機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
『まず最初に、こんな形で別れることを許してほしい。お前たちには世話になったが、これ以上は流石に長すぎると思う。幸い、私にも親族の伝手はあるのでそちらを頼ることにした。それにこう言ってはなんだが、お前たちは今とても目立っている。そこに私が混じっていてはかえって悪目立ちするというものだろう。長くなったけれど、私はお前に感謝している――お前と伯爵が危ない橋を渡って、マリヴォーネで起きた紛争の調停者となったことは私にもわかる。ニュースを報じる報道記者や政治家たちが、あとからどんな意味合いを付け加えるとしても、あのときマリヴォーネを救ったのは間違いなくエルフリーデ・イルーシャだった。私はそれを知っている』
手紙は律儀にバナヴィア語で書かれていた。文法までしっかりしていて、何かと生真面目な反応が多かった少女の顔が目に浮かぶようだった。プライベートビーチの一角に建てられたビーチパラソルの下で、エルフリーデは丁寧に手紙に目を通していく。
ゆったりとした夏物のワンピース姿でビーチチェアに身を横たえている少女は、その左目の傷跡も隠さず――潮風が鼻腔をくすぐる中、微笑みを浮かべている。少なくとも去っていったヤレアの安否を心配はしていないからこその表情だった。
『英雄というものを、私は知らなかった。それはきっと、戦場のおとぎ話とか、権力者が信じさせたい物語とか、そういうものの中にしか存在しない虚像だと思っていたんだ。お前から見て私が……そうではないように見えていたとしたら、ちょっと悔しいけど。お前も知っている人のことは、人間として信頼しているけど、英雄譚は一から十まで信じられるってほどじゃない。でも今は違う。私は英雄っていうものが実在すると信じられる気持ちになっている。エルフリーデ、お前はひょっとしたら、ものすごいことをやるやつかもしれない。だから』
手紙は一端、そこで途切れている。考えて考えて、文章をひねり出した末に、どういう風に言葉を続けるべきかペンを握って悩むヤレアの姿――きっと微笑ましい風景だったのだろう、とエルフリーデは思う。
便せんに少しばかり空白ができて、行を改めて書き出された続きは、ヤレアの声が脳裏をよぎるように鮮明だった。
『私は名も知れない民衆の一人として、お前のことを見ている。お前がどんな風に剣を振るって、どんな未来を作りたいのか、私はもっと知りたい。そして願わくば、今度はただの友人として、お前と顔を合わせられたらと思う。――どうか元気で』
そこで手紙は終わりだった。エルフリーデは便せんを封筒にしまうと、サイドバッグの中にそっと忍ばせた。ビーチチェアから身を起こしてうんと背伸び、砂浜でバーベキューコンロと向き合っている連れの方を見た。
派手なガラつきのシャツに身を包み、クロガネ・シヴ・シノムラは真剣な表情――炭ばさみを手に火と向き合っている。優雅な貴族なら使用人にやらせるような気もするが、海辺で屋外バーベキューなんてイベントだからこそ、自分でやりたいのかもしれない。
そもそもクロガネは現場仕事が大好きなタイプの人種なのである。今もロイの手を借りつつ、焼き網をセッティングしている。妙に手慣れた様子なので、ひょっとするとこういう作業が趣味なのかもしれない。
ざざーんざざーんと波が打ち寄せては砕ける音。青空からさんさんと照りつける太陽の日差し。そして砂浜で戯れる可愛い妹と友人たち。言うことなしのご機嫌な休暇と言えよう。
ここはジャコモ・クルチ青年の伝手で借りたプライベートビーチである。
――英雄は天を切り裂き、剣を振るう。
そう題されて現地の新聞にでかでかと掲載されたのは、集束熱線砲を切り裂く〈アシュラベール〉の姿だった。
マリヴォーネの街を巻き込む寸前だった紛争のインパクトも大きいが、やはり一番、人々の関心を集めたのは、都市から一望できた空飛ぶ英雄のことだった。
ベガニシュ帝国陸軍の切り札である熱線砲が、たった一機のバレットナイトによって無効化された――その軍事的な意味を理解できる市民はほとんど存在していなかったが、見るからに恐ろしげな熱線を剣で真っ二つにする巨人は、誰の目から見たってヒロイックで格好いい。
そして深紅のバレットナイト〈アシュラベール〉の搭乗者がエルフリーデ・イルーシャであることは、ヴガレムル伯領やその近郊では周知の事実である。
よってマリヴォーネの地元新聞が、彼女の経歴と顔写真を特ダネにするのも必然だった。
――バナヴィア人の英雄、マリヴォーネを救う!
そういうことになった。うかつに外を出歩くこともできなくなったエルフリーデが、ほとほと困り果てたのは言うまでもない。まあどのみち、戦闘を停止させてからの数日間はそれどころではなかったのだけれど。
予定していた日程の半分ぐらいは、〈アシュラベール〉の持ち込みとそれに関する所定の手続き――要するに仕事だ――で潰れてしまったのだが、今では警備の人員を回して、エルフリーデたちが目を離してもいいぐらいに落ち着いている。
〈アシュラベール〉に関しては護衛戦闘機のエスコートつきでヴガレムル伯領に送り返したので心配はない。
本当ならばマリヴォーネにいる間ぐらいは、クロガネにも息抜きして欲しかったのだが――それを言ってしまうと同じことを自分も言われるであろうことぐらい、エルフリーデにも想像はつく。
エルフリーデはサイドテーブルの上に置いておいたカメラを手にした。
バーベキューコンロの上に、串に刺した食材を真剣な表情で並べていくクロガネ――パチパチと爆ぜる炭火の炎にあぶられ、肉の香ばしい匂いが風に運ばれてくる――黒髪の美青年は、いつもの怜悧な権力者然とした振る舞いが嘘っぽいぐらい、串焼きとだけ向き合っている。
それがおかしくて、エルフリーデはふふっと笑う。
――普段から真面目な人がああしてると、それだけで面白いよね。
立ち上がり、カメラを通してベストアングルを探す――串焼きを手にしてバーベキューコンロに向き合う伯爵様、横であれこれと世話を焼くロイ、浅瀬で海水をぱしゃぱしゃ叩いて楽しんでいるティアナとアンナとリザ。
愛おしいすべてを視界に収めて、エルフリーデはシャッターを切った。
何枚か写真を撮っていると、視線に気づいたクロガネがこちらに歩み寄ってきた。華やかでカラフルな色彩のシャツは、ビキニ水着と同じく遺跡のライブラリを参照して発掘された文化――確かアロハシャツとかいう名前らしい――なのだが、びっくりするぐらいクロガネには似合っていない。
いつも無愛想な表情で背広姿の男が、こうもバカンスを楽しんでいるとそれだけで意外性がある。そんなエルフリーデの感想を読み取ったのか、開口一番、クロガネが発したのは抗議の声であった。
「言っておくが……屋外調理は俺の趣味の一つだ」
「ふふっ、いえ悪いことじゃないと思いますよ……伯爵様がやってるとなんか面白いだけです」
「不本意な感想だ。直火での調理は文明の始まりから続く伝統と知恵であり、メイラード反応によって香ばしく仕上がる。つまり美味だ」
要するに美食家が高じて自分で火を起こして炭火焼きするようになったらしい。ここまで行くと筋金入りだろう。エルフリーデがニコニコと笑っていると、とうとう観念したようにクロガネは目を閉じた。
「ロイに見てもらっているが、じきに肉も焼き上がる。そろそろ準備をしろ」
美味しい串焼きを食べ逃しては後悔するだろう。エルフリーデはわかりました、と応えて――すぐに一つだけ、どうしてもやっておきたいことを見つけた。
ビーチパラソルの下にまとめてある荷物から、折り畳み式の三脚を取り出して三〇秒と経たずにでカメラをセットする。
カメラのレンズが向いているのは、浜辺で戯れる妹――ではなく、首を傾げている端整な顔立ちの不死者だった。エルフリーデとて、デジタルカメラの取り扱いには慣れたものである。
三脚に固定したカメラから離れて、身長一八八センチの長身の右隣に並んだ。切れ長の目を細めた男に、少女は弾む声でこう告げた。
「写真、せっかくだから撮ろう。あなたとの写真、わたしがほしいから」
いっそ厚かましいほどに大胆だった。
エルフリーデ・イルーシャはクロガネの返事を待たず、その腕に触れた。夏物の白いワンピース姿から突き出た白い腕が、半袖シャツ姿の男の腕に絡みついた。エルフリーデなりに勇気を出したアプローチだったのだが、クロガネの反応は薄い。
いや、これは反応が薄いというよりも――びっくりしているようだ。一〇万年生きている不死者といっても、こういうところはすこぶる可愛らしいな、と思った。
「ほら、カメラの方を見てください。笑顔でいきましょう!」
「強引なやつだな……!」
「ええ、これでも竜騎兵なので……勝負時がわかってるんです」
弾けるような笑顔を浮かべるエルフリーデと、苦笑いをしているクロガネ――夏の海を背景にして立つ二人に向けて、セットされたタイマーが動作し、ぱしゃりと写真が撮られた。
カメラを覗かなくたってわかる最高の一枚だった。
きっと何年経ったって、今この瞬間の夏の楽しさを思い出せるような――そんな一枚が撮れたと確信できる。
白くなめらかな少女の腕に触れている男の手は、骨張っていて筋肉に覆われていた。とても長い歳月を歩んできた重みが、なんとなく感じられる密度の血肉――その体温を感じながら目を閉じる。
「――うん。あなたの腕、けっこう好きだよ」
ぽつり、と呟いた。
香ばしい串焼きの香りが鼻腔をくすぐって、くぅっとお腹が鳴った。我ながら締まらない雰囲気になったので、ちょっと照れながらエルフリーデはクロガネから離れた。
そのとき遠く離れた場所から声をかけられた。
「お姉ちゃーん、お肉焼けたってー! 牛肉のすごくいいところー!」
向こうではティアナが手を振っている。水着の上からパーカーを羽織った妹は、この世に舞い降りた天使のように美しかった。
エルフリーデ・イルーシャは重度の
うっとりと目を細めて、頬をゆるませて。
「……食べちゃいたい可愛さ……」
「先史文明より前の文明には、我が子を喰らうサトゥルヌスという絵画があったな」
「今それを言う必要あります!?」
確実にからかわれているという自覚があったので、エルフリーデは頬を膨らませてクロガネの方を振り返った。端整な顔立ちに皮肉げな笑みを浮かべて、クロガネ・シヴ・シノムラは肩をすくめた。
そして歩き出したエルフリーデの背中に向けて、呟くように一言。
「俺はきっと、この夏を忘れないだろう」
まるでこれが今生の別れみたいな響きが気にくわなかったので、少女は訂正することにした。
エルフリーデはふと足を止めた。はにかみながら、口説き文句みたいな言葉を返すために。
「――来年だって、再来年だって、最高の思い出にしてあげる」
風が吹いた。
波が砕けては消えていく海と陸の狭間、真っ白な砂浜の上、抜けるように青い空の下。
何歩か先を歩く少女が一人、その後ろをゆっくりと歩む男が一人。
そこに言葉はなく、ただ過ぎゆく時間を愛する無音があった。
――少女と不死者は忘れられない夏を過ごす。
――生きるよろこびがそこにあるのだと、思い出したみたいに。
これで4章は終わりです。
エルフリーデとクロガネは無限にイチャイチャしてます。
5章はちょっと薄暗いテイストのお話にヴィランガールを添えてロボットバトルの予定。
感想、評価などをいただけると…作者がよろこびます…!