機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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5章:悪しき竜は哀哭する
プロローグ(5)


 

 

 

 

 

 

 

 収穫祭の季節だった。

 長引く大陸間戦争の最中であっても、ベガニシュ帝国の都市部に戦争の影はなかった。帝国が二等市民扱いする多くの異民族が、兵士として消費されていく地獄のすぐ隣で、幸せすぎるほど脳天気なベガニシュ人たちはいつもの休日を過ごしていた。

 帝国各地に存在する地方都市、多くの人で賑わう街角――薄氷の上に成り立っていた日常は、悪意の発露によって終わってしまった。

 

 ある秋の昼下がり。

 晴れ渡った青い空がどこまでも綺麗な日、シャルロッテ・シャインの父母は爆弾でバラバラに吹き飛んだ。

 

 何が起きたのかわからなかった。当時、まだ一〇歳にもなっていなかった少女が目に焼き付けたのは、大好きなお父さんとお母さんが即死する瞬間の光景だった。

 少女の生は悪運に満ちていた。もう少しだけ爆弾に近ければ、何が起きたかもわからずに父母と一緒に死んでいただろう。もう少しだけ爆弾から遠ければ、瀕死の重傷を負うことはなかっただろう。

 

 青い瞳は傷つき、鼓膜は破れ、白く透き通った肌は傷だらけになって――自分が絶叫していることすらわからず、血だまりの中でシャルロッテは泣き叫んだ。

 シャルロッテはふんわりした長い金髪が自慢の女の子だった。商売で成功して裕福な両親に可愛がられて育った、平民の子供である。

 

 だが、そんな事実が何の足しになるだろう。

 目も見えず耳も聞こえない状態でもがく少女のすぐ傍――爆音を聞いて集まってきた野次馬――大きな旅行鞄を持ち運んでいた若い女が、銃身を切り詰めた短機関銃を取り出す。

 

 血だまりに倒されているシャルロッテを助けようと、駆け寄った善良な人々が標的になった。

 銃口が数メートルの距離から向けられる。引き金が引かれる。銃弾の嵐が吹き荒れた。

 電磁加速式の短機関銃はベガニシュ帝国製の〈SMP3短機関銃〉で、九ミリ拳銃弾を高速で連射する代物だった。布の衣服と柔らかな肉など簡単に射貫く銃火――胴体や首を撃ち抜かれ、致命傷を負った人々が倒れていく。

 

 悲鳴が連なった。数人の犠牲者が地面に倒れ伏して、蜘蛛の子を散らすように野次馬が逃げ去っていった。

 その背中目がけて、九ミリ弾の雨が撃ちかけられた。

 ばたばたと倒れ伏す人影を見やる――短機関銃を手にした女は、心からの侮蔑を込めて呟いた。

 

「豚どもめ」

 

 箱形弾倉に装填された弾丸を撃ち尽くしたことに気づき、女は舌打ちした。鞄の中に忍ばせた予備弾倉――検問は賄賂(わいろ)で素通しされた――に手を伸ばし、ぎこちない仕草で弾倉を交換する。

 銃で撃たれてなお、死にきれなかった負傷者たちを見やり、女はどうするか迷った。つまりとどめを刺して回るべきか、まだ自由に動ける他のベガニシュ人どもに浴びせるか迷ったのだ。

 

 ベガニシュ人の庶民で賑わっていた大通りは、今や爆弾によってガラス窓が砕け散り、銃火を浴びて倒れた人々で路面が赤く染まっていた。

 無残な光景だった。

 

 しかしこの惨状を起こした襲撃者――帝国風に呼称するならテロリスト――にとって、これは正当なる報復だった。ベガニシュ帝国という邪悪な侵略者がしてきた蛮行の数々、同胞の涙をここで返しているだけなのだ。

 

 ゆえにそれは残酷であれど、主観的には理不尽ではなかった。帝国風の言い方ならば無辜の民へのテロ攻撃になるのだろうが、まあどうでもいいことである。

 撃ってきたのは彼らの方なのだから。

 爆音と銃声と悲鳴が、都市を覆い尽くしていた。

 

 街角のあちこちに仕掛けられた爆弾が爆ぜ、乱射される自動火器という単純明快な暴力が、平和な今日を信じていた人々をなぎ倒していく。

 それは最終的に一二〇人の死者と二四〇人以上の負傷者を出すことになる、凄惨な恐怖(テロル)であった。

 

「ううぅうぅううぅう……」

 

 ふと、女は耳障りなうなり声を聞いた。女はそれが、シャルロッテ・シャインという平民の女の子の声だと知らない。彼女が両親と共にお出かけする今日を、心から楽しみにしていたことなど知りもしない。

 

 ベガニシュ帝国の臣民の多くが、帝国のおぞましい所業とその犠牲を知らないように――ここには、救われない断絶だけが横たわっていた。

 だから虐殺者である女にとって、その泣き声は死にかけの汚らしいベガニシュ人の喚きでしかなかった。

 

 ()()()()()。速やかに黙らせてしまおうと思う程度に、女はそれを人間の声だと思っていなかった。

 短機関銃が、耳障りな音のする方に向けられる。

 その刹那だった。

 

 

――乾いた銃声が二発分、血まみれの街角に響き渡った。

 

 

 頭部を撃ち抜かれた女が、脳漿をぶちまけながら地面に崩れ落ちる。手足を痙攣(けいれん)させながら倒れる人型は、まるで電気仕掛けの人形のように不格好だった。

 虐殺者があっけなく死んだあと、その場に残ったのは血だまりに倒れた人型がうごめく地獄絵図だった。死体と生存者が入り交じり、鮮血がどっぷりと石畳を染める悪夢めいた光景――その真っ只中を、一人の男が歩いていく。

 

 ある一点を除いて、それは身なりのいい紳士だった。やや時代がかったフロックコート姿、その右手には自動拳銃が握られている。

 こつこつ、こつこつ、と革靴が立てる小気味よい足音。死者と生者が入り交じり、むせかえるような血のにおいがするその場所で――そのすべてを意に介さず、その男は超然とした足取りであった。

 

 彼が足を止めたのは、金髪の少女の前だった。

 爆弾の破片と爆風をもろに浴びて、どうして生きているのか不思議なぐらいにボロボロのそれ――傷だらけの血と骨と肉の塊は、うぅううぅうう、とうめいた。

 足下に転がっている少女だったものを、助け起こすでもなく、ただしげしげと眺める紳士。

 

 その目の前で異変が起きていた。

 ズタズタに切り裂かれ、傷つけられた少女の肌が、血を流す両目が、音もなく元通りになっていく。

 

 それは自然治癒力による再生というよりも、もっと薄気味が悪い現象――復元と呼ぶべき事象だった。まるで砂時計をひっくり返したかのように、時間が逆行しているかのごとく、少女が負った傷のすべてがなかったことになっていた。

 

「う……うぁ……?」

 

 激痛に苛まれていたはずの自分が、どうして痛みを感じなくなったのかわからず――シャルロッテはもうろうとする意識の中、真っ赤に染まった視界で頭上を仰ぎ見た。

 異形があった。

 

 白骨じみた色、山羊のように長い角が伸びた仮面を被った男――まるで見世物小屋に飾られた怪物のミイラみたいな怪人。仮面がはっきりとわかる異形だけに、身なりのいい上流階級の紳士然とした首から下とのギャップが凄まじかった。

 少女が思い出したのは、父母に連れられて見に行ったサーカスのテントだった。

 

 

――ああ、ああ、きっと悪い夢を見ているんだわ。

 

 

 シャルロッテ・シャインはまるで意味がわからない現実を前にして、思考を閉ざして凍り付いた。血まみれの少女が目を見開いて動かないのを見て、仮面の男はくすりと笑った。

 それは死にきれず、数多の犠牲者が苦痛のうめき声を上げる光景の最中にあって、不謹慎なほど邪気のない笑いだった。

 

 

「おめでとう、君は選ばれたみたいデス。死にきれないってつらいことですケド、お互い頑張ってみまショーネー?」

 

 

 胡散臭い片言のベガニシュ語で、異形の紳士は祝福を述べた。

 軽薄に、嘲笑うように。

 

 

 

「不死身の世界にヨーコソ、最も新しき同胞ヨ」

 

 

 

 

――その日、シャルロッテ・シャインは普通であることを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















5章開幕です。
この章にはかわいそうなヴィランガール(金髪ロリ)、胡散臭い仮面ヴィラン、びっくりどっきり可変ロボットなどが含まれます。






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