時は弧白と海未が塔の秘境へと出る日の朝方頃まで遡る。
「せいっ!」
場所は修練場。そこで特訓をする二つの影があった。一つは鍛え上げられた肉体が輝く教官、ウツシ。もう一人は言わずもがな、弟子である火垂。
彼女のその手には、今日は太刀ではなくランスが握られている。盾でガードをしながらウツシの攻撃を受け流し、ここだという時にランスを突き上げ、翔蟲を出して宙を舞う。
「おりゃあっ!」
ランスの切っ先を真っ直ぐ下に、ウツシに向けて落とすようにして身体ごと落下する。盾で受けきったウツシは満足そうな顔をして「そうそう、いい動きだ愛弟子!」と笑う。
「愛弟子ならすぐ出来ると思ったけど、見込み通りだね!」
「ふむ、これが昇天突き……ランス、意外と使いやすいですねぇ」
「そうだろう? ランスは相手の攻撃から身を守り、それを今の昇天突きやジャストガードのようにカウンター技を繰り出すことも出来る! 攻撃とガードを併用出来る便利な武器なんだ!」
「へぇ〜っ、確かに便利ですね!」
「よし、少し休憩しよう! だいぶ特訓をしたね。凄いぞ、愛弟子!」
「はーいっ」
その場に腰を下ろし、火垂は一つ息を零す。
今日は修練場で、ウツシと特訓をする約束をしていたのだ。事前に弧白に言っていた為、海未には彼が説明してくれているであろう。
「それにしても、ランスは重いなぁ……ジャストガードのタイミングもよく見なきゃだし、使いやすいけど案外扱いが難しい武器なのかな」
傍に置いたランスを見つめる。火垂が持っているランスは、激昂したラージャンの素材で作られた、所謂「激ラーランス」と呼ばれるもの。雷属性の中でも一際性能が良く、武器や防具の性能を上げる装飾品もつけやすい。見た目もかっこいい為、火垂は何となく気に入って使用していた。
「……そうか、そんな技が……カムラの技術は面白いね」
ふと、入口の方から聞き慣れない声が聞こえ、火垂とウツシは同時に声の方向を向く。そこには、雪のような白銀の頭髪を腰まで伸ばした背の高い女性がいた。左右が反り上がった鍔の大きな帽子を被っており顔は見えないが、白皙の肌と右耳に付けた蒼色のピアス、そして全体的に赤を基調とした服装が異質な存在感を放っている。
「……ギルドナイト? いや……」
ウツシが少し警戒したのが見えた……が、彼なりに思うところがあったのか、「ようこそ、カムラの里へ! お勤めご苦労様です」とすぐに警戒を解いていつもの笑顔に戻った。
「ご存知でしたか。失礼、怪しい者ではないのです。仕事で立ち寄ったついでに、少しだけ見させていただいていました」
女性は帽子の鍔に手を添え、軽く会釈をした。
「ああ、構いませんよ! あなた達の存在は有名ですから、服装ですぐに分かりました」
ウツシが対応しているのを見ながら、火垂は前に海未が言っていた『せんせい』の話を思い出していた。
確か、海未の師に当たる者もギルドナイトの者だったはずだ。見た目は……どんな特徴だっただろうか。もう忘れてしまった。
女性の傍には村雨がおり、彼女を下から見上げるように見つめていた。
「わぁ、とてもお綺麗な方ですニャね」
「おや、ありがとう。あなたも綺麗なアイルーだ。うちのオトモを思い出すよ」
「て、照れますニャ……」
「では、そろそろ仕事に戻らなければいけないので……失礼します」
村雨の頭を優しく撫で、女性は立ち去っていく。それを見えなくなるまで見送った後「さぁッ、特訓の続きだ愛弟子ィ!」と勢いよく立ち上がってウツシが声を張る。
「はいっ! 気炎万丈ッ!」
それに釣られるように立ち上がり、ランスを持ち直して二人は再び特訓を再開したのであった。
* * *
「百竜夜行かぁ……うーん、どうしよう」
里長フゲンから言われた言葉が、火垂を小一時間悩ませていた。「百竜夜行がまた来るかもしれん。近いうちに準備しておいてくれ」と、そう一言だけ言われたのだ。つまり言うと、『里に戻ってきて対処をしてくれ』というものだ。
だがしかし、今の火垂はエルガドの任務に就いている身。今日もクエストをほっぽいて、合間を縫って来ている。そう易々と戻れるような状況ではないことは確かである。
「旦那さま、どうするんですかニャ?」
「って言ってもなぁ。私がいないとこの里崩壊するし」
「サラッと怖いこと言わないでくださいニャ……今はちょうど、バルバレに任務に行っていたライカさまが帰ってきているはずですニャ。ライカさまに頼むというのはいかがでしょうかニャ?」
この里には、もう一人猛き炎が存在する。火垂や海未どころか弧白よりも年上であり、幼い頃からの仲間である。名をライカと言い、几帳面な性格の双剣使いの女性で、火垂にとっては真逆のような存在。不思議と、同じ真面目枠で双剣使いの海未と重ね合わせることが多かった。
「えっ、ライちゃん帰ってきてるの? 言ってくれたら良かったのに! ってか、頼まれてくれるかなぁ」
「話してみる価値はあるかと」
「……私が、どうかしたか?」
「うぇっ!?」
いつの間にいたのか、センター分けの背の高い女性ハンターが隣に座っていた。ナルガ装備を身につけ、頬杖をついて火垂を見つめている。驚いた衝撃で団子を喉に詰まらせかけ、火垂は慌ててお茶を飲んで流し込んだ。
「落ち着け、捕って食おうなどという話ではないだろうに」
冷静な様子で火垂の背中を擦り、「子供か……? いや、まだ子供か」と続けて小声で呟いた。
「たはー、死ぬかと思った……! ごめんねライちゃん、ちょっとびっくりしちゃって」
「前々から思っていたが、火垂は昔からおっちょこちょいなところがあるよな。目が離せん」
「それはライちゃんには言われたくないよ〜。おかえり、長かったでしょ?」
「造作もないさ。ところで、百竜夜行が近々来るらしいな」
団子を頼み、女性ハンター、ライカはお茶を一口飲む。
「あぁ、はい。申し訳ないんだけど、私はエルガドの任務があって難しいんだよねぇ……ということで、ライちゃんこの通りっ! 頼まれてくれませんか!?」
両手を合わせ、火垂はライカに頭を下げる。それに対し、ライカは特に驚くことも無く「私一人でか? それは構わないが、エルガドでの任務はそんなに忙しいのか?」と首を傾げた。
「先生とお嬢……ああえっと、弧白さんと海未さんっていう方々と三人でやってて、色々クエストや依頼が舞い込んでて戻る暇があまりないんだよね」
「マルチでやっているのか。道理で、里にいる時よりイキイキとしていると思った」
「えっ、私そんなにイキイキしてる?」
「しているよ。小さい頃から見守ってきたけど、多分今が一番イキイキしている。
大事な仲間なんだろう? 里は私に任せて、火垂はエルガドを優先しな」
「神! 仏! ライちゃんさま!」
「なんだその呼び方……さま付けはやめなさい、変な感じがしてむず痒い。
そういえば、海未という子はこの前まで
そういえばそうだ。海未は一度、カムラの里に滞在している。だが会っていないということは、既に火垂がエルガドへ行った後に訪れたのだろう。この前の百竜夜行も海未が止めていたとフゲンから聞いた。
「その時にはエルガドにいたからねぇ。お嬢とはエルガドで初めてお会いしたのよ」
「なるほど。いやね、バルバレに行った時に、あちらにいる団長や受付嬢からあの子の話を聞いたんだ」
「そういえば、お嬢はバルバレ出身って言ってたね」
「……そうだな。正確には「海未」という名前ではないようだがね」
「うん? それはどういう? お嬢が偽名を使っているとか?」
「本人から聞いていないのか。ならば、私が話す義理はないな。それにしても、よくギルドナイトに目をつけられなかったな、あの子……」
バルバレの者達に何を聞いたのか、ライカは眉間に皺を寄せ、指を組んで口元に持ってくる。なんの事か分からないと言いたげの火垂に「彼女本人の口から聞くといい」と、ライカはそれ以上海未の話を掘り下げることはなかった。
「火垂ちゃん、火垂ちゃん!」
今度は集会所の方から竜人の女性、ヒノエが走ってくる。何やら慌てた様子で火垂達の前で止まり、膝に手をついて息を切らす彼女に「ヒノエ、何かあったのか?」とライカが尋ねる。
「先程エルガドから連絡がありまして、ナルガクルガ希少種が塔の秘境に現れたと……」
「ふむ、ナルガクルガ希少種か」
「って、なんです?」
「言葉の通りだ。私も未だに戦ったことがないのだが、海未なら戦えるんじゃないか?」
「なにゆえにお嬢?」
「海未さんは里に来る前、モガの村とユクモ村を行き来していたそうなので、もしかしたら同じ場所で戦ったことがあるのかもしれません」
「モガ? ユクモ村? んー……」
何が何だかちんぷんかんぷんな火垂は、しばらく考えたあとこう結論づけた。
「なんか強そうなモンスターですね、ナルガクルガ希少種! 私も戦ってみたいです!」
「しまった、こうなると止まらない」
「いい意味でも悪い意味でも、火垂ちゃんの癖ですねぇ」
「こうしちゃおられん! すぐにエルガドに帰って、お嬢達と一緒に狩らねば!」
「あ、そこは三人でなんだな」
「でしたら、わたくしが船を手配しておきますね」
「ありがとうございますっ! ライちゃん、里は任せました! 行くよ、村雨!」
「ウニャ、はいですニャ!」
ズダダダダ、と音を立てながら船着場へと走っていく火垂を見て「元気だな……」「あの元気さを取ってしまったら、火垂ちゃんには何も残りませんわ」と顔を見合せて言った。
「……『海に愛された双剣使いの英雄』、か」
ライカがポツリと呟いたその言葉は、里の賑やかな声にかき消された。
更新遅れました!!!なんとか乗り越えられたので更新です
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