「愛海、あんた本当に一人で大丈夫?」
次の日の夕方、連絡船の舷梯に足を掛けようとして、恋海は振り返って心配そうに尋ねる。昨日の元気の無い表情は何処へやら、いつも通りの顔をしている海未は「大丈夫だって。お姉ちゃんは心配性だね」と呆れたように返答する。
「何言ってんのよ、昔から心配性よ?」
「はいはい、分かったから。また何かあったら手紙送るね」
「ん、まぁまた来月には来るから、その時にでも教えてよ」
「分かった。それじゃあ」
特に見送ることもなく、海未は姉に背を向ける。
「えぇーっ、見送ってくれたっていいじゃん! お姉ちゃん寂しいーっ!」
「うるさいったら、はよ行けやこのシスコンが!」
恋海のわざとらしい声に、海未は振り向いて声を荒らげる。
「それとも何、ハグして欲しいっての?」
「お姉ちゃん、あんたのハグがないと寂しいにゃあ……」
「きっしょ」
「うぐぅ……」
恋海に近づいて面倒くさそうにハグをする海未。少し手が震えている事に、恋海は気がついていた。
「弧白の事、よろしく頼んだわよ」
「分かってる」
「アイト、元気でニャァ……」
「暫しの別れニャ、モル……! また来るからニャ〜!」
足元にいるオトモアイルー達も、お互いに別れを惜しんでいるようだった。
そうして海未から離れると、恋海はメルに目線を合わせるように屈んでわしゃわしゃと撫でくり回す。
「メルちゃんも元気でね〜! 妹の事、頼んだわよ!」
任せてください、とメルは誇らしげにひと鳴きする。
今度こそ海未は踵を返して歩き去っていく。そんな背中を、恋海は寂しそうに見ていた。
「……ほんと、お父さんそっくり」
「海門さまを見ているみたいニャ〜」
「そうだねぇ」
「海門さまと言えば。恋海、私の名前の由来はあの子と海門さまのお名前をそれぞれ取ったものだと聞いたのだけれどニャ?」
「誰から聞いたの、それ? ふふふ、秘密ーっ」
「恋海はいっつも秘密にしたがるニャ……」
木製の舷梯に足を掛け、恋海とアイトは船内へと入っていく。
やがて船が出港していき、海未はもう一度振り向いてそれを見送る。
「旦那さまも素直じゃないニャね」
「今生の別れじゃないんだし、言葉なんて必要ないよ」
恋海が海未に気づいて手を振っている光景が右目に見え、海未は小さく適当に振り返す。モルはそんな彼女を見て「くふふ、やっぱり素直じゃないニャ」と笑った。
「うっせ。さ、行こっか」
「がってんニャ! 敵討ちニャ!」
「……そうだね。仕返ししてやろうか」
「ところで旦那さま、今日は本気の服装ニャ」
今日の海未は、いつものギルドクロス装備ではなく、セイラー装備を身に纏っている。本来はタンジアの港の受付嬢が着用しているものであり、海未の着ているものは装備用として作られたレプリカである。
「それと、双剣じゃないニャね?」
いつもと違う武器を担いでいることを補足し、モルは首を傾げる。海未は背中に背負っている武器に視線を一瞬移し、「そんな珍しい?」とモルを見る。
「操虫棍なんて珍しいニャ。今までずっと双剣しか使ってこなかったのに。……立ち回り、分かるのかニャ?」
「分かるよ、失礼だな。伊月がたまに使ってたから、その時の動き見てたし……まぁ、真似すりゃ何とかいけるでしょ」
「戦っていて見る余裕があったのかニャ? 旦那さまはやっぱり末恐ろしいニャ……」
「はいはい。とっとと行くよ。今日は早く終わらせる。えっと、閃光玉と、シビレ罠と……」
持ち物を確認し、海未はクエストを受注して出発口へ向かう。そんな彼女を、モルとメルは顔を見合せながら後ろからついて行くのであった。
* * *
日が沈み、時は夜頃。再び城塞高地に赴いた海未は、アイテムポーチを開きながら「さて、ここでモルさんに問題です」と、モルにとあるものを見せる。
「何ニャ? くだらない問題なら答えないニャよ」
「これ、なーんだ」
「ボクに拒否権はないのニャ……?」
何の変哲もない、ただの生肉……のように見えるが、モルはスンスンと鼻を働かせて「眠り生肉ニャ」と即答する。
「正解。じゃあこれは?」
今度は違う生肉を取り出し、モルに近づける。
「……シビレ生肉ニャ」
「正解。最後にこれは?」
「毒生肉ニャ」
「当たり。さて、私がしたい事はなんでしょう?」
「……まさか旦那さま、あの戦法を使うのかニャ!?」
「ふっふっふ。初めて使う武器には、やっぱりこれだよね」
「あ、悪魔ニャ……まさかまた『生肉嵌め作戦』をするとは……」
生肉嵌め作戦。その名の通り、様々な属性効果のある生肉を用意し、状態異常で優勢に立つ戦法。海未はユクモ村にいた頃、伊月達とよくこの戦法を使って効率よくクエストを進めていたのだ。
そしてこの作戦は、古龍や特殊個体には通用しない為、それ以外で苦戦した相手に使う。確実に仕留める為の準備段階として使われていた、言わば『最終奥義』だった。
「イビルジョー以来だねぇ、この作戦を使うのは」
「ひ、卑怯ニャ!」
「卑怯? どんな手を使ってでも、最終的に勝てればいいんだよ。まぁでも、ハンターとしてはらしくない戦い方だよね」
眠り生肉を持ち、歩きながら海未は薄ら笑みを浮かべる。モルは若干引いており「まぁ、旦那さまはまだ病み上がりニャ。今回は目を瞑るニャ」とメルの上に乗っかる。
ヒトダマドリが次々と寄ってきて、花粉をばらまいていく。付けている装飾品がいつもと違う事に気づき「旦那さま、もしや供応スキルをお持ちで……?」と装飾品を見つめるモル。
「うん。ヒトダマドリが寄ってくる団子も食べてきた。あとは火事場力と、短期催眠術も」
「ガチで仕留めに行く気ニャ……」
「本当の事を言うと、団子が美味しそうだったから適当に選んだらついただけだよ」
そうこう言っているうちに、ティガレックスがいるエリアへたどり着く。腹が空いているのか、口から涎を垂らして辺りを見渡していた。茂みに隠れながら様子を伺い、「丁度いいね」と海未は毒生肉をティガレックスの傍に向けて投げる。
数回バウンドした後、コロコロと目の前に転がっていき、気づいたティガレックスがガツガツと食べ始める。
「引っかかった」
「本当にやるのかニャ〜?」
「やるよ。止めないでね」
「ボクが止めても止まらないじゃんかニャ」
「分かってるじゃん」
食べ終えたタイミングを見計らって、今度は眠り生肉を投げる。また食べ始めたティガレックスを見て「いいね〜、ティガレックスは食いしん坊だから、引っかかってくれて助かる助かる」とニコニコ笑っていた。
ティガレックスが大きな欠伸をして、その場で眠り始める。茂みから顔を出し、こっそり近づいてどこかに合図を送る。すると、普段ネコタクをしているアイルー達がいそいそと持ってきたのは大タル爆弾G。それを二つ、そして海未は大タル爆弾を二つ、小タル爆弾を二つ、計六つの爆弾を傍に置く。
モルは知っている。今は笑っている彼女だが、この作戦を実行する時の海未は内心ではかなり怒っている時だという事を。
「……さぁ、行っておいで」
猟虫を飛ばし、顔からエキスを吸い取る猟虫。その衝撃で目が覚めたのを確認して、海未は素早くクナイを投げて爆弾を起爆させる。顔を部位破壊したようだ。猟虫が戻ってきて強化が完了し、ティガレックスが少々怯んでいるのを確認すると、今度は後ろ足側に回ってエキスを吸い取る。
斬撃を開始した海未を振り払うように、ティガレックスが前脚を動かす。即座にガスを噴射して空中を舞って避けながら、戻ってきた猟虫を再び飛ばす。今度は腹からエキスを吸い取り、距離を取って着地した海未に強化を付与した。
ティガレックスが大きな咆哮を上げる。本来なら鼓膜が震えるほどの声量だが、今の海未には効かない。
「咆哮無効強化、間に合って良かった。さぁ、こっちに来な」
海未の目の前にはシビレ罠がある。激昂したラージャンならいざ知らず、ティガレックスであれば簡単に引っかかる事を海未は知っている。一方モルはというと、少し離れた場所で呑気に回復の果実を栽培していて「頑張れニャ、旦那さま〜」と適当に声援を飛ばしていた。
ティガレックスが真っ直ぐ突進してくる。途端、足元のシビレ罠に引っかかり、動きが封じられる。
「引っかかった!」
嬉しそうに呟くと、海未は再び宙を舞う。容赦なく斬撃を叩き込み、真っ直ぐ下に勢いよく突いて地面に降りると、素早くなぎ払いティガレックスの身体を傷つけていく。ここまでで一分、猟虫エキスの効果が丁度切れたタイミングだ。
既に恋海や弧白、火垂の攻撃で体力を消耗しきっているティガレックスは、ふらふらとふらつき、足を引きずりながらエリアを移動しようとする。すかさず閃光玉を投げ、ティガレックスの視界を奪う。
「なぁんだ、もう弱ってるの? もっと苦しんでくれないと困るよ」
「鬼! 悪魔! 人でなしニャーッ!」
「どうとでも言っとけ」
たかがティガレックス相手にここまでする必要があるのでしょうか? と、メルはモルの傍に行って尋ねる。モルは海未を見ながら言った。「旦那さまは、過去にティガレックスに十回以上はキャンプ送りにされてるのですニャよ、メルさま」と。
「それと、弧白さまの事もあるんでしょうニャ〜。また伊月さま達のようになっては自分が困ると、そうなる前に危険性のあるモンスターをいち早く仕留めるために、この作戦を実行しているのですニャ」
少々やりすぎでは……とメルは言いかけたが、確かに彼女の目には激しい憎悪がこもっている。これなら止める理由もあるまい、と、モルの隣で主人の勇姿を見守り始めた。
「にしてもあれはやりすぎニャ」
が、自分の思いを代弁してくれたモルに、メルはこくこくと激しく頷いて同意を示した。
閃光玉の効果が切れ、再びエリア移動をしようとしたティガレックスの目の前に、シビレ生肉が置かれる。暴れ回って空腹状態なティガレックスは無論それを食べ、案の定痺れて身動きが取れなくなる。
そんな事もお構い無しに海未は攻撃し続け、最後に重い一撃を叩き込んだ。
それがトドメとなったのか───ティガレックスの首がスパンッと綺麗に刎ね、離れた場所にドシャッと音を立てて落ちた。少々返り血を浴びた海未はそれを拭き「やべ、やりすぎた。まぁいいか」とさも当たり前かのように剥ぎ取りを始めた。
昨日の被弾は何処へやら、罠を一つ使うだけでかすり傷程度の傷しか負っていない海未が、モルはますます気味が悪く感じた。それもまだ持ち始めて数時間しか経っていない操虫棍で、あれだけの立ち回り方が出来るのだ。きっと他の武器を持たせても、同じような結果になっていた事は間違いないだろう。
「やっぱりやりすぎニャ!」
「ごめんごめん、恨みつらみが止まらなくてさ」
「この作戦の時の旦那さま、いつも怖いニャ……」
「怖い? 何を今更」
月の光に照らされ、立ち上がった海未の姿が逆光で見えなくなる。のにも関わらず、海未の両目は爛々と輝いていた。
「見慣れているくせに」
そこにいるのは紛れもない旦那さまなのだ。だがそれは、旦那さまであって旦那さまではない『ナニカ』なのを、モルは知っている。
蒼い炎を宿していない状態でも、目を細めて口角を上げる海未は十分不気味であった。
「さ、帰るよ。首刎ねちゃった事、ガレアス提督に報告しないと。猟虫もお疲れ様、初めてにしては指示を正確に聞いてくれて助かったよ」
猟虫を撫でながら、海未は素材を持って来た道を戻り始める。
モルは一度、この光景を見た事がある。その時隣にいたのは海未の父、海門だったのだが……海門は環境生物無し、状態異常系統無し、属性攻撃無しの双剣で古龍を討伐して、海未と同じように言った。「お前だったら、これくらい見慣れているだろう?」と。
「……見慣れるはずが無いニャ。海門さまも旦那さまも、親子揃って不気味ニャ」
ボソッと呟いた言葉は、どうやら海未には聞こえていないようだった。
ワイルズ上位まで終わりました。いやはや、疲れましたね〜。
事情があってとても急ぎでクリアしてしまったので、次は作ってあるサブデータでのんびりとやろうと思っています。
海広エルガド編もあともう少し(だと思いたい)、皆様どうぞ最後までお付き合いいただけたらと思います。
次の更新は、3月22日昼12時を予定しております。溜まっていたストックが消化されつつあるので、もしかしたらストック作りの為おやすみするかも。
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