海未が初めて声を掛けられて一週間。クエストボードの前で集合した三人は、次どれを受けようかとチッチェからもらったクエスト一覧を眺めていた。
海未はこの時、まだマスターランクに上がりたてである。このマスターランクというものが、彼女の故郷バルバレではG級ハンターという名称であった。古龍をも退く伝説級のハンターにのみ与えられるクエストが多く集まる、ハンター業のプロとも言える存在、それがG級ハンター。海未もその一人である。
G級クエストはいくつも受けていた経験があるものの、マスターランクのクエストはエルガドに来て初めて受ける。話を聞けば、弧白や火垂は長いことマスターランクのクエストをこなしているため、歳は違えど二人は海未の先輩ということになる。
「私はあまり分からないので、お二人が受けたいものを受けていいですよ」
「んんーでもそれだとお嬢がついていけるかどうか……」
「そこなんだよねぇ、海未さんに合わせたクエストじゃないと」
「別に高かろうが構わないです。一人でやれるので……あ」
「い?」
「う?」
「ギャグやってるんじゃないんですよ……すみません、言った手前申し訳ないんですが、これにしてもらえますか」
「私らは構いませんが、いきなりですね。フルフルと……イソネミクニ?」
弧白が覗き込んで読みあげる。「お嬢はどっちに行くんです?」と火垂の問いに「フルフルをやらせてもらおうかな」と道具ボックスに向かう海未。
「……お嬢、フルフルに何か恨みでもあるのかな。先生、何か知ってます?」
「さぁ……? まだ知り合って一週間しか経ってないんだぞ、知ってたら怖くない?」
「それは確かに」
「……置いていきますよ」
相変わらずの素っ気ない言葉がけに、二人は慌てて準備を始める。
ここ一週間、弧白は海未に何度か話しかけているのだが、全て素っ気ない返事をされてしまい、すぐに会話が終わってしまう。普通の人ならここで終わってしまうのだが、弧白はそんじゃそこらのハンターではない。ずーっと話しかけてきているそんな弧白に対して、海未は少しだけうんざりしていた。
* * *
「先生、今日ずーっと考え事してますねぇ」
寒冷群島を移動している時、火垂がガルクに乗りながら話しかけてくる。弧白は一週間前に考えていた彼女の双剣のことを火垂に話し、「やっぱり違和感が拭えなくてさ」と一言付け足した。
「ふむ……? 確かに、あの見た目であんな古い双剣はあまり見ないですね。歳もそれなりに幼いのでしょうか?」
「人を見た目で判断するのは良くないよ、火垂。現に君が一番年下だと思うけど?」
「やっぱそうですよね〜! 私もそんな気はしてたんですよ!」
「海未さんと俺が近いんじゃないかな。何となくそんな気がする」
ヒトダマドリが寄ってきて、周囲に花粉をばら撒く。それがくすぐったく感じ、弧白は軽くくしゃみをした。
白い息が空に消える。周りの小型モンスターは分厚い毛皮に覆われており、寒さには滅法強いモンスターばかりだ。
「……やっぱり色々聞くしかないか」
「何をです?」
「こっちの話。さて、そろそろ着くね」
ゴァァァァアアア、と遠くで咆哮が聞こえる。海未が向かった方向だ。既にフルフルと対峙しているのだろう。
「あっちは始まりましたね〜」
「じゃあ、こっちもいっちょやりますか!」
背を向けて移動している大きな人魚を前に、二人はガルクから飛び降りて武器を引き抜く。その勢いで攻撃を仕掛けると、人ならざる咆哮を放ちながら弧白の方に向かってきた。
「来いよ、クソ……じゃなかった、イソネミクニィ! 生肉にしてやんよ!」
「先生、無茶だけはしないでくださいね〜」
優雅に太刀を構え、水月の姿勢を取りながら火垂が言う。
「言われなくても分かってらぁ!」
「いつも無茶するから言ってるんじゃないですか〜」
「今日はドリンコ持ってきたから眠くなっても大丈夫だってば……っと!」
突進攻撃を避けながら、弧白はガンランスで攻撃する。
イソネミクニの不気味な咆哮が、お前はそんなもんかと言っているような気がした。
「あっぶねぇ、ドリンコなかったら終わってた……」
元気ドリンコのビンを空けて飲み干す。途端に眠気が覚め、弧白は再びガンランスを手に持ち、イソネミクニと正面から睨み合う。
「……やっぱりこいつはクソだ」
「せんせ、罠仕掛けました〜!」
「ナイス! そっちに誘導する!」
攻撃を避け、ガンランスで小突きながら罠のある方へと誘導する。真正面から走って突進してきたイソネミクニは、火垂が仕掛けた落とし罠にまんまと引っかかり、抜け出そうともがいている。すかさず捕獲用麻酔玉を割り、眠気に抗えずイソネミクニは地面に伏し、そのままスヤスヤと眠り始めた。
「ふぅ、終わりましたね!」
火垂は大きく伸びをする。「お疲れ、火垂。海未さんはどうなってるかな」と海未が向かった方向を見る。
「音は……聞こえませんね。既に終わったんですかね?」
「でも、一人であれを相手するのは少し大変じゃないか?」
「様子、見に行きますか」
ガルクに乗り、メルの足跡を辿って進んでいく。真っ白な銀世界がしばらく続き、冷ややかな風が頬を叩く。それが晴れ、水が溜まる大きな空間に辿り着くと、そこには既に息絶えたフルフルと、その頭を双剣の甲で叩いている海未がいた。
「うーん、今日のは苦戦した。次会ったら覚えておけよ」
「海未さん、お疲れ様です!」
「ん、お疲れ……様です」
「フルフルを一人で……お嬢、やっぱ凄い人!?」
「いやいや。個人的に腹立つ見た目をしていて嫌なので、こいつにだけは負けたくなくてバルバレにいた頃から何度も狩ってたんですよ」
双剣を仕舞い、海未は膝に手を付き立ち上がる。
弧白は瞬時に気づいた。彼女の身体の所々に擦り傷や切り傷が出来ている。抑えている左腕は、恐らく電撃を受けて麻痺をしたのだろう。
「にしては、結構怪我してますね」
「別に大丈夫です、これくらいならすぐ治せますし」
「いいや、ダメです! 帰って治療しますよ」
「本当にいいんで……。モルもいるし、軽い怪我なので一人で治します」
「先生、お嬢もこう言ってる事ですし、いいのでは?」
「いいやほっとけないです!」
「───やめてください!!」
その手が、勢いよく振り払われる。驚いた弧白が彼女の顔を改めて見ると、心底嫌そうな顔をしながら、しかし何処か辛そうな顔をする海未がそこにいた。
「先週からずっとなんなんですか……! そういう人が一番嫌いなんです!」
海未が珍しく孤白の方を向いて強い口調で言い放つ。振り払った彼女の右手が、微かに震えていた。
途端、弧白の背景に電流が走る。嫌い、という彼女の言葉が弧白の頭に繰り返し流れていた。
自分がしていたことは、彼女に嫌われるくらいの事だったのか、と弧白はこの時、彼女の気持ちを考えずに声を掛け続けていたことを心から後悔した。
「先生? あれ、せんせーい?」
火垂が声を掛けるも、聞こえていないようだ。しょんぼりとしてガルクに乗り、そのままキャンプの方へと走っていった。
「……あ…………私、言い過ぎた……」
「お嬢、意外と物言いがハッキリしてるんですねぇ」
「うっ……」
メルに乗り、弧白の後を追いかけながら、海未は自責の念にとらわれていた。
* * *
「それは言い過ぎニャ、旦那さま」
自宅に帰ったあと、海未が弧白のことをモルに話すと、予想通りの言葉が返ってきた。海未は小さく唸り「はぁ、いい加減この性格治したいよ……」と眉を寄せた。
「旦那さまのそれは、ハッキリ言い過ぎだとモルは思うニャ。昔から物言いがハッキリしすぎているのニャ、男の子に接するにはもっとこう、優しく接しなきゃダメなのニャ」
「え、じゃあ喋らなきゃいいってこと?」
「……白黒思考なのも悪い癖ニャ」
「そう言われても、ずっとこの性格で生きてきちゃったし、治したいって言った手前どうしたらいいか分からないよ」
ベッドに寝っ転がり、天井を見つめる。「もうっ、まだ治療が終わってないニャ! 引っぱたかれたいのかニャ?」と両手をうずうずさせているモルを見て慌てて起き上がり「いてて、叩かれるのは勘弁……」と、痛みに顔を歪ませながらも大人しく治療を受ける海未。フルフルの攻撃を受けた際、咄嗟に庇ってしまった左腕がまだ痺れている。痛みを伴う痺れ方であり、少し厄介だ。
「にしても、今日はいつもよりも怪我が酷いニャね。誰と対峙してきたんだニャ?」
「フルフル。今回のは結構大きい個体で、苦戦しちゃって」
「あのクソモンスかニャ。にしても、アオアシラならともかく、何故フルフルに執着するニャ?」
「なんというか……見た目が、ね。あとはほら、フルフルに三回くらいキャンプ送りにされた時があったじゃん? その因縁がね」
「ニャるほどニャ〜……っと、よし、終わりニャ」
服を引っペがしてお腹に怪我がないことを確認し、仕上げに笛を吹いて傷の治りを早くさせる。そんなモルの頭を撫で「ありがとう。いつもごめんね」と申し訳なさそうに微笑んだ。
笛が効いたのか、痺れていた左腕の痛みが引き、少しだけ動くようになった。
「……ふふ、モルはいつでも、旦那さまの味方ニャ〜」
ご機嫌に喉を鳴らし、モルは海未の隣に寝っ転がる。「メル、そろそろ寝るよ」と近くにいるメルに声を掛けると、はいはいいつものですね、と大きく伸びをして近づいてくる。枕元に座ったのを確認すると、海未はメルのお腹に頭を預けて目を閉じる。
「あー、ふわふわ……」
「モルのお腹とどっちがいいですニャ?」
「どっちも良くて選べない……」
「……旦那さま、明日は彼の様子を少し心配した方がいいと思うニャ」
「ん、そうする。おやすみ」
ルームサービスがせっせかと動き回りながら、就寝準備に入る。焚き火が消され、暗闇と静寂が部屋を包む。
なかなか眠れず、海未は目を開ける。暗順応で暗闇に目が慣れてきて、ぼんやりと部屋の中が見えるようになる。窓から差し込む月の光は、まるでスポットライトのように床を照らしている。水面が反射して、照らされている場所がゆらゆらと揺らめいていた。
窓越しに波打つ音が微かに聞こえる。移動する船の中で育った海未にとって、エルガドは故郷と真反対の環境である。
───バルバレもそうだったけど、静かなのはこっちでも変わらないんだな。
そんなことを思いながら、海未は大きく一呼吸する。モルに片腕を占領されながら、意識を奥底へと置いていった。
嫌いって言われちゃったねぇ……。
ブックマーク、感想お待ちしております!
次の更新は、9月21日午後12時です。
Twitter↓
@Amnts_MH