機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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英雄幻想

 

 

 

 

 

 

 

『こちらヴガレムル伯爵の騎士エルフリーデ・イルーシャ――此度のマリヴォーネ駐屯軍への出撃命令は、パウル・シェスカ大佐の独断である。それゆえにわたしは彼を処断した。兵は戦闘行動を停止せよ』

 

 

 上空から聞こえてくるオープンチャンネルでの呼び掛け――つまるところエルフリーデと〈アシュラベール〉の存在は、帝国陸軍の正式な命令系統に即したものではないという証明――は馬鹿正直すぎた。

 しかしパウル・シェスカ大佐自らが出撃したことにより、本国からの連絡が復旧し始めたことで、マリヴォーネ駐屯軍は自分たちの戦いの無意味さに気づき始めていた。

 

 すでにズァレン人武装勢力は撤退していたこと、シェスカ大佐の独断だと判明したこと、上空に〈アシュラベール〉という恐ろしい監視役がいること。複数の要因が重なって、マリヴォーネ国際空港に到着していた陸上部隊は戦闘行動を停止しつつあった。

 

 

 

――その日、男は天を断つ剣を見た。

 

 

 

 軋む骨格、悲鳴を上げ続ける人工筋肉、溶け崩れそうな樹脂装甲。そのすべてを我が身として、一歩一歩、大地を踏みしめた。

 ズァレン人の勇者カガンは、今にも崩れ落ちてしまいそうな機体を動かして撤退戦に移行していた。高速で低空飛行する飛翔体〈アシュラベール〉の登場によって、〈シュタルクドラッヘ〉の注意力が散漫になったタイミングを突いて、四足獣を模したバレットナイトはやっとの思いでエリゼオ山にまで移動していた。

 

 ズァレン人武装勢力とマリヴォーネ駐屯軍の撃ち合いで荒れた山の斜面を駆け上がり、すすけた装甲の人狼は空を見上げた。

 聴覚に当たる集音センサーが拾っているのは、大気を吸い込んで業火として吐き出すジェットエンジンの轟音だ。それはまるで本物の悪鬼がうなりを上げているようだと、ズァレン人の長カガンは思った。

 

 彼はマリヴォーネの地で起きた戦闘の原因の一人ではあったが、すでにその主役ではなくなっていた。良かれ悪かれ、衆目を集めるのはカガンではなく、あの空飛ぶ騎士に融合している若き英雄だろう。

 追撃はやってこない。

 

 カガンを殺しかけた巨竜〈シュタルクドラッヘ〉を解体してのけた〈アシュラベール〉は、カガンを追い打ちするようなことはしなかった。

 眼中にもないということか、と思った刹那――暗号化された通信が飛んできた。通信回線を開くかどうか迷った末、カガンは意を決してそれを開いた。

 

 

『――これで借りは返しました』

 

 

 エルフリーデ・イルーシャだった。まだ十代の少女であるはずの若き英雄は、あまりにも堂の入った物言いでカガンに相対していた。男は〈ルー・ガルー〉の足を止めることなく、低探知モードで地面を歩き続けた。

 

 指向性の暗号化通信を送ってきているということは、こちらの現在位置もおおよそ把握されているということだ。果たしてそれが〈アシュラベール〉の優れた索敵能力ゆえなのか、エルフリーデの超越的な感覚の鋭さゆえなのかは定かではないが。

 

 ともあれ、事実として今のカガンは弱者であった。自動砲塔も副腕の超硬度重斬刀も失っている以上、バレットナイトとまともに戦闘できるとは思わない方がいい。

 ましてや十全の状態の第三世代バレットナイト〈アシュラベール〉との対峙など冗談ではなかった。

 ゆえにカガンは慎重に言葉を選んだ。

 

「……感謝する。若き勇者よ」

 

 クロガネが選んだ最も新しく勇猛な騎士――エルフリーデ・イルーシャは本物の戦士だった。あるいは全盛期のカガンすらも、少女騎士の技量は凌駕しているだろう。この世界は人間を平等には作らなかった。肉体的な差異として男女の性差は当たり前にあるし、それを前提にした差別もまた当たり前に横たわっている。

 

 だが、同時にそういう壁を軽々と超越する超人を生み出すのもまた、この血まみれの大地なのだ。成人男性を素手で引き裂き、熱したバターのように甲冑を切り裂く怪物をカガンは知っている。

 

 それがよきものであれ、悪しきものであれ、人間世界の秩序と常識から外れた逸脱者(イレギュラー)――おそらくエルフリーデ・イルーシャもまた、そういう存在に連なるものなのだろう。

 カガンは震えた。この時代、このバナヴィアの地に、そのような超人が生まれ落ちたことの意味を悟らずにはいられなかった。

 これは運命だ。

 

「これは……貴殿の意思か?」

 

 エルフリーデが真実、帝国の走狗であるならば、帝国兵の命を奪ったカガンを討たない理由はなかった。帝国貴族であるヴガレムル伯爵の騎士としても、そちらの方が面子が立つだろう。

 

 にもかかわらずズァレン人の英雄が見逃されているのは、消極的なサボタージュと言ってよかった。少女騎士は自身の選択に自覚的であり、カガンの問いかけの返答も簡素だった。

 

『ただ、あの人ならばそうしただろうと思っただけです』

 

「そうか」

 

 互いにクロガネの名は出さなかった。だが、このときカガンは確かに、遠い昔に決別したはずの友の意思を感じた。そして完敗したと思った。身勝手にもマリヴォーネの地を戦火にさらした自分と、その不始末のけりをつけてみせたクロガネ。

 長い時間をさすらったのは同じはずなのに、その行動は大きく異なっていた。ズァレン人の長としてカガンはできることをした。その方針は間違っていなかったと信じられる。

 

 大陸の三分の二を領土とするベガニシュ帝国は強大である。大いなる多頭竜を祖とする侵略者を打ち崩すには、先史文明種の遺産を然るべきものの手へ渡すのが最善の方法であった。

 

 そのための時間稼ぎ、そのための陽動作戦である。カガンはバナヴィア独立派ではないから、あのときエルフリーデ・イルーシャを殺すような真似はしなかった。そして同時に彼はベガニシュ帝国の敵対者だから、バナヴィア独立派の首魁に遺産を渡すことを目論見もする。

 そういう白とも黒とも言い切れない灰色の関係をわかった上で、エルフリーデとカガンは対峙していた。

 カガンはしばらく言葉を探した末、ただ老婆心から忠告を送った。

 

 

「……貴殿はいずれ、英雄として選択を迫られるであろう。それが貴殿の願いに即したものであろうとなかろうと、時代が英雄を欲するとき、否応なく我らは試されるのだ」

 

 

 エルフリーデからの返答はなかった。おそらくクロガネを信頼し、その力となるために剣を手に取った少女にとって、時代を動かす英雄像なんて実感が湧かないものだろう。

 若き日のカガンもそうだった。一介の騎士に過ぎない自分が、ズァレン人の象徴としてそのすべてを背負う日がやってくるなど想像もしていなかった。

 

 長く語ったところで伝わるようなことではない。今ここにある事実は、撤退するために歩を進めて山岳地帯へと逃げ込んだカガンと、マリヴォーネ駐屯軍を威圧してその戦闘行動を停止させたエルフリーデ――どちらがより時代の求める存在であるかだけだ。

 真昼の太陽がギラギラと照りつける中、すすけた鎧を引きずって、人狼の名を冠した機体が山深い茂みの中へと消えていく。森の木々の色が深まる中、最後にカガンは上空を飛翔する深紅の機体にレーザー通信を送った。

 

 

 

 

「我らが再びまみえるとき、そこにあるのが刃ではないことを祈ろう。獅子の女王よ、貴殿と共に戦える日を私は願う」

 

 

 

 

 答えはない。あるはずもない。おそらく帝国に併合された国の民として、必死に生きるため騎士となったであろう少女に、カガンのような老人と同じ視座があるわけもない。

 だからただの祈りとして、カガンは何者にも傍受できないレーザー通信の独り言を送ったのだ。

 

 ただ夢を見た。

 クロガネが選んだ最高の騎士とくつわを並べ、ベガニシュ帝国と戦い、勝利するという華々しき夢を――在りし日の自分がクロガネのことを信じていたように、そのような日々がやってくることをカガンは夢想する。

 

 果たして現実のこの世界は、真逆の結果をもたらすかもしれないと知っていながら、そうではない未来を男は願ったのである。

 それを別れの言葉として、〈アシュラベール〉と〈ルー・ガルー〉の交信は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

――その後、ベガニシュ帝国陸軍の捜索にもかかわらず、ズァレン人武装勢力が発見されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















帝国貴族の将校が占領統治が上手くいってない自治区で反乱起こしたのを帝国皇帝の意を受けた地方貴族の私兵が鎮圧!←あらゆる意味で問題しかないので誰も触りたくないアンタッチャブル案件が誕生



カガン殿と帝国皇帝、政治的に敵対してる二勢力とのコネをGETしました。




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