機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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悪鬼は飛翔する

 

 

 

 

 

 

 

 

――〈シュタルクドラッヘ〉による無人高速輸送機の撃墜から、さかのぼること十数分前。

 

 

 エルフリーデとリザは、二人そろってマリヴォーネ市内の豪邸の敷地内にいた。緊急事態ということもあり、邸宅の家人が許可を出すとすぐに通されたのは好都合だった。

 まず結論から言おう、ジャコモ・クルチ青年の連絡先が書かれたメモ書きは役に立った――というのも理由は単純明快で、ジャコモ青年は現在のマリヴォーネ市長、バルド・クルチ氏の息子だったのである。

 

 急に押しかけてきたエルフリーデたちにも困った顔一つせず、快くジャコモは二人を受け入れてくれた。

 そしてこのとき、エルフリーデが取った選択は単純明快である。事情をかいつまんで話して、〈アシュラベール〉の投下地点までたどり着くための移動手段の提供を求めた。

 交渉というほどの駆け引きもなく、ただ誠意と熱意を重ねた弁であった。これがジャコモにはすこぶる効いたらしく、同行していたリザが驚くほどスムーズに話は進んだ。

 

「まさかジャコモさんが市長の息子さんだとは……」

 

 エルフリーデが呟くと、「俺が偉いわけじゃありませんから」と青年は照れくさそうに返した。この屋敷の主人であるバルド・クルチ市長の姿はここにはない。

 なのでその息子であるジャコモの案内で、二人は悠々として自家用ヘリポートにたどり着くことができていた。マリヴォーネ市は天候に恵まれ、一年の八割以上が快晴という土地柄、露天駐機でも特に問題ないらしい。

 

 今、三人の目の前にあるのは小型の二人乗りヘリコプターだった。そう大きな機種ではない。全長八・五メートル、この手の有人操縦型の航空機としてはかなり小さい。

 卵形のキャノピーが張り巡らされたコクピットから、トンボの尾のような細長い構造体が突き出て、その先端にテイルローターがついている。

 

 実際に人間が収まる座席部分以外は、超伝導モーターと大容量パワーセルを積み込むスペースぐらいしかないだろう。

 上品なワインレッドで塗装された小型ヘリコプターを眺めながら、ジャコモ・クルチは端的にその性能を告げた。

 

「親父の二人乗りヘリコプターです。最高速度は時速二〇〇キロメートル以上出せますから、郊外にでもひとっ飛びできます。機体も軽いので素直な操縦ができます」

 

「わーお、いいの持ってますね。私、このタイプは動かせますよ」

 

「リザ、きみってなんでもできるね」

 

 どこでそんな技能を身につけたのかといえば、間違いなくガルテグ連邦の諜報機関GCIでの工作員としての訓練なのだろうけど。

 ともあれ、ジャコモは父親の私物の電動ヘリコプターを貸してくれるようだった。確かにこれならば、迅速に〈アシュラベール〉の予想降下地点に到達できるだろう。

 

 低空飛行すれば地対空ミサイルの防空圏にも引っかからずに移動できる。どんなに飛ばしても時速一〇〇キロメートルぐらいが限度の陸上車両より、よっぽど望ましい交通手段と言えた。

 エルフリーデは頷き一つ、献身的に協力してくれているジャコモに礼を言った。

 

「ありがとう、ジャコモさん」

 

 ジャコモ・クルチ――戦地から帰ったばかりの帰還兵は、自分たちの英雄に対して、ただ切なる願いを告げた。

 

「…………マリヴォーネを救ってください、エルフリーデさん。ここは、どんなに汚れていても、俺たちの故郷なんです」

 

「ええ、戦火がこの街に及ぶ前に全部終わらせます。リザ、操縦よろしく」

 

 リザが操縦席にするりと乗り込む。エルフリーデもその真横の搭乗席に据わって、シートベルトを締めた。マイクがセットになったヘッドセットを身につける。

 窓の外を見た――ジャコモ・クルチは父親の私物を赤の他人に貸し出すどら息子という汚名を被ってくれていた。彼がヘリポートから距離を取ったのを確認して、リザがヘリコプターを始動させた。

 

 超伝導モーター駆動の回転翼が、大気をかき混ぜながら回転し始める。ローターブレードが揚力を生み始めると、褐色の少女が操縦桿を優しく動かした。

 軽い機体がふわりと宙に浮かび上がって、マリヴォーネの空を舞う。エルフリーデは自分たちを見上げて、どんどん小さくなっていくジャコモの姿を視界に収めた。

 

「ミサイルが怖いので超低空飛行になりますよ、お姉さん!」

 

「うん、よろしく」

 

 ほとんど家屋の屋根の上を掠めるような飛行だった。間違いなく航空機の真っ当な操縦方法ではなかったが、リザの操縦に危なっかしいところはなかった。

 クロガネから渡された探知機を取り出して、エルフリーデは眺めた。これは〈アシュラベール〉を収めた降下殻から発信されるビーコンを受信し、その存在位置を方角と距離で示す仕組みになっていた。

 

 マリヴォーネの街はそう大きいものではない。かなりスピードを出しているリザの操縦を持ってすれば、市街地を抜けるのはすぐだった。元々、発進したのが郊外の丘の上にあるクルチ家の邸宅だったのも好都合である。

 

「このまま直進して、輸送機がかなり近づいてきてる。距離は三〇キロメートル――んっ?」

 

 次の瞬間、地平線ギリギリで光が爆ぜた。それが一体、どんな現象であるのかをエルフリーデ・イルーシャはよく知っていた。高速投射されたエーテル粒子ビームが、物質を粉砕してプラズマへと昇華させるときの光だった。

 

「熱線砲だ。いよいよ戦闘が激化してきたね」

 

「タイミングが最悪ですね!」

 

 愚痴りながらもリザの操縦は正確無比だった。十数キロ離れた場所で起きた爆発だから、爆風を気にするほどの影響はないが、それでも生きた心地がしないことに変わりはない。

 

 対地高度は一〇メートル以下、小型軽量ヘリコプターといえど操縦を誤れば瞬時に地面へ激突する素敵な飛行だった。遊覧飛行のような暢気(のんき)さは微塵もなく、時速一八〇キロメートルもの巡航速度でヘリコプターが空を飛ぶ。

 マリヴォーネにさんさんと照りつける日差しを浴びながら、〈アシュラベール〉を積んだ輸送機に近づいていった。

 

「よし、方角はこのまま――」

 

 光が空を切り裂いた。先ほど熱線砲の着弾があったあたりから、狂おしいほどの高エネルギー放射が行われていた。それはエルフリーデたちが乗った航空機とは遠く離れた空間を薙いでいたが、それでも数秒間、上空を横切るようにエーテル粒子の光が解き放たれていく。

 

 その方角は〈アシュラベール〉を積んだ高速輸送機の方角だ。

 空の彼方がちかっと何かが光った。輸送機が砕け散り、跡形もなく消え失せたことを示す光なのは明白であった。

 

「――まだビーコンは出てる! 降下殻は無事だ、このまま突っ切って!」

 

「あははは、無茶振りされてますね!」

 

 リザは自棄になったように馬鹿笑いしながら、ヘリコプターを最高速度で操っていた。今や時速二〇〇キロメートル以上の速度が出ている二人乗りヘリコプターは、地面から八メートルも離れていない場所を滑るように飛んでいた。

 

 マリヴォーネは平坦な地形ではない。沿岸部の市街地と、現在、戦闘が起きている郊外の平原部を区切るように小山が連なっている。なので今、リザがやっている飛行は相当に危険だった。しかし必要経費である。安全な対地高度なんて取ったら、あの熱線砲が飛んできて蒸発させられるのがオチだからだ。

 

 それを可能にしているのはリザ・バシュレーが訓練で積み上げてきた技能であり、傍らに座る英雄のために無茶をやるという覚悟だった。

 山の斜面を盾にするようにして、小型ヘリコプターが空を飛ぶ――エルフリーデの目は、遠く離れた空の一点に、地面へ向けて降下し続ける物体を捉えていた。

 

「見えた。パラシュートで減速してる……!」

 

了解です(オールコレクト)!」

 

 ヘリが時速二〇〇キロメートル近い速度で近づく間にも、降下殻は地面へと落ち続けていた。

 パラシュートの傘を開いた降下殻――高高度からの自由落下によって存分に加速したそれは、いくつかの複合素材でできた種子だった。植物の種子を巨大化させ、縦・横・高さすべてに数メートルの厚みを持たせれば、ちょうど降下殻になるだろう。

 

 減速用の落下傘が展開されてなお、降下殻は恐ろしい高速であった。もう余裕で目視できる距離にまで来たエルフリーデとリザの目の前で、楕円形の人工物が地面にめり込んだ。

 ちょうど山の斜面の影になっているところに落ちたようだった。

 

 もうもうと土煙が立つ中、炸裂ボルトが作動して種子の側面を覆っていた衝撃吸収殻が分離された。なめらかな曲線を描く外殻が開き、エアバッグで衝撃から守られた深紅の機体が目に飛び込んでくる。

 

 リザのヘリコプター操縦技術はとにかく素晴らしかった。地面すれすれをホバリングしながら、それまで高速で飛んでいたのが嘘みたいな挙動で速度を殺す。ローターブレードの回転面の傾斜を調整して推力を減らし、空気抵抗を使ってゆっくりと減速させていく――文字で書けば単純明快だが、するりとこれをやってのける操縦技術はただ事ではなかった。

 

 ちょうど〈アシュラベール〉の入った降下殻の手前で停止したヘリコプターが、地上に着地したタイミング――リザの合図を受けて、エルフリーデはヘリコプターのドアを開けた。ローターブレードの回転に巻き込まれないよう、細心の注意を払って身をかがめながら地面に降り立つ。

 

 そしてローターブレードの回転半径から抜け出してすぐ、降下殻の内部に乗り込んだ。落下時の衝撃を吸収した降下殻の複合素材は歪んでいたが、設計上、許容される範囲内だった。

 目も冴えるような深紅に塗装されたバレットナイト――頭部から一本角を生やした鬼神の背を登る。

 

 

「――搭乗員エルフリーデ・イルーシャ、装甲ハッチを開け」

 

 

 命じられるがまま、音声認識に従ってハッチが開いた。首と背の間を覆う、脊柱部分の装甲が開放され、バレットナイトの制御中枢であり動力源である半透明の結晶体が露出する。

 虹色の光を淡く放つそれ――電脳棺(コフィン)と呼ばれるオーバーテクノロジーの産物に、ゆっくりと手を触れる。本当ならば耐環境パイロットスーツを着て融合するのが一番なのだが、私服姿でもやれないことはなかった。

 

 とぷん、とまるで水面下に沈めたかのように、エルフリーデ・イルーシャの身体が結晶体に溶けていく。全身が飲み込まれるまで三秒とかからなかった。

 いつもの感覚。機甲猟兵として過ごした戦地での数年間、エルフリーデの青春と共にあった感覚が、身体の隅々にまで満ちていく。

 

 人間の存在実体という燃料を投げ込まれ、電脳棺という炉に火が灯る――それは少女の心が砕けぬ限り、永久に燃え盛る劫火となって巨人を動かす活力であった。

 エーテル粒子の光が、深紅の悪鬼の四肢に満ちていく。膨大な量の電力が機体を構築する超伝導回路に流れ込み、電子機器と人工筋肉のすべてが、自らの機能が正常であることを知らせてくれる。

 

 

――悪鬼の双眸(デュアルアイ)に光が灯った。

 

 

 今やエルフリーデは頭頂高四・五メートルの〈アシュラベール〉であり、〈アシュラベール〉とはエルフリーデ・イルーシャの肉体を拡張した存在に他ならなかった。人間をはるかに超えた精度の感覚器すべてが、少女の目と耳と鼻と舌と皮膚を代替していた。

 

 関節のロック機構が解除され、一本角の悪鬼が立ち上がる。それを見届けて、リザ・バシュレーの乗った小型ヘリコプターが離れていった。

 エルフリーデは電脳棺に表示されるステータスウィンドウを見た。武装は背部ハードポイントに二振りの大太刀――超硬度重斬刀と、胸部ハードポイント左右に二本の対装甲ナイフ。

 

 〈アシュラベール〉は両肩と下半身にそれぞれ、光波シールドジェネレータと電気熱ジェット推進機構を搭載している関係上、通常のバレットナイトよりも搭載できる武装が少ない。

 近接装備に偏っているのは、下手に携帯性を重視した火砲より、よほど戦闘での切り札にできるからだ。すべてエルフリーデという希代の竜騎兵の技量あっての武装だった。

 

 だが、今回は敵の対空火器を突破して仕留めねばならない。

 そして降下殻にはもう一つ、〈アシュラベール〉で運用するための武装が積み込まれていた。深紅の装甲で覆われた右手が伸ばされ、降下殻の中枢フレームに収められていた何かを手に取る。

 

 大きい。全長四メートルにも達しようかというそれは、剣の柄/槍の柄に似ていたが、柄の両端部が三つ叉に別れており刃を持たなかった。一見して武器には見えない形状は強いていうならば、東洋に伝わる伝統宗教の法具――三つ叉に分かたれた先端部を持つ神々の武器――を思わせる。

 クロガネ・シヴ・シノムラによって、旧世界の神話に基づく名が与えられた兵装の運用ソフトウェアが、〈アシュラベール〉に流し込まれていく。

 

 

 

――デバイスドライバのインストール完了、光波斬機剣ソードヴァジュラをアンロック。

 

 

 

 これでいい。事前にクロガネから聞いた兵装のスペックは覚えている。あとはご高説通りの性能であることを祈るだけだ。

 轟音――まるで地獄の鬼が鳴くような慟哭と共に、二基のジェットエンジンがうなりを上げた。膨大な量の電力を用いて、プラズマ化された大気が推進炎として噴射される。ジェット噴流によって機体後方の地面を吹き飛ばし、その脚部が地面を蹴った。

 〈アシュラベール〉が離陸する。弾丸じみた高推力による飛翔――深紅の悪鬼が空を舞う。

 

 

 

 

 

――この地で流される血のすべてを止めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



















クロガネ「光波斬機剣ソードヴァジュラだ」

エルフリーデ「感性がスーパーロボットすぎる…」





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