場所は城塞高地。どうやら物資を運んでいた王国の住民が、暴れるティガレックスに襲われたらしい。それを討伐しようとしたハンター達も返り討ちに遭い、住民を避難させつつ救難信号を発信したのが事の経緯だった。
時は夕方頃、日の落ちかけている時間帯。城塞高地は夜になると視界が悪くなる。気を引き締めねば、と弧白は自分で自分の両頬を軽く叩いた。
「弧白、あんたそれ新大陸にいた時もやってたけど……何してんの?」
フクズクを飛ばしながら、恋海が訝しげな顔で問いかける。
「いや、気を引き締めておかないとと思って」
「あぁ、なるほど。じゃああたしもやっとこ!」
「私もやっておかなきゃ! 気炎万丈っ!」
両頬をぺちぺち叩き始める二人を見て「何してんだか……」と呆れた様子で、しかし同じ動作をし始める海未。
「海未さんもやってるじゃん……」
「あはは、初めてやったけど、これ意外と痛いんだね。やる気が入るよ。
お姉ちゃん、城塞高地は夜になると視界がすごく悪くなるから、気をつけてね」
「うひぇ〜、今の時点でも結構視界悪いよ?」
地図を見てみると、ティガレックスは弧白達がいるキャンプから真っ直ぐ行ってすぐの位置にいるようだった。
「すぐそこにいるな……危なくなったら戻るを徹底しよう」
「はーい!」
「分かった」
「分かりました!」
ガルクを雇っていない恋海に合わせて、海未以外は皆オトモアイルーを連れている。何故に海未だけ? と弧白が疑問に思って聞いてみると「あ、今日モルは夕方頃に用事があって来れなくて……」との回答が返ってきた。
「珍しいね、モル君が用事だなんて」
「新大陸から来ている知り合いのオトモアイルーが会いたがってるから、久々に会ってくるって本人は言ってたよ」
「モルに知り合いなんていたんだにゃあ」
「姉御、どういう事です、それ?」
「モルはね、元は水没林の野良だったんだけど……お父さんが助けてからはあたし達と一緒に暮らすようになったから、知り合いって言えるアイルーがごく少数なのよ」
支給品をゴソゴソと漁りながら、恋海はそう返す。
「なるほど、それは貴重ですね!」
「弧白、海未、あんたらはモドリ玉持っておきなさい」
「もう持ってるよ。何かあったら怖いし」
「俺も……」
お互いに思うところがあるようだ。先程から二人の目線が合わない。「喧嘩したの?」と恋海が問いかけるも、二人は同時に首を横に振る。
「違う。怖いだけ」
「あんな風な出来事が、もしまた起きたらって思うとさ」
「ああ、懸念してるのね」
「特に私は身体が鈍ってるし、復帰早々相手が激昂ラージャン二頭とティガレックスって……私何かしたのかな」
見るからにテンションが低い海未に「大丈夫大丈夫! お姉ちゃんが護るもん」と恋海が誇らしげに笑う。
「お姉ちゃんだと頼りにならないよ」
「エッ!?」
「恋海さんは以外と頼りになる方だよ?」
「姉御カッコイイ!」
「火垂ちゃん、弧白、どうやら味方はあんた達だけのようだよ……」
肩を回しながら海未は歩いていく。その後を弧白が着いていき、無意識に隣を歩き始める。
「……お似合いよねぇ」
「ですねぇ」
「そこのガールズ二人、聞こえてる!」
海未が心底嫌そうな顔をして二人を指さす。ギョッとして顔を合わせ「およっ」「お嬢は手厳しいですねぇ」と次々に口にしながら、二人も後を追う。しかして海未と弧白の前には出ず、二人は敢えて後ろで彼女らの様子をニヤニヤと見ているのであった。
「もしかして弧白さん、そういう気がある?」
「いいや。第一、俺はそういう気持ちは分からないし」
「だよね。私も分からない」
お互いに本音が零れ、海未も弧白も「良かった、これで好きって言われたらどうしようかと」と同時に口にした。海未の歩いていたメルが、恋海と火垂をどつき回し始めたのを見て、「こらこら」とメルを止める海未。
「ダメでしょメル、もっと勢いよくどつかないと」
「えそっち?」
「お嬢、手厳しいですねぇ!」
「……あ」
海未が小さく声を上げる。しかし今日はそれに続く言葉が出る前に───キン、と甲高い音が混じった咆哮が響いた。
「わっ!?」
「なになに!?」
「見つかった」
目と鼻の先にいたティガレックスが戦闘状態に入ったのだ。涎を垂らしながら海未達を見つめるその様は、さながら捕食者である。
「うわ、キレてる」
「なかなかに怒ってますねぇ」
「キレても何もいい事ないのににゃあ〜」
「そんな事言ってる場合じゃないぞ。やるぞ皆!」
各々武器を構え始める。弧白がバフがけをしている最中に突進してきたティガレックスは、その場で勢いよく回転する。
「っと!」
火垂は居合で見切って避けた様だ。海未と恋海はそれぞれ左右に避け、後ろに回って攻撃を始めていた。
戦闘している合間に、弧白は海未の様子をチラッと見る。やはり怖いのか、彼女の動きが鈍っているように感じた。三人で初めてバルファルクを討伐した時もそうだったが、特定の場面において不安そうな表情をしながら戦う海未が、弧白はどうしても気になっていた。
モルが前に話してくれた伊月達の事を思い出しながら戦っているのか、はたまた他の理由か……それは分からないのだが。
「お姉ちゃん、そっち行った!」
「よぉーしっ、任せなさいっ!」
怒りの咆哮に合わせて、恋海は翔蟲を纏う。威糸呵成の構えだ。
「でりゃぁぁっ!」
片手で大剣を構え、溜めて放つ。ティガレックスの頭に直撃し、一瞬怯みを見せる。
「あの重たい大剣を片手で……なんて力技……」
「翔蟲って便利だにゃあ〜! 咆哮まで防いでくれるなんて!」
「呑気なこと言ってる場合じゃないですよ、恋海さん!」
「分かってる……よっ!」
正面から来た岩を、恋海は大剣で受け止める。その後ろから海未が飛び出し、螺旋斬を叩き込む。その後隙を狙い、ティガレックスは前脚を薙ぎ払うようにして海未を吹っ飛ばした。
「うぇっ!?」
「海未さん!」
弧白は思わずティガレックスから目を離して海未を見る。大した怪我は無いようで、むくりと起き上がって「あんにゃろ〜……蚊を潰すかのように……」とムッとして双剣を持ち直す。
「弧白さん、私はいいから前を見て! 心配なのは分かるけど、私は大丈夫だから!」
「あ……う、うん」
どうしても不安が抜けない。
自分達と出会う前の彼女も、こんな気持ちで戦っていたのだろうか。
……いいや、今はそんな事はいい。目の前の敵に集中しなければ。
弧白は狩猟笛を構え直す。回復薬グレートを飲み、再びバフ掛けを始める。いつもはガンランスを持って前線に出る彼も、狩猟笛を持つとなると話は違う。一歩分後ろに下がり、皆の支援をし、仲間がダメージを受けたら広域化で回復。もとより早食い、早飲みが得意な弧白にとっては天職とも言える武器と立ち回り方だった。
だからこそはっきりと見えてくる、メンバー達の動き方。癖はあるが急所を当てる時は確実な火垂の動き、荒さは目立つが決める時は正確に決める恋海、そして鬼人化をしていなくとも目で追うのがやっとな海未の双剣捌き。さながらヘビィボウガンを持っている時のような、そんな視野の広さを弧白は実感していた。
「さすがティガレックス。強い」
海未が隣に降り立つ。珍しく荒い息を繰り返す彼女に「大丈夫?」と弧白が声を掛ける。
「ああ……うん、大丈夫。この前の傷に攻撃が当たって、ちょっと痛いだけ」
「……無理はしないでね。しんどかったら、木陰で休んでいてもいいんだよ」
「休まない。私も、戦う」
なにか恨みがあるのか、見た事のない鋭い眼光でティガレックスを睨みつける海未。その眼光に『憎悪』のような何かが垣間見え───弧白は思わず身震いをしてしまった。
「海未さ……」
弧白が声を掛けようとしたが、それより先に海未は再び前線に戻ってしまう。
止めないといけない気がした。このままだと、彼女はまた負傷する。そんな予感が、先程から頭にチラついている。
心臓が落ち着かない。ゆっくり深呼吸をひとつして、弧白は狩猟笛を持ち直す。
「お嬢……なんか変」
火垂も気づいたのか、太刀を構えながら海未を見ている。
「そりゃああなるよ。なんてったってあの子は……いや、伊月ちゃん達を含めたらあの子達は、になるか。一度ティガレックス相手に痛い目見てるのよ」
双剣を振るう海未の左目の炎が、より一層激しく、大きく燃えている。まるで体力を犠牲にしてでも狩るというかのように。
「恋海さん、止める方法は?」
「ああなるとあたしでも止めらんないの。あの子が動けなくなるか、ティガレックスが倒れるかするまで、戦うしかないよ」
「お嬢のあんな表情、初めて見ました……あの炎は、もしかしたらお嬢の感情とリンクしているのかもですね」
「そんな事があるのか? 第一、目に炎を宿すハンターなんて海未さん以外に見た事ないぞ」
「……あたしは見た事ある」
恋海が武器を研ぎながら呟く。
「あたしとあの子の、父親」
ドッッ、と凄まじい音がして、衝撃でティガレックスがいる地面が少し下にめり込む。気絶したティガレックスが地面に倒れた。音の正体……海未はというと、休む間もなく斬撃を叩き込んでいる。そんな彼女を見た弧白は、彼女の家にあった無数の絵の中で一際目立つ容姿をしていた絵があった事を思い出す。彼女が持つ双剣と同じ物を背中に背負い、どこか自信ありげな顔をした男性───父親の絵だ。
「父親……」
恋海からもほとんど聞いた事がなかった、彼女達姉妹の父親の話。双剣使いだという事は知っているが、それ以外の情報はさっぱりだ。
「さ、あたしらもやるとしますか!」
恋海が大剣を持ち直し、また前に突っ込んでいく。それを見届け、弧白も後を追う。
「海未さん、少し息を整えて! そのままだと危ない!」
弧白がそう呼び掛けると、彼女は弧白の方を見てこくりと頷く。攻撃をやめ、距離を離そうと翔蟲を前に出す……が、その身体から唐突に力が抜け、地面に倒れ込む。
「やばっ……!」
そんな海未にもお構い無しに、ティガレックスは起き上がって彼女へと走っていく。恋海が直ぐに走っていくも間に合わず───海未は尻尾の打撃を受けて左に吹っ飛んでいく。
「海未さん!」
煙が晴れた時、彼女は地に伏していた。目に宿った炎は、今にも消えそうなくらいに小さくなっている。だが完全に消えてはいない。倒れたまま動かない海未、その下に広がる赤い鮮血を見て、弧白は三ヶ月前のあの日の事を思い出した。
───もし、ここで彼女が死んでしまったら?
そうなれば俺は、一生後悔してしまう。
「……そんなのダメだ!」
狩猟笛を捨てるように置いていき、弧白は全力で走る。
「弧白!? 待ってあんた、武器を置いて行ったら……!」
「先生、戻って!」
海未のような俊敏な動きは出来ない。だが弧白も新大陸では双剣を使っていた身だ。
目と鼻の先の彼女の身体を包むが早いか、ティガレックスの追撃が弧白に襲いかかる。
緊急回避をしようとしたが───少しだけ遅かった。ティガレックスの剛爪の一つが弧白の背中をざっくりと切り裂く。追いついた恋海が勢いよくガードタックルをして位置をずらし、「弧白!」と呼び掛けた。
彼は反応しなかった。反応出来なかった、の方が正しいだろうか。
「……嘘、でしょ」
消え入るような声で呟いた海未の上に覆い被さるようにして、弧白は崩れ落ちる。弧白さん、という彼女の泣きそうな声を耳に入れながら、静かに意識を手放した。
お久しぶりです。お話ストックを貯めていました。
新しいお仕事を始めて日々を労働の義務を果たしています、私です。
ティガレックスに因縁があるというお話は私の実話をモチーフにしておりまして。実はWIBでもRSBでも、ティガレックス相手に3乙以上は当たり前だったくらい苦手なモンスなんですよね……。
【お知らせ】
Twitterアカウントの記載をやめます。永久鍵垢である事、最近IDを変えた事が理由です。
もしTwitterで見つけたら「ハーメルンから来ました」と遠慮なくリプでお声をかけてくださいね。フォロリク通しますので
次回の更新は、3月1日土曜日昼12時です。