Fantasy Colors──幻想のライ── 作:isizu8
「誤解だ。僕は泥棒じゃない」
ライは必死に声を張り上げて弁解しようとした。しかし、咲夜は冷徹な表情を崩さない。
「泥棒は皆そう言うのよ」
聞く耳を持たない咲夜の手から、再び容赦なくナイフが投擲された。空気を切り裂く銀光がライへと迫る。ライは紙一重でそれを避けると、これ以上の問答は無意味だと判断し、渋々ながらも右腕のリング=ウエポンに強く念じた。眩い光とともに腕輪が一振りの刀へと変形する。ライはそれを両手でしっかりと握り、鋭い構えを取った。
その異質な武器の出現に咲夜は一瞬不思議そうな目を向けたものの、すぐさま戦闘を継続するために間合いを詰めていく。次々と放たれるナイフの嵐。だが、ライは驚異的な動体視力と戦術予測でそのすべてを刀の腹で弾き落とし、あるいは最小限の動きで躱し続けた。すぐに終わると思っていた彼女は、次第に眉をひそめ苛立ちを隠せない様子で悪態をつく。
「しぶとい……ただのコソ泥にしてはやるわね」
「本当に誤解なんだ。ここには魔理沙と共に来た。知り合いなんだろう? 彼女に聞けば——」
「なるほど、彼女も一緒なのね」
ライの言葉を途中で遮り、咲夜は納得したように冷たく微笑んだ。
「常習犯とつるんでいる時点で、貴方も同罪よ」
「何だって……?」
ライはその不穏な単語に疑問の声を漏らした。そんな彼に、咲夜は呆れたような視線を向けながら告げる。
「大方、あの女に時間稼ぎとして使われたようね……それについては流石に同情するけれど、だからと言って貴方を見逃すつもりはないわよ」
その言葉を聞いた瞬間、ライの脳裏にここへ着く直前の魔理沙の妙に怪しい挙動や「これなら上手くいきそうなんだぜ」と呟いていた意味が、一気に線となって繋がった。魔理沙は自分を囮にして、自分だけ屋敷の奥へと潜り込んだのだ。
(つまり、僕は魔理沙に利用された……という事か)
状況をようやく理解したライの心に、怒りの感情が沸々と湧き上がってくる。それと同時に、先ほどまでの消極的な防戦一方の構えから、彼の全身から放たれる空気が一変した。藍色の瞳に戦場を支配する冷徹な武人の光が灯る。
「なるほど。ならば僕も、ここで負けるわけにはいかないな」
この使用人を退け、何としても魔理沙を捕まえて問い詰めなければならない。ライの決意が刀の切っ先に宿る。その急激な変化は咲夜にも伝わっていた。
(気迫が変わった……? 余計な事を言ったせいかしら。だとしても、ただの人間に私は倒せない)
咲夜は心の中でそう呟き、さらに指の間に仕込むナイフの数を増やした。互いの視線が激しく交錯し、紅魔館のエントランスで二人の本格的な激闘が幕を開けるのだった。
◇
咲夜の放つ圧倒的なナイフの嵐が、容赦なく埋め尽くしていく。鋭い鉄の風にじりじりと押され気味になったライは、この窮地を脱するため懐から霊夢に貰ったばかりのスペルカードを咄嗟に引き抜いた。
「これなら……!」
発動したのは、炎符「炎玉」と水符「水泡」。しかし放たれたのは霊夢の言っていた通り、あまりにも威力が低く、ゆらゆらと不規則に揺れる小さな火の玉と水の玉だった。一流の戦士である咲夜にとって、あまりに想定外の不条理で未熟な動きに、一瞬だけその予測がかき乱される。
「——っ、妙な小細工を!」
しかし咲夜はすぐさま冷静さを取り戻し、弾道の軌道を見切って瞬時に対策を講じた。彼女の姿がぶれ、高速移動によってライの死角へと回り込む。同時に、先ほどとは比較にならないほどの密度のナイフが、ライの全身を目がけて殺到した。常人であればここで肉体を刻まれているはずだった。しかし、ライの内に眠る天才的な戦術直感が、脳内に一瞬先の未来の光景を描き出す。
(——右から四本、左上から六本、時間差で足元に二本!)
完全にとはいかなくとも、ライはナイフが飛んでくる「未来の軌道」を予測し、刀を電光石火の速さで振るった。キィン、キィンと硬質な金属音が連続して響き、襲いかかる銀刃の大部分をある程度防ぎ切ってみせる。
「これだけの猛攻を、生身の予測だけで凌ぐなんて……!」
これで勝負が決まると確信していた咲夜の目に、明確な驚愕の色が走る。これ以上の長期戦は不条理と判断した彼女は、ついにその美しい瞳を冷酷に細め、自身の持つ最大の奥の手を発動させた。世界からすべての音が消え去る。咲夜の「時間を止める能力」が発動。静止した灰色の世界の中で……咲夜は無数のナイフをライの身体を完全に包み込むように、至近距離へと配置していく。逃げ場などどこにも存在しない、絶対的な死の檻。
「そして、時間は動き出す」
咲夜の呟きとともに世界が色彩を取り戻し、一斉にナイフがライへと降り注いだ。勝負はこれで決まる——誰もがそう確信したその瞬間だった。
ライの懐に眠っていた五枚のカードが、彼自身も忘れている内なる記憶と魂の激昂に呼応するように、眩い赤と青の光を放ってその文言を完全に書き換えていく。そしてその中の一枚が眩い光を放ち、自動的に発動した。
「——破符『輻射波動』!!」
ライの周囲に爆発的なエネルギーを持つ紅蓮の赤い波動——輻射障壁が球状に展開された。迫り来る無数の銀色のナイフは、その圧倒的な熱量と破壊の波動に触れた瞬間、彼の肌に届くよりも早く、跡形もなく鎔解し吹き飛ばされていく。紅魔館の美しいホールが紅い光に染まる中、ライの藍色の瞳の奥でかつて戦場を駆けた藍色と紅蓮の残影が激しく明滅していた。
◇
「何ですって!?」
完璧で瀟洒なメイドであるはずの咲夜の顔が、驚愕に歪んだ。絶対的な死の檻であったはずのナイフの群れが、紅蓮の赤い障壁によって跡形もなく鎔解させられたのだ。そんな彼女の動揺を余所に、ライは手元のカードを見つめ驚きを隠せずにいた。
(これは……破符「輻射波動」? こんなカード、霊夢から貰った覚えは無いが……それに他のカードも見たことが無い。まさか、中身が書き換わっているのか?)
ライは手元に残る他のスペルカードを素早く確認した。
(他も書き換わっている。この前貰ったものは、すべて別のカードに……)
内心で激しく困惑するライだったが、戦況はそれを待ってはくれない。目の前の銀髪の青年に明確な脅威を感じた咲夜は、迎撃のため再び鋭い構えを取った。
「くっ、ならばもう一度、全方位で!」
咲夜が次なるナイフの嵐を展開しようとした、その瞬間だった。
「させない! 閃符『月下一閃』!」
ライがスペルカードを掲げると、彼の身体は常識外れの速度で空間を跳んだ。驚異的な瞬間移動。残像すら置き去りにする速度で、ライは一気に咲夜との距離をゼロへと詰める。
(一瞬で距離をっ! くっ……)
咲夜は即座に攻撃を中断し、本能的な危機感に従って大きく後方へとバックステップを踏んだ。冷や汗が彼女の額を伝う。
「ただの人間がここまでやるなんて……。こうなれば、刺し違えてでも!」
(次で……決まる!)
互いに自らの獲物を極限まで引き絞るように構え、最大の一撃を放つべく地面を蹴ろうとした、その刹那——
「そこまで」
冷徹でありながら、鈴を転がすような幼い声が、広いエントランスホールに響き渡った。二人が動きを止め同時に視線を上層へと向ける。上階のテラスから姿を現したのは、紅い月のような瞳を持ち、背中に大きな悪魔の翼を羽ばたかせた幼く見える少女——この紅魔館の主、レミリア・スカーレットだった。
「お嬢様、お下がりください! 侵入者は私が!」
主人の登場に焦りを見せる咲夜だったが、レミリアは優雅に手をかざしてそれを制した。
「咲夜、私のお客様に失礼な真似はしなかったかしら?」
彼女の絶対的な一言により、紅魔館を揺るがした激しい戦闘は、ここで唐突な終止符を打たれることとなった。