Fantasy Colors──幻想のライ── 作:isizu8
香霖堂を出たところで、魔理沙は帽子を直しながらライに向き直った。
「なぁライ、この後ちょっと私の用事に付き合ってくれよ」
新たな武器を手に入れたばかりのライを、魔理沙は楽しそうに誘う。先ほど香霖堂まで案内してもらった恩もあり、ライは快くそれを承諾した。
そうして二人は、霧の湖を目指して歩き始めた。しかし、道中は決して平穏ではなかった。幻想郷の自然は過酷であり、次々と好戦的な妖精や妖怪たちが二人に襲いかかってくる。ライはさっそく右腕のリングを刀へと変形させ、魔理沙の弾幕のサポートを受けながら、それらを鮮やかに撃退していった。
(大分歩いたな。それにしても、妖精や妖怪が居るとは聞いていたが、ここまで好戦的だとは……)
襲撃を退け、息を整えながらライはそんなことを考えていた。一方、その戦い振りを横目で見ていた魔理沙は、内心でニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
(こいつ、結構強いな……。幻想郷に来たばかりだし大した期待はしてなかったが……へへ、これなら上手くいきそうなんだぜ)
魔理沙の頭の中で、何か良からぬ悪戯めいた計画が持ち上がっているようだった。やがて二人は、ひときわ深い霧が立ち込める薄暗い場所へと辿り着いた。視界の開けた先に現れたのは、湖畔に佇む巨大な洋館だった。
「とうちゃーく!」
魔理沙が声を上げる。ライはその圧倒的な存在感を放つ建造物を見上げ、怪訝そうに問いかけた。
「この屋敷は……?」
「ここは紅魔館。吸血鬼の姉妹が住んでいる、ちょっとしたお嬢様のお屋敷さ」
魔理沙はそう説明しながら、悪びれる様子もなく堂々と正門へ向かって歩いていく。しかし、その門の前には、緑色の中国風の衣装をまとった門番と思しき少女が、門柱に背を預けたまま気持ちよさそうに居眠りをしてをいた。二人はその様子をしばらく無言で見つめていたが、やがて魔理沙はその門番を放置して先に進み始めた。
「……良いのかい?」
流石に声をかけるべきではないかと心配したライが問いかけると、魔理沙は平然と手を振った。
「ああ。知らない仲じゃないしな」
不法侵入に慣れきっている魔理沙の態度に、ライは内心で疑問を抱きつつも、引き返すわけにもいかず彼女の後ろをついて行った。美鈴の横を音もなく通り過ぎ、大きな扉を開けて屋敷の中へと足を踏み入れる。赤を基調とした、広大で豪奢なエントランスホールが二人を迎えた。すると、魔理沙は入り口のすぐ近くで足を止め、ライを振り返った。
「ちょっとそこで待っててくれ。用事を済ませてくるからさ」
そう言い残すと魔理沙はライの返事を待つことなく、軽い足取りで屋敷の奥へと消えていってしまった。一人残されたライは、静まり返った異国の館の中で、所在なげに佇むのだった。
◇
そして一人でエントランスホールに取り残されたライは、静寂に包まれた広大な空間を静かに見渡していた。
(……それにしても、魔理沙の用事とは一体何なのだろう)
そんな疑問が頭をよぎった、その瞬間だった。ライの全身の肌が、ビリビリとした強烈な殺気を感知した。かつて幾多の戦場を潜り抜けてきた肉体が、思考よりも早く危険を告げる。
「……誰だ?!」
ライが鋭い声を上げると同時に、ホールの奥の暗がりから、冷徹な一瞥とともにメイド服に身を包んだ銀髪の女性が姿を現した。
「それはこちらの台詞ですよ」
冷ややかな言葉が響くのとほぼ同時に、咲夜の手から無数の銀色のナイフが放たれた。空気を切り裂く鋭い風切り音。ライは驚異的な反射神経で即座に上体を沈め、流れるようなステップでその必殺の軌道から身をかわした。ナイフはライの数本の銀髪をかすめ、背後の重厚な扉に深く突き刺さる。
「いきなり何をっ?!」
思わぬ奇襲にライが困惑の声を上げると、咲夜は手元に新たなナイフを滑り込ませながら、淡々と言い放った。
「泥棒相手に、然るべき対応をしたまでです」
(誤解されている? 確かに、状況だけ見れば立派な不法侵入だが……)
魔理沙に連れられてそのまま入ってきてしまった己の行動を、ライは内心で悔やんだ。しかし、弁解の余地を与える間もなく、咲夜は冷徹な眼差しを彼に向けたまま問いかけてくる。
「美鈴が門番をしている筈ですが、彼女はどうしました? あれでもただの人間に遅れはとらない筈ですが」
それを聞かれたライは、先ほど門の前で見かけた、緑色の衣装を着て幸せそうに呼吸を繰り返していた女性の姿を思い出した。
「……気持ちよさそうに寝ていたが」
ライが正直に答えると、一瞬の沈黙の後、咲夜の口元にすっと冷たい笑みが浮かんだ。しかし、その額には怒り筋がくっきりと浮かび上がっている。
「あの馬鹿……」
咲夜は小さく呟いて怒りを噛み潰すと、小さく咳払いをして再びライに視線を据えた。
「こほん……それは失礼いたしました。では、部下の醜態をお詫びして……これより私、十六夜咲夜がお相手を務めさせていただきます。泥棒さん、お覚悟を」
「待ってくれ、僕は——」
ライの制止の声は、完全に戦闘態勢に入った咲夜の放つ威圧感にかき消された。こうして、魔理沙の引き起こした最悪の勘違いから、ライと咲夜による、一触即発の戦闘が始まってしまうのだった。