何が起こった?
どうして私は護られている?
吹っ飛ばされて一瞬意識を失い、戻ったと思えば、弧白が自分に覆い被さっていた。
彼の背中には、ざっくりと切り裂かれた痕があった。装備が破けて、裂けた皮膚から中の肉が見え隠れしていた。
十四歳の時に経験した、あの時と同じ状況だった。
「……どうしてこうも、私は……こうやって、何度も、何度も何度も───」
「お嬢! 先生!」
火垂が駆け寄ってくる。ハッと我に返り、弧白の下からそっと抜け出して、「……火垂、ひとつ頼み事をしてもいいかな」と起き上がりながら火垂を見る。
「弧白さんとお姉ちゃんを連れて、モドリ玉で戻って三人でエルガドに帰って欲しい」
「でも、そうしたらお嬢が……!」
「私はどうだっていい。ただ私は、弧白さんをこんな状態にしたあいつが……今は、許す気にはなれない」
恋海が応戦しているティガレックスに視線を移す。だいぶ疲労しているのか、動きが鈍い。
蒼い炎が大きくなる。
片付けるなら今のうちだ。
「お嬢……でも、脇腹から血が……! お嬢も一緒に戻りましょう! じゃないとお嬢、今度こそ死んじゃいますよ!」
「お願い火垂、私に───」
「“海未さん”ッ!!」
急に名前で呼ばれ、驚いた海未は火垂を見る。両肩を掴まれ、視界いっぱいにお面が映り込む。
「年下の言うこともたまには聞いてください!」
「ほ、火垂……」
「あなたは今、ただでさえ病み上がりなんです、無理しちゃいけない時期なんです! お願いです、一緒に帰還してください! 私はもう、お嬢や先生がこれ以上無理をする光景を見るのは嫌なんです……!」
「……っ」
自分は自分に無理をさせていたのでは無い。火垂に無理をさせていたのだ。
それに気づいた海未は、あと一歩踏み出すところをどうにか留まる事が出来た。
逆に火垂の言葉が無ければ、きっと『また』復讐の道に走っていた事だろう。
「海未、火垂! シビレ罠を置いたから、誘導して引っ掛からせる! その隙に撤退するよ!」
「……分かった」
「分かりました! お嬢、動けます?」
「大丈夫、動ける」
負傷したところを抑えながら、海未は立ち上がる。火垂が弧白を背負い、モドリ玉を片手に持っている。
「……畜生が」
何も出来ない自分に腹が立ち、海未は奥歯を鳴らした。
* * *
事件から数日経った。
彼の命に別状は無い。それだけでも、海未は一安心出来た。
だがそれはそれ、これはこれだ。護られた罪悪感と、上手く動けなかった自分の情けなさに、海未は塞ぎ込んでしまっていた。火垂が様子を見に何度か訪ねに来たが、話す気にもなれずに追い返してしまった。
ここ数ヶ月、どこかすれ違いが起こっている。火垂や弧白との間に、ほんの少しだけ小さな溝が出来てしまったように感じて、海未は二人に合わせる顔が無かった。
「██、何か食べたら?」
「……いらない」
「うーん、そっか。じゃ、先に食べよーっと」
呑気に台所に向かう姉を見て「楽観的でいいね、お姉ちゃんは」と海未はポツリと呟く。
「楽観的に過ごさないと、それこそ弧白に失礼っしょ」
「……え?」
「あの子が少しでも気負いしないようにって、私なりに考えて過ごしているだけよ」
昼食を二人分持って戻ってきた恋海を見て、海未は気づいた。
姉の顔が少し曇っているように見える。これは空元気だ、と。
「そんなに無理しなくても……」
「無理にでも笑わないとやっていけない時もあるのよ。ネガティブな事を考えると、人ってどんどんネガティブになっちゃうからさ。
私ね、弧白と三年くらい相棒やってて分かるんだけど……あの子、ドがつくほど真面目なのよね」
「それは知ってる。心配性で、真面目で、ちょっと抜けてて……」
「あはっ、よく分かってる!」
布団から少し顔を出し「嫌が上にも分かるよ」と不満そうに返す海未。
「弧白さんも、少しは気を抜けばいいのに」
「それはあんたにも言えることよ、██」
「は? どういう事、それ」
「焦りすぎだよ、あんた。病み上がりは派手に動いたら傷が開いちゃうでしょ? 今回だって古傷が開いたんだから、ちょっとは大人しくしなさい」
胸を刺されたような、そんな感覚がした。恋海の言うことは正しい。リハビリで激昂したラージャン二頭に続き、ティガレックスまで行くのは流石に無茶にも程がある。返す言葉が見つからなかった。
「火垂にも同じ事言われた。焦ってるのかな、私」
「目の前の事に集中しすぎて、周りが見えなくなるのは██の悪い癖だにゃあ〜。直していかないと、今後も痛い目見るよ」
「……分かってるよ。でも、焦る気持ちも、お姉ちゃんなら分かるでしょ」
布団から出てきた海未を見ながら「分かるよ」と一言返し、恋海はパンを齧る。
「お姉ちゃんも、あんたくらいの歳の頃は焦ってた。なんでも出来るって思ってたし、自信もそれなりにあった。でもそれはただの気の所為で、自分は何も出来ないんだって事に気がついた」
「……」
「そうだ、あんた聞いた? 新大陸での弧白の事」
「何それ、聞いてない」
「聞いてないか。こっちに来た時に『あんたはあたしと同じ事をした』って言ってたでしょ? ハンターになって三年経って、あたしのように一人で何でも出来るって思ってた時代が弧白にもあったのよ。それで無茶して、私が庇って……ほら、あんたと同じ形の傷ができてるでしょ?」
インナーを捲り、海未に見えるように腹を見せる恋海。その腹にはざっくりと斜めに切り裂かれた古い傷跡があった。
「……ほんとだ」
「ね? 同じ人を同じ状況で庇う辺り、やっぱ姉妹なんだなって思ったよ。
でも、なぁんか心配になるのよね。弧白ってさ、こう……真面目なのはいいんだけど、真面目すぎて空回りしている時があるっていうかさ」
「なんか分かるかも。頑張らなきゃって思って、裏目に出ているというか」
「そうそう。もしかしたら、あたしらの血筋ってそういう人がほっとけないのかもね。ほら、お母さんが過心配なタイプだったじゃん?」
そう言われ、海未は母親の事を思い出す。
海未が小さな頃に亡くなった為、あまり記憶にはないが……それでも残っている思い出や人物像をかき集めて振り返ってみると、確かに過保護ではあったような気がする。海未とは違い、あまり身体が丈夫な方では無い恋海がハンターになる、と言った時は「大丈夫なのかい? まぁ恋海がどうしてもと言うなら止めないけども……」と言っていたらしいし、本当の事なのだろう。
「ねぇ、お姉ちゃんはいつ帰るの?」
「ん? 明日一度帰るかな。またエルガドに戻ってくるけど、その時は郵便物の交換と物資をちょっと補給するだけだから、そんなに長くはいられないと思う」
「……そっか。また寂しくなるな」
「おやおやぁ? お姉ちゃんがいなくなるのがそんなに寂しいのかにゃあ?」
「寂しいよ。新大陸に行ったって聞いた時は、次はいつ会えるかなって不安になってたもん」
パンを手に取った海未を見て「なぁんだ、お腹空いてるんじゃん」と笑う。
「素直じゃないにゃあ」
「私が食べるって分かってて二人分出したんでしょ? 小さい頃からいつもそうだ。お姉ちゃんこそ素直じゃないよね」
「およっ……へへ、バレてたか」
海未はパンを齧る。恋海が新大陸から持ってきたものだそうで、少し変わった味がした。
「このビーフシチューも新大陸から?」
「そ。セリエナに可愛いアイルーのおばあちゃんがいて、作り方教えてもらったんだよね〜」
海未が作った木製の容器に入ったビーフシチューを見て、海未はそれを口に運ぶ。
「……ん、うま」
「ほんと? へっへーん、旦那にも好評なんだよ、あたしの作るビーフシチュー」
「そう。でも盛り過ぎだよ、お姉ちゃん。『今の』私は、こんなに食べれない」
「む? あ、そっか。ごめんごめん、残してもいいのよ、お姉ちゃんが食べたげるから」
「ん」
ほんのり甘い味がする。隠し味にハチミツでも入れているのだろう。全て食べれないのが勿体ない、と思いつつ、海未は腹が満たされるまでそれを食べ続ける。
「ほんと、美味しそうに食べてくれるわ」
そんな彼女を、恋海は嬉しそうに見つめていた。
ワイルズ楽しすぎて更新忘れていました、懺悔。
皆様、ワイルズ楽しんでいますでしょうか。私は双剣でヒャッハーしながらランスでツンツンしたりしています。どういうこと?
この前ようやく下位のストーリーが終わりました。同時にストーリーズにも手を出し始め、手が回らん状況です。馬鹿な……。
次の更新は、3月15日昼12時を予定しています。遅れたらまたワイルズやってんなと思ってください。ワイルズ楽しい