機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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死を呼ぶ人面鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったんですか、伯爵様? ここにお姉さんを連れてこなくて」

 

 

 リザ・バシュレーの問いかけに、クロガネは顔を横に向けた。ボブカットの黒い髪に褐色の肌、鬼火色の瞳――その容姿で一目で異国の出身とわかるリザは今、黒い背広に身を包んでいる。

 

 十代半ばの少女らしい身体の曲線を隠すように、背広とシャツとスラックスの三点を装着したパンツスタイルである。普段はどちらかといえば薄着のリザだが、こうして男装して着込んでいるとそれはそれでばっちり決まっている。

 実年齢を感じさせないよう、普段よりも大人っぽく見えるようメイクで印象を操作しているのだ。かつてはガルテグ連邦の情報機関GCIに所属していた工作員らしい器用さである。

 

 この場にリザを連れてきたのは、クロガネなりの配慮の結果だった。護衛だけなら自前のSPをつければいいが、帝国中の要人が集まる会議という場の特異性は、得がたい経験を積むチャンスでもあった。

 

 エルフリーデが英雄としての仕事――実際には置物だとしてもそこにいることが価値になる――をしている以上、その副官であるリザに見聞きさせるのが次善の策だった。

 ドナヴァルク市の中央部に位置する巨大な会議場は、帝国工業会議――造物塔を所有する貴族たちが集まり、ベガニシュ帝国全体での資源供給について取り決めを行う場――の会場となっていた。

 

 広々としたホールになっている会議場は、ドーム状の構造体であり、水平方向の広がりもそうだがとにかく天井が高い。

 空間的に無駄であるその広さと高さこそ、この地を統治する辺境伯の豊かさの象徴なのだ。

 

 一〇〇を軽く超える出席者が一堂に会する会議場は、今、休憩時間となっていた。会議そのものは二日間にわたって開催されるが、実際のところこの会議の開催前に、水面下での取り決めがされているのが大半だった。

 今のところ会議全体は、事前にクロガネが掴んでいた流れと大差はない。黒髪の伯爵は会場をゆっくりと見渡した。ベガニシュ帝国の広大な領土とその歴史を物語るように、会場には様々な身体的特徴を持った人々があふれていた。

 

 肌の色や髪の色、骨格の作りなどからして大きく異なる人々――ベガニシュ帝国はその中央の支配体制こそベガニシュ人が握っているが、各地の貴族領の構成するのは多種多様な帝国臣民なのである。

 雪深い北の大地から蒸し暑い亜熱帯に至るまで、広大な支配地域を持つベガニシュ帝国は、それゆえに支配の仕組みも曖昧だ。厳格にベガニシュ人だけが権力を握るような仕組みとほど遠いのが、この古き帝国の実情であった。

 

「ああ、エルフリーデの社交界デビューはもう少し経験を積んでからの方がいい。確かにこの会議は多様な人脈が得られる場だが、それ以上に今の彼女にとっては難易度が高い」

 

なるほど(アイシー)……朗らかなのがお姉さんの魅力ですけど、いきなりは厳しいかもですね」

 

 そういうことだ、とクロガネは頷きつつ、背後の足音に対して自然に振り返った。こちらに歩み寄ってくる相手は、不死者もまたよく見知っている初老の男であった。

 灰色の髪、灰色の瞳、彫りの深い顔立ち――この大河の岸辺、沿岸都市ドナヴァルクを治める辺境伯だ。若い頃はベガニシュ帝国軍で将校として経験を積み、故郷に戻って家督を継いだ生真面目な男である。

 

 ベガニシュ貴族ヴォルフ・ガル・レーヴェニヒ。かつてバナヴィア王国と国境を接していたドナヴァルクの領主であり、この大河の岸辺でも有数の繁栄を誇る都市の代表者である。

 

「ヴガレムル伯爵。昨晩の晩餐会での冒険譚、楽しませてもらった。貴公は相変わらず、話題に事欠かないようだ」

 

 クロガネは柔らかな微笑みを浮かべて、ドナヴァルク辺境伯の差し出した手を握った。

 

「ドナヴァルク辺境伯、お褒めにあずかり恐縮です。私の経験した少々、非日常的な事件がお気に召したのであれば幸いです――そういえばお屋敷ではお目にかかりませんでしたが、ご息女はお元気ですか?」

 

 可愛がっている長女のことを口に出され、ドナヴァルク辺境伯は相貌を崩した。まさに親馬鹿を絵に描いたような笑みという感じである。

 

「ああ、まったく……帝都で元気にしているとも。実家に顔も出さずに大学で研究に打ち込んでいるそうだよ、まったく困った娘だ」

 

「今は男女ともに教育を受け、能力を伸ばしていく時代です。ベアトリス様には優れた才覚がおありなのでしょう、羨ましい限りです」

 

碩学(せきがく)と名高いヴガレムル伯爵に褒められたと知ったら、あれもさぞやよろこぶことだろう」

 

 和やかな雰囲気の会話――的確に相手が一番気持ちよくなる話題に誘導している感じ――それを真横で見ていたリザ・バシュレーは「伯爵様って会う人会う人にこんな感じですよねぇ」と半ば呆れていた。

 昨日と今日を合わせて、ざっと数十人と顔合わせして挨拶しているが、クロガネはそのことごとくといい感じの会話をしていた。

 

 必ずしも彼に好意的な人物だけだったわけでもないのに、である。むしろ最初は揶揄(やゆ)するような口調で絡んできた相手も、いいようにあしらって悪感情を残さずに会話を切り上げていく始末であった。

 この伯爵、とにかく相手の顔と名前と経歴を記憶しているらしい。工作員出身のリザから見ても空恐ろしくなるほど、その話術はなめらかである。

 

「時に伯爵、ここにはかの英雄はいないようだな?」

 

「ええ、エルフリーデ・イルーシャには〈アシュラベール〉と共に会場周辺の警備を行わせています。事前協議の通り、ドナヴァルク市とヴガレムル市の共同での警備という形ですから」

 

「ふむ、大陸間戦争の英雄によって我々は守られているというわけだ。実に頼もしい限りだ」

 

 ドナヴァルク辺境伯は如何にも好意的な紳士という風情で微笑んだ。実際のところヴガレムル伯領の戦力は、何重にも張られた辺境伯の手勢の内側に配置されている。

 仮に賊の襲撃があったとしても現場で待機になるのがオチだろうし、そんなことは辺境伯も承知しているはずだった。

 

 リザは「喰えないおっさんですね」とドナヴァルク辺境伯の評価を修正する。ちなみにここまでリザ・バシュレーは無言かつすまし顔でクロガネの背後に控えている。身分的には平民であるリザは、貴族同士の会話に割って入るなんて無礼は許されていないのである。

 逆を言えば話しかけられるまで無言でいないものとして振る舞い、黙礼していればいいので楽なものだった。

 

 これが騎士であるエルフリーデだったなら、もっと細やかな配慮や機転を求められていたことだろう。クロガネがエルフリーデをここに連れてこなかったのは、実務上の問題――ヴガレムル伯爵が個人的に動かせる最高戦力――もあるが、それ以上にこの複雑怪奇な礼儀作法の問題があるからだ。

 まだまだ駆け出しであり、クロガネの騎士になって半年しか経っていないエルフリーデ・イルーシャは、貴族社会のプロトコルに適合しているとは言いがたい。

 

「この会議の成功こそ、我々の達成すべき共通の未来と言えるでしょう」

 

 クロガネがそう言うと、ドナヴァルク辺境伯ヴォルフ・ガル・レーヴェニヒは重々しく頷いた。

 

「ああ、そうなることを祈っている」

 

 そのときだった。休憩時間の終わりが近いことから、私的会話によるざわめきも収まってきていた。そろそろクロガネも席に戻る頃合いだろう。リザが目配せすると、クロガネが口を開こうとして――不意に辺境伯が目を細めた。

 

 耳のインカムに手を当て何度か聞き直したあと、男はクロガネに近づいてきた。

 そっとささやくような声での耳打ちだった。至近距離にいたリザがその優れた聴力で、辛うじて聞き取れるほどの小さな声である。

 

「伯爵、たった今――バベシュ大河から未確認飛行物体が打ち上げられた。〈アシュラベール〉の力を借りたい」

 

 

 

 

 

 

 沿岸都市ドナヴァルクはバベシュ大河――ベガニシュ帝国本土のある東岸と、かつてバナヴィア王国が存在した西岸を隔てる巨大な河川――の岸辺に存在している。

 当然のことながらその沿岸部も警備の対象だった。潜水艇などを用いた水辺からの奇襲は、ドナヴァルク辺境伯の側も十分に想定していた。潜水艦発射型の巡航爆弾やミサイルの研究はベガニシュ帝国でも進められていたので、これを用いた攻撃への警戒もまた可能だったのである。

 

 不審な物体を見逃すまいと沿岸警備隊の巡視艇が展開されていたのは言うまでもない。

 結論から言おう、それでもなお奇襲は避けられなかった。防衛ラインの内側に、突如として浮上した不審物――それを最初に発見したのは一隻の巡視艇だった。

 波は穏やかだった。巡視艇は大河の流れを切りながら、突如として水面下から現れた異物に対して警告を発した。

 

『そこの所属不明船舶に告ぐ、ただち航行を停止して投降せよ! 従わない場合、我々も攻撃も辞さない!』

 

 一応の投降勧告が行われたが、すでに巡視艇は攻撃態勢に入っていた。船体の前方、無人砲塔に備え付けられた四〇ミリ機関砲が音もなく浮上した物体――青鈍色の船のように見える――に向けられている。

 

 大きさは目測で全長三〇メートル程度、水深が深いバベシュ大河ゆえにここまで潜行が可能だったのだろう。大河の流れは深く、また普段は水運の要として船舶の行き来が多いだけに、これまで潜水艇の発見が遅れたのである。

 

 これまでの経験からドナヴァルク辺境伯の軍は陸路や空路からの攻撃を警戒していたものの、水面下からの攻撃に対しての備えは薄かったのも災いした。

 まるでそうした警備側の油断を見透かしているかのように、浮上してきた潜水艇の甲板が開く――葉巻型の筒状の潜水艇、その水面より上に突き出た部分で、円形のハッチが二つに割れて跳ね上がる。

 潜水艇の甲板上、合計三箇所でそのようにハッチが持ち上がった。直径数メートルの穴が開いた潜水艇は、あるいは誘導ミサイルを発射しようとしているようにも見えた。

 

『抵抗と見なす! 撃て!』

 

 巡視艇の無人砲塔を遠隔操作する射手が、潜水艇に合わせていた機関砲の引き金を引いた。

 四〇ミリ砲弾の尻に充填された液体装薬が着火され、凄まじい速度で膨張・燃焼――ガスに押し出された砲弾が銃身を通り抜け、銃火が放たれる。

 

 リズミカルに繰り返される一連の動作――機関砲の名に恥じぬ連射速度の機銃掃射を浴びて、青鈍色の潜水艇に穴が空いていく。着弾と同時に甲板上に開いたハッチの穴から、巨大な影が浮かび上がってくる。

 異様であり異形――まるで両翼にプロペラを備えた怪鳥と呼ぶべき緑色の機影――機首を上方に向けた垂直離着陸機の風情。

 

 それはテイルシッター型と呼ばれる航空機の一形態によく似ていた。耳を打つのは、高速で回転するローターブレードが空気を切り裂く音だ。

 超伝導モーター駆動プロペラ/ローターブレードによって得られた揚力によって、垂直方向に浮かび上がった機影は三つ――よく見ればその尾っぽでは、固形燃料ブースターが火を噴いており、機体が飛び立つための推力を補助していることがうかがえる。

 

 それは飛行機よりも、むしろフクロウのような鳥類に似ていた。頭部に相当すると思しきセンサーユニットが可動式であり、その駆動システムに利用されているのは人工筋肉だった。

 翼のように見えるものは、人工筋肉と駆動フレームと電動プロペラを組み合わせた翼手――最新の素材工学と機械工学が用いられた怪物は、その実、ほとんどバレットナイトと同じ機体構成だ。

 

 

『未確認機は三機、撃ち落と――』

 

 目視で潜水艇が確認できるほど至近距離にいたのが、巡視艇の乗組員にとっての不幸だった。次の瞬間、緑色の人面鳥から放たれた機銃掃射――胴体に付属する二〇ミリ電磁機関砲を浴びて、巡視艇は穴だらけになった。

 液体装薬用のプロペラントに引火し、爆発炎上する巡視艇を眼下に収めて――奇っ怪な人面鳥が、沈みゆく潜水艇から飛び立つ。

 

 翼長九メートルを優に超える異形のものの名は大嵐(ウラガン)

 その機体に無数の爆弾を抱えて、アルケー樹脂装甲と人工筋肉と駆動フレームで編まれた機械仕掛けの鳥が羽ばたく。

 水面ギリギリを飛翔し、熱源を持たないその機体を撃ち落とせる火器はこの場に存在していない――あるいは射線が通る位置に銃口がない。

 ゆえに誰にも止められない。

 

 

『攻撃目標はドナヴァルク市中央会議場――行くぞ』

 

 

『了解』

 

 

『……了解』

 

 

 電動プロペラの推進方向を切り替え、水平飛行に移った三機の飛行物体――その腹に抱えた災厄と共に人面鳥が空を飛ぶ。

 あらゆる痛みに報いをもたらすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















・〈ウラガン〉
緑色の人面鳥。双発プロペラロボ。
プロペラ推進の可変バレットナイト。ティルトローター航空機型の巡航形態と人型の強襲形態を持つ。
全長6.5メートル、全幅9.4メートル。最高速度は時速740キロ、巡航速度は時速600キロ。
機体名は「大嵐」の意。

類を見ない異様なコンセプトだが、登場時期や推進機関の搭載などの特徴から第3世代バレットナイトに分類される。
双発のプロペラ飛行機と猛禽類を合成したような姿をしており、機甲駆体――人型機動兵器というカテゴリに当てはまるか大いに疑問がある機体構造をしている。
エルフリーデショック以後に設計・開発された異形の機体群の一つであり、例によって救国卿の作品である。

まるでヒーローコミックのデフォルメされたタフガイのように、肩幅が横に広く、肥大化した円筒形の腕部が特徴。
肩部から二の腕にかけての部分が折り畳み式の主翼を構成し、手首側に超伝導モーター駆動プロペラを有する。
この特異な形状の腕部を回転翼に見立て、擬似的にティルトローター機の機動を再現しているのが本機である。
その性質上、両腕が塞がっており通常のバレットナイトのように自由に武器を振るうことができない。
このため胴体とサブアームを大型化、搭載火器の充実に機体容量を振り分けている。

本機のバレットナイトとしての特性はむしろ、下半身の構造に集中している。
上半身に特殊な装備を集中させた結果、自由が利くようになった脚部には、長く強靭な駆動フレームが採用されている。
本機はその自由度が高い推進用プロペラアームの可動と、長い脚部で地面を蹴って姿勢を整える独自の跳躍機動によって墜落せずに格闘戦が可能。

ところで本機もまたバレットナイトである。
すなわち融合インターフェースによる機体操縦を行うため、搭乗者は「自分の手首がぐるぐる回転して空を飛ぶ」という異様な感覚に慣れる必要がある。
飛行時のプロペラの推進角度については、関節の固定によってある程度は自動化されているものの、本機の売りである変幻自在の戦闘機動を乗りこなすためには相当な訓練が必要となった。

このため通常の航空機と同様、パイロットには長時間の操縦訓練の必要がある。
こうした特性はバレットナイトの兵器としての利点――最低限の訓練で強力な機甲戦力が動かせる――を大きく損なっているものの、この機体はむしろ、従来の航空機をバレットナイトの技術で代替することを目的にしていた。
すなわち長時間無補給活動、不整地での運用が可能な小型航空機――それが本機の戦術的優位性・存在意義なのである。

武装
・頭部固定機銃:8ミリ電磁機銃×2
・胴体固定武装:20ミリ電磁機関砲×2
・背部ハードポイント:多連装ロケットポッド×2
・肘部ハードポイント:光波シールドジェネレータ×2
・腕部固定装備:超伝導モーター駆動プロペラ×2
・腰部ハードポイント:レーザー式誘導爆弾×4
・脚部:ランディングギア×2


ビッグデ〇オ+ハルピュイア。
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