モンスターハンターAtlantis   作:ただの柑橘類

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第1章 誰かと狩りに行くということ
それじゃあ、また


 潮の香りが鼻を駆ける。

 太陽がそろそろ顔を出す頃合い、風で帆が揺らめく移動船の中で、一人のハンターが今まさに武器の手入れをしている最中であった。

 二つの剣を手に、ただ一言も喋らず砥石を研ぐ小さな姿。部屋の中で喋る者と言えば、ルームサービスのアイルーか、オトモアイルーのモルだけである。オトモガルクのメルはというと、大好きな砥石の音を聴きながら優雅に眠りこけていた。

「旦那さま、あとどれくらいで着くのですニャ?」

「それ聞くの何回目? ガレアスさんは朝方には着くって言ってたけど」

 旦那さま、と呼ばれた彼女───海未(うみ)は、モルの方を一瞬だけ目で見て、またすぐに砥石に目線を戻す。

「もうすぐですニャ! 楽しみですニャ〜」

「……そうだね」

 茶髪についた桜のピンが、砥石を研ぐタイミングと一緒に揺れる。ある程度研いだところで部屋の明かりに透かし、それを鞘に収める。

「海未さま、お食事はいかがいたしますニャ?」

 ルームサービスの言葉に「んー……着いてから食べるから、いいかな。あっちにもお団子と料理はあるんだったよね?」と海未が首を傾げる。

「ええ、ございますニャ。承知致しましたニャ、そのようにお伝えしてきますニャ」

 忙しなく部屋を出ていったルームサービスを見送った彼女は、さてもう一本、とまた砥石を持つ。

「それにしても、急な出張依頼ニャ。準備に手間取って大変だったニャ」

 モルがベッドの上で脚をパタパタと動かす。モルの言葉に砥石を研ぐ手を止め、彼の方を向く海未。

「私の噂を聞いて、エルガドの人達がぜひ来て欲しいって頼んできたんだって。今いる人達だけじゃ人手も実力も足りなくて、困ってるって」

「さすが旦那さまですニャ〜! ……って、ニャんかバルバレでもこんニャことありませんでしたかニャ?」

「あの時はモガの村とユクモ村だったね、懐かしい」

 もう一本も研ぎ終わり、鞘に収めて二本を交差させて立てかける。メルが目を開け、大きく伸びをした。

「あ、ごめん。起こしたかな」

 お気になさらず、と言わんばかりに、メルが小さくひと鳴く。頭を撫で「あんたはいい子だね」と微笑む。

「ニャーッ、メルさまずるいですニャ! モルも、モルもーっ!」

「はいはい、おいで。昔から甘えんぼさんなのは変わらないね」

 二匹をひとしきり撫で回し、それが終わる頃にルームサービスが帰ってくる。

「海未さま、もうすぐ夜明けでございますニャ」

「ん、ありがとう。メル、モル、見に行こっか」

「太陽がおはようする時間ですニャ!」

 木製の扉を開け、外に出る。先程までくぐもっていた音が一斉に聴こえ始め、思わず片耳に手を当てた。目も開けられないほどの風に煽られながら、海未はモルを抱いて手探りで階段を探し始めた。

 階段を上がると、上甲板には既に先客がいた。青と白を基調とした如何にも騎士と分かる服装、背の高い男性。鞘に収まる腰の剣は、その者の栄光を表しているかのようだ。

「……お早いですね」

 その声に、彼は振り向く。「おはよう、海未殿。調子はどうだ」と落ち着いたハスキートーンで尋ねてくる。

 ガレアス。今回海未に出張任務を依頼した張本人だ。

「おはようございます、ガレアスさん。なんだか寝つきが悪くて、早く起きてしまいました」

「……そういう日もある。若い頃、まだ見ぬ土地へ向かう時……私も眠れずにいた」

「ガレアスさんもですか? 意外です、いつでも肝が据わっている提督ですから、てっきり若い頃もそうだったのかと」

「……大人になれば、分かることも沢山ある。時に海未殿、お前は複数人で狩猟はしないのか?」

 ガレアスの問いに「いえ、一人の方が気楽なので」とモルの頭に口元を埋める。

「……ハンターである以上、人との出会いは必須になる。大切にしなさい」

「それは、どういう?」

「……もしこの先も一人で行ったとして、助けを求めて誰も来なかったとしたら……それはそれで、大変だからな」

 海未は水平線を見つめながら、静かに言った。

「一人で何とかするので、大丈夫です」

 何も無い蒼の水平線に、もうすぐ朝が来ようとしていた。

 

 * * *

 

「あぁ、疲れた。もう帰りたい」

 一通り周囲を案内された後、解放された海未は食事場の椅子に座り溜息をつく。モルは先に自宅で休むと言ってさっさと帰ってしまった為、今はメルと二人きりだ。しっかりしてください、とメルに小突かれ「いてっ。いやいや、疲れたもんは疲れたよ……今日は狩猟はいいよ……」と頬杖をついた。

 受付嬢、チッチェの前にはハンターがおり、クエストを受けようとしているのが見える。バルバレでも、モガの村でも、他の所でも見た光景だ。

「ヘイお嬢さん! 私達と一緒にひと狩り行かなーい?」

 急に視界にドアップで狐の面が映り、思わずギョッと引いて退ける。長い髪の毛をポニーテールにした、背の高い女性だ。くぐもってはいるが、それでも透き通っていて綺麗な声だった。

「え、えっと……」

 海未が返答に困っていると「お前何やってんだァ!?」と、次に大きな盾が視界に映る。ゴーンッと痛々しく鈍い金属音が響き、狐面の女性ハンターはその攻撃をもろに受けて見事撃沈。頭を抱えてうずくまっていた。

「すみませんすみません、うちのバカがすみません……!」

 頭を何度も下げる白髪の男性は、先程チッチェと話していたハンターだった。背中には大きなガンランスを担いでおり、これから狩猟に行くところなのだと推測できた。

「い、いえ、お構いなく……」

「せ、せんせ……あと数ミリズレていたら頭かち割れてました……」

「ええと、エルガドに来たばかりの方ですよね? よろしければ、ご一緒にひと狩り行きませんか? このバカも一緒ですけど」

 狐面の女性ハンターの言葉をフル無視し、男性ハンターは改めてと言わんばかりに丁寧に誘ってくる。

 またこのパターンか、と海未は作り笑いを浮かべ「えっと、ヘイトが分散するとやりにくくて、マルチは苦手で……他を当たってくれますか」と断りを入れた。

「いてて……でしたら、ちょうど二頭狩猟のクエストを受注したので、あなたがお一人で、我々が二人で一頭ずつ狩猟するというのはどうでしょう? そうしたら、あなたはヘイトのことも考えずにソロハンが出来て、我々は二頭狩る手間が省ける! 我ながらいい提案……!」

 ふんす、と狐面の女性が鼻を鳴らす。

 ───いつもと違う。

 誰かがこうして海未を誘うことは過去に何度もあった。だが四人で一頭を狩猟する、というのが一般的な提案であり、こうして二頭狩猟のクエストで一頭まるまる任されるというのは初めてのことであった。

「どうですお嬢、やりませんか!?」

「お、お嬢って私? えぇー……それならまぁ、いいけれど。君達側は大丈夫なんですか?」

「あ、私達についてはご心配なく。太刀とガンランスなんで、火力には自信があります。それと火垂、お前はもうちょっと誘い方何とかならんかったのか」

「えぇ〜、でもでも、凄く強そうなオーラが滲み出てる双剣使いですよ? しかも女性ですよ?」

 二人の仲睦まじいコントを見つめていると、やるのですか? とメルが首を傾げる。

「……マルチだけどマルチじゃない戦い方だし、条件は悪くない。一度行ってみようか」

「先生! 行くって言ってますよ!」

「わーったわーったから! すみませんが、よろしくお願いします。ほんと、こいつには後で俺が言っておくんで……」

「お気になさらず。さっさと行きましょうか」

 椅子から離れ、アイテムや装備を揃えて出発口へ向かう。

「あ、そういえば自己紹介まだでしたよね。俺は弧白(こはく)、ガンランスを使っています」

火垂(ほたる)です、太刀とかヘビィボウガン使ってます!」

「えっと……ひとまずは、海未って呼んでもらえれば。双剣メインで使ってます」

 軽く会釈をして、海未は何故かすぐ目を逸らしてしまう。メルはというと、やれやれ、と慣れた様子で目を平たくしていた。

 

 * * *

 

「よし、こんなもんかな」

 討伐対象のうちの一頭であるアオアシラを捕獲し、海未は辺りを見渡す。木と緑が生い茂る密林は、太陽の光がほとんど入らず涼しい気候にある。風が吹き抜け、海未の髪の毛を大きく揺らした。

「お嬢ー! 終わりましたよー!」

「えっ早」

 オトモガルクに乗りながら片手を大きく振り、火垂が近づいてくる。後ろから少々怪我を負っている弧白がついてきており、「海未さん、怪我ないですかー?」と海未の近くまで来てあちこちを確認する。

「って言われたって、アオアシラだし、別にそんな心配されるような怪我は負ってないですよ。というかまず自分自身の怪我を心配した方がいいんじゃ……?」

「このくらい平気です! 慣れてるんで!」

 火垂の方はほとんど無傷であり、鼻高々にドヤ顔をしていた。

「火力の暴力って恐ろしい……」

「でも、お嬢もほとんど無傷だし、アオアシラを一人で狩猟してますよね? 先生、この方やっぱり凄い方ですよ」

「先生呼びはやめてって何度言ったら分かるんだい?」

 自分も人のことは言えないのかもしれないが、世の中には自分よりもとんでもない実力を持つハンターが潜んでいるものだ。

 海未はそんなことを思っていた。

 装備や武器を見て分かる。この二人は上の世界で戦っている、いわゆる「プロハンター」と呼ばれている人達だ。海未もその一人ではあるのだが、二人と比べるとプロハンターとしての実力や経験は圧倒的な差がある。確実に二人の方が上だろう。

「……キャリーされるのだけはごめんだな」

 二人に聞こえない声で、海未は呟いた。

 

「ニャ……旦那さま、もしかしてマルチを……!? 頭とち狂ったんですかニャ!?」

 夕方。エルガドに戻ると、食事場でモルが二人を一瞥し、海未に向けて絶句と言いたげに口元に両手を持ってくる。そんな彼の頭に手刀をかまし、「シバくぞコラ」と海未は心底嫌そうな顔をする。

「少し手伝っただけだよ。……それじゃあ、また」

「あ、海未さん!」

 そそくさとその場を離れようとする海未を弧白が呼び止める。

「何」

 足を止め、二人の方を向く。弧白のオトモアイルーが袖を引っ張り、首を横に振っている。彼はそれを見て、少し迷いを見せているようだった。だが改めて海未を真っ直ぐ見つめ、意を決したように口を開いた。

「その、明日も…………明日も、一緒にどうですか?」

 ───明日も一緒にどうだ?

 在りし日に言われた言葉が海未の脳裏に過ぎる。無意識に片手を握っていたことに気づき、気づかれないように緩める。

「行くんですかニャ?」

「…………今日と、同じ感じなら」

 二人に背を向け、自宅へ歩いていく海未。モルが二人に近づいてきて「旦那さまのオトモアイルーのモルですニャ。今後とも旦那さまをよろしくお願い致しますニャ〜」とぺこりと頭を下げた。

「ふふ、すごい頼りになる人だね!」

「こ、こちらこそ……」

「旦那さま、ああ見えて恥ずかしがり屋さんなだけなのですニャ。そのうちお二人にも───ニャ、ニャニャーッ! 旦那さま!?」

「余計なことを吹き込むな。すみません、この子口軽いもので」

 首根っこを掴み、そのまま持ち上げて帰っていく海未を、二人は見えなくなるまで見送る。

「さて、先生。飯食いに行きますか!」

「だーかーらー、人前で先生って呼ばないでってば!」

 海未が帰って行った方向を少し見て、弧白は火垂と一緒に食事場に向かう。夕暮れの西日が差し込んで、少し眩しかった。




初めまして、本日から連載を始めます、ただの柑橘類と申します。
普段は「岩鳶」や「甘夏」の名義でイラストを描いている者です。
趣味で書いている稚拙な小説ですが、良ければ息抜き程度に読んでいただけたらなと思っております。
ブックマーク、感想お待ちしております。これからよろしくお願い致します!

次の更新は、9月7日午後12時です。

Twitter↓
@Amnts_MH
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