Fantasy Colors──幻想のライ── 作:isizu8
白玉楼の広大な庭園に、乾いた木刀の衝突音が何度も響き渡っていた。いつもの日課として、ライと妖夢は互いに木刀を構え、熱心に稽古に励んでいた。ライの無駄のない洗練された足運びと、妖夢の鋭い打ち込み。二人の動きは回を重ねるごとに噛み合い始め、見事な攻防を繰り広げている。
そんな二人の稽古を、縁側に腰掛けながら退屈そうに眺めていた魔理沙だったが、やがて稽古が一段落して二人が木刀を引くと、感心したように声を上げた。
「結構やるじゃないか、ライ。筋が良いのは知ってたが、妖夢の動きにここまでついていけるとはな」
「ありがとう、魔理沙。でも、やっぱり妖夢の剣の速さには圧倒されるよ」
ライは額の汗を拭いながら、藍色の瞳を和らげて微笑んだ。
「ふふ、ライさんの上達が早すぎるだけですよ。私の方こそ驚いています」
妖夢も嬉しそうに微笑み木刀を納める。すると魔理沙は、少し真面目な顔つきになってライに視線を向けた。
「まぁ、お前の身のこなしが上等なのは分かった。でもな、この世界で生きていくなら、良い武器の一つくらいは持っといた方が良いんだぜ。自分の身を護るためにもな」
「僕の武器……?」
ライは自分の両手を見つめた。
「確かに、霊夢さんからいただいたスペルカードだけでは、いざという時に心許ないですね……。ライさんが今使っている剣も、あくまで白玉楼にあった古い稽古用ですし」
妖夢も魔理沙の言葉に深く同意し、心配そうにライを見つめる。彼の持つ驚異的な身体能力を十全に活かすためには、それに見合った確かな道具が必要不可欠であることは誰の目にも明らかだった。
「そんなライに、良い話があるんだぜ」
魔理沙はニカッと不敵に笑うと、親指でどこかを指し示すようにしてみせた。
「人里近くに『香霖堂』って店があるんだ。そこは外の世界の道具とか、珍しいマジックアイテムなんかを色々と扱っててな。店主の森近霖之助って奴に頼めば、お前にぴったりの、まともな武器が見つかるかもしれないぞ」
「香霖堂か……」
ライはその言葉に、失われた自分の過去への繋がりを微かに感じ取り、胸を小さく高鳴らせた。
(確かに香霖堂なら、確かに珍しい業物や不思議な道具が眠っていそうですね)
そう考えた妖夢は一度自分の部屋へと戻ると、ずっしりとした重みのある、お金の入った巾着袋を手に取って戻ってきた。そして、それをライの手へとそっと包み込むようにして手渡す。
「えっ、こんなにもらえないよ。これは白玉楼の大切なお金だろう?」
「いいえ、ライさんはいつもたくさん手伝ってくれていますから、当然の報酬です。それに、ライさんの身の安全が第一ですからね」
妖夢の温かい気遣いに、ライは感謝を込めて微笑んだ。
「ありがとう、妖夢。大切に使うよ」
「よし、じゃあ善は急げだ。私が案内してやるよ」
魔理沙が箒を手に立ち上がる。妖夢は幽々子の昼食の世話や白玉楼の管理があるため、今回は留守番することになった。
「ライさん、気をつけて。良い武器が見つかると良いですね」
「うん、いってきます」
妖夢に見送られ、ライは魔理沙の後に続いて白玉楼を後にした。まだ見ぬ不思議な古道具屋、香霖堂へと向かって、ライは新たな一歩を踏み出すのだった。
◇
そして二人は、香霖堂までたどり着いた。魔理沙の箒に乗って超速度で移動したこともあり、白玉楼からこちらへ移るのに大した時間は掛からなかった。
「とうちゃーく!」
魔理沙が快活な声を上げて箒から飛び降りる横で、ライは「うっ……」と呻きながら地面へと膝をついた。急激な加速と吹き荒れる風を全身に浴びながらの超高速移動は、記憶のないライの身体にとって些か刺激が強すぎたらしい。その反動で、しばらくの間ひどい吐き気を催していた。そんなライの事情に全く気付かない魔理沙は不思議そうに首を傾げた。
「どうした、ライ? 足腰が抜けちまったのか?」
「いや……まだ、ちょっと……。空の旅には、慣れていないみたいだ」
ライは口元を押さえ、何とか吐き気を押し殺しながら青い顔で答えた。前世では過酷な戦場を駆け抜けていたはずだが、生身での超高速飛行はまた勝手が違うようだった。少し呼吸を整えてようやく立ち上がったライを連れて、魔理沙は古びた洋館のような佇まいの店へと足を踏み入れた。
「おーい! 香霖、いるかー?」
魔理沙がいつものように遠慮のない大声を出すと、店の奥からあきらめたような、静かな声が返ってきた。
「はいはい……。店内でそんなに大声を出さないでくれ、魔理沙。売り物の道具に響くだろう」
本を片手に現れたのは、白髪交じりの髪に眼鏡をかけた、どこか理知的な雰囲気を纏う男――森近霖之助だった。彼は乱雑に道具が並ぶ店内を見渡し、最後に魔理沙の隣に立つ青年に視線を止めた。
「魔理沙、今日は一体……ん? 隣の人は?」
ライの輝くような銀髪と、吸い込まれそうなほど深い藍色の瞳、そして端麗な容姿を見て、霖之助は不思議そうに眉をひそめた。
「喜べ香霖! 今日はちゃんと客を連れてきてやったぜ」
「へぇ、珍しいね。魔理沙がツケの返済以外でお客さんを連れてくるなんて……。僕は森近霖之助だ。この『香霖堂』の店主をしているよ。よろしく」
「ライです。よろしくお願いします、森近さん」
ライが丁寧に向き直って一礼すると、霖之助は少し驚いたように眼鏡の位置を直した。
「礼儀正しい人だね。霖之助で良いよ。この店では誰もが気まぐれに過ごしているから、気軽に接してくれて構わない」
「分かった。なら、そうさせてもらうよ、霖之助」
この世界に来てから周囲に女性が多かったこともあり、同性同士という気安さも手伝って、二人はすぐに打ち解けることができた。霖之助はライのどこか浮世離れした雰囲気に興味を惹かれながら、カウンターの奥へと彼らを促した。
「それで、今日は何を探しているんだい? 魔理沙が連れてくるくらいだから、ただの文房具や食器というわけではなさそうだけど」
霖之助に問いかけられ、ライは少し真剣な面持ちで行儀よく椅子に腰掛けた。
「実は……」
ライは現在の自身の状況について静かに語り始めた。冥界の境で記憶を失った状態で目覚めたこと、白玉楼での妖夢たちとの生活、そして自分自身の肉体が覚えている奇妙な戦いの感覚について。霖之助はその話を、顎に手を当てながら静かに聞き入るのだった。
◇
「なるほど……君も色々と苦労しているんだね。確かにこの幻想郷で普通の人間が妖怪達と渡り合うなら、武器でもないとやっていけないかもしれない」
ライの境遇を聞き終えた霖之助は、同情の入り混じった表情で頷いた。少しの間、顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて何かを思い出したように顔を上げる。
「確か、最近拾ったものの中に何かあったような…………あっ、これだ!」
霖之助はそう言うと、奥の古い木箱が並ぶ商品棚から、一つの腕輪の形をした金属製の物を持ってきてカウンターに置いた。
「何だ? この輪っかは」
魔理沙が興味津々といった様子で、その腕輪の形をしたアクセサリーを手に取る。
「これは『リング=ウェポン』といってね。装備した人間が強く念じることで、強力な武器を出すことができる……らしいんだ」
「へぇ、面白そうじゃないか! ちょっと貸してくれよ」
魔理沙はさっそく自分の腕にそのリングを装着し、目を閉じてうーんと唸るように念じてみた。しかし、数秒経っても腕輪には何の変調も起きない。
「あれ? 何も出ないぞ?」
不思議そうに腕輪を見つめる魔理沙に、霖之助は苦笑混じりに答える。
「魔理沙でも駄目か。……実はね、僕もこのリングから武器が出たところを一度も見たことは無いんだよ」
そんな答えを聞いて、魔理沙は怪訝そうな顔を浮かべた。
「おいおい、この輪っか、ホントにそんな機能があるのか? お前の勘違いなんじゃないか?」
「いや、間違いはないよ。僕の能力がそう告げているからね」
霖之助が自信ありげに眼鏡のブリッジを押し上げる。その『能力』という単語を聞き、ライは不思議そうに藍色の瞳を瞬かせた。
「そういえば、ライは外来人だからまだよく知らないか」
ライの疑問に気づいた魔理沙が、得意げに語り始めた。
「この幻想郷にいる奴らってのは、大体何かしらの能力を持っていたりするんだ。ちなみに私のはこれだ!」
魔理沙が手を開くと、その手のひらからパチパチと小さな魔法の光が灯った。
「まぁこのように、幻想郷にいる奴らは何かしらの能力を持っている。特別なことじゃないのさ」
「そして僕の能力はね、この目で見た道具の名前や、どんな能力があって、それをどう使えば良いかが分かるんだ。この腕輪が武器に変化する道具だということも、僕の能力が教えてくれたことなんだよ」
「……僕も、試させてもらってもいいかい?」
ライが静かに手を伸ばすと、魔理沙は「おう、やってみな」と腕から外したリングを彼に手渡した。受け取ったリングを自分の右腕へと装着する。そして、失われた記憶の奥底にある「何かを護るための力」を求めるように、静かに、しかし強く念じた。その瞬間、右腕のリングが眩い光を放った。光は一瞬にしてライの右腕から彼の手元へとワープするように移動し、光の収束とともに、一振りの美しい刀へとその姿を変形させたのだ。「本当に武器になりやがった!」魔理沙が驚愕の声を上げ、椅子から飛び上がらんばかりに目を丸くした。
◇
「どうやら、ライには扱えるみたいだね。どうする? これにするかい?」
驚く魔理沙の横で、霖之助は納得したように頷きながらライに問いかけた。
「そうだな、これにするよ」
ライは手元にある刀の感触を確かめるように静かに握り、答えた。白玉楼での稽古で木刀を振るっていた時とは比べものにならないほど、己の身体の延長線であるかのように馴染む感覚。これこそが今の自分に必要な武器だと直感が告げていた。
やがて刀を元の腕輪の形態へと戻すのを確認し、霖之助は帳簿をめくった。その腕輪は、外の世界とも異なる未知の異世界の遺物ということもあり、本来の値札にはかなり高額な値段がつけられていた。
ライは妖夢から預かった巾着袋を開け、手持ちのお金が足りるかどうか確認しようとする。しかし、霖之助は値札の数字を指で隠しながら、想定よりも遥かに安い金額を提示した。
「安っ! いいのかよ香霖? こんなに安く売っちまってさ」
提示された額を見た魔理沙が、思わず身を乗り出して突っ込みを入れる。
「どうせ僕や魔理沙を含め、今までは誰も使えなかった骨董品だからね。このまま店で眠らせておくより、彼に使ってもらった方が道具としても幸せだろう」
霖之助は穏やかに微笑み、それから「でもその代わり」と人差し指を立てて言葉を付け加えた。
「ある程度その武器を使い込んだら、僕にそのリングの使用感を詳しく聞かせてほしいんだ」
せっかく起動できる持ち主が見つかったのだ。実際に念じた時にどんな感覚がするのか、変形する瞬間の意識の伝達はどうなっているのかなど、研究家気質の霖之助としては、知的好奇心を大いに刺激される対象だった。それを教えてもらうことを、今回の大きな割引の条件にするという。
「そんなことでいいのかい? 分かった、喜んでその条件を受け入れるよ」
ライは快く頷き、妖夢から預かったお金から提示された金額を支払った。こうして、記憶喪失の青年ライは失われた世界から流れ着いた未知の兵装『リング=ウェポン』を新たな装備として手に入れた。己を象徴する一振りの刀をその腕に宿し、彼は幻想郷での新たな一歩をさらに力強く踏み出すことになる。
「リング=ウエポン」
別の異世界(グローランサーシリーズ)の世界から幻想郷へ流れ着いたもの。本来の世界では、装備者が強く念じることで、その者を象徴する固有の武器へと変化する『指輪』だった。しかし、幻想郷の境界を越えて流れ着いた際、その特性は変質。見た目は指輪から腕輪へと形を変え、本来あった様々な付加機能は失われ、今はただリングが武器に変形する機能のみが使用できる不完全な状態になっている。
※今作においてグローランサーシリーズとクロスする予定はありません。