りを固めるエリート部隊の近衛師団とも異なり、彼らは純粋に「そこにいること」だけを期待されていた。

 

 道路沿いを進む四メートルの巨人は、その大半が武装も最低限――二〇ミリ電磁機関砲と対戦車リボルバー拳銃、あるいは対装甲ナイフのみ――という有様であったが、彼らは油断していた。

 ゆえに無防備だったと言えよう。

 

 

――爆発。

 

 

 エリゼオ山の近くを通る幹線道路は、開けた平地の上の舗装道路で遠くから丸見えだった。一瞬で五機の〈アイゼンリッター〉が犠牲になった。

 エーテル粒子が爆ぜる。それが胴体を電磁投射砲で撃ち抜かれたバレットナイトを襲う現象だと気づくより前に、第二射が飛んでくる。アルケー樹脂装甲をぶち抜かれ、さらに三機の〈アイゼンリッター〉が力を失って地面に倒れ込む。大気を引き裂く轟音が遅れて聞こえて、ようやく事実を認識した機甲猟兵たちが叫ぶ。

 

『敵襲だ! 数は不明、一時の方向――モンテ・エリゼオから撃ってきてる!』

 

 プラズマ化した大気の発光現象が、カメラアイで捉えられていた。極超音速にまで加速された砲弾の威力は凄まじく、緑深いエリゼオ山から飛来するそれは、容易く〈アイゼンリッター〉の正面装甲を撃ち抜く威力だった。

 

 すぐさま回避運動に移った〈アイゼンリッター〉の足下を、大口径の砲弾が穿(うが)った。アスファルトが粉々になって煙が立ち上る。極超音速の飛翔体が着弾して、衝撃波で土埃が舞い上がった。

 それは砲弾の発射角度まで考え抜かれた攻撃だった。万が一にも空港設備を破壊しないよう、わざわざエリゼオ山の近くをバレットナイト部隊が通りがかるまで、慎重にタイミングを計った攻撃だったのである。

 

 この攻撃の主役は、自走砲型に改造された〈ルーポ・フィアンマ〉の亜種、〈ルーポ・カンノーネ〉であった。四足獣型の機体に五七ミリ電磁狙撃砲を搭載――大型レールガンを胴体と一体化させている――したそのバレットナイトは、待ち伏せ攻撃で最大の威力を発揮する強力な駆逐戦車の一種だ。

 

『動け、動いて撃て! 敵に狙い撃ちされるぞ!』

 

 反撃とばかりに二〇ミリ電磁機関砲が連射される。エリゼオ山はマリヴォーネ市の東側に存在しており、南端の沿岸都市であるマリヴォーネ市街地とは異なる方向にあった。

 つまり流れ弾を気にせず攻撃できる。

 

 元よりそのような周辺被害を気にするほどの練度も余裕もない兵士たちは、仲間を殺された恨みに燃えて小口径レールガンを撃ちまくった。高速の運動エネルギー弾が射出され、木々をなぎ倒しながら射手を狩り出そうとする。

 しかしエリゼオ山に生える緑の林が邪魔になって、敵バレットナイトの現在位置の特定は困難だった。

 

『待て、市街地に砲弾が――』

 

『馬鹿野郎、撃たなきゃ俺たちが死ぬぞ!』

 

 そのときだった。山の裾野を、猛烈に大きな何かが駆け下りてくる。同時にそれまでとは別の方角から、突如として固体ロケットモーターの噴射推進の証が立ち上った。対戦車ミサイルの群れだった。

 

 間違いなく山の斜面にバレットナイトが潜んでいた。それも一機や二機ではない。最低でも小隊規模、一〇機以上のバレットナイトがいる。

 迫り来る対戦車ミサイルの迎撃に、電磁機関砲の火線が集中する。電脳棺に制御された火器管制システムは優秀で、上空から地上目がけて降ってくるミサイルを次々と撃墜していく。

 

 そうして稼がれた数秒の間に、発煙弾が撃ち込まれた。もうもうと立ちこめる黒いスモークの中、山の斜面を駆け抜けて――巨大な獣が姿を現した。

 

『――狼だと!?』

 

 発煙弾の黒い煙を掻き分けて、死神の大鎌が振るわれる。胴体を真っ二つに切り裂かれ、〈アイゼンリッター〉の一機が絶命した。

 それは燃えるような橙色(オレンジ)の装甲を持ち、全身から刃を生やした異形の獣であった。自然界にこのような存在があるわけもなく、〈アイゼンリッター〉の敵であるのは明確だった。

 

 スモークの切れ間から姿を表した敵機を見て、マリヴォーネ駐屯軍の機甲猟兵たちは怒りに燃えた。テロリスト風情が堂々と姿を現したことに、砲火の嵐で応えたのである。

 燃える人狼目がけて、三方向から二〇ミリ電磁機関砲が撃ち込まれた。

 

 直撃はない――その尖った狼の鼻先を思わせる頭部から、高エネルギー粒子の防御帯が展開されたのである。光波シールドジェネレータ〈クロ・ブリランテ〉と呼ばれるそのエネルギーバリア技術は、ベガニシュ帝国が世界に先駆けて実戦配備したものだった。

 機銃掃射がエネルギーバリアの層に弾かれ、高エネルギー粒子に削られて無力化されていく。

 

『テロリストが光波シールドジェネレータ!?』

 

 悲鳴が上がった。〈アイゼンリッター〉C型は基本性能に優れた機種だが、光波シールドジェネレータを装備していない旧式バレットナイトでもあった。

 そして橙色(オレンジ)の動物型バレットナイト〈ルー・ガルー〉は、その基本性能において〈アイゼンリッター〉型を凌駕していた。遠距離射撃ならば搭載している火砲と火器管制システムがその性能差を決定するが、バレットナイト同士の格闘戦は運動性能がものをいう。

 

 それから始まったのは殺戮であった。光波シールドジェネレータによる強固な防御力と、一撃でバレットナイトの装甲を切り裂く超硬度重斬鎌〈フォシーユ・ドゥ・ラ・モール〉の攻撃力――如何に〈アイゼンリッター〉型が強力な兵器と言えど、乱戦に持ち込まれた時点で結果は分かりきっていた。

 恐るべき結果が生じた。

 

 マリヴォーネ市街に向けて進軍していたバレットナイト部隊、実に四〇機もの〈アイゼンリッター〉のうち、約半数がたった一機のバレットナイトによって撃破されたのである。

 まるで銃器の登場以前、ヒグマやジャガーのような大型肉食動物に襲われた生身の人間がそうであったように――電磁機関砲と四メートルの拡張身体を手にしたはずの兵士たちは、一方的に狩られる恐怖と共に死んでいった。

 

 展開していた戦力の半数が消えたという事実に、マリヴォーネ国際空港を制圧していた機甲部隊は大混乱に陥った。最初の襲撃から三〇分と経たずに状況は致命的に悪化していた。

 巨大な人狼が大地を蹴る。散発的な砲撃を避けながら、オープンチャンネルでその機体の融合者は名乗りを上げた。

 

 

『――我はカガン。ズァレンの勇者カガンである。ベガニシュの侵略者たちよ、この名を脳裏に刻んで死ぬがいい』

 

 

 それはズァレン人武装組織の指導者にして生ける伝説、一騎当千の英雄の名であった。

 まるで嘘つきの少年と狼の寓話だった。パウル・シェスカ大佐の誇大妄想的な英雄願望と、それに基づく虚言から始まった出動は、ここにきて本物の武装勢力との殺し合いを呼び込んでいた。

 

 その裏にある両者の思惑――マリヴォーネ地下迷宮から発掘された、先史文明種の遺産の確保――を知らぬまま、ベガニシュ人の兵士たちは、突如として始まった悪夢に飲み込まれていく。

 その砲声はわずか十数キロしか離れていないマリヴォーネ市街にも届くほどであり、あらゆる意味で、事態をさらなる混沌へと突き落としていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















・〈ルーポ・カンノーネ〉
〈ルーポ・フィアンマ〉をベースに開発された小型・軽量の動物型バレットナイト。
従来の戦車(チャリオット)で言うところの駆逐戦車に該当する機種。
〈ルーポ・フィアンマ〉の駆動フレームをベースにしているが、機体構造は異なっており、背部の自動ガンターレットが廃止されている。

代わりに胴体と一体化した大型の電磁投射砲が装備されており、脚部と胴体の関節構造を用いて砲口の角度調整を行う。
原型機である〈ルーポ・フィアンマ〉の問題点――小型化・軽量化された機体と強度不足のガンターレットゆえに大口径砲を扱えない――を、駆動フレーム全体を用いて反動を吸収することで解決している。

また発展型である〈ルー・ガルー〉からのフィードバックによって、搭乗者の運動機能に障害を来す仕様が改善されている。
だが、今度は一定以上の操縦適性を求める機体になってしまっており、バレットナイト本来の運用メリット――搭乗者の育成が容易――が損なわれている。
ズァレン人の武装組織〈ズァレンの怒り〉団長カガンに供与され、その部下が運用する。

武装
・頭部固定装備:複合センサーユニット
・頭部固定機銃:6.8ミリ機関銃
・胴体ハードポイント:発煙弾発射機
・背部固定装備:57ミリ電磁狙撃砲
・前脚部:対装甲クロー×2





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