夜、寝付けない弧白は気晴らしに外に出ようと上着を着る。マイベッドで眠っているトモエを起こさないように、こっそりと扉を開けて外に身体を乗り出し、静かに閉める。季節はもう冬時、風もだいぶ冷たくなってきて、厚着をしないと身体が冷え込んでしまう。
司令所の方に仄かに明かりが見え、覗いてみると、ガレアスやフィオレーネが何やら作戦会議をしていた。邪魔をしてはいけないかと思い、音を立てずにその場から離れた。
上を見ると、満点の星空が広がっている。一際輝いている大きな星をいくつか見つけ「何の星だろう……」と呟きながら歩いていく。
ふと、大型クレーンの端に誰かが座っている。よく目を凝らして見てみると、弧白にとって見覚えのある姿が見えてきた。
「あれって……」
もう一度司令所の方に戻り、翔蟲を使って上へ上へと上がっていく。まだ痛む身体で頂上に着くと───そこには、座って星を見上げている海未の姿があった。ふわりと風邪でなびく煤竹色の頭髪についているはずの青い髪留めがなく、下ろしている状態なのだとすぐに分かった。
弧白の気配を感じたのか、海未は星を観るのをやめて振り向く。まるで来るのを分かっていた、と言わんばかりに「やっぱり来た、弧白さん」と小声で呟いた。
「やっぱりって……こんな所で何をしているの、海未さん?」
「星、観てた。落ち着かない時は、いつも星を観てるんだ」
「そっか……って、あれ? 海未さん、高い所苦手じゃ……」
「苦手だよ。苦手だけど、私目が悪いからさ。星を観る時は高い所じゃないとはっきり見えなくて」
海未が困ったように笑う。一瞬心臓が跳ね上がるような胸の高鳴りを覚え、なんだこの感情はと振り払うように首を左右に振る。
「目が、悪い?」
「生活に影響はないよ。眼鏡を掛けなくても全然見えるし」
「……そっか。ねぇ海未さん、星に詳しい?」
「それなりには」
「じゃあ俺も観る。どの星がどれか教えてよ」
弧白は彼女の少し後ろに座り、空を見上げる。海未も同じように見上げ「今日は天気がいいから、色々観れるかも」と星を指で辿っていく。
「あの纏まった星がスバル。その近くにある一等星がアルデバラン。少し左を見ればベテルギウスもあるよ」
「すご……よく分かるね」
一瞬弧白の方を振り向き、また星空に視線を戻す海未。
「拠点を移動している時、方角が分からなくなった時は星を基準にして歩いてたんだ」
「星を基準に?」
「うん。『星は私達を導いてくれる存在だから』……って、お父さんが言ってた」
そう言われ、五期団……主に弧白と恋海なのだが、「導きの青い星」とよく言われていた事を思い出した。そういう意味では、確かに星は人を導いてくれる存在と言っても過言ではないのかもしれない。
「ねぇ、海未さんの好きな星は何?」
「いきなりだね。今は見えないけど、私はアルビレオが好きかな」
「アルビレオ?」
「そう。夏の大三角形の近くにいる二重星。肉眼だと一つにしか見えないけど、実際には二つあるんだよ」
六月くらいから十月下旬まで観れるよ、と付け足し、海未はまた星をなぞり始める。その仕草が無邪気な子供みたいで、しかしどこか見覚えがあって、弧白は頭を働かせる。
あの無邪気な姿をどこかで見た事がある……ような、そんな気がする。だが思い出せず、弧白はふるふると小さく頭を左右に振った。
「最近見えない星がいくつかあってさ。何でなんだろうなぁって思ってるんだよね」
「見えない星?」
「そう。昔から実在はしているんだけど、去年から見えていない星。北斗七星も途中で途切れているし、レグルスも見えないし……」
「……よく分からないけど、そういう星があるんだね」
「うん。全部今の時期に見えるはずなんだけどな。
そうだ、家にある星の本、今度貸してあげる。弧白さんにも、星がどんなに綺麗で歴史があるかを知って欲しいから」
「お、いいね。その時は是非読ませてもらうよ」
「ん……ところで、話は変わりますが。あんた病人でしょ! 早く家に戻って寝てなさい」
ビシッと指をさされ、返す言葉がない弧白はウッ、と小さく声を零す。
「てかそもそも、何で私を見つけれたわけ?」
「よ、夜風に当たりたくて外に出たら、クレーンの上に誰か座ってると思って……見慣れた姿だったから……」
「……そ」
素っ気なく返し「傷口開くし、風邪引くよ。早く帰りな」と弧白に背中を向ける海未。
「海未さんも、あんまり夜風に当たっていると風邪引くよ?」
「うっせ、余計なお世話じゃ。私は大丈夫だよ、もう少し観たら戻るから」
「……早めに戻るんだよ?」
「はーい」
呑気に返事をした彼女を背に、弧白は翔蟲で下へ降りていく。
……地面に着地した際、忘れていた背中の痛みが再発して悶えたのは彼だけの秘密である。
* * *
「海未さん、おはよう……あれ?」
翌日の朝、海未の家を訪ねたが、そこに彼女の姿はおらず……代わりに、その声に気づいたモルが「弧白さま、おはようニャ」と作業の手を止めて近づいてくる。
「おはようモル君。海未さんはどこに?」
「旦那さま? 朝からいないニャ」
「朝から?」
「ちょっと出てくるねって言ったきりニャ。こういう時は、だいたい一人で何かしている事が多いですニャよ」
いつもの事だと言わんばかりに、モルは大して気にも留めていないようだ。話し声に気づいたのか、寝ていたメルが大きく伸びをして眠たそうに近づいてくる。
「メル、おはよう。海未さん知らない?」
弧白はそう問い掛けるが、メルも知らないようで首をこてんと傾げている。
「困ったな。少し聞きたいことがあったんだけど……モル君、海未さんが行きそうな場所ってどこか知らない?」
「そうニャね〜……病み上がりでいきなりクエストには行かないだろうし、火垂さまの家か、はたまたそれ以外のところか……」
ふとモルが振り返った先には、武器を立て掛ける置物が置いてある。前に海未の家を訪ねた時は、双剣がクロスして立て掛けられていた事を弧白は思い出し「あれ? 双剣が無い」と独り言を呟く。
「ニャ? そういえば無いニャ」
「……あ、もしかして……トモエ、行くよ」
「えっ、あ……モルさま、失礼しますニャ」
「はいですニャ〜」
呑気に返事をして、モルはまた作業に戻る。メルが隣に座り、ほっといていいのですか? と扉を見つめる。
「いいのですよ、メルさま。旦那さまの事です、すぐ戻ってきますよ」
獣人語でそう返し、モルは武器の手入れを再開する。でも何処に? というメルの問いに、モルは淡々と答える。
「ボクは知ってますよ。旦那さまの事ですから、今頃は───」
* * *
「ここにいたんだね、海未さん」
場所は修練場。一人でからくりに向かって修行し続けている海未に、弧白は声を掛ける。その声に気づき、海未は攻撃の手を止め、「……弧白さん、おはよう。動いて大丈夫なの?」と近づいてくる。
「大丈夫大丈夫、俺はこの通り平気だよ」
「とか言って、まだ痛いの知ってるよ」
「何で分かるの……」
「何となく」
やはり彼女には敵わない。こういう事が起こる度に、弧白はそう感じる。
彼女は、自分には持っていない才能を沢山持っている。だがそれで苦しんできた事も知っているつもりだ。
「海未さん、怪我は大丈夫?」
「それ、あなたが言える事なの? 私は大丈夫だよ。ちょっと古傷が開いたくらいで、もう何ともないし」
「でも、身動きが取れなくなるほど痛かったんじゃないの?」
「それは……まぁ、そうだけど。だからといって、いつまでも身体が鈍ったままじゃやっていけないよ」
双剣を手で器用に回しながら、海未は目を伏せる。
いつ見ても華奢な身体付きだ。それなのに、双剣を持っているからなのか、腕や肩周りの筋肉はそれなりに付いている。
「出会って間もない頃も聞いた気がするけど、海未さんって人と目を合わせるの苦手?」
「苦手だよ。その人の思っている事が大体分かっちゃうから」
弧白は疑問に思う。相手の言動や視線であらかた心情が把握出来てしまう彼女は、一体どんな気持ちで人と目を合わせてきたのだろうかと。
彼女は時々、未来予知のような事を口にする事がある。ただ勘が良いだけなのか、それとも本当にそんな能力を持っているのか……それは分からないのだが、何だか自分の気持ちを見通されているような、そんな気分だ。
「あ、そうだ。ここに来た目的を忘れていた……ねぇ海未さん、聞きたい事があるんだけど」
「何?」
「もしかしてだけど、海未さんって未来予知とか出来たりするの?」
「は?」
海未から素の声色が返ってくる。しまったと思った時には既に遅く、ごめんと思わず謝りそうになった時「ああ、謝らないでいいよ」と海未に遮られる。
「そういうのだよ! 何で分かるの!?」
「何となく。お姉ちゃんとかもそうだけど、うちの家系ってやけに勘がいい人が沢山いるんだ。お父さんが言うには父方、母方どっちものご先祖さまが関係あるらしいけど、もしかしたらそれかもね」
「じゃあ、海未さん自身は未来予知が出来るわけじゃないんだ」
「それが出来るのはお父さんだよ。
昔ね、私とお姉ちゃん、それぞれの先の未来の事を一つだけお父さんに聞いた事があるんだけど……お互いに言われた事が同じだったんだ。本当かどうかは分からないけどね」
「って事は、その未来は今じゃないし、まだ視れてすらいないって事?」
「さぁね。いつなのかも分からないし、もしかしたら過ぎた過去になっているのかもしれない」
双剣を陽の光に当てながら、海未は目を細める。
「でも、私はお父さんが予知したその未来、まだ来てないと思うんだ。だからね、その未来が本当になるまでは死なない事にしたの」
「……え?」
「言ってなかったっけ。私、エルガドの任務が終わったらどこか遠い所でこっそりと死のうと思ってたんだよ。あ、今はそんなつもりはさらさら無いよ。弧白さん達と出会ったから」
「……」
「これもお父さんが予知してたのかな、だからお姉ちゃんじゃなくて、私の手に双剣が渡ったのかな……とか、よく思ってる。元より、お父さんが今まで予言した事は全部当たってるんだ。だから、私とお姉ちゃんが言われた事も本当だと思ってる」
───『あたしらの父親ってちょっと変な人でさぁ。未来を予知? 出来るっていうか。今まで予知した出来事って全部当たってて、外れた事がないんだよね。
だからあたしさ、妹と一緒に、父親にお互いの将来の事を一つだけ予知してもらったんだよ。そしたら同じ回答が返ってきてさぁ〜、笑っちゃったよねぇ!
これは何となく思うんだけど、予知された未来、あたしはまだ来てないと思うんだ。だからその時まで生きてる事にしたの』
かつて新大陸にいた時、相棒であった恋海が言っていた事と、海未の言っている事が同じな事に気がつく弧白。思わず身震いをしてしまった。
「こんな事ってあるんだ……」
「何が?」
「いや、昔恋海さんが話していた内容を今思い出して、同じだって事に気づいてさ」
「お姉ちゃんも話してたんだ。まぁそうか、お姉ちゃん口軽いし……」
双剣を納刀し、「少し休憩しようかなぁ」と大きく伸びをする海未。「じゃあ俺は……」と交代するように弧白が狩猟笛を持ち出し、腕鳴らしにとからくりに打撃を与えていく。その様子を見ながら、海未は先程の話を振り返ってみる。
海未自身に未来予知の力は無い。正確に言うと、父親である海門にあれだけの予知能力があるのにも関わらず、娘である自分や恋海にはほとんど無い、というのが正しい。『幼い頃のお前達は、星を観てはよく未来を口にしていた』と海門は言っていたが、その感覚は今は分からないし、覚えてすらいないのが現状だ。恋海に聞けば分かるのかもしれないが、そんな昔の話をあの記憶力がポンコツな姉が覚えているだろうか。
「……私が御伽噺の英雄、か。無いなぁ〜」
「何がですかニャ?」
隣で座って自身の主人を見ていたトモエが首を傾げる。なんでもないよ、と海未は頭を撫でて誤魔化した。
GWは地元近くの大都市に行ってきました。鉱石や原石を沢山買えてほくほくです。
さて、これで4章は終わりです。次は5章だ!
新キャラも出るし、色々クライマックスになってきます!!どうぞこれからもよろしく!!!
次の更新を、暫し待たれよ!!