幕間その2です。
「ふわ……」
「こら欠伸なんかしないの」
「仕方ないだろ、疲れてんだから」
「あなたは疲れててもそうでなくてもそんな感じでしょ」
あきれたように古手川がため息をつく。
音子と古手川は別に理由なくぶらぶらしているわけではない。
ただ教師に呼ばれた職員室で手伝いをした、その帰りである。
もちろん音子はそんなことを率先してやる性格ではないが、大体の昼休みを自分の机で惰眠をむさぼることに費やしているせいで、力仕事に向いている男子が他にいない場合はこうして手伝いの白羽の矢を立てられることがあるのだ。
それでも1年のころは、保健室の常連と化していたためそういうことを頼まれることはまだ少なかったのだが、2年になってそれを古手川に咎められるようになり保健室の利用が減ってからというものの、教師の間ではすっかり健康優良児と認識されたらしい。
特に夏の間は暑さのために外で惰眠をむさぼることも減ったので、こうして古手川と共に先生の手伝いをすることはすでに彼にとっても珍しくないことなのだ。
そういうわけで、音子の手には教師からお土産代わりに渡されたプリントが積みあがっている。
ともすれば頭の上にまで達しそうなそれを見たときに、彼は分かりやすく顔をしかめたが、律儀に共にいた古手川にはプリントを持たせずにえっちらおっちらとこうして教室まで足を進めているわけである。
「まあ、数日前のスポーツフェスタは散々だったから、あなたの気持ちもわからなくもないわ」
「あー……」
最初はただの運動会のような催しだったはずなのに、いつのまにか爆弾が爆発したりとにわかには信じがたい出来事がたくさん起きた昨日の出来事を思い返し、古手川はほんの少し顔をしかめる。
「あの人、最近いよいよ学校を私物化しようとしてない?」
「いまさらでしょ……」
さもありなん。おもわず苦笑いを浮かべた音子だったが、ふと前方に春奈がしゃがみこんでることに気づく。
調子でも悪いのか、とも思ったがどうやら違うらしい。
彼女の目の前には黒色の毛を持った小動物が座り込んでいた。
どうやら彼女はその動物を眺めているようだ。
「どうしたの? 西連寺さん?」
声をかけてきた古手川に、春奈はにぱっと花のような笑顔を見せる。
「見て! 古手川さん。かわいいよ!」
そういうと、彼女の言葉に瞳をうるうるとさせて小動物も古手川を見上げる。
「ほ、ほんとうね」
思わず古手川もその体に触れようとして、ふと自分と共にいた男子のことが気になった。
そういえば、この動物の姿を見てから彼は一言もしゃべっていない。
「……」
振り返ると、荷物を両手に持ったまま固まる音子の姿が。
なんならほんの少しだけ顔色も悪い。
「どうしたの?」
「い、いや。別に。じゃあボクは教室にプリント持っていくから……ボクの代わりにその子を撫でといて!」
「ちょ……」
「おーい!」
くるり、と自分の教室とは逆方向を向いてどこかに行こうとする音子を古手川が呼び止めようとした時、リトの声が遠くから投げかけられる。
どうやら必死な様子でこちらに近づいてくる彼は、大きな声で古手川たちに向かって叫んだ。
「それに近づいちゃだめだ!」
その叫び声に、その動物。通称モドリスカンクと呼ばれるその動物はびくりと体をハネさせ、ぷしゅうう、とガスを古手川に向けて吹きかけた。
「きゃあああああ!」
悲鳴を上げる古手川を後目にスカンクは逃げようと廊下を駆け、その進行方向にいた音子の方に向かっていく。
「バッ……!」
そのまま音子にもぷしゅううっとスカンクはガスを吹きかけ、とっとことっとこと廊下の向こうへ逃げてしまう。
「きゃっ!」
どさどさとその場に落ちるプリントの山に思わず悲鳴を上げて顔をそむける春奈。
おそるおそる顔を上げると、そこには幼児のように小さくなった古手川とプリントの山の中に埋もれる音子の姿があった。
唖然とする彼女に対して、小さくなった古手川は気丈にもリトに向かって声を上げる。
「結城君!また、あなたの
「ゴメン、今それどころじゃなくてさ!西連寺、二人を頼む!」
「え!?」
「待ちなさい!」
自分の事を咎める言葉には答えず、「待てー!」と声を上げながらスカンクを追いかけていくリト。
無視をされたことにより、精神的にも若返ってしまった古手川は泣き声をあげ、ますます呆然とする春奈だったが、はっ、と我に返り音子もガスを食らったことを思い出す。
「ね、音子君?」
プリントにまみれたままうつぶせになっている彼は、しかし古手川とは対照的に小さくなった様子はない。
しかしぴくりとも動く気配がなかった。
そのことに心配して思わず春奈は彼の手を取ろうとするが、その手を手に取った瞬間、くしゃりと手が折れ曲がる。
「ひっ……!」
「うわあああああん!」
思わず、悲鳴を上げそうになった彼女だったが、そんな音子の様子を見て古手川が堰を切ったように泣き声をあげたことでかろうじて踏みとどまった。
(そういえば。ちょっと前に肝試しに行ったときにララさんと同じく自分も宇宙人だと教えてくれたんだっけ)
旧校舎にみんなで探索に出かけたときの帰り際、音子がみんなに教えてくれたことを彼女は思い出す。
どうせ籾岡と未央にバレたら黙ってても広まりそうだから、と音子はみんなに自分についての話をしていたのだった。
リトが度肝を抜かれた様子だったのが印象的だったので、彼女はその時のことをよく覚えている。
「確か、ばれないようにスーツを着てるって……」
そうつぶやいたとたん、もごもごとスーツがうごめきだす。
かろうじて膨らんでいたスーツはすでにぺったんごになっており、そのせなかが大きく膨らむ。
「むぐぅ……」
どうやら、なんらかの方法でスーツから自分で顔を出したらしい。
だが、スーツから出たところでその上に着ていた制服が邪魔をしているようで、まだうめき声のようなものを上げながら悪戦苦闘している。
「待ってて!手伝ってあげるから!」
苦しそうにうめき声をあげる音子を手伝うべく、制服に手をかける春奈。
彼女は、音子の本当の姿が一体なんなのかすら気にする様子はなくもごもごと何かを言う音子の制服のボタンをすべて開ける。
ばさ、とシャツが持ち上がり一通り深呼吸をして酸素を取り込んだところでピタリとシャツにくるまった状態で、音子は動きを止めた。
「音子君?」
ぐすぐす、と多少は落ち着きながらもまだべそをかいている古手川を気にかけながら、こんもりと山ができているシャツの下をめくろうとするが、そんな彼女によわよわしく中から声がかけられる。
「だ、だめ」
はらり、とシャツがずれて、下の本来の姿が現れる。
「見ちゃだめ……」
か細い声をあげるその姿に思わず春奈は息を呑む。
その下から出てきたのは、一糸まとわぬ姿の銀色の髪をした猫の幼女だったからである。
●
春奈たちは廊下から場所を変えていた。
どうしても姿をまわりに見せたくない様子の音子(と思われる幼女)を、もともと彼女が着ていた服と、春奈自身の体でかばうようにして人気の少ない階段の隅へと運んできたのである。
そばにはぺたんこになったスーツも置いてあり、なんだか生々しい。
「あれはモドリスカンクといって、宇宙ではふつうに流通してる種だよ。噴き出すガスにあたると……ボクや古手川さんみたいに小さくなっちゃうのさ」
「ガスにあたったからそういう姿になったわけじゃないの?」
「……ご察しのとーり、ボクの本当の姿はオキワナで会った姿の方で、耳や尻尾は自前なの」
「じゃあ、男の子に混じって今まで着替えとかもしてたの!?はれんちだわ!」
「ちがわい!そもそもボクの種族に男とか女とかそんな区別ないし……地球の性別に当てはめると全員女性みたいなもんだけど……そこらへんちょっと違うの!」
それに……。ともごもごと何かをつぶやく白猫だったが、その言葉は春奈と古手川には聞こえなかった。
そのあとも、バツの悪そうな顔をしていた彼女だったがシュン、と沈んだ顔を見せる。
「ねえ……こんなことを頼むのは変だけどさ……ボクが女の子だってこととこういう姿だってことはばらさないで……」
「え」
「ボク、この星のこと大好きだよ。でもボクがこの姿で地球にいると大騒ぎするような人が何人かいるんだよね……」
結果としてこの星にはいれなくなっちゃうかも……と、涙を浮かべる彼女が話す言葉は嘘をついてるようには春奈は感じなかった。
少なくとも今この時は彼女は本当のことを言っている、とそう感じた。
「うん、分かった。クラスメイトだもんね」
「わ、わたしも!」
そんな春奈に、小さくなった古手川もぴょんぴょんと同調する。
「ありがと、二人とも……」
あとリトには……リトにだけは絶対に伝えないでね……とぐすぐす泣き声を上げる彼女を古手川がよしよしと慰める。
かくして、三人だけの秘密を彼女たちは結んだのだった。
そして。
そんな出来事があったあとの今回のオチ。
少しして元の姿に戻った音子は泣いたのは小さくなってただけだから!と、言い訳をふてぶてしくかましながら、その日は地球人スーツを着てそのまま授業に参加していた。
そのあとの音子の様子は特に変わらなかったのだが……。
「音子……くん!」
「ん?どうしたの古手川さん」
あっけにとられた様子で古手川の顔を見る音子。
よくよく見ると彼女の顔は少しだけ赤い。
「こ、こんなところで着替えちゃダメでしょ!」
その視線の先には、机の上に出された体操服袋。
「い、いや。ちゃんと女子が全員出てから着替えるつもりだけど……」
「駄目よ!あなたは保健室で着替えなさい!」
「ええ……。ちょ、押さないでよ、分かったから!」
古手川に教室の外まで押し出されながら、彼女にしぶしぶ音子はその姿を教室から消した。
「なんだったんだ……?」
呆然とつぶやくリトは状況を飲み込めていない様子で、呆然とした様子で音子たちが出ていった扉を見ている。
「あはは……」
そんな彼らについてを唯一知っている春奈だけが廊下から二人の後ろ姿を見て苦笑いを浮かべていた。
少しずつ白猫の化けの皮が剥がれていきます。
次はまた一人称かな。
また次回、お楽しみにお待ちください。
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