機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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最強の騎士

 

 

 

 

 

 

 

『ドナヴァルク辺境伯から要請がありました。〈アシュラベール〉による防空戦闘の許可が下りました。戦闘に伴う二次的被害に関しての責任は先方が負う契約です。エルフリーデ様、敵機の迎撃をお願い致します』

 

 ロイ・ファルカからの通告。

 エルフリーデ・イルーシャは即座に意識を切り替えた。

 

 

「戦術データリンクは確認しました。すでにドナヴァルク市の領空に入り込まれてる――エルフリーデ・イルーシャ、出撃します」

 

 

 電脳棺に流れ込む戦術データリンクから確認できる情報を噛み砕く。沿岸都市であるドナヴァルク市から見て、その西端部――バベシュ大河と隣接してる地域に突如として現れた航空機は三機。

 狙いは明らかにドナヴァルク中央会議場で開かれている帝国工業会議であろう。不幸中の幸いはその出現ポイントが、エルフリーデが待機している空港からほど近いことだった。

 

 深紅に染められた戦鬼〈アシュラベール〉が、舗装された滑走路を蹴って疾走する――同時に電気熱ジェット推進機構の内蔵されたスラスターバインダーが、けたたましいジェットエンジンの駆動音を立てて動き始める。

 強靭な人工筋肉と骨格に支えられた脚部が、頭頂高四・五メートルの巨体を即座に時速一五〇キロメートルを超える速度にまで加速させる。

 

 軽量の特殊樹脂で構築された装甲と、防弾製を持った電気収縮型の人工筋肉によって実現した軽量の機体――腰の左右に接続された双発のジェット推進機構――超高温に熱せられた大気がジェット噴流として吐き出される。

 爆発的推力が得られたと同時、〈アシュラベール〉が跳躍する。

 全身の人工筋肉が生み出す瞬間的な運動能力の発露、バッタのように巨人が宙へ跳ねた。

 対地高度は三〇メートル――ジェット噴射によって得られた高推力を元手に、そのまま空中飛行へと移行する。

 

 

――空気が壁みたいだ。

 

 

 時速五〇〇キロメートル以上にまで瞬時に到達する異様な加速――二〇Gをゆうゆうと超える負荷が発生――生身の人間であれば加速Gに耐えきれず即死し、機体もまたバラバラに砕け散ってもおかしくない。

 正しく爆発的推力の産物たる異常な速度であった。その機体構造そのものが頑強極まりなく、電子部品の一つ一つが衝撃と荷重に耐えられる高度科学技術の産物でなければ不可能な機動。

 

 第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉の真価の発揮は、ほとんど人間の動体視力では捉えることが不可能な動きだった。

 対地高度を数秒で二〇〇メートルにまで引き上げ、深紅の悪鬼がドナヴァルク市の空へと躍り出る。

 

 あれほど大きく見えた空港施設の格納庫や管制塔は背後に流れ去り、〈アシュラベール〉は今や空中を飛翔する一個の飛行物体であった。

 航空力学的な安定性などくそ食らえだった。主翼による揚力がまるで得られず、空気抵抗を受ける人型機動兵器を、純粋な推力だけで飛ばすという荒技――ガタガタと揺れる機体が見かけ上、安定しているのはエルフリーデ・イルーシャの卓越した手動制御の賜物だった。

 

 

――敵機の予想進路に割り込もう。

 

 

 〈アシュラベール〉の光学センサーが働く。カメラアイが高速で流れていく周囲の景色を取り入れ、その中から違和感がある部位を洗い出していく。純然たるパッシブ・センサーによる索敵――空港施設の備えているレーダー施設からの情報が、戦術データリンクに反映される。

 

 エルフリーデの融合しているバレットナイトにも、アクティブ・センサー(自らの位置を露呈させる代わりに、強力な探査が可能なセンサーのこと。レーダーなどが該当する)は備わっているが、こうして味方の情報提供があるならそれに越したことはない。

 戦術データリンクによれば高空をカバーしているレーダー網には感知されていない。であれば地上すれすれを低空飛行しているはずだと当たりをつけて――

 

 

――見つけた。

 

 

 カメラアイの双眸(そうぼう)が敵機の編隊を捉える。ドナヴァルク市の郊外、幹線道路揃いを高速飛行するグリーンの怪鳥が三機。双発プロペラ機と大型鳥類を混ぜ合わせたような人面鳥が、民家の建ち並ぶ街並みの上を舐めるように飛行していた。

 

 航空機としてはかなり小型の機体だった。翼長はおよそ九メートル半、流体力学に沿ったなめらかな機体形状と呼ぶには、どこか歪な印象が拭えない怪物的巨鳥である。

 かなりの高速だ。よほどパワーのある超伝導モーター駆動プロペラを搭載していると見ていい。

 

 現在の速度は時速六〇〇キロメートル以上、対地高度はわずか三〇メートル――ほんの一瞬、操縦を間違えば地面に激突するような超低空飛行だ。

 都市部でよく見かける三階建ての雑居ビルが、およそ一三メートルほどなのである。ビルが林立するドナヴァルク市のような市街地でやるべき操縦ではなかった。

 そしてだからこそ、辺境伯の用意した地対空ミサイルやレールガンによる防空網は機能していない。

 

 

――この調子で飛ばれたら中央会議場まですぐだ!

 

 

 あれが航空機であるならば当然、爆装していると見ていい。会議に合わせてドナヴァルク市の中心部は交通規制が敷かれており、人通りが少ないのだけが救いだろう。

 エルフリーデはすぐに空対空ミサイルを使うという考えを捨てた。せっかく装備してきた四連装ミサイルランチャーも、このように家屋の密集している環境では危なくて使えたものではない。

 

 ドナヴァルク市の地図は頭に叩き込んである。

 三機の怪鳥の進路方向には、大河へと繋がる運河と市立公園がある。どちらも中央会議場にほど近いため人の出入りはなかったはずである。互いの飛行速度を想えば針の穴に糸を通すようなものだとわかってはいた。

 だが、爆弾を抱えている航空機を市街地に落とせば大惨事になるだろう。

 

 

――撃墜するならそこに落とすしかない。

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは決断した。ほんの数秒の思考の間にも、エルフリーデが駆る〈アシュラベール〉は数百メートルの距離を突っ切っていた。

 緑色のプロペラ機の編隊に接近する。斜め後ろからその進路に割り込むように侵入した〈アシュラベール〉の存在に気づき、怪鳥の群れがわずかに高度を上げた。

 

 電脳棺に警告がポップする。レーザー照準を受けている。ジェット噴射の角度を調整、自らの未来位置をわずかにズラした――たった二〇度の角度調整は、高速飛行の最中にあっては大きく軌道を変動させる。

 それが生死を分けた。

 

 白熱する光。

 怪鳥が発射した電磁機関砲が、嵐のように〈アシュラベール〉がいたはずの空間を薙ぎ払った。口径二〇ミリの電磁投射砲(レールガン)は通常の航空機関砲の比ではない高初速で弾頭が飛来する。

 

 装薬式火砲のように燃焼ガスは発生しないが、高速飛翔体によって大気がプラズマ化するため、発砲炎(マズルフラッシュ)が生じる。

 それが連射型の電磁投射砲特有のものだったので、エルフリーデ・イルーシャは即座に相手の正体を見やぶった。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 クロガネやロイが予期していたとおりの存在だった。エルフリーデは応戦して発砲はしなかった。三〇ミリ電磁機関砲は高威力の電磁投射砲だが、それゆえに流れ弾で大惨事になる可能性を秘めている。

 たとえここがベガニシュ人の街であろうと、エルフリーデは無駄に人死にが増えるのを見たくはなかった。

 

 まだ攻撃には早い。

 左手を背中に伸ばして抜刀する――超硬度重斬刀と呼ばれるテロス合金製の太刀が引き抜かれる。電気熱ジェット推進機構の出力を最大に跳ね上げる。ジェット噴流が地獄の業火のように吐き出され、青空の下で悪夢めいた咆哮をあげた。

 空気が粘性を持って〈アシュラベール〉にまとわりつく。深紅に彩られた戦鬼は空気抵抗の呪縛を引き千切り、亜音速に達する速度で突撃した。

 

 

――今だッ!

 

 

 時速六〇〇キロで前進する緑色の人面鳥の真横を、ジェット推進する深紅の悪鬼が横切る。

 ほとんど接触事故ギリギリの距離、否、意図的に接触させる。彼我の距離が数メートルにまで縮む狂気の沙汰――すれ違い様に怪鳥の胴体を真っ二つに切り裂いた/三〇ミリ電磁機関砲の掃射を浴びせかけた。

 

 超硬度重斬刀に両断された一機目――高エネルギー粒子をまとった刀身によって機体構造を破壊され、空中でバラバラに砕け散る。

 至近距離で機関砲を浴びた二機目――真後ろから飛び込んできた三〇ミリ機関砲弾が爆弾を撃ち抜き、誘爆によって火焔の華が咲いた。

 

 それはほぼ一瞬の攻防だった。

 三機編隊のうち二機を一瞬の交錯で仕留めた。計算通りだった。その残骸のほとんどが運河へと落下して、高々と水飛沫を上げながら沈んでいく。

 

 

――まだ最後の機体が残ってる。

 

 

 しかし〈アシュラベール〉は速すぎた。一度交差した二つの飛翔体が、再び距離を詰めるには時間がかかりすぎるのだ。安全なターンでは彼我の距離が開いてしまう。

 最後の怪鳥は仲間の死にうろたえることなく、目一杯の加速をしてドナヴァルク市の中央部へと向かっていた。

 

 真っ当な戦闘機動では敵機の爆弾投下を止められない。

 であれば覚悟を決めねばなるまい。エルフリーデは自らの腰から伸びた一対二本の翼――電気熱ジェット推進機構のスラスターバインダーを可動させた。推進装置が基部から可動し、さらに推力偏向ノズルを持つ〈アシュラベール〉は、従来の航空機と比しても柔軟な姿勢変更が可能である。

 

 航空力学的には安定性とほど遠く、失速が即座に墜落へと直結するという事実と向き合ってなお、少女騎士は冷静極まりなかった。

 ぐるんと回転する機体――推進方向を切り替える。機体高度が下がる。背の高いビルの屋上に機体をこすりつけそうになりながら一八〇度ターン。

 ジェット噴射。

 

 爆発的推力によって機体を立て直す。近隣家屋の窓ガラスをびりびりと震えさせる悪鬼のうなり声――弧を描くように機動を取って再び対地高度を上げる。

 〈アシュラベール〉が加速する――深紅の悪鬼が、緑色の人面鳥を追い立てるまであっという間だった。それがジェット推進とプロペラ推進の間に横たわる機動力の差なのだ。

 眼下の地上の景色が流れていく。

 

 地上に配置された警官たちが空を見上げていた。低空飛行する巨大な怪鳥と、それを追い立てる地獄の悪鬼は人知を超えた怪物にしか見えないのだろう。

 前方の進路上には大きな広場のある市立公園。〈アシュラベール〉と敵機の飛行速度には時速一〇〇キロメートル以上の差がある。逃げ切れるわけがなかった。

 

 

――このまま撃墜する。

 

 

 まるで犬の乱闘(ドッグファイト)――〈アシュラベール〉が三〇ミリ電磁機関砲を構えた刹那だった。

 ぴったりと背後に取り付かれた緑色の怪鳥が、ぐるりとその姿勢を変える。それまでの鳥類を思わせる優美な飛行姿勢を崩して、失速も(いと)わずに機体を反転させる。

 フクロウを思わせる奇怪な動きで、ぐるんと回転する頭部がエルフリーデを捉えた。

 

 すなわちそれは、かの人面鳥が航空機ならざるもの――飛行型バレットナイトという異形であることの証左。副腕によって保持された二〇ミリ電磁機関砲が二門、多連装ロケットポッドが二門、背後に向けられる。

 空気抵抗の増大。ガクガクと震える機体から猛烈な砲火が放たれる。

 

 多連装ロケットポッドから放たれたのは、画像認識による撃ち放し型の誘導ロケット砲だった。近接信管によって空対空攻撃にも使用可能なロケット弾と、二〇ミリ電磁機関砲の雨。

 エルフリーデはこれを回避しなかった。流れ弾の被害を考えて、避けられる攻撃であろうと受けきるのが最善だと判断したのである。

 

 バレットナイトの両肩に搭載された二基の光波シールドジェネレータを起動。

 物質と相互作用可能な状態に励起された、高エネルギー粒子をまとう力場――粒子防御帯が〈アシュラベール〉の正面方向に展開された。

 機関砲弾を消滅させ、成形炸薬弾の爆発を減衰させて。

 

 

――最大出力で突っ切る。

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは〈アシュラベール〉の電気熱ジェット推進機構を全力で稼働させた。真っ直ぐに矢のように突っ込む機体――緑色の人面鳥による弾幕を真っ正面から受け止めて、それでもなお止まることなく吶喊(とっかん)

 それは飛び蹴りだった。

 

 時速八〇〇キロメートル以上の飛翔体が、同じく高速飛行する飛翔体に対して体当たり攻撃を仕掛けるという狂気の沙汰。

 その異常な選択肢と、それを可能とする〈アシュラベール〉の機体性能――すべてが怪鳥の搭乗者の想定を上回っていた。

 激突する。

 

 〈アシュラベール〉のつま先を強烈な衝撃が駆け抜ける。駆動フレームがみしみしと軋む。だが、それだけだった。

 機体強度の差がもろに出た。衝突された側である緑色の人面鳥は、大きく姿勢を崩して失墜した――時速七〇〇キロメートルの高速で地面に突っ込む。

 

 公園の広場に大きな土煙が上がった。衝撃で飛行型バレットナイトの主翼がへし折れる。高速回転するプロペラが公園の遊具に突き刺さって止まる。二〇ミリ電磁機関砲を収めたガンポッドが副腕と一緒に吹き飛び、公園に隣接した道路を転がり落ちていく。

 目標が狙い通りに公園へと墜落したのを見届けると、エルフリーデは空中で機体制御を立て直した。

 ぐるんと上空で旋回して、三〇ミリ電磁機関砲を照準する。

 撃った。

 

 

――さようなら、ごめんなさい。

 

 

 その胸中の呟きに何の意味があるのか、彼女自身にも定かではなかったけれど。

 三〇ミリの弾頭は敵バレットナイトの装甲を打ち砕き、そのバイタルブロックを蹂躙し尽くして――今まさに自爆しようとしていた敵機の息の根を止めた。

 あとに残されたのは、抜けるように青い空の下に響き渡るジェットエンジンの叫びだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














・エスクワイア方式
バレットナイトの制御系における、背部ハードポイントなどで見られる副腕や重火器の自動制御ソフトウェアおよびこれを使用した制御方式のこと。
通常のバレットナイトのサブアームは、電脳棺からの直接制御ではない。
まるで騎士の従者(エスクワイア)のように、主人に付き従う自動制御プログラムが、電脳棺からの信号を受けて動作している。

このため非人間的機構であるサブアームや背部ハードポイント、そこに保持されたミサイルや機関銃を扱っても融合者へのフィードバックは存在しない。
この自動制御ソフトウェアは遺跡から発掘され、神官によって秘匿されていた産業用ロボットの制御技術が原型になっている。

あくまで発掘されたプログラムが原型のため、下手に弄れないブラックボックスになっているソフトウェアである。
このため通常、バレットナイトのサブアームや武装ハードポイントは大きく機能を変更できない(=応用技術の発展がとても遅い)状況になっている。

バナヴィア独立派の多腕BK〈ミステール〉や四足獣BK〈ルー・ガルー〉の場合、これを直接制御にすることで極めて高度な格闘能力を獲得している。
その反面、乗り手の適性と技量に大きく依存した形態になっており、通常のBK――〈アイゼンリッター〉型のバックパックのような万人向けの使い勝手のよさはない。




※〈アシュラベール〉の電気熱ジェット推進機構は可動軸を持っており、副腕の一種のようになっています。つまりエルフリーデがやっているジェット推進機構の手動制御は、ゲテモノロボ〈ミステール〉などと同じ非エスクワイア方式(非自動制御)ということになります。自動制御についてはミトラス・グループがエルフリーデのデータを元に構築中。









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