モンスターハンターAtlantis   作:ただの柑橘類

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人を信じること

「……もう、ダメだと思うの」

 かつての親友にそう言われた時、私は悟ってしまった。

 ああ、助からない。私を庇って瀕死の重体にまで陥ったこの子を、私では助けることが出来ない。逃げる事も出来ず、仲間が次々とやられていくのを、私は呆然と見ることしか出来なかった。

 目の前で暴れ狂うその怪物は、本来この地域にはいないはずの「獰猛化個体」のラギアクルスだった。

 忘れもしない、十四歳の冬。

 私の中で何かが変わった日。

 灰色の雲が空を覆い尽くす、後悔だけが残った日。

 

 * * *

 

「……」

 意識が引き戻され、目が開く。眩い光が視界に入り、海未は目を細めた。

 あれ、何してたんだっけ。

 そう思う前に、モルの声が耳元に入ってきた。

「だ、旦那さま! 旦那さまぁぁあ!」

 泣きながら首元に抱きついてきたモルを朧気な意識であやしながら、海未は何があったかを思い出そうと思考を巡らせる。確かナルガクルガ希少種と戦っていて、彼に大技が来て……。

「……! 弧白さんは!?」

 ガバッと勢いよく起き上がると同時に、鋭い痛みが全身を走る。「いっっつ〜……」と呻くように小さく声を上げながら、海未は腹を両腕で抑えた。

「海未さま……」

 トモエも傍で心配そうに見ており「トモエちゃんも、心配かけてごめんね」と頭を撫でると、たちまちぶわっと大粒の涙を零しながら無言で抱きついてきた。

「旦那さま、まだ無理しちゃダメニャ。それと、弧白さまは無事ですニャよ。大きな怪我もないニャ」

「そ、そう? それならいいんだけど……いてて……」

 自分がいつも着ているローブが被せられており、それをめくってみると、腹に包帯がぐるぐると何重にも巻かれているではないか。

「何この包帯?」

「弧白さまを庇った時に出来た傷ニャ。でっかいニャ」

「あー、そっか。まぁあの人が無事ならいいか」

「良くないニャ! どうしてあんな無茶したニャ!? この前無茶しないでと言ったばっかりニャ!」

「ご、ごめん。大技が弧白さんに行くと思わなくて……というか、私どれくらい寝てたの?」

「だいたい一週間程。一時はどうなるかと思ったニャ。すごくうなされてたみたいだけど、何か嫌な夢でも見ていたのかニャ?」

 モルにそう言われ、随分長く眠ってしまっていたのだと気づく。

 夢と言われて少し考える。何を見ていただろうか。何かを見ていたのは確かなのだが、あまり良く思い出せない。

「さぁ、分からない。良くない夢なのは確かだと思う」

 ふと、ベッドの端に突っ伏す大きな影が視界に移る。よく見ると、あの時自分が庇った人物、弧白が眠っていた。頭の処理が追いつかず「え、なんでいるの」とモルに尋ねる。

「ずっと看病してくれていたんだニャ。休めって言ったのに、俺が看病するからの一点張りで、寝ずに傍に居続けてたニャ」

「それはまた申し訳ないことを。別に良かったのに」

 頭をそっと指で小突くと、モゾモゾと身動ぎしてゆっくりと巨体が起き上がる。

 海未よりも二十センチは高い身長の彼は、目を擦って寝ぼけ眼で海未を見る。

「ん〜……?」

 ぱち、ぱち、と瞬きを二回。

「おはよう、寝坊助」

「……!?」

 海未のその言葉でハッとして目を見開くと、弧白が脇目も振らずその場で抱き寄せてくる。痛いと感じる程強く抱きしめられ、海未は両手で抵抗しようとする。

「痛い痛い痛い! ちょっ力つよ───」

「良かった、本当に良かった……」

 だが、彼のその涙声で動きが止まってしまった。

「ごめん、俺がしっかりしていれば、ちゃんと動きを見ていれば……ごめんなさい、海未さん」

 ああ、またやってしまった。

 そう思いながらも、海未は罪悪感から彼の背中に手を置くことは出来ず「もういいんだよ、大丈夫だから。心配かけてごめんなさい。それと離して」といつものように諭した。

「あ、ごめん……」

 すぐに解放され、海未は彼の顔を改めて見る。ほとんど寝ていないのか、目の下を黒くさせている。モルの言ったことは本当だ。

 彼から色々聞いた。一時は生死をさまようほどの重症だった事、火垂やフィオレーネが心配していた事。

 そして、傷は思ったよりも深く、傷跡が残るだろうという事。残るのは特に気にしないとして、まずは弧白の命が助かって良かったと、海未は心の底から安堵していた。

 またあの時のようにならなくて良かったと、そう思った。ボロボロと涙を流しながら謝り続ける弧白を、海未はただ「大丈夫」と諭す事しか出来なかった。

「とにかく、意識が戻ってよかった。じゃあ、俺家に戻るね。火垂にも伝えておくよ」

「ありがとう。トモエちゃんもほら、もう泣かないで。弧白さんの事、監視しててね」

「……分かりましたニャ」

「弧白さんも寝てね」

「うん、分かった」

 扉の前で振り向いた彼は、少し不安そうな顔をしているものの、心配させまいと思ったのか少しぎこちなさそうに笑っていた。そうして弧白とトモエが家を出て、また静かな空間が戻ってきて、海未は一つため息をつく。

「はぁ……」

「何か飲むかニャ?」

「うん、水でも貰おうかな」

「はいニャ、ちょっと待っててニャ〜」

 モルが台所へ走って行ったのを見た後、海未はふと背中に硬い感触を覚えて後ろを振り向く。

「あっ、メル! ごめんね、心配かけたでしょ?」

 そこには今にも泣きそうな顔をしているメルがいて、海未は驚きつつも彼女を撫で始める。心配しましたよ、どうしてこういう事したんですか、と言いたげに鼻を鳴らして頭を擦り付けてきた。

 沢山の人に迷惑と心配を掛けてしまっている。回復した時に、皆に謝らなければならない。

「……何やってんだ、私は」

 モルが水をくれて、お礼を言い受け取る。一口ずつ飲みながら、海未は窓の外を見つめた。

「ああそうだ。せんせいとお姉ちゃんに手紙書かないと」

「コラッ、まだ休んでるニャ! 傷が開いたらどうするニャ!?」

「じっとなんてしてられないよ。何かしてないと落ち着かない」

「じゃあ、モルの『これ』を手伝って欲しいニャ」

 そう言って彼が見せてきたのは、一つのネックレスだった。楕円の形にカットされた蒼い宝石、その上部に空けられた穴に革紐が通されており、御守りでよく見るメガネ結びが施されている。

「わ、何これ? 綺麗だね」

「ボクからみんなへの御守りニャ。細かすぎて、ボクじゃ一つしか結べなかったニャ……」

「一つしかって事は、もしかして複数個あるの?」

「あと三つ……」

「三つ!?」

「だ、旦那さまなら手先が器用だし、出来るかな〜と……」

 目を逸らしながらもじもじしているモル。ネックレスを手に取り、「まぁ、この結び方ならよくやっていたし出来ると思うよ。小さいテーブル、そこら辺に無かったっけ。探して持ってきてくれる?」と本棚付近を指さすと、モルは迷う事なくミニテーブルを取り出していそいそと持ってくる。

「モルは、この結び目の上のビーズを通す役割に徹するニャ」

「果たしてそれができるかな、小僧?」

「小僧とは何ニャ! ボク、一応キミより年上なんだけどニャー!?」

「あははっ、冗談だよ!」

「……旦那さま、最近よく笑うようになったニャね」

 モルにそう言われ、「そうかな?」とミニテーブルの脚を立てながら海未は返す。

「前はムスッとしていたのに、弧白さまと火垂さまに出会ってからは、伊月さま達と狩猟に出ていた頃の旦那さまに戻った感じがするニャ」

「まぁ、会う前は自分でも塞ぎ込みすぎていたのかなとは思うよ。色々あったしね」

「仕方ないニャ。ともあれ、旦那さまの笑顔がまた見られてボクは嬉しいニャ。ふふ、いい気分ニャ〜」

 メルも頭を上下に振って同意しており「そんなに仏頂面かな、私?」と海未は自身の両頬を触る。

 それよりも、外から段々と聞こえてくる豪快なダッシュ音の方が気になり、海未は扉に目を移す。バンッと音を立てて扉を開けたのは、言わずもがな脳筋火力バカ、火垂だ。

「お嬢が目覚めたと聞いて!」

「や、やって、来ましたニャ……」

 イキイキとしている火垂の後ろで、既にヘトヘトになって膝に手を付いて息を切らすオトモアイルー、村雨が続いて情けない声を上げる。

「やっぱりか」

「村雨さま、大丈夫ニャ? お水飲むニャ?」

「の、飲みますニャァ〜……」

「良かったですお嬢! さっき先生から聞いて、もういてもたってもいられず!」

「久しぶり、火垂。心配かけてごめんね」

「本当ですよぉ……」

 慌てて来たのかその顔に狐のお面はなく、素顔が顕になっている。いつもはポニーテールにしているはずの髪も降ろしており、真紅と海色の瞳に涙を浮かべ、真っ直ぐ海未に歩いてきてそっと抱きしめ、そのまま離れなくなった。

「火垂ってオッドアイなんだ。ほらほら、泣いてたら、せっかく綺麗な目が勿体ないよ」

 背中に手を回しポンポンと優しく叩くと、火垂は静かに離れて手で涙を拭う。

「私が瀕死になって大変だったでしょ。ありがとうね」

「お嬢〜……! 私頑張りました、頑張ってナルガクルガ希少種を倒してきました!」

「偉いね、よく頑張ったね」

 頭を撫でてやると、火垂は照れくさそうに笑みを浮かべる。こうして見ると、歳の差を考えても妹のような感覚だった。

「ところでお嬢、起きていて大丈夫なんですか?」

「全然平気。まだ痛いのは痛いけど、動かなければまず大丈夫だと思う」

「無理はしないでくださいね、何かあったらすぐ呼んでくださいね?」

「ふふ、お姉ちゃんみたい。ありがとう、そうさせてもらうね」

「お姉さん……そういえば、お嬢にはお姉さんがいるとトモちゃんから聞きましたが、本当ですか?」

 椅子に座り、火垂は髪の毛に櫛を通しながら尋ねる。海未は革紐に手を掛けながら「いるよ」と一言だけ返した。

「どんな方ですか、あの絵の中にいますか?」

「残念ながらいないんだよね〜。私が小さい頃に、一緒に撮った写真ならあるよ」

「見たいですーっ!」

「だって、モル」

「ボクはパシリかニャ?」

 文句を言いつつも、モルは立ち上がり棚をゴソゴソと漁り、数枚の写真を持ってくる。そんなモルにお礼を言いつつ、海未は写真を一通り見て「これこれ」と火垂に見せた。

 ここらではあまり見かけない服装に、センター分けにした髪の毛とジトっとした目。昔の海未だ。その後ろで海未の肩に両手を置く、癖のある髪の毛をした背の高い女性が写っている。ぱっちりした目付きだが、どことなく海未と雰囲気が似ている。

「わぁ〜っ、お嬢ちっちゃい! 幾つのときですか!?」

「ちっちゃい言うな。この時は十歳かな。後ろの背が高い女の人がお姉ちゃん」

「後ろの方がお姉さん!」

「名前は恋海(れみ)。恋する海で、「れみ」。大剣使いで、私の五つ上だよ」

「じゃあ、この時の恋海さんは十五歳ですか! 私の……えっと、幾つ上……?」

「私と火垂が二つ違いだから、七つ上かな?」

 海未がまだ訓練生だった十歳の頃、ちょうどその年に修業してベルナ村の龍歴院に臨時配属が決定した時に、恋海が記念にと海未を誘って撮った写真だった。あまり写真が好きではない海未は最初こそ断ったものの、「またしばらく会えなくなるかもしれないから」と懇願されて撮った一枚であり、なんだかんだ大事に持っている写真である。

「お嬢のこの服装は?」

「これは昔着てた服。こっちじゃ見かけないもんね」

「じゃあ、恋海さんが着ている服は?」

「これはベルナ村で流通していたベルダー装備。配属が決定した時に貰った最初の装備って、お姉ちゃんが言ってた」

「ベルナ村? また知らない村の名前が出てきましたね……」

 火垂がこてんと首を傾げる。「火垂はカムラの里から出た事ないんだっけ」と、海未は話しながら写真を見つめていた。

「モンスターの生態を調査したりするギルド公認機関だったかな。お姉ちゃんはそこの研究員、調査員とハンターの三つを兼用してたって言ってた気がする」

「へぇ〜! とても重要なお仕事なんですね! バルファルクもいるかなぁ」

「戦った事あるって聞いた事あるよ。お姉ちゃんに聞けば、生態とかも教えてくれるんじゃないかな」

「いいなぁ〜。会いたいです、恋海さん!」

「今は新大陸にいるからなぁ。あ、でも、確か調査をしながらこっちと新大陸の郵便交換役をしてるとかって噂で聞いたから、タイミングが合えばもしかしたら会えるかもね」

 そこまで話したところで、海未が結んでいた御守りが一つ結び終える。火垂が不思議そうに見つめ「なんですか、それ?」と尋ねる。

「ボクから皆へのプレゼントニャ。旦那さま、仕上げはボクが」

「仕上げって言ったって、あんたそれにビーズ通すだけでしょ」

 モルにそれを渡すと、彼は持っていた小さなビーズを革紐に通す。御守りの結び目の裏側までそれを持ってくると「出来たニャ! 火垂さま、どうぞニャ!」と火垂に差し出す。受け取った火垂は「綺麗〜! ありがとうございます、早速付けちゃお!」と首につけ始める。……が、なかなか上手くいかないらしく、しばらく試行錯誤していた。

「だ、大丈夫?」

「お嬢、付けてください」

 とうとう諦めたのか、髪を避けて後ろ首を海未に差し出してきた。

「はいはい」

「お嬢にも後で付けますね!」

「私は自分でやるからいいよ」

「私が付けたいんですーっ!」

「ええ……別に大丈夫だって」

 火垂の首に触れて、ネックレスの金具を留めながら海未は遠慮しがちに呟く。

「それに私、首触られるの苦手だし……」

「え、そうなんですか?」

「昔から苦手なんだ。はい、出来たよ」

 手を離すと、火垂は立ち上がって首に提げられたネックレスをじっと見つめる。その目はキラキラとしており「私、こういうプレゼント的なの初めてなんです!」と嬉しそうに笑った。

「そっか、それなら良かった」

「良かったニャ〜。旦那さま、二つ目出来たニャ」

「ありがとう」

 付けさせろと言わんばかりの火垂の期待の眼差しを見て、「……分かったよ、火垂。つけていいよ」ととうとう根負けし、海未は髪を避けて火垂に背を向ける。

「わーい! ちょっと失礼しますね!」

 モルからネックレスを受け取り、前から通す。きつく目を瞑る海未に「ビビりすぎニャ」とモルが膝に座って手を握る。

「だ、だって……」

「ふふふ、大丈夫ですよ、お嬢。乱暴なんてしませんから!」

「普段から火力出しておいて、その言葉は一番信用ならないんだよね」

「あはは! ねぇお嬢、お嬢はまだ私達の事は怖いですか?」

 ふとそんな事を聞かれ、海未は改めて考える。

 怖い。初めはそんな感情もあったかもしれない。だが接していくうちに薄れていったのも事実だ。

 だがまだ、心のどこかで怖いと感じている部分はあるのだろう。それは火垂達に対してではなく、火垂達を失う事に対しての「怖い」だと、海未は気づいていた。

「……ううん。最近は怖くないよ」

 嘘をついた。この気持ちは、火垂達が知るべきものではないから。

「そうですか? 私から見たら、お嬢はまだ怯えているように見えますよ」

「え?」

「里やエルガドの皆さんから依頼を受けているうちに、一つ分かったことがあるんです。

 人って皆それぞれじゃないですか。私が里で関わってきた人の中でも、人の事を信用出来ない人っていたんです。そういう人って大体、外からやってきたりする人で……里にいるライカちゃんって子も、最初はなかなか心を開いてくれなくて苦労したんですよ〜」

「ライカさん? っていうのは、もう一人の猛き炎?」

「そうですそうです。ちょうどお嬢に武器を貸し出したりしてくれている人ですね。

 お嬢とよく似ていて、私と同じであの子も両親がもういないんですよ。それも小さい頃に亡くしちゃったもんですから、それはもう塞ぎ込んじゃって」

「……」

「私はね、お嬢。人を信用出来なくなったお嬢が、私達を信じようとしてくれている事が、たまらなく嬉しいんです。だから、そんなに気負いしなくてもいいんですよ」

 誰かから自分の過去を聞いたのだろうか。話すとしたらモルしかいないのだが、それ以外にも察する事が出来る要素は幾つもある。複数人の狩猟が嫌いな所や、飾ってある絵の事、ラギアクルスの事……きっと火垂も薄々察している事だろう。

「気負いなんてしてないよ。私は、ただ……」

 そこまで言ったところで、視界が段々と滲んでいく。自身の目から溢れ出す雫が抑えきれず、袖で拭う。それでも流れてくる涙に、海未は困惑を隠せなかった。

「え、あれ、なんで」

「お、お嬢!? ど、どうしたんですか、なんで泣いてるんですか!?」

「私は……私は、ただ……二人が先に行くのが怖くて」

 気負いしなくていい。その言葉で肩の荷が少し降りたような気がした。火垂はベッドの端に座り、子供のように泣きじゃくる海未の背中に手を置き、落ち着くまでさすり続けた。




今年もよろしくお願い致します。
海広、エルガド編もようやく折り返し地点まで来ました。このまま突っ走っていくぞ〜!
次の更新は、1月18日土曜日昼12時です。

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