「ぬぬぬぬ……」
雑貨屋の前で座り込んで悩む姿が一人。店主のオボロが爽やかな笑顔で「どうだい、いい護石は出たかな?」と尋ねてくるのに対し「オボロさん、もっといいものは無いんですか」とガックリと肩を落とす弧白。
「ん〜……そこに無ければ、無いね!」
「クッ……」
「おはよう、弧白さん。何してるの?」
その後ろを、海未と恋海がひょっこりと覗き込む。弧白の手に握られた複数の護石を見て「……おっ」と恋海がニヤニヤと何やら悪い顔を浮かべる。
彼が手に持っているのは、マカ錬金で錬金した護石だ。様々な恩恵を受けられる為、ハンターにとっては必需品そのものなのだが……。
「おやおやぁ〜? 弧白君、もしかして……「また」ゴミおま、引いちゃったのかにゃあ〜!?」
「えっお姉ちゃん、またって何?」
そう、弧白は護石の運がないのである。
盛大に煽り散らかす恋海に、ゆらりとゆっくり立ち上がる弧白。ギンッと勢いよく睨みつけ「うるせぇよ……」と珍しく口調が荒くなる。そんな彼を大したことないとでも言うかのように「まさかエルガドでも護石運が無いとはにゃあ〜」と恋海は続けて煽り言葉を投げる。
「だぁーっ! う゛るせぇっつーの! こんのぉーっ!」
「おっ怒った怒った!」
ボックスから双剣を取り出し、ブンブンと乱雑に振り回しながら恋海を追いかける弧白。彼の意外な一面に、海未は「……弧白さんって、あんなに怒るんだ」と少々引き気味の反応を見せた。
「せーんせ! お嬢! 姉御〜! 報告書出してきましたよ〜……あれどうしたんですお嬢、顔面蒼白ですけど」
「火垂、お疲れ様……あれ見て」
「んん〜? って、うわっ!? 先生が双剣持ってる!?」
「いや、そこじゃなくて……弧白さんがマジギレしてんの」
「え? あ……ヒェッ……」
何かを思い出したのか、同じく顔面蒼白になった火垂が海未の手を握る。
「お、お嬢……」
「落ち着け、まだ慌てるような時間ではあばばば」
「海未さん、あれが弧白さんの本性なのかい?」
そう問いかけてきたオボロに「いや、知らないです……私、あの人の幼なじみでもなんでもないので……」と火垂に身を寄せる海未。
「す、少なくとも先生の素ではあるかと……私、一度先生に本気で怒られた事があるんですけど、その時と雰囲気が似ているなぁ、と」
「あ、そうなんだ……」
うん、これから先あの人は怒らせない方がいいかもしれない。いや、怒らせないでおこう。
そう固く心に誓った海未なのであった。
* * *
「なるほどね、新大陸でもマカ錬金をやっていたけれど、運が無くてあまり役に立てる装飾品が出なかったと……」
「そりゃ怒りたくもなりますよ」
弧白の家で事情を聞いた海未と火垂。海未によって落とされたゲンコツで出来たたんこぶを擦りながら「そういう事……」としょぼくれた顔で弧白が返した。
「でも双剣を振り回すのは危ないのでやめましょうね」
「キューン……」
「怒られてるにゃあ〜」
「お姉ちゃんも! 人の事を安易に煽ったりしない!」
「キューン……」
二人してしょぼくれた顔になったのを見て、海未は辟易としたため息をつく。
「……で、この写真の環境生物は?」
海未の視線は、皆の足元に散らばった沢山の写真。その写真の中に写った環境生物を指さしながら、弧白に質問していた。
「あぁ、それは『ユラユラ』。時たまレア個体がいたりするよ」
「じゃあこの可愛い鳥はなんですか!?」
「それは『タキシードサンゴトリ』。それもなかなか見られないレア個体の環境生物だよ」
「弧白、写真に収めるのが上手よねぇ。あたしなんかてんでダメでさ」
「お姉ちゃんは昔から写真術無いでしょ」
「急に鋭い右ストレート入って来たぁ、お姉ちゃん傷つくにゃあ……」
胸に手を当てて苦い顔をする恋海。「本音を言ったまでですー」と、当の妹である海未はすまし顔でお茶を飲んでいた。
「海未、あんたも新大陸来なよ〜! いい所だよ?」
「えぇ〜……新大陸ねぇ、知り合いが行ったとは聞いたけど、今はエルガドでいいかな」
「知り合い? 誰だろう、この写真の中にいるかな」
壁に立てかけられていたコルクボード、引き出しの中、あらゆる所から写真を掘り出して海未に差し出す。
「うわ、こんなに沢山……どれどれ」
その数およそ一〇〇はゆうに超えているであろうその写真達を、海未は一枚一枚見ていく。やがてとある写真で手が止まり「いた」と嬉しそうに微笑んだ。
それは一枚の集合写真だった。中には弧白と恋海も写っており「わーっ、懐かしい! 新大陸に来たての頃にアステラで撮った写真だ!」と恋海が横から顔を覗かせる。
「先生と姉御がいるってことは、同じ五期団の方です? どの方ですか?」
「この人。多分推薦組だと思う」
海未が指をさした人物は、ふわふわとしたホワイトブロンドの頭髪をした、背の低い糸目の女性。それを見た弧白が「恋海さん、この子誰だっけ?」と恋海に尋ねる。
「操虫棍使いの
「笠置さん、笠置さん……あぁ、思い出した。見た目の割に気が強い性格の方だ。海未さんの知り合いなんだね」
「訓練生時代の先輩なんだよ。よく稽古つけてもらってた」
「訓練生?」
訓練生、という存在を知らない火垂は首を傾げる。「あれ、火垂知らない?」と、海未は写真から目を離して火垂を見る。
「カムラの里にはありませんでしたね……」
「あぁ、そういう事ね。バレバレやドンドルマといった大きなギルドを持つ拠点には、訓練所っていうハンターを育てる養成所みたいな機関が存在してるの。そこで五年間の訓練を受けて、修業してようやく各地に配属って形になってるんだよ」
「へぇーっ」
「訓練所って言っても、出来たのはあたしらの世代からなのよ。だから、あたしと同じ世代の子達が一期生なの」
「姉御が一期生……!」
「そういえばそうだったね。って事は、弧白さんも訓練所に?」
次に弧白を見ると、彼は頷いて「バルバレのね」と一言付け足した。
「バルバレ……? ドンドルマではなく?」
「あれ、あんた知らないの? 弧白はあんたと同期だよ」
「え!? 私と弧白さんが同期!?」
「俺と海未さんが同期!?」
「あ、先生も知らなかったパターンだこれ」
「毎回筆記試験でトップ争いしてたのを見て、あたし当時怖かったんだから……」
恋海が身震いをしながら渋い顔をする。
そういえば、と海未は訓練生時代の事を思い出してみる。貼り出されていた順位表に毎回「弧白」の名前が下や上にあったような気が……する。
「……そっか、あの時の二位だったり一位だったりした人か」
「えっ、お嬢ってもしかして優等生?」
「この子の地頭は、弧白と並ぶくらい凄いわよ」
「よしてよ、そんな凄いものじゃないよ」
「いや凄いよ、海未さん!?」
元から頭の回る人だとは思っていたが、まさか訓練生時代に自身とトップ争いをしていた人物とたまたま邂逅するとは……と海未自身も内心驚いていた。
だが当時はそんな事もどうでもよくなるくらいに、ハンターになるその一心で勉強をしていたものだから、今考えると自分も弧白も末恐ろしいものである。
「姉御はどうだったんですか?」
「あたし? あたしは実技はピカイチだったけど、如何せん筆記がダメでさぁ。単語覚えるの苦手なんだ」
「私と同じですね! 細かい事はいいからとりあえずシバけばどうにかなるでしょっていう!」
「あはっ、そうそう!」
再び意気投合した二人を「呆れた。類は友を呼ぶって、こういう事なんだね」と海未が冷めた目で見つめていた。
「はは……」
「でも凄いですね、意外なところで繋がりがあったなんて!」
「私も流石にびっくりした。……と、同時に、伊月達やせんせい以外の人との関わりを絶ちすぎてたんだなって再認識出来た」
「海未は昔から人見知りだからにゃあ。誰に似たの?」
「知らないよ! お父さんもお母さんも社交的な人だったし、誰に似たかも分からないよ」
そうしてまた写真に視線を戻した海未に「そういえば、海未さんの両親ってどんな方達だったの?」と問いかける。
「あ、弧白、その質問は……」
「ん? もう二人ともいないよ」
「え?」
「だから、もうこの世にはいないよ」
写真から目を離さず、海未は淡々と答える。なんだかこれ以上聞いてはいけないような気がして、しかし湧き出てくる好奇心もあって、弧白はその先を聞くべきか迷ったが、「そうなんだね」と一言だけ零した。
「あ、この笠置先輩、可愛い笑顔してる」
「どれどれ? あはっ、ほんとだ! しかも頬に食べカス付けてる!」
「隣にいるお姉ちゃんも食べカス付いてるよ?」
「うぇっ、ほんとだ! これいつ撮られた写真だろ……?
そういえば、笠置があんたに会いたがってたよ? 挨拶したい〜って言ってた」
「先輩らしいや。会ったら挨拶しなきゃ」
姉妹揃って写真を眺めている光景を、弧白は微笑みながら見つめていた。
「先生、お嬢の事好きなんですか?」
ボソッと小声で聞いてきた火垂の問いに「はい!? そんな事あるわけないだろ……!」と同じく小声で反論する弧白。
「あれ、違うんですか?」
「違うよ、変な事言うなっつの!」
「……海未、あんたは弧白の事好き?」
盗み聞きしていた恋海が小声で同じ事を聞いたのが聞こえ、「ちょ、恋海さん!」と制止しようとするが、それよりも先に「どういう意味で?」と海未のどストレートな回答が返ってきた。
「なんだ、意味分かってないならつまんないにゃあ」
「せっかく恋バナ出来ると思ったのに〜」
「「ねーっ」」
「仲良いね〜お姉ちゃんと火垂、同じ脳筋だからかなぁ?」
「失礼な! ちゃんと考えてるわよ!」
「はいっ! 脳筋です!」
「火垂に関しては認めてるんだよなぁ」
「揶揄うのも大概にしてね、私そういうのあまり好きじゃないから」
写真を整頓しながら、口元だけ微笑んで海未が釘を刺す。
「はーいっ」
「お、お嬢、目が笑ってないです……」
恋海はなんら慣れた様子で返事をしたが、火垂は海未から得体の知れない殺気を感じ取ったのか恋海の後ろに隠れてしまった。
「あれがいつもよ? そんなところが可愛いんだけどにゃあ〜」
「姉御! お嬢の殺気が強くなってます! ぶっ殺すってオーラが出てます!!」
「いつもの事よ〜」
「海未さん、怖い……」
「あ、ごめん」
すぐにいつも通りの表情に戻る海未。あの反応はどう見ても本気で嫌がっている。そう弧白には感じ取れた。
「恋海さん、もう少し人の気持ちを考えた方がいいと思います……」
「え? あら、ごめんね海未、お姉ちゃんまた何か気に障ること言ったかな」
「いや、いいよ。気にしてない……って言うとお姉ちゃん調子に乗り出すから、やっぱり気にしてる事にしようっと」
「エッ!? ご、ごめんねぇ……」
途端に慌て始める恋海を見て、ああこの人は妹に弱いんだな、と再確認した弧白であった。
* * *
「……で、ここが台所ね。好きに使っていいから」
マイハウスに戻った海未は、恋海に一通り中を案内する。一見して普通のワンルームなのだが、仮に長期出港しても生活できるだけの日用品や家具等は一通り揃っている。恋海は辺りを見渡しながら「ふんふん……」と頷いて話を聞いていた。
「それで、どこで寝るの?」
「寝袋持ってるから、あんたのベッドの隣に並んで寝ようかなーって」
「じゃあ、ミニテーブル退かさなきゃね。あとお姉ちゃん、今後は二人の前で私の名前出さないでね」
「分かってるよ、大丈夫。……あれからもう三年も経つのね」
「時が経つのは早いね。私にとっては一瞬だったけど」
ベッドに座り、海未はため息をつく。
「あんたがやった事、二人に話したの?」
「話してたら今頃、二人とも私の事を本名で呼んでると思うよ」
「それもそっかぁ。いつ話すの?」
「話さないままでいいかな。伊月達の事はモルがバラしたみたいだけど」
海未がそう言ってモルを見ると「ニャッ……」と身体をビクッとさせつつも、作業の手は止めないモル。
「獰猛化個体って、あれからどうなったの?」
「あたしが片付けたから、今は落ち着いてるかな。今はベルナ村に訪れたハンターが交代交代で討伐してるみたい」
「……そっか」
不意に頭を撫でられ、「何?」と恋海を見る。彼女はふふっと笑い「いやぁ、撫でたのは何年ぶりかなと思ってさ」と懐かしそうにしていた。
「お姉ちゃん、人の頭撫でるの好きだよね。弧白さんにもしてたの?」
「してたよ? だってあの子ちっちゃいんだもの」
「成長期って怖い」
「あれでも最初は頼りない背中してたのよ。いつの間にあんなに大きくなったんだろうね〜」
「……逆に聞くけど、お姉ちゃんは弧白さんの事好きにならなかったの?」
「急な質問だねぇ? そもそもナヨナヨしてる男ってタイプじゃないから、あたしは好きにならなかったかな。あっちからも、あたしの事は好きじゃないって回答を貰ってるしね」
「ふぅん」
「自分から聞いたのに、興味無さそうねぇ〜」
「だって、恋心とか恋バナとか、そういうの分からないもん」
今まで生きてきた年数のほとんどをハンター業に費やしてきたとなれば、そりゃあそんな経験をしない人もいるだろう。海未も例に漏れずその類であり、冗談抜きで恋とか愛とかがあまり分からない、そんな人間だ。
だからこそ、恋愛の価値観が分かる恋海が、海未にとっては羨ましかった。
「……おかしいよね、漢字にしたら自分の名前に入ってるのにさ」
「言われてみれば、あたしらの名前って漢字入ってるし和名よね」
「私らの世代、和名がブームだったからじゃない? カムラ出身の火垂は別として、私の後輩なんてだいたい洋名だし」
「あのブームは一体なんだったんだろうにゃあ〜……」
海未が欠伸を噛み殺し、恋海に頭を預ける。小さく唸りながら「眠……」とうたた寝し始める。
「風邪引くよ? ほら、寝なさいな」
「ん〜……」
「お姉ちゃんが一緒に寝てあげようか?」
「断固拒否」
「にゃあ〜……」
「……ふっ、冗談だよ。お姉ちゃん、暖かいから一緒に寝てると安心するんだよね」
布団に潜り込み、再び欠伸をして一人分のスペースを空けて枕に頭を置いた海未は目を閉じ、やがて小さな寝息を定期的に零しながら眠り始めた。
「ちっちゃい頃から甘えんぼさんなのは変わらないんだよね。睡蓮が見たらどんな反応するかな、ふふっ」
海未の隣に寝転がり、彼女の頭の下に腕を通す。そのまま丸めるように自身の身体へと寄せて、もう片方の手でそっと頭を撫でる。
これからもこの先も、彼女は沢山苦労をするのだろう。それを全て庇えるほどの実力も権利も、今の恋海にはない。こればかりは、弧白達に任せるしかないのだ。
「……あれ? こんなに大きかったっけ」
恋海の記憶の中の『妹』は、六年前で止まってしまっている。まだ小さくて、双剣を持っているというよりも『持たれている』に近しいような、そんな小さな体型だった。まぁ今も変わらないが、それを抜きにしたとしても随分と成長したように恋海には感じた。
───そっか。あたしや睡蓮が見ていないところで、この子も一つずつ新しい事に挑み始めてるんだ。
そう思うと、姉としては嬉しい事だ。
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