気になる後輩と大好きな先輩   作:ジャスSS

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5.いざ、実戦

 ──畳の上、男一人と女三人。

 

 部室内にある簡素な茶室内で急遽催される突然の茶会のために、部屋内の人口密度は急激に、著しく上昇した。

 

 この性別の違う四人は実際の立ち位置も性別の違いによって異なっており、茶を点てることになった男──祥斗くんは”点前座”という点前をする際座る場所に、そして茶を出される女三人──雪菜と詩音先輩、そして私は”寄付”と呼ばれる場所で並んで座っていた。

 

 

 

「ねえ瑞華……いきなり茶を点てるなんて、流石に無茶ぶりじゃない……?」

 

 

 

 左隣の雪菜から、不安の籠った囁き声を聞く。

 

 

 

「それ、祥斗に聞いたんだけどね。『今日は任せてください』って言ってて……」

 

「それ信用していいの……」

 

 

 

 信用しても、いいのか。

 

 それなりに彼のことを理解した上で、私は人としての信頼を彼に持っているから深く考えることなく信ずることができる。

 

 だけど──それはこれから彼が上手く局面を乗り切ることができるという証には少し遠い。

 

 なにぶん、全く未知の領域にあの子が足を踏み込んだ機会を”私は見たことがない”から。

 

 

 

 それでも──

 

 

 

「私は、祥斗を信じる」

 

「……熱いねぇ、本当に」

 

 

 

 雪菜の微笑みに満ちたニヤケ声。

 

 私の方も、頬の血流が速くなる鼓動を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃあそろそろ始めるか」

 

 

 

 この部の長たる詩音先輩の号令と共に、私と雪菜は準備されていた茶道具を正しい位置へ、丁寧に並べていく。

 

 手際良く、一つ一つ並べられていく茶道具。

 

 そのどれもが使い込まれたような古ぼけさを感じるも、一方では長年愛用されてきた唯一無二の価値を持つもの、という感想を抱くこともできる。

 

 無音が支配していた茶室とも相まって、厳かで人を寄せ付けないような空間が形成されていた。

 

 

 

 並べられていく様子をただ見ているだけの祥斗と詩音先輩の様子も、このような雰囲気を形成する一助になっており、厳かな空気を邪魔することが難しい一因となっていた。

 

 ただ──私としては、祥斗がそれだけ本気で先輩の提案にあたってくれたことに特別安心感を抱いてるから、この空気に気分が沈むことは一切なかった。

 

 

 

 そう考えながら準備をしていくとやがて、会を催す準備が全て整う。

 

 私たちが元の席に戻ると同時に、彼の顔は意を決したかのような表情に変わった。

 

 

 

「さあお手並み拝見だ。 瑞華の為にやってきた新入生くん」

 

 

 

 右隣から聞こえる部長の声を合図に、祥斗は一言も発さないまま茶道具に手をつける。

 

 まずは抹茶の入った器である”棗”の蓋を開け、”茶杓”で茶を掬っていった。

 

 漆塗りの棗。 その内壁を決して傷つけないようにしながらも、男らしい爽快な掬い方で茶碗に緑の粉を入れていく。

 

 入れた抹茶の量は正しく「適量」と言えるもので、決して濃すぎず薄すぎずという茶が頂ける期待が膨らんだ。

 

 

 

 次に手をつけたのは彼の真正面に鎮座していた釜。

 

 蓋を開けると、熱せられたものであるとすぐわかる程の湯気がもうもうと上がる。

 

 祥斗はその湯気がある程度収まったところを見計らい、お湯を掬う為の”柄杓”で掬っていき、茶碗に投じていった。

 

 その所作はやはり変わらず優れたもので、水滴の一つたりとも落とすことはなく、三人分皆均等な量が抹茶と溶け合っていた。

 

 

 

 ──凄い、ここまでは完璧だ。

 

 

 

 心の中でそう思いながら、私は祥斗の動き一つ一つをじっくりと見つめていく。

 

 思わず拍手をしてしまいたくなるぐらいに、祥斗は未知の領域に堂々と立ち回っていて、正直心配の一つも今はいらないと感じていた。

 

 

 

 ──頼む、このまま。

 

 

 

 次に待ち受けるのは、茶道と言えばの”茶を点てる”ところ。

 

 どのように混ぜるかで味わいが大きく変わるために、ここが茶道における個性の露出する部分。

 

 恐らく、部長に何か言われるとしたらここだろう。 あの人は妙に点て方にうるさいから。

 

 しかし、そうした困難が待ち構えていると分かっていても、今日は信じ続けようと覚悟を決めたのは他の誰でもない私だ──このままじっと、彼の所作を眺めていくしかない。

 

 

 

 祥斗は”茶筅”を手に、穂先をまだ混ざりあっていない茶の中に入れる。

 

 一瞬の間が空いた後──それまでの静寂を切り裂く音を立て、茶筅を動かしだした。

 

 バシャバシャと、泡を作りながら混ぜられていく茶。

 

 固唾を飲んで見守る私と雪菜にはそれが、ちょっとした胸騒ぎかのように感じられた。

 

 

 

 やがて、大きく立てられた泡は細分化し、それと同時に茶筅で混ぜる動作も止められる。

 

 茶碗に残った抹茶はというと──泡によって全て覆い尽くされてはおらず、真ん中に小さな緑色の池を形成して完成されていた。

 

 俗に言う”表千家”。 代表的な二大流派の片割れだ。

 

 私は正直、どちらの流派だろうが美味しいもんは美味しいと思うからどっちで点てても良かったが──問題は勝負相手と言える詩音先輩だ。

 

 詩音先輩は二大流派のもう一方である”裏千家”派──もし先輩を唸らせることが勝利条件なのだとしたら、少し分が悪くなってしまう。

 

 先程まで空気のように感じていた胸騒ぎが、今になって実態化し私に襲いかかってくる。

 

 だけど──私は彼を制止することは一切考えず、ただ信じて待つことを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 三杯全てのお茶が点てられると、久々に聞く祥斗の声と共に茶碗が一人ずつ差し出される。

 

 きめ細やかな泡立ちの茶は、多くの人が十分に上手と言える程の出来をしており、それを見た雪菜は驚きを含んだ顔で茶碗と祥斗を交互に目をやり、私はよくやったと思いながらも少しの不安を抱えながら周りの様子を窺っていた。

 

 そして──問題の詩音先輩はというと、眉一つも動かすことなくじっと、茶碗を見つめていた。

 

 ただ、感情の起伏を一切感じられない先輩に恐ろしいという感想は意外にも浮かばず、代わりに出てきたのは『しっかりと祥斗に向き合ってくれている』と安堵する気持ちであった。

 

 

 

「それでは、頂きます」

 

 

 

 先陣を切って茶を頂いた雪菜の後を追うように、残った二人も一礼の後茶碗に手を伸ばそうとする。

 

 先に一口付けた雪菜をチラッと見ると、少し恍惚の表情を浮かべながら、この飲み物から貰い受ける侘び寂びを享受しているようであった。

 

 やはりというべきか、ちゃんと美味しいのだろう──そんな確信を抱いた自分も、その飲み物に口を付ける。

 

 

 

 ───────

 

 

 

「いやあ、沁みるねえ」

 

 

 

 感想を浮かべようとしたところで、詩音先輩の心から出たような声に少し邪魔された。 が、私の感じた心も凡そそれと同様であった。

 

 そう、沁みる──泡が少ない分舌当たりがマイルドで、その味が体全体に浸透する点が特徴的な、まさしく”表千家”な茶だ。

 

 派閥を持たない私としてはもちろんとても美味な代物ではあるのだが──反対の派閥である先輩が”沁みるねえ”などと言ってしまうと、どこか皮肉のように聞こえてしまう。

 

 

 

「ありがとうございます先輩方。瑞華先輩はどうですか……?」

 

 

 

 恐る恐る、という様相でこちらを伺う祥斗。

 

 少し可愛らしいと思いながら、素直に自分の感想を発露しようと思い立つ。

 

 

 

「凄く美味しい。私は──この茶が好きだな」

 

「……! ありがとうございます!」

 

 

 

 祥斗の不安がっていた表情が一変し、安堵の含んだ笑顔が開く。

 

 これもまた可愛らしい──などと考えていると、不意にひょこっと、詩音先輩が右目の視界に現れてきた。

 

 

 

「そうかそうか、瑞華はこの味が好きなんだなぁ」

 

「はい。先輩は──」

 

「ふっ、私の表情を見たらもう分かるだろう? なあ雪菜」

 

 

 

 唐突に名を指されたにも関わらず、一つの動揺も見せずにこちらに向き直す雪菜。

 

 

 

「先輩は派閥が違いますからね。今柏くんがいくら上手く点てたとしても、完璧に納得することは不可能に近かったでしょうね。でも──」

 

 

 

 そう言うと、雪菜は詩音先輩の方を向き、表情を真剣なものに変化させた。

 

 

 

「無理ゲーですって。いきなり先輩を納得させろだなんて。だからもういいんじゃないですか?」

 

「もういいんじゃないですか、か……」

 

 

 

 そのまま影で暗躍するヴィランのような笑い声を浮かばせた先輩は、その笑い声を抑えきれないまま私と祥斗、両方に目配せしてから口を開く。

 

 

 

「私は一度も美味しいと言っていない。だからこの茶に納得していない──なんてのは雪菜が言ってくれたか。それと同じように、私はまだ”認めない”などと一言も言っていない」

 

 

 

 それじゃあ──という小さな歓喜が一瞬湧くが、それを先輩は制止する。

 

 

 

「……まず、私の判断基準には最初から、自分の満足など入っていなかったぞ。そりゃあ一般常識を弁えていない振る舞いとかされたらアレだが……」

 

「じゃあ何が基準になってたんです?」

 

 

 

 少し演技がかったような、しかし本当に知りたがってるとも取れる雪菜の問い。

 

 もちろん私も、そして祥斗も恐らく聞きたかったことなはずだ。

 

 

 

 しかし先輩は言葉でそれに返答することはなく、ただ私の方に指を指して──

 

 

 

「……私?」

 

「それ以外誰がいるんだ、この惚気お花畑少女が」

 

 

 

 少々の失笑が雪菜から聞こえて来たような気がするが、それはもう置いておいて先輩の方に集中する。

 

 

 

「瑞華が満足かどうか。心の底から後輩くんのことを凄いと思っているかが大事だと思ってな」

 

「どうして私の”凄い”なんですか?」

 

「瑞華が祥斗の成長を中学から見ていたってのは知ってる。だからこそ、そんな瑞華が祥斗を”よく頑張ったね”と思えるかどうかってのはまあ、信頼に足る材料に近いだろうからな」

 

 

 

 確かに──私は祥斗のことをどこか子を見守る親のような感じで見ていた。

 

 そしてその頑張りを認め、称える姿勢には雑念の混ざる余地が少ない”証拠”と言っても良いだろう。

 

 それを私は気付かず、先輩は見抜いて──やっぱりこの先輩は只者では無い。

 

 

 

「そんで、判断材料そのものである瑞華については……もう語る必要もないだろう。私は後輩くんの茶道に惹かれてたと見るが、どうだ?」

 

「……先輩には叶いませんね。大正解です」

 

 

 

 瞬間、張り詰めていた空気は糸が切れたかのように解け、歓喜に包まれる準備が整う。

 

 

 

 

 

「つまり、僕は……!」

 

「あぁ。ようこそ赤川学院高校茶道部へ。私たちは君を──柏祥斗を、歓迎する」

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