気になる後輩と大好きな先輩   作:ジャスSS

2 / 5
2.大好きな先輩

 突然だが、僕"柏 祥斗(かしわ しょうと)"には好きな人がいる。

 

 最近は中々会うことこそできていないが、先輩から交わしてくれることもあり連絡自体はよく取り合っている。

 

 

 

 当たり前のことだが、始めから先輩のことが好きだったというわけではない。

 

 最初から好印象こそ持っていたその感情が、”好き”に変わっていったのはある夏の日のことだった──

 

 

 

 

 

 

 

『ほら、祥斗行くよ』

 

 

 

 中学1年生の僕は、強豪と名高い赤川学院中学吹奏楽部のトランペット吹きとしてそれはそれは毎日しごかれていた──主に直属の先輩にあたる八千代瑞華先輩からではあるが。

 

 数ある先輩部員の中から僕を教育する人として選ばれたのが八千代先輩であるが、その先輩の噂や評判というのは、実は入学前からある程度聞いていた。

 

 

 

「実家の気品高さに違わぬご令嬢」「優しさと厳しさを兼ね備えたカリスマ」「文武両道を地で行く才媛」

 

 

 

 ──正直出てくる言葉が偉人のそれであり、あまり信用できないと思いながら入部、そして先輩との対面を迎えていた。

 

 しかし実際に会った先輩はその評判通りの人物で──所作は美しく、周囲に信頼される人間性を持ち、勉強の成績も楽器の演奏もハイレベルという本当に偉人のそれを体現したかのようなお人であった。

 

 そしてそんな先輩にしごかれるわけだから、普段の部活は大変で。

 

 だけどそれだけの凄みを持つ人だし、指導の意味もちゃんと理解できるし、何より愛を持って自分と接してくれている──そう強く感じたから、先輩のことは憧れの目でもってずっと見ていた。

 

 いつかああいう人になれたらいいな──なんて思っていた、ある日。

 

 

 

『すみません先輩……怒られるのは僕だけで良かったのに……』

 

 

 

 蓄積していた疲れもあったのか、合奏練習に全く集中できなかった僕は顧問の先生にこってりと絞られてしまったのだ。

 

 本来それで怒られるべきなのは僕だけのはずだが、教育係の教育が悪いからだと言って何故か先輩も怒られてしまった。

 

 合奏に集中できなかったのは自分の過失であり、先輩は何も悪くない。 先生にもそう食ってかかろうとしたが先輩に制止され、結局どっちも平謝りすることになった。

 

 どうして自分が言おうとしたのを止めたのか──そう疑問には思ったが聞くには憚られることであった。

 

 

 

『別にいいよ。 祥斗のミスは私のミスみたいなもんだし』

 

『いやでも……あれは完全に僕が悪いからですし……』

 

 

 

 先輩は悪くない。 絶対に悪くない。

 

 それだけは絶対に伝えて、先輩の気持ちが沈むような事態になることだけは防がなくてはならない。

 

 ──そう思っていたのだが。

 

 

 

『っていうかさ──』

 

 

 

 

 

 

 

『あの顧問ホント人のこと見てないよねマジで。 祥斗明らかに体調悪そうなの見てて分かんねえのかな……』

 

『……はい?』

 

『はい? って……大丈夫なの体。 合奏中半分虚ろな目してたけど』

 

 

 

 後で知ったことだが、当時の僕は相当疲れを見せていたらしい。

 

 先輩はそんな僕の状態を認知していながら、声を上げることができなかった自身にも責任の一端がある──とは後々に語ってくれた話だ。

 

 ただこの場においてはそのことより、先輩が合奏練習中にも僕のことを気にかけてくれたこと、そしてそれまで持っていたイメージとはあまりにもかけ離れていた、清々しいまでの顧問への暴言が、自分の頭に強く焼き付いていた。

 

 

 

「あまり先生の言うこと気にしないでね祥斗。 先生より私の方が祥斗のこと詳しいし、私の言うこと聞いとけば間違いないから」

 

「わ、わかりました……」

 

 

 

 そう言い切る先輩の横顔は、庶民が一緒にいるには不相応な程気高い『令嬢』の顔ではなく、頼りがいのある、かっこよくて大好きになってしまう『先輩』の顔であった。

 

 そしてこの日、僕が持つ先輩への想いは『憧れ』から『尊敬』に変わり、それがやがて『好意』へと変貌するには大して時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──これが、僕が先輩を好きになった経緯だ。

 

 

 

「凄いなお前。 これ聞かされたの7回目だぞ」

 

「そんなに凄いか? 褒める程なのか?」

 

「……お前幸せそうでホントに良いな」

 

 

 

 

 

 目の前で佇む僕の親友「葉山 白根(はやま しらね)」は呆れも含めた表情で返答する。

 

 自分の方でも相手を飽きさせているという自覚はあるにはあるのだが、そんなことよりも大好きな先輩の最高なエピソードを話尽くすことの方がよっぽど大事な故、なくなくこの話を長年し続けている、というわけなのである。

 

 

 

「まあなんだその……いずれは付き合えたらいいな」

 

「付き合う……」

 

 

 

 それまで見せた言葉の攻勢ぶりから一転、手を小さく握って胸の前に置き考えを巡らせていく。

 

 もちろんそういう未来を想像したことがないと言えば嘘になるが、かと言って今の自分がすぐに先輩の彼氏に値するかというと、やはり厳しいところがあるのではないかという思いをどうしても抱いてしまう。

 

 暫しの思案の後、おもむろにそんな考えを伝え始めようとしたところで、親友に機先を制されてしまう。

 

 

 

「アプローチ、掛けてもいいんじゃないか? 向こうも嫌っているわけではなさそうだし、せっかくの高校生活なんだからさ」

 

 

 

 呆れた表情はすっかり消え、優しい笑顔で諭してくれる。

 

 こういうところで彼の親友になれた自分に感謝というか、よくやったという自画自賛の気持ちが芽生えてくる。

 

 そんな思いを抱きつつ、先程までの後ろ向きな考えを一旦かなぐり捨て、“好きになってもらう”という前向きな考えで染め上げていった。

 

 

 

「ああ、そうだな。 じゃあまず──先輩のいる茶道部に入部してみようかな」

 

「……分かってるとは思うが、ストーカー紛いなことだけはするなよ?」

 

 

 

 心配で顔を覗いてくる白根をよそに、自分はただ楽しくなるであろう日々を夢想していたのであった──

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。