機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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英雄のお仕事

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い空を突き上げるように黒い影が立ち上がっていた。周囲を見上げると、まるで馬鹿でかい墓標のような塔が林立している様子が見える。

 造物塔――先史文明種(プリカーサー)が残した高度科学文明の産物、如何なる爆薬を使っても破壊できない絶対的強度の物質で構築された生産プラント群。

 

 地上からざっと数百メートルの高さがある塔の群れ。その巨木の森にも似た景色の根元、雑草じみた小さな影こそが、現在の人類の手で築かれた都市であった。

 見ているだけでスケール感が狂うような超巨大構造体(メガストラクチャー)――造物塔はどこに行っても都市部には付きものであるが、この大河の岸辺にある都市ドナヴァルクのそれは格別だった。

 

 

「暇だ……」

 

 

 少女のぼやきはデータ化され、融合操縦型インターフェース電脳棺(サイバーコフィン)の内部に記録されるログとなって電子の海に還っていった。

 周囲を見やる。空は九月下旬に相応しい初秋の晴れ模様、夏の名残でむしろ暑いぐらいの天候だ。あまり日差しが強くない北半球の北部とはいえ、野ざらしで丸一日過ごすのは過酷である。

 

 もちろんそれは生身でなら、という条件付きの話である。

 彼女はエルフリーデ・イルーシャであり、同時に第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉そのものとして、異郷の地――バベシュ大河東岸の都市ドナヴァルクにやって来ていた。

 

 露天駐機されているティルトローター輸送機から離れて一五メートルほど後方、広々とした空港施設の一角にエルフリーデは鎮座していた。

 深紅の装甲、一本角のようなブレードアンテナ、筋肉質で強靭な四肢、東洋の鎧武者を思わせる鬼神のごとき意匠――身長四メートル半、一本角の長さも入れた全長なら五メートルにも達しようかという巨体である。

 

 ヴガレムル伯爵とバナヴィア系企業連合ミトラス・グループが誇る最新鋭兵器〈アシュラベール〉は、待機状態で空港の一角に留め置かれていた。

 武装の持ち込みそのものは許可されている。事前にクロガネが協議していたため、ドナヴァルク市を治める辺境伯――この地はかつてバナヴィア王国と対峙するベガニシュ帝国の西端部だったのだ――との間で話は付いていた

 

 どういうことかと言えば――クロガネはここドナヴァルク市で開催されるお偉方の会合に出席しているのだ。当然、その騎士であるエルフリーデ・イルーシャも護衛として同行することになった。そして今やベガニシュ帝国でエルフリーデと言えば、大陸間戦争の英雄〈剣の悪魔〉にしてサンクザーレ会戦の勝利者である。

 

 貴族派が政治的に死に体であることもあって、少女の武名は轟いていた。

 帝国工業会議はベガニシュ帝国の要人が集まる会議である。その警備に形だけでもかの英雄を参加させ、帝国の威光を示す――おおむねそんな感じの思惑によって、エルフリーデは〈アシュラベール〉とセットで呼び出されたのである。

 そして現在。エルフリーデ・イルーシャはかれこれ連続二八時間目となる電脳棺との融合の真っ只中にあった。

 

「暇だ……!」

 

 うめく。

 機甲駆体(バレットナイト)の搭乗者にとって、戦闘兵器の操縦をすることは大きな負担ではない。

 内部に操縦のための空間があり、そこに詰め込まれた人間が計器類を見ながら操縦桿を握る乗り物――戦車や航空機とは根本的に受けるストレスが異なるからだ。

 

 バレットナイトに融合している最中、搭乗者の肉体は情報体となって分解され、脊髄を思わせる半透明の発光体――電脳棺と完全に一体化する。こう解説されても何を言っているかさっぱりわからないと思うが、エルフリーデにも原理的なところはまるでわからない領域の話である。

 

 ともかく重要なのは、電脳棺に融合している間、肉体に由来する生理的作用は一切生じないということである。疲労、排泄、空腹、睡眠――肉体に由来するあらゆる反応や欲求が消失するのだ。

 平たく言えば、バレットナイト搭乗者は薬物に頼ることなく、不眠不休での戦闘活動が可能な兵士となる。融合中の肉体となるバレットナイトさえ無事ならば、いくらでも戦い続けられる存在になるのだ。

 

 以前、訊いてみたところによると――クロガネ曰く()()()()()()()()()()()()()()()に等しい事象が起きている、とのことだ。

 あとで反動が襲ってくる、というような副作用もない。数年間、この兵器を乗り回していたエルフリーデ・イルーシャが、目下、健康体なのがその証拠と言えよう。

 

 長時間乗り回しているとその分、時間面の停止とやらの作用で相対的に老化が抑制されるのでは、とエルフリーデは思ったものの、クロガネの解説が自分の理解を超える専門的領域に突入するのを察して追求はしていない。

 まあ問題があればクロガネは真っ正直にそのことを指摘するだろう、と楽観視している。

 

 閑話休題。ともあれエルフリーデは〈アシュラベール〉と一体化しており、会議が開かれる二日間、会場周辺での警備に駆り出されているのだった。

 軍事機密の塊である〈アシュラベール〉の接収や盗難を防止するため、専属搭乗員である彼女はずっと機体と融合して、こうして持ち場で待機していた。

 だが、やることがない。

 

 ベガニシュ帝国皇帝が好意的ということもあって、バナヴィア人の少女騎士とその乗機の存在は、ひとまず大陸間戦争の英雄として許容されるに至った。

 とはいえ客人は客人ということなのだろう。実際の警備は開催地の領主であるドナヴァルク辺境伯の手勢が担当しており、エルフリーデは置物状態であった。

 今も深紅の悪鬼を監視するように、遠巻きに第二世代バレットナイト〈アイゼンリッター〉が配置されている。

 

 

――することがなさ過ぎるのもつらいよ、本当。

 

 

 暇に耐えかねて〈アシュラベール〉が兵装ハードポイントに搭載している武装を再確認する。

 右腕マニピュレータ――三〇ミリ砲弾を高速発射する電磁機関砲、正面装甲以外であれば重戦車の装甲も貫徹可能な連射型レールガンである。

 胸部ハードポイント――胸部装甲の両脇に取り付けられている短剣は、対装甲ナイフ・スティレットと呼ばれる巨人サイズの超振動ブレードだ。

 背部ハードポイント――武装の保持と展開を行う副腕(サブアーム)に支えられ、右に四連装空対空ミサイルランチャー、左に特殊合金で構築された超硬度重斬刀を一振り。

 両肩には盾に似た構造体――光波シールドジェネレータが二基搭載されており、本体からのエネルギー供給によって粒子防御帯という非質量装甲を展開可能。

 脚部の付け根――腰の両脇にはスカートを思わせる形状の電気熱ジェット・スラスターバインダー二基。その気になればミサイルよろしくひとっ飛びできる高推力だった。

 

 いっそ清々しいほどの重装備、どこに出しても恥ずかしくない全身兵器という感じである。

 実際問題、〈アシュラベール〉は強力な戦闘兵器であり、電脳棺からの無尽蔵のエネルギー供給と電気熱ジェット推進機構による機動力は、ドナヴァルク市において唯一無二の存在だった。

 

 〈アシュラベール〉が優れているのはその機体出力や推進装置だけではない。高速戦闘に対応するために搭載されたセンサー類や、電子戦能力においてもその性能は高い。

 今でさえその機能は発揮されている――流石に航空管制の邪魔になるような電磁波こそ出していないが、高性能な光学センサーと集音センサーなどのパッシブ・センサーを用いて周囲の情報を常時、取り入れては分析している。

 

 と言ってもこの状態で分析できるのは精々、見通しが利く半径数キロメートル圏内の動態探知ぐらいになるのだが。機甲駆体も戦車も航空機も、人工筋肉やモーターで動く電動が主流だから、発砲されるまでは熱源探知に引っかからないのだ。

 

 

――装甲車とバレットナイトが山ほど警戒してるなら、まず大丈夫だとは思うけどね。

 

 

 わざわざ呼び出しを喰らったわりに、エルフリーデと〈アシュラベール〉は目に見えて会議の会場から離れた場所に配置されていた。

 嫌がらせではない。ただ置物でいてくれという言外のメッセージを感じる状態であった。

 暇である。

 

 ヴガレムル伯領から同行してきた仲間に、エルフリーデは通信を繋いだ。ティルトローター輸送機はミトラス・グループ製の機種で、通信設備が強化されているモデルだ――その機内に通信オペレーターとして詰めているのは、少女がよく知る相手だった。

 

「ねえロイさん、わたしっていつまでここにいればいい?」

 

 金髪碧眼の従者ロイ・ファルカは、音声だけでいつもの柔和な微笑みが思い浮かべられるぐらいに平常運転だった。

 

『エルフリーデ様、会議は本日一六時に終了する予定です。つまりあと半日ほど拘束されると思っていただければ』

 

「わたしが会場に着いていった方がよかったんじゃないかな。リザ、上手くやれてるかな……」

 

『リザ様の護衛としての力量は、私も太鼓判を押しています。エルフリーデ様が会議の場に出た場合、上流階級の皆様とのご歓談は避けられない、と旦那様は仰せです』

 

 うぐっ、とうめき声。エルフリーデにもありありと想像できた。帝国のお偉方が集まる場所に、のこのこと平民出のエルフリーデが顔を出せば、さぞや愉快なイベントが目白押しになるだろう。

 失言を引き出そうとする手合い、嫌味を飛ばしてくる手合い、値踏みしてくる手合い――なるほど、好き好んで渦中に飛び込む必要もあるまい、というクロガネの心遣いらしかった。

 

 バレットナイトとの融合時ならば、不眠不休での任務も苦にはならない。明らかに生身の人間でいるときよりも疲労せず、活動し続けられるから、こっちの方が気楽なのは間違いなかった。

 あれで腹芸も達者なリザ・バシュレーならば、クロガネの護衛もすんなりとこなすだろう。

 それにしても、とエルフリーデは思う。

 

「意外ですね。ロイさんがクロガネの護衛なんて大事な役割、他の人に譲るとは思いませんでした」

 

『適材適所ですよ、エルフリーデ様。万が一、何事かが起きた場合、旦那様に代わって指示を出すように仰せつかっています。そういう仕事は、私の方が適任ですから』

 

 なるほど、とエルフリーデは頷いた。

 あまりにも自然に馴染んでいるから忘れていたが、そもそもリザはつい四ヶ月ほど前に入ってきたばかりの新人なのである。クロガネが会議に出席している間、その代理として判断を委ねられる立場にはどう考えたって相応しくない。

 いや、若さを思えばロイだって大概なのだが――四六時中、クロガネ・シヴ・シノムラの影としてある青年は、それゆえに新興の伯爵家では大きな裁量を持っているのだ。

 

『ドナヴァルク辺境伯との事前協議は済んでいます。ここドナヴァルク市の防空圏において、〈アシュラベール〉は先方からの要請があったときに限り出撃が可能です』

 

「……あるのかなぁ、そんなこと」

 

『辺境伯は帝国中央政府との結びつきが強い方です。最新の対空レーダーが配備されていますし、陸路も封鎖されています。現在のドナヴァルク市に対して、反帝国のテロリストが襲撃してくるとしても成功確率は低いでしょう』

 

 可能性がない、とは言わなかった。それがロイ・ファルカとエルフリーデ・イルーシャの間での前提の共有になった。

 対空レーダーと連動した地対空ミサイルやレールガンによる防空網を突破することは困難である。仮にプロペラ推進式の巡航爆弾や自爆ドローンによる物量戦を仕掛けたとしても、防衛ラインに配置された対空砲火をくぐり抜けて着弾することはできまい。

 

 低空飛行するヘリコプターやティルトローター輸送機でも同じことだ。地形を利用した低空飛行での侵入というのは、相手側の防空網に隙があるから可能な戦術である。

 大河の岸辺に平地が続く、ドナヴァルク市のような立地では無謀の一言に尽きる。まずどこかで見つかって、地対空レールガンを山ほど浴びせられて爆発するのがオチだろう。

 つまり従来の兵器では突破できない。

 

「だけど〈アシュラベール〉のような存在なら?」

 

『ええ、我々の目下の懸念事項はそこにあります』

 

 すでに反ベガニシュ勢力の一部、例えばバナヴィア独立派のような組織は独自のバレットナイト開発技術を持っている。彼らが〈アシュラベール〉に類似したコンセプトの機動兵器を開発・製造していた場合、何らかの手段で帝国工業会議を襲撃することは十分あり得るのだ。

 

 技術的ハードルは高いが、不可能であると言い切るには状況が悪い。

 未知の脅威というのは嫌なものである。少なくとも緊張するのは間違いない。気分を切り替えるようにエルフリーデは初歩的な質問をすることにした。

 

「ロイさん、ドナヴァルクで開かれてる会議ってそんなに重要なの?」

 

『帝国工業会議――ベガニシュ帝国全域から諸侯が集まり、帝国全体での生産プラントの資源配分を決める重要なイベントです。経済的に強いヴガレムルの代表である旦那様が出席されるのも当然と言えます』

 

「代官じゃなく本人が出席するほどに大事な会議ってことか……」

 

『ええ、下手に顔を出さなければ、後々、根回しが足りずに立場が不利になることもある……そのような政治の場だとお考えください』

 

 つまりクロガネも戦っているわけだ、とエルフリーデは思う。あの男はどうにも、なんでも如才なくやり遂げてしまうから、ついつい忘れがちになってしまうけれど――帝国に併合された地でバナヴィア人が主体となって経済的強者として君臨していること自体、帝国の支配形態を考えれば異常事態なのである。

 

 空恐ろしいことにこれが当たり前になるほど、クロガネ・シヴ・シノムラは一五年間、政治的・経済的な戦いに勝利してきた。どうやら現場での武力行使ばかりの自分とは、種類の違う戦いをずっと続けているらしい。

 ぽつり、と言葉がこぼれた。

 

「苦労してるんですね、クロガネも」

 

『そういうことです。それとエルフリーデ様、前々から指摘しようと思っていたのですが――』

 

「はい?」

 

 電脳棺の中で小首をかしげると、ロイ・ファルカは通信ウィンドウ越しにこう言った。

 

『旦那様の呼び捨ては、私的な場以外では控えてください』

 

「あは、あははは……えっ、言っちゃってました?」

 

 ロイはにこりと微笑んだ。一切の悪意が感じられない柔和な微笑みは、見るものを安心させる表情筋の使い方が完璧だった。

 

『すでに帝国の社交界では、〈剣の悪魔〉とヴガレムル伯爵のロマンスの噂が立っております。以後お気をつけください』

 

「手遅れじゃないですか、それ!?」

 

 エルフリーデは頭を抱えた。

 心なしかロイが楽しげだった気がするのは、たぶんきっと、気のせいだったと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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