機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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英雄譚は続く

 

 

 

 

 

 

 かくしてマリヴォーネ事件と呼ばれる騒動は終わった。実際のところ、この事件はその発端の馬鹿馬鹿しさと裏腹に、ベガニシュ帝国にとって大きな禍根を残すことになった。

 

 まず第一に大陸間戦争での敗退、サンクザーレ地方への軍事侵攻に続いて問題を起こした門閥貴族そのもの。

 第二にこのような国際紛争に発展する可能性があった事件を未然に防げなかった軍部の統制の甘さ。

 第三にベガニシュ帝国正規軍の戦略機動部隊の展開を待たずに動いた、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの独断専行――その背後にある帝国皇帝の意思――という問題。

 第四に此度のマリヴォーネ事件において少なからずその存在感を示した反体制ゲリラと、彼らが運用していた未知の新型バレットナイトの存在。

 

 貴族勢力、軍部、皇帝とその取り巻き、そして反体制組織――ベガニシュ帝国がその内部に抱える無数の勢力すべてが、マリヴォーネ事件では多かれ少なかれ、瑕疵がある行動を取っていたのである。

 つまりどういうことかといいうと――ベガニシュ帝国の体制側にいる何者かがマリヴォーネ事件の関係者を裁こうとすると、自動的に帝国内のあらゆる身分階級、利害関係者を敵に回す構造ができあがっていたのである。

 

 いっそのことクロガネ・シヴ・シノムラに詰め腹を切らせて、この一件を終わりにするという手段を模索したものもいたのだが、こういった動きは未然に潰された。

 ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラが取った行動は、ベガニシュ帝国の法の範囲内で適法だと判断される根拠が示されたのである。

 それは古き帝国であるベガニシュ帝国の形骸化した古い法律に過ぎなかったが、解釈によっては、此度のクロガネ・シヴ・シノムラとその騎士エルフリーデ・イルーシャの反乱鎮圧を合法化できるものだった。

 

 そしてベガニシュ帝国皇帝の意思は、この解釈を後押しするものだった。

 つまるところベガニシュ帝国は近代的法治国家と呼ぶには、あまりにも人治の国であり、若くして権力を掌握しつつある改革派の皇帝は、貴族勢力の力を削ぐためならばあらゆる手段を講じる人物だった。

 

 少なくともベガニシュ帝国の上級貴族――剣の貴族ならざる杖の貴族、新興貴族でしかないクロガネの存在と、そのめざましい活躍ぶりは、かの皇帝にとって好都合なものだったのである。

 恐ろしき無能者パウル・シェスカ大佐の凶行すら、貴族派の粛清の口実として利用されつつあった。

 

 総じてベガニシュ帝国の権力の中枢にいる人々にとって、マリヴォーネ事件における主役とはベガニシュ皇帝と敵対する貴族派、そして軍部の重鎮たちの綱引きであって、バナヴィア人の若き英雄ではなかった。

 

 この時点ではごく一部の人物――軍部のカール・トエニ将軍、あるいはベガニシュ皇帝――しか、エルフリーデ・イルーシャに大きな関心を向けていなかったのである。

 歴史というものを、権力構造の移り変わりとして捉えるならば、それもまた間違いではない。権力欲のない高潔な人物であるエルフリーデ――そのような人物評が少なからずベガニシュ帝国内には存在する――は、帝国内での権力闘争においては非力なのだ。

 

 

――だが、とただし書きが付くのは言うまでもない。

 

 

 マリヴォーネ事件を軍事的観点から見たとき、その意味はがらりと変わる。軍部が建造して試作機を配備していた多脚自走砲〈シュタルクドラッヘ〉が、為す術もなく〈アシュラベール〉に敗れ去った衝撃は大きかったのである。

 陸上駆逐艦構想以後もベガニシュ帝国内部に存在した大型化・複雑化した兵器システムへの信仰は、この第三次エルフリーデ・ショックと呼ぶべき事件によって音を立てて崩されてしまった。

 

 驚くべきは〈アシュラベール〉の展開速度の速さである。バナヴィア自治区ということもありヴガレムル伯領と直線距離が近かったとはいえ、事件の発生からたった数時間でバレットナイトが空輸され、戦力化されたのは大きく注目すべき点だった。

 従来の戦力で構成されたベガニシュ戦略機動部隊が四八時間以内の戦力投射を掲げていることを考えれば、それがどれほど迅速な動きだったか理解できるだろう。

 つまりこういうことである。

 

 

――第三世代バレットナイトは戦略的機動性において従来の戦力を凌駕するのではないか?

 

 

 いつでも、どこにでも高速展開できる強力な機甲戦力。空輸可能な軽戦車を代替する存在として広まったバレットナイトの既成概念を、さらに打ち崩すものとして第三世代バレットナイトは注目されつつあった。

 

 かの黒塔紛争/サンクザーレ会戦、フィルニカ王国の怪ロボット事件、そしてマリヴォーネ事件――いずれも第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉がその打撃力によって、大きな戦災となるはずだった事件を終結させてしまった。

 その存在を見れば、第二世代バレットナイトに対する第三世代バレットナイトの優位性は明らかなのだ。輸送機による空輸が可能であり、現地の到着後、高速飛行することで迅速に戦地へ向かうことが可能な戦略兵器。

 

 今やそれこそが、エルフリーデ・イルーシャと〈アシュラベール〉によってもたらされた流行の概念だった。

 流石にその登場から五ヶ月も経てば、第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉の概要もわかってくる頃合いだ。その機体が電気熱ジェット推進機構――つまりジェットエンジンを搭載し、それによって機動性を確保していることぐらいは把握されていた。

 

 ベガニシュ帝国のあらゆる兵器工廠で、〈アシュラベール〉の後追いのような兵器が構想され、設計され、試作されていく時代の到来だった。

 実際のところ技術的ハードルも操縦面での難易度も、実際に成立しうる戦力的価値も――何もかもが見当違いであり、ベガニシュ帝国のみならず、この世界の兵器開発は迷走していくことになるのだが。

 それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャを待っていたのはマリヴォーネ騎兵中隊との睨み合いであった。これは致し方がない事象である。

 客観的に見ればマリヴォーネ自治区のルールを逸脱して、強力な第三世代試作バレットナイトという戦闘兵器を持ち込んだ無法者はエルフリーデの方なのである。

 

 それを心得ているので、少女騎士は慌てなかった。たとえ都市郊外に着陸した〈アシュラベール〉を取り囲むように、第一世代バレットナイト〈パンツァーゾルダート〉が包囲網を敷いてきていても、武器を振るうような真似はしなかった。

 

『そこのバレットナイト、ただちに武装を解除して投降せよ――繰り返す――』

 

「こちらに交戦の意思はありません。また、わたしの武力介入に関する根拠は、我が主クロガネ・シヴ・シノムラに問い合わせていただきたい」

 

 呼び掛けに対してエルフリーデは両手を頭の上に掲げて非武装をアピールした。かといって武装解除して投降するほど彼女は素直な人間でもなかったのである。

 超硬度重斬刀を背中の副腕付きの兵装ハードポイント――太刀を収めるための鞘をサブアームが握っている――に格納して、無手で大地に立つ悪鬼。

 

 その威圧的な見た目に対して、明らかに〈パンツァーゾルダート〉部隊は尻込みしていた。彼らは対バレットナイト用の電磁機関砲を装備していたが、旧式となって久しい第一世代バレットナイトと、最新鋭機である第三世代試作バレットナイトでは勝負になるはずもない。

 

 もし戦端が開かれれば、かつてサンクザーレ会戦で起きた蹂躙よりも惨たらしい一方的な戦闘が起きることだろう。機体性能はもちろん搭乗者の操縦技量の格差も絶望的である。マリヴォーネ騎兵中隊の面子はあくまで警察組織の一部であり、その構成員は徴兵を逃れていた警察官なのである。

 

 大陸間戦争の最前線で激戦区を転戦していた英雄に対して、優位を取れているのは数だけという薄ら寒い状況だった。

 そういう戦力差を互いにわかっているから、エルフリーデも騎兵中隊の面子も、互いに引くに引けない奇妙な睨み合いが生じていた。

 

 

――数は一六機、四個分隊。彼我の距離は三〇メートル、遮蔽物はなし。

 

 

 余裕だった。光波シールドジェネレータを備えている〈アシュラベール〉ならば、ある程度は機銃掃射もやり過ごせてしまう。一応、敵対する意思を見せない礼儀として、ジェットエンジンは二基とも停止していたが――果たしてマリヴォーネ騎兵中隊にどこまで伝わっているだろうか。

 

 エルフリーデ・イルーシャが機体を降りなかった理由は単純である。

 軍事機密の塊である〈アシュラベール〉をマリヴォーネ自治区の手に渡せば、その存在自体が交渉の道具になるのが目に見えていたからだ。

 たとえルールを破ったのがエルフリーデたちの側だろうと、譲ってしまったら不味い一線というのは確かに存在している。マリヴォーネ騎兵中隊の人々がどれだけ職務に忠実であろうと、彼らを信用するわけにはいかなかったのだ。

 

 

――うーん、身から出た錆とはいえややこしい状況だなあ。

 

 

 エルフリーデは嘆息した。こうなるのが嫌ならば、最初から何もすべきではなかったのである。それを承知で選んだのが自分自身とはいえ、こうなってみると気が滅入りもする。

 彼我の圧倒的な戦力差が明白だからこそ、戦闘が起きていないのが不幸中の幸いだろうか。これだって結局はエルフリーデが、自分自身のことを圧倒的強者だと自認しているからこその傲慢でしかない。

 

 それをわかっていながら、少女騎士はかれこれ二時間以上、マリヴォーネ騎兵中隊と睨み合いしていた。

 あまりよくない状況だった。

 現場の兵隊が焦れて動いたら、均衡が崩れて戦闘が勃発する余地も十分にあった。そうなればヴガレムル伯爵とマリヴォーネ自治区の紛争という笑えない情勢になるだろう。

 

 クロガネ・シヴ・シノムラならば政治的手腕で根回しするだろう、とは思うけれど――と遠い目をした刹那、市街地からこちらに向かってくる自動車を見た。

 マリヴォーネ騎兵中隊の持ち物らしい四輪駆動の装甲車に先導されて、一台の高級自動車が道路沿いに近づいてくるのが見えた。

 

 無数のバレットナイトが包囲網を展開する真っ只中に乗り付けてきた黒塗りの高級車は、なめらかにブレーキをかけて停車。

 何事かと目を向ける〈パンツァーゾルダート〉の群れに対して、車から降りてきた人物は高らかに声を上げた。

 

 

「つい先ほど、バルド・クルチ市長とバナヴィア都市連合の間で、安全保障に関する協力関係が結ばれた。此度の武力介入に関する法的根拠は、後日、文書で示されることになるだろう。マリヴォーネ自治政府は諸君らの撤退を求めている」

 

 

 黒い髪、黄金色の双眸(そうぼう)、涼やかで整った面差し、身長一八八センチメートルの長身をぴっちりとディレクターズスーツで固めた青年――そこに愛おしい面影を認めて、エルフリーデはほっと安堵の息をついた。

 クロガネの呼び掛けと前後して、〈パンツァーゾルダート〉部隊にも撤収の命令が下されたようだった。

 

 明らかにほっとした空気を漂わせながら、マリヴォーネ騎兵中隊のバレットナイトが包囲網を解いていくのが見えた。こちらに向けられていた銃口が下げられ、幹線道路沿いに機体群が集まっていく。

 

 〈アシュラベール〉のカメラを向けると、高級自動車を運転していたのは金髪碧眼の美青年――ロイ・ファルカだった。

 どうやらクロガネ共々、わざわざここまで駆けつけてくれたらしい。マリヴォーネ市の首長との直接交渉から一触即発の現場に直行とは、どこまで行動的なのだろうか、この男は。

 流石に危なっかしいので、エルフリーデの口からこぼれたのは皮肉っぽい言葉だった。

 

 

「もう少し、ご自分の立場を考えてください……伯爵様?」

 

 

 冴え冴えとした美貌の不死者は、にやりと不敵に笑ってみせた。

 

 

「俺にとって最も重要なことの一つはお前だ――我が騎士エルフリーデ、これでは不服か?」

 

 

 少女は何も言えなくなった。いい加減、これぐらいは彼の軽口の流儀だとわかっているのに、顔が赤くなる自分が初心(ウブ)すぎて泣けてくる。

 深紅の悪鬼、一騎当千の英雄たるエルフリーデ・イルーシャは、電脳棺(コフィン)の中でうめいた。

 

 

「また口説き文句言ったぁ……」

 

 

 前途多難が約束されている少女と不死者は、さんさんと照りつける太陽の下、互いを見つめ合って微笑み合う。

 恐れるべきものなど、二人ならば何もないのだと信じられたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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