荒れ果てた大地を3つの巨大な影が走り抜けていく。それは、鋼鉄の巨人だった。AC―――アーマード・コア―――と呼ばれるそれらは、3機とも基本フレームこそ共通していたが備えている武装はそれぞれ異なっている。
<ハウンズ、作戦領域到達。フェーズ2移行>
無機質な電子音声が狭いコクピットに響く。3機のACの内、片手に巨大なガトリング砲を持った機体に乗る赤髪の女は僅かな手の震えを抑えるように、操縦桿を強く握りなおした。すー、はー、と短く息を吸っては吐いてを繰り返すこと数回。
どうやら自分はここに来て緊張しているらしいと自己分析。今回の作戦は失敗が許されない・・・これまでも失敗していいミッションなど無かったが、今回は特に、だ。何としても、命を使ってでも成し遂げなければいけない。
・・・その気負いが機体の動きに出たか。隣を行く機体から通信が入った。おずおずとした感じで、気弱そうな女性の声が届く。
『617・・・大丈夫? なんだか機体の動きが硬いよ?』
「・・・この土壇場になって緊張してるみたい。あはは、ダメだなアタシ」
『ううん。そんなことないよ・・・。わたしも・・・手が震えているもの・・・。でもきっと、このミッションも大丈夫だよ・・・。早く終わらせて、みんなでハンドラーと621ちゃんのところに帰ろう』
「619・・・うん、そうだね・・・。このミッションもさくっと終わらせて、みんなで祝勝会しようか! ちょっと奮発して合成チキンとか買ってさ。難しいミッションを終わらせたんだぞって、みんなで盛り上がっちゃおう」
務めて明るくそう口にする。たった3機による惑星封鎖機構の前哨基地襲撃。無謀だ。あまりにも。生きて帰れる保証など無い。むしろこの荒れ果てた大地に無様な残骸となって転がる可能性の方が高いだろう。それでも、無理にでも明るく振る舞う。そうすれば死神だって近づいては来ないはずだから。
『・・・来るぞぉ!』
通信機から甲高い男の声が鳴ったと同時、無数の弾丸やミサイルが雨のように降り注ぐ。たった3機の侵入者を排除するためにしては過剰ともいえるほどの火力である。並の人間であれば数秒と持たずにハチの巣になるか盛大な花火にでもなって荒れた大地に残骸をまき散らしていただろう。
だが、この3機は並ではなかった。ハウンズと呼ばれ熟達した操縦技術を持つ彼らは機体を左右に揺らし、時には傾けた装甲で弾を弾き、時にはブーストを吹かしてミサイルの追尾を振り切って、走る走る走る。
今回の攻撃目標である惑星封鎖機構の前哨基地が武装の射程に入るまで、あと少し。小高い丘のようになっている隆起した地面を飛び越えれば、警告のアラート音。青白い高出力レーザーによる狙撃を、クイックブーストで回避。直撃すればACの装甲も一瞬で蒸発させる威力のそれは、その出力の高さ故に連射はできない。
やや強引な回避行動で崩れた体勢をこれまたブーストで強引に立て直して、ハウンズの3機はついに前哨基地を武装の射程に捉えた。前哨基地といっても、その守りは強固だ。分厚い防壁に、無数の対空砲台を備え、SGのMT部隊もいる。
これを正面から突破するのは骨が折れそうだ。しかし、突破しなければ奥に控えている大型の高出力レーザー砲に辿り着くことはできない。なんとしてもあれを破壊しなければこのミッションは失敗に終わる。
考えている余裕はない。619の機体が前に出て、その背に背負っている12連装垂直発射ミサイルのハッチを全て開いた。マルチロックによって複数の目標が入力されたミサイルは白い煙の尾を引きながら対空砲台やSGのMTに襲い掛かりいくつもの爆発の花を咲かせた。直後、チャージを終えた大型レーザー砲の熱線が619の機体を焼く。ミサイル発射の僅かな硬直を狙われ回避もできなかった。
<619、生体反応ロスト>
無機質な電子音声が残酷な現実を淡々と告げる。619は死んだ。
「・・・くっ!」
脳内にチラついた彼女の控えめな笑みを振り払うように、617は操縦桿を前に倒す。対空砲台が破壊されて弱まった攻撃の隙間を縫い、残った2機は防壁を飛び越えて基地内部へと突入する。3射目のレーザーが放たれるが、基地内部への被害を嫌ったか狙いが甘く何もない空を焼くに終わる。
自分を狙った攻撃には左肩のパルスシールドを展開。620も危なげない機体操作で敵の攻撃を避け、反撃して残骸を積み上げている。邪魔なMTはガトリングで黙らせ、盾持ちには散弾バズーカで固めパルスブレードで盾ごと叩き切る。
<突入ルート再計算開始>
待っている暇など無い。大型レーザー砲は視認できる距離にまで近づいているのだ。一気に取り付いて破壊する! 逸る気持ちが、617から冷静さを奪っていた。だから彼女は気づけなかった。急速に接近してくる巨大な物体があることに。
「っ!」
突如として地面から巨大な物体が踊り出た。強固な装甲に、強力な武装の数々。惑星封鎖機構が有する特務機体カタクラフト。ACよりも遥かに巨大な鋼鉄の塊が、617を機体ごと押し潰さんと迫る。
咄嗟にブーストを吹かして潰される前に脱するが、その代わりにパルスシールドと拡散バズーカが持っていかれた。さらには悪いことに左腕も接触したときに損傷したらしく動きがぎこちない。これではパルスブレードを振ることができない。
カタクラフトは惑星封鎖機構が有する地上兵器の中でも最強と言っていい。重戦車をスケールアップし武装も満載したようなその機体は、ACよりも遥かに強大だ。とてもではないが今の武装で太刀打ちできる相手では、ない。
頭では分かっていても、それはこのミッションを放棄する理由にはなりえない。自分たちを送り出したハンドラーのためにも、そして死んだ619のためにも、このミッションはやり遂げる。
執念にも似た想いを込めて引き金を引く。ガトリングが唸りを上げてカタクラフトの唯一と言っていい弱点であるコアMTに鉛玉を吐き出した。しかし距離が遠すぎる。お世辞にも集弾性の高いとはいえないガトリングの斉射。弾が届く前にバラけて装甲に弾かれてしまう。
今度はこちらの番だ、と言わんばかりにカタクラフトの武装が617へと向けられる。
『こっちだぁ、デカブツッ!』
火砲が火を吹くより前に、カタクラフトと617の間に620が割り込んできた。両手のハンドガンを連射して自分に注意を向けさせると、正面の射線から離れるように側面へと回り込む。
「620! 無茶だよ!」
『無茶も茶漬けもねぇ!』
ハンドガンの弾が切れるとハンガーラックに提げていたアサルトライフルとレーザーライフルに持ち替えて攻撃を続行。大半はカタクラフトの強固な装甲に阻まれ、大したダメージを与えられない。しかしそれでいい。どちらかがこの怪物の注意を引き付ければ、大型レーザー砲への道は開く。
だが怪物はその一縷の望みも容易く噛み砕く。ぐりん、と機体上部に備えられた拡散レーザーが620へと向けられ、放たれた青白いレーザーの矢が620の機体に穴を穿つ。一度目は片腕をもぎ取り、二度目は頭を吹き飛ばした。そして体勢が崩れたところに三度目の矢が放たれる。
『617ァッ! 先に―――』
言葉が途切れ、無機質な機械音声が告げる。<620生体反応ロスト>と。二人とも一足先に逝ってしまった。もう残っているのは617ただ一人。しかし嘆く暇はない。悲しむ余裕などない。
「619・・・620・・・。う、うぅ・・・うあああぁぁぁ!」
全身を駆け巡り、脳髄を焼き焦がさんばかりの激情のままに雄叫びを上げる。乱暴に操縦桿を倒し、今しがた仲間を屠った鉄の怪物に向けて突撃する。ガトリングキャノンの斉射をブーストの切り返しで無理矢理かわし、アサルトブーストで一気に距離を詰める。懐に飛び込んでしまえば、いくら重武装なカタクラフトと言えども射撃はできない。接近させまいと撃ち込まれたグレネードを左腕で受け、爆炎を突っ切る。左腕が吹き飛んだが構いはしない。
むき出しのコアMTにガトリングの銃口を押し付け、引き金を目一杯引く。カタクラフトも617をその大質量で持って押し潰そうとするが、アサルトブーストで無理矢理に押し止める。こうなれば我慢比べだ。こちらのエネルギーが切れてパワー負けするか、あちらが穴あきチーズになって機能停止するかの。
連続するアラート音。ジェネレーターとブースターが悲鳴を上げている。ガトリングも連続射撃による
<ターゲット情報更新>
果たして、先に力尽きたのはカタクラフトだった。ガトリングがオーバーヒートする直前に、それまであった暴力的なまでの圧がスイッチを切ったかのように消えた。コアMTに押し込んでまで撃ち続けたガトリングは、熱で砲身が赤くなり曲がっている。これではもう使い物にはならないだろう。まだ辛うじて使えたとしても、正面からの力比べという無茶をしていた機体の方が限界だったが。
<フェーズ3 パターンE>
モニターに最後の目標が示される。大型レーザー砲はチャージを開始している。撃たれる前に破壊しなければ。もはや無事な個所など無く、各部から火花を散らしている機体に活を入れる。武装は全て喪失してしまった。だが、この機体には最後のとっておきがまだ残されているのだ。
「アサルト・・・アーマー・・・最大・・・出力で・・・」
朦朧とした意識の中で、コア拡張機能の一つを起動させる。コア背面上部が開き、バチバチとパルスが散った。アサルトアーマー。強力なパルス爆発を起こすことで、自機を中心に一定範囲のものを破壊する特殊機能。その最大出力で大型レーザー砲を破壊する。
レーザーが発射される直前に617は機体を飛び込ませた。その直後に強力なパルス爆発が起こった。
<617ロスト>
前哨基地に動くものは残っていなかった。後に残るのは激しい戦闘の痕と、燃え続ける炎だけである。
<ハンドラー・ウォルターに報告 ミッション完了>
◆◆◆
―――コーラル
それはとある辺境星系にある開発惑星『ルビコン3』で発見された新物質である。
それはエネルギー資源であり、食料であり、医療分野にも応用可能な、様々な可能性を秘める物質だった。
恒星間航行が一般的なものになるほど進歩していた人類の文明は、このコーラルの発見と研究により、更なる発展を遂げる。
多くの革新的な技術が生み出され、誰もがこの繁栄は永遠に続くと思っていた。
しかしその夢想も致命的な破綻によって幕を閉じることとなる。
―――アイビスの火―――
今より半世紀ほど前。コーラルの暴走によって引き起こされた未曽有の大災害は、ルビコンのみならず周辺の星系をも巻き込み、何もかもを焼き尽くした。
後に残されたのは文明が燃え尽きた灰と重篤なコーラル汚染。大災害の中心地となったルビコン3は惑星封鎖機構により宙域ごと封鎖され、企業たちも次々と撤退。すべては終わった。
・・・そう、思われていた。
焼失したと思われたコーラルが、他ならぬルビコン3で再確認されるまでは。
貴様の猟犬ども・・・ハウンズには開拓の余地がある。そうは思わないか、ハンドラァ・ウォルタァ・・・。