機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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英雄の名

 

 

 

 

 

 

 

「――先ほど長距離レーザー通信でハイペリオンと連絡が取れた。現在のマリヴォーネの状況はおおむね、ベガニシュ帝国の中央政府にも伝わっている。このままホテルで状況の推移を見守り、帝国の戦略機動部隊の介入を待つのが最も理性的な選択と言えるだろう」

 

 ヴガレムル伯爵が宿泊しているスイートルームのリビングルームは、今や即席の作戦会議の場になっていた。主な出席者はエルフリーデとリザ、クロガネとロイ、そして先ほど目を覚ましたヤレアである。ホテルの支配人に掛け合い、先ほどまで屋上にレーザー通信装置――万が一に備えて持ち込んでいたのだとか――を設置して、ヴガレムル伯領と連絡を取っていた主従は涼しい顔をしている。

 

 伯爵もその従者も科学技術に精通しているので、軍用レーザー通信ユニットを使った、数百キロ離れた自らの領地との遠隔通話も手慣れている。はるか上空に浮かべている通信中継プラットフォームを介しての直接通信である。傍受の可能性がない最高の通信手段だが、レーザー光線の角度調整や大気による減衰など、何かと制約が多いので運用は手軽とは言いがたい。

 

 現在のマリヴォーネ市のような混乱した状況下でも、外部と情報のやりとりができるという戦略的アドバンテージは大きく、すでにクロガネたちはある程度、事態の全容を掴み始めていた。

 マリヴォーネ駐屯地の基地司令が、どうやら野心を剥き出しにして独自に動き出しているという現状。さらにマリヴォーネ国際空港の方から聞こえ始めた砲声で、おおむね事態の方向性も見えてきていた。

 

 カガンの話していた地下迷宮で発見されたという遺産――過去の科学技術文明のオーバーテクノロジーの産物が、この紛争を引き起こしているのは明白だった。

 エルフリーデは左頬の傷跡をさすりながら、率直な意見を述べた。

 

「おそらくですが、このままだと事態はさらに悪化します。わたしの勘ですけどね」

 

「ああ、それを裏付けることに先ほどハイペリオンを通じて、我がヴガレムル伯領に通達があった。ノーラ・ハイゼ嬢からの非公式の情報提供だ……マリヴォーネ駐屯地には、ベガニシュ帝国陸軍で試作されていた超大型熱線砲が配備されている。推定される火力はマリヴォーネ市を焼け野原にできる」

 

「いきなり笑えない話題ですね、伯爵?」

 

 エルフリーデは皮肉交じりにそう言った。この場の誰もが、ベガニシュ帝国の対応を待つという選択肢に懐疑的だった。すでに戦闘が開始されている時点で、いつ何時、戦火がマリヴォーネの市街地に届くかわからないのだ。

 クロガネは無感動に頷き、自身の騎士に対してこう答えた。

 

「すでにマリヴォーネ市の行政は混乱している。市長と話せる状態ではない……越権行為と非難される謂われは十分にあるが、やむを得ない。ハイペリオンには〈アシュラベール〉の移動を命じた。今後一二〇分以内にマリヴォーネ市近郊に届くだろう」

 

「えっ、手際よすぎませんか? 流石に……」

 

「フィルニカ王国のときほどではない。マリヴォーネとヴガレムル伯領は一〇〇〇キロメートル圏内にある。高速輸送機へ積み込めば可能な時間だ」

 

 明らかに普段から高速展開の準備をしている類の迅速さだった。クロガネの手際の良さを褒めるべきか、あのいけ好かないブリキ頭のハイペリオンを褒めるべきか迷うところだった。

 エルフリーデ・イルーシャはひとまず、軍事担当の騎士として当然言うべきことを突っ込むことにした。

 

「それとマリヴォーネ駐屯軍が地対空ミサイルを展開している場合、マリヴォーネ市には近づけないことになります。その対策は?」

 

「こういうときのために無人輸送機を開発していた。予想される防空圏内ギリギリまで接近後、〈アシュラベール〉とその武装は降下殻(ドロップポッド)に包まれ、自動的にパラシュートで減速して地上に投下される」

 

「位置によっては、敵部隊が回収しに来るかも。その前に降下殻まで接近する手段が必要ですね?」

 

 ああ、とクロガネが頷く。エルフリーデはしばらく考え込んだ末、私服のポケットに入れたままになっていたとあるメモ書きのことを思い出した。

 マリヴォーネ観光初日に地元の青年から手渡されたのは、何か困ったことがあったら頼ってくれという意味合いの連絡先だった。

 あるいは使えるかもしれない。

 

「もしかしたら使えるかもしれないコネが一つ。自動車でも借りられれば御の字なんですが」

 

「陸路は勧められんな。すでにマリヴォーネを脱出しようとする観光客で道路事情は最悪だ」

 

 すると〈アシュラベール〉が届けられても、それを他の勢力の手に渡る前に回収する術が危ういことになる。第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉は、誰にでも使えるような機体ではないので、悪用される危険は少ないが。

 エルフリーデ・イルーシャは栗色の髪を揺らして、顎に手を当ててうーんと考え込んだ。

 

 ひとまずあの人が良さそうな帰還兵の青年を頼ってみるとしよう。ひょっとすると電動バイクとか、小回りが効く乗り物を借りられるかもしれない。

 そう結論づけたタイミングで、緊張した様子でヤレアが挙手した。

 

 

「…………私はヤレア。ズァレン人だ。今起きている事件に対して、その、説明する義務があると思う」

 

 

 ヤレアは哀れなぐらいにうろたえていた。少女はズァレン人の戦士であることにこだわっていたが、実際のところ、生まれ育った街を巻き込む戦闘が起きたら困り果てるぐらいの常識人だった。

 良くも悪くも鉄火場に慣れていない。荒事に慣れきっているエルフリーデやクロガネ、あるいは陰謀慣れしているリザとは根本的に感性が違うのだ。

 

 それでもこの場にいることを許されているのは、少女がカガンたちの組織――ズァレン人武装勢力〈ズァレンの怒り〉に関して唯一、現地人として知識を持っているからだった。

 そんな十代前半の少女の様子に対して、リザは胡乱げな目を向けた。

 

「ぶっちゃけた話しますよ、お嬢さん(ヤングレディ)。今起きてる戦闘ってつまり、ズァレン人と基地司令が、先史文明種の遺産を奪い合って喧嘩してるってことですよね?」

 

「……そうなる、たぶん」

 

「一体どんなヤバい遺産なんですか、それ?」

 

 ヤレアは困ったように口をへの字に曲げた。

 

「わからない。私はそこまでは知らされていないんだ」

 

笑える話です(ナイスジョーク)……なんだか()()()()()()()()()を取り合って、マリヴォーネの基地司令さんとズァレン人のゲリラが殺し合ってるわけですから」

 

 リザはかなり辛辣だった。それもそのはずで、遠い異国の地で生まれ、これまた遠く離れた新大陸で育ったリザにとって、この旧大陸で起きている争いごとはすべてが他人事だった。

 祖国を奪われたズァレン人の恨み、ベガニシュ帝国への怒りの根深さなど共感できない。ただ純粋に、生まれ故郷でもない土地で戦火を振りまく姿勢に「なんて迷惑なやつらだ」と思うだけである。

 

 あるいは巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉を使って故郷に復讐しようとしていた自分自身を見ているようで、同族嫌悪のような感情があるのかもしれなかった。

 リザはじっとり据わった半眼になって、こうヤレアに問いかけた。

 

「それでズァレン人の組織……〈ズァレンの怒り〉でしたか、それってどこの国の意向で動いてるんです?」

 

「私たちズァレン人は確かにレナタン共和国の支援を受けているが、同時にレナタン共和国の傀儡というわけでもない。ラハイドたちのように現状を見限って、より強いものにおもねろうとする輩もいるが、団長は違うんだ……!」

 

本当ですか(リアリー)? 今回の騒動が全部お隣の国の陰謀でも、私は驚きませんけど」

 

 ヤレアは露骨に困っていた。流石に見かねてエルフリーデが口を挟もうとしたとき、それを手で制して口を挟んだのは、意外なことにクロガネだった。

 黒髪の不死者はその黄金色の瞳に、誠実な理性の光を浮かべてこう告げた。

 

「陰謀は万能ではない。物資や武器の支援は強力なカードだが、実際に戦う人間の意思を支配するわけではない――それはお前が一番よく知っているはずだ、リザ・バシュレー」

 

「……なるほど」

 

 リザはしばし沈黙した。今年の五月ごろ、フィルニカ王国で進行していたきな臭い陰謀に関わり、その一部として組み込まれていながら、自らの意思でそれを台なしにしたのがリザだった。

 リザは弟たちを人体実験に供した上司への復讐心を胸に秘めて、数年間、その忠実な部下を演じて周囲の目をあざむき、機会を見て復讐すべき相手を皆殺しにしたのである。

 

 なるほど、これほど頭のいい陰謀家たちの思惑を身一つで台なしにした実例もそうはあるまい。言われてみれば心当たりがありすぎるので、リザ・バシュレーは肩をすくめて頷くのだった。

 クロガネはエルフリーデとリザ、そしてヤレアの顔を見渡して話を続けた。

 

「おそらくすでに先史文明種の遺産はマリヴォーネの外に持ち出されているはずだ。外で戦闘が起きているのがその証拠だ」

 

 クロガネの言葉には強い確信があった。戦端を開いたであろうズァレン人ゲリラの指導者、カガンの性格をよく心得ているがゆえの言及である。その言わんとするところに気づいて、エルフリーデは首を傾げた。

 

「……マリヴォーネ駐屯軍に戦闘を仕掛けて、あえて気を逸らしてるってことですか? 自分たちを陽動に使って?」

 

「それ以外に今このタイミングで、ゲリラであるカガンたちが戦闘を仕掛ける理由がない。彼らにはマリヴォーネの地下坑道という隠れ潜む拠点があり、レナタン共和国との国境地帯という聖域を持っている。本来、自分たちから戦闘を仕掛ける必要はない」

 

 なるほど、とエルフリーデは頷いた。確かにカガンが乗っていたバレットナイト〈ルー・ガルー〉は凄まじい機動力を持っていた。奇襲を前提にした突撃を行えば、〈アイゼンリッター〉の大部隊であろうと肉薄して食い荒らせるかもしれない。

 

 第三世代相当のバレットナイトが持つ強襲戦闘における打撃力は、エルフリーデ自身、第三世代試作機〈アシュラベール〉で思い知っている。もしあの機体が光波シールドジェネレータ――遠距離からの集中砲火にある程度、耐えられるだけの防御力を持っていたなら、一騎当千の働きとてできるかもしれない。

 

 バレットナイトの真価は現代戦に蘇った騎兵としての役割にある。ベガニシュ帝国は最初にバレットナイトを開発した軍事大国だが、刷新された新時代のドクトリンにすべての部隊が対応しているわけではない。

 ここマリヴォーネ自治区の駐屯軍は、クロガネの話を聞く限りでは装備と戦術の更新が遅れている側だった。

 

「あのカガンって人は、たぶん必要ならここで戦闘を起こせる人です。問題はあの人が、ベガニシュ帝国陸軍の超大型熱線砲の存在を知っているかです」

 

「待ってくれ、団長はそんな人じゃ……!」

 

「ヤレア。彼はマリヴォーネ市と二〇キロも離れていない郊外で戦闘を始めたんだよ。バレットナイトの交戦距離に比べれば長いけど、砲弾や粒子ビームがここに飛んでくる可能性だって知ってて、カガンさんはこの戦闘を始めたんだ。そういう判断ができる人は怖いよ」

 

 ヤレアは視線を宙にさまよわせた。言含めるようなエルフリーデに強いショックを受けているようだったが、理屈としてはそれが正しいとわかってしまうのだろう。

 外からは雷鳴じみた轟音が聞こえてくる。マリヴォーネ駐屯軍とズァレン人武装勢力の戦闘が続いているのだ。

 

 エルフリーデは思う。この戦いを止めねばならない。そしてそのためには、あの動物型バレットナイト――〈ルーポ・フィアンマ〉や〈ルー・ガルー〉について、深く知っているらしいヤレアの協力が必要だった。

 少女騎士はつかつかと歩み寄ると、しゃがみ込んで目線の高さを合わせ、小さな肩を震わせるヤレアの手を取った。

 

 

「ヤレア。教えてほしい、きみが知っていることを全部。わたしはできるだけ、人死にを出さずにこの戦いを止める。そう約束するよ」

 

 

 バナヴィアの英雄、その深紅の瞳。

 ズァレン人の子供は宝石のような輝きに見入ったあと――幼さの残る表情をくしゃくしゃにして笑った。

 

 

 

 

「…………そっか、おまえってほんとに英雄なんだな」

 

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは微笑んだ。

 

 

 

 

「そうだよ、ヤレア。わたしはね――最強なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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