後編は完成済みですので、いつも通り明日の七時に投稿させていただきます。
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「ようこそ皆さん!我が天上院家の別荘へ!」
天上院沙姫の言葉に迎えられ、結城リト達ご一行は孤島にそびえる彼女の別荘へと足を踏み入れた。
こことは別の場所ではあるが、彼女の別荘に足を踏み入れたことのあるものもその珍しさに目は慣れることがなく、ほとんどが物珍しそうに屋敷を見まわしている。
そんな彼らの前に現れた、執事服を着込んだ年配の男性が恭しく頭を下げる。
「この屋敷を管理している嵐山と申します。本日はどうぞごゆっくりおくつろぎください」
「あ、どうもお世話になります」
「よろしくおねがいしまーす!」
この屋敷に務める執事からの挨拶に、思わずリトは胸を撫でおろした。
なんといっても、沙姫からの招待である。
招待してもらって警戒するのも失礼に当たるだろうが、なにせ今までが今までなのだ。
理解のありそうな大人が一人でもいれば、彼女も少しは大人しいだろう……多分。
「優しそうな人がいてくれてよかったぜ」
「そうだね。蓋を開けてみればってこともあるかもしれないけど」
「まあ、何も起きてない内から言ってもしょうがないよな……」
どこか警戒したようにそんなことを言う音子にリトは苦笑いでそう返す。
だけれども、どこか今日の音子の動きは固い。
思い返してみれば、舟でこの島に来る途中もこんな感じだった。
いつもの飄々とした様子はすっかり鳴りを潜めている。
もっとも、リトは音子のそんな様子にはそれほど気に止めることはなかった。
好きな女の子と一緒に遊びに来ていることで浮ついた気持ちが邪魔をしたというのが理由の一つ。
そして、そもそも音子などとは違い、勘の利く方ではない彼には少々難しい話ではあったのだ。
だから。
「……」
音子がピリピリとした雰囲気をまとっていることに気が付いたのは、この場にいる中でヤミだけだった。
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「ふぅ……」
時刻は夕方。
晩御飯まではまだ時間があるという事で、女子たちは屋敷に備え付けられていた大浴場へ足を運んでいた。
もちろん、地球人スーツを着て今回の旅行に参加した音子の姿はそこにはない。
「音子も入ればよかったのにねー」
古手川の隣にいたララはそう漏らした。
それとなく大浴場に来る前に音子を誘ったのだが、どこか気のない返事で断られてしまったのだ。
「多分、後で一人で入るんじゃないかしら」
流石に男の子と一緒に入るなんてことはないだろう。
と考え、古手川はララにそう答えたが、ふと冷静になってみると。
――いや、どうなんだろう。
彼女は何食わぬ顔で男子と着替えていたりした前科があるし。
何かの間違いで男子と一緒に入りはしないだろうか。
「そんなの絶対寂しいのにねー」
ララがそう言葉を漏らす。
確かにと古手川も心の中でララに同意した。
正体を隠していた時ならともかく、ここにいるほとんどは音子の正体を知っている。
沙姫達やルン、猿山などは知らないが、それでもシロという彼女の存在自体は知っているのだ。
むやみに自分の正体を隠すことは最近なくなってきたというのに……。
今日の彼女はなんだか、妙に慎重だ。
「姉上が誘ったのに来なかったのは残念だけど、別にここにいるの今日だけじゃないんだろ?明日また誘ってみればいいんじゃないか?」
「ナナ。音子さんはわざわざスーツを着てここに来てるのよ」
「えー、でも何でそんなことしてるんだ?」
「それは……」
ナナの純粋な疑問にモモは答えにつまる。
音子が事ここに至って、みんなと少し距離をとっている理由に彼女自身思い当たるふしはなかった。
それでも、と務めて明るく春奈がその口を開いた。
「音子君にも何かあるのかもしれないけど……ナナさんの言う通り、明日もう一度誘ってみない?」
「うん♪今度はみんなで行ってみよう!」
大浴場で、音子について女子たちが密かに決意を新たにしていたそのころ。
一方の男子組はというと。
「リト、覗きに行こうぜ!」
「はあ!?」
女子たちとは全く別方向の決意を新たにしている男がいた。
猿山の突拍子もない言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうリトに、猿山はまくしたてるように言葉をつづける。
「いいか、今女子たちは入浴中!これで行かないなんて嘘だろ!」
「だからってなんで俺も……」
「しょうがねえだろ?音子は横になったまま眠ったままだし……。おと……頼りになりそうなやつはお前しかいねえんだよ!」
「お前、今おとりって言いかけなかったか?」
ちなみに補足しておくと。
レンはルンと入れ替わった状態なので、この場にはいない。
今回の旅行に参加した中で正真正銘の男子はここでしゃべっているリトと猿山だけである。
止めようとするリトを跳ね除けて言い争う二人にたいして、ベッドの上にいる音子はそれを気に止めることはないかのように静かな寝息を立てていた。
だが、その言い争うバカな内容を、"シロ"はその耳でしっかりと聞いていた。
そんな彼女に声をかける影が一つ。
「ここにいたんですね」
「うん……みんなとお風呂は楽しかった?」
お屋敷の屋上、屋根の上に座り込んでいた音子の元にヤミが話しかける。
シロは、地球人スーツを脱ぎ、戦闘服を着た状態でその場にいた。
「スーツを遠隔操作していたんですね」
音子の頭の右耳から伸びる機械。
それはスーツを遠隔操作して動かすための機械である。
「いったいいつから……もしかして今日はずっとスーツの中には誰もいなかったんですか?」
「……」
ヤミの言葉に帰すのは沈黙。
音子はそのまま立ち上がるも、話しかけてくるヤミの方を見る様子はない。
「何のためにこんなこと」
「それは……」
何かを言いかけようとした小さな口は、しかし次の瞬間にはぎゅっと結ばれた。
彼女は思わずあふれ出しそうな言葉を必死に飲み下し、ヤミの方に向き直った。
その顔は、いつも浮かべる気の抜けた笑顔ではなく。
冷たく、そしてどこかヤミの事を見ていなかった。
「キミには……関係、ないよ」
「……っ、シ――」
音子が放った言葉に続いて、鋭い銃撃音が孤島に響き渡る。
そうして銃撃音につられて思わず視線を外したわずかな間に。
「シロ……?」
確かにそこにいたはずの音子の姿は忽然と消え、そこにはわずかに拳を握りしめたヤミだけが。
空を覆い始めた暗雲と共に立ち尽くしていた。
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「……」
黒い影が屋敷の廊下を静かに進んでいた。
頭の先から足の先まで黒ずくめで身を固めていたその影は、暗闇の中で足をピタリと止めた。
彼の視線の先に新たな人影が現れたからである。
「……お前か」
にわかに屋敷の外では雨が降り始め、暗雲に覆われた空から稲妻が落ちる。
その光で、両者の姿が照らされた。
「……父さん」
彼女の父親であるクロを見た音子……いや、シロは思わず足を前にやった。
その姿も、声も、匂いも。
全てがあの時を思い出して、どうしようもなくなったから。
一歩、二歩と近づいた彼女は――。
「なぜここにいる」
目の前の父親から投げかけられたそんな言葉に思わず足を止めた。
「なんでって……」
「お前はここにいるべきではないだろう」
その言葉に全身から力が抜けた気がした。
体温が失われ、足元から言いようもない冷たさが首筋へと這い登る。
「それが……」
かっ、とその冷たさに反逆するかのように頭の中で言いようもない熱が爆発した。
「それが久しぶりに会う自分の子供に言う最初の言葉!?」
「……」
一度、漏らした不満は叫びとなって彼女の口からクロに向かって放たれた。
今まで押さえつけていたもの。無自覚なものさえ抜け出して。
自分ではない何かが自分から出てくるようなそんな感覚が彼女を襲う。
だから目の前の男の雰囲気の変化に気づかない。シロには気づけない。
「ボクが……ボクを置いていったあなたに……どんな、気持ちで」
「……言いたいことは、それだけか」
そんな彼の言葉が耳を駆け抜け、歯を食いしばる。
「ッ!」
その場からシロの姿が掻き消える。
現れたのは、クロの頭上だった。
鋭い踵落としが彼を襲う。
――だが。
なりふり構わないその攻撃程度を看破するには彼にとっては造作もないことだったらしい。
軽く身をそらすだけで、その攻撃は躱されてしまった。
「くっ……!」
避けられた蹴りは、廊下の床に突き刺さり鈍い音をたて、わずかにひびを入れる。
顔を再び上げた彼女の目の前には、彼が手に握っていた銃の銃口が、彼女の近くの地面を向いていた。
慌てて飛びのいたシロだが、彼の銃が彼女の姿を追随することはない。
最後に彼は銃弾ではなく、短く突き放すような言葉をシロに向かって放った。
「俺の仕事の邪魔をするな」
「待っ……」
そしてクロの姿が暗闇へと溶け消える。
シロが手を伸ばしてその姿を掴もうとするが、その姿はその場からすでに消えていた。
暗闇をつかめども、つかめども。
彼女の手の中には何も残らない。
「……う……っ。バカ……」
伸ばした手をだらんと垂らす。
その言葉を聞いている者は、彼女をじっと見る、廊下にいる小さな黒い猫だけであった。
●
屋敷の中に響いた銃弾は、リト達を歓待してくれた嵐山を貫き、彼を血だまりへと沈めていた。
恐怖に歪んだまま、もう動くことはない。
その惨状を生み出した人物の調査のために、みんなから一人離れてヤミは屋敷を調べていた。
(……?)
その最中。
廊下に数多ある部屋の内の一つが不自然に開いたままになっていることに彼女は気づいた。
人の気配がまちがいなくその中にあることを確認し、警戒しつつ彼女はその中に入る。
「シロ」
部屋の中に入った彼女が見たのは、ベッドの上で三角座りをしているシロの姿であった。
顔は伏せているため、それを伺うことはできないが、わずかにひきつったような短い声が彼女から聞こえてきていた。
「また、泣いているんですね」
その言葉にぴくり、と短く方が震え、彼女は顔を上げた。
「あ、ヤミちゃん……ふへへ」
力なく笑う彼女にヤミは歩み寄る。
ベッドの端へと座りなおした彼女は涙を拭ってヤミを見上げる。
「クロがここにいるんですね」
「……すごいね、ヤミちゃん。気づいているんだ」
「少し前。あなたがクロに化けた特殊生物を見て、泣いていたのを思い出しました」
「……そっか」
ヤミの言葉にどこか自嘲気味な笑みを浮かべるシロに、ヤミはほんの少しだけ眉を吊り上げた。
「シロ、私は怒っています」
「え?」
怪訝そうな声を上げた彼女に向かってヤミは続けざまに言葉を放つ。
それは決して彼女を責めるような声色ではなかったが……どこか不満げではあった。
「あなたが私たちに何かを隠していることが、です。臆病にも程がある」
「……」
「私と仲よくなりたいと言った言葉が。……シロとして私と話したいと言った言葉が。嘘ではないのであれば、あなたの事をちゃんと話してはくれませんか?」
シロが顔を上げる。
不安に満ちたその瞳にヤミの姿が映った。
「……うん」
まっすぐ自分の姿を見留めるその姿に彼女はゆっくりとだが頷く。
少し前へと差し出されたヤミの手を握って、シロが立ち上がった。
その瞳は少し弱弱しかったが、涙はすでに止まっていた。
「ほんとに大丈夫かなぁ……」
ぼそり、とだれともなく呟かれた言葉は誰に向けられた言葉でもなく。
強いて言えば彼女自身に向けられた言葉だった。
「あなたの周りの人々は、あなたのことを突き放すような人ばかりなのですか?」
「……」
うつむいたままのシロは何も言うことはなかったが。
ヤミとつなぐ手には確かに熱を増していた。
ノーマルコミュニケーション
(うっ……しまった。別のことを言えばよかったな……)
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