夕方過ぎ、観測所の入口で帰ってきた四人を待っていたのはガレアスだった。複雑な面持ちをしている彼に「ガレアスさんだ、どうしたんです? ……もしかして、またバルファルクが出たんですか!?」と火垂が話しかける。
「……いや、別のモンスターが現れたのだ」
キラキラな目を向ける火垂の期待を大きく裏切る発言である。ガックリと肩を落とした火垂に「どんまい、また会えるよ」と海未が肩に手を置いて慰める。
「別のモンスター?」
「……詳しい事は指揮所で話そう」
そう言い、指揮所へ歩いていくガレアス。
そういえば、と海未は辺りを見渡す。いつもいるはずのフィオレーネがいない。受付嬢のチッチェも、四人が行く前は元気な姿を見せていたのに、今はしょんぼりとしており元気が無さそうだ。
「……何となくだけど、嫌な予感がする」
「ね、言ったでしょ?」
「ハイハイソウデスネー」
並んで先を歩く二人を、「あのお二人は、いつもあのような感じで?」と満が火垂に問いかける。
「大体二人で何かしら考えてますよ。こういう時のお嬢と先生の勘って、結構当たりますからねぇ」
「なるほど。若いというのは羨ましいですなぁ」
「私も、二人みたいな鋭い勘が欲しいものです〜」
そうして指揮所に着いた四人は、そこに見慣れない人物が一人いる事に気づく。頭にゴーグルを掛けた、褐色肌の竜人族の男性だ。
「……紹介しておこう。バハリだ」
「世話になるね、ハンターさん達」
気前のいい笑顔で軽やかに応対するバハリ。見るからに社交的で、海未にとっては少し羨ましい人物像である。
「火垂でーす!」
「弧白です、よろしくお願いします」
「海未です」
「満といいます、よろしくお願いしますぞ」
「おぉおぉ、バルバレの英雄が二人、カムラの英雄が一人、新大陸のプロフェッショナルが一人……こりゃあ精鋭達が勢揃いだねェ。どこで集めたんだい?」
「……偶然揃っただけだ」
意地悪そうに笑うバハリに、少々困ったように返答するガレアス。
「……さて、本題に入ろう。以前貴殿達に、爵銀龍メル・ゼナの撃退を依頼した。その時に貴殿達は「赤い何かが飛んでいた」と証言していたと思う」
「はい、今日それを捕まえてきまして」
海未が採集用ポットを差し出すと「えっ!? 海未ちゃん、大丈夫だった!?」と、何故か必要以上にバハリに心配され、「……フルフル亜種に小さい羽根が生えたみたいな見た目してる気持ち悪い何かと認識してるんですが……合ってます?」と何が何だか分からず首を傾げる海未。
「海未さんや、その例えは分からない者が大半だと思いますぞ」
「フルフルに亜種なんているんですか!?」
「海未さん物知り〜……」
「次からは素手で触っちゃダメだよ! せっかくだし、これはもらっておくね」
バハリは採集用ポットを受け取ると、ひとつ咳払いをしてガレアスを見る。
「……話を続けよう。単刀直入に言うと、フィオレーネが意識不明となった」
「……!?」
「ああ、だからいないんだ」
「……メル・ゼナの依頼を出す前に、とあるハンターにルナガロンの討伐依頼を要請した。ライカ殿……火垂殿なら分かる名前の者だ」
「おぉ、ライちゃん!」
「討伐後に、酷く興奮したメル・ゼナが乱入してきたというのだ。フィオレーネが今意識不明なのは、その時に受けた傷の影響が原因だ」
「正しく言うと、メル・ゼナに負わされた傷から入り込んだ「毒」ですね。
今海未ちゃんからもらった赤いコレ、「キュリア」っていうんだけどね。改めて調査したら、キュリアの牙の成分と同じものが体内から検出されたんだよね」
採集用ポットを掲げながら、バハリが追記する。
「……もしかして、キュリアの毒って……」
海未が小声で呟き、少し考え始める。
「海未さん、何か知ってるの?」
「海未ちゃんは気づいたみたいだね。最近、討伐を要請するモンスターが、どれもこれもやけに狂暴化していると思わないかい?」
「今日話してたんです、それ! 今日狩ったアンジャナフとか、ヤツカダキ亜種とかもそうでした!」
「……キュリアの毒が、モンスターを狂暴化させている元凶と言いたんですか?」
「いいねぇ海未ちゃん、花丸だよ! 研究者にならない?」
「お気持ちは嬉しいですが、私はハンターなので……弧白さん、ならないから」
弧白が海未の後ろで無言の圧を掛けている事に気づき、海未は後ろを見ずに呆れたように言う。その光景が面白かったのか、火垂が若干ツボにはまり、後ろを向いて笑いを堪えていた。
「……火垂はなんで笑ってるの?」
「いやっ……すみませ……っふふ……」
「……まぁいいや。で、続きをどうぞ」
「おっと。これが奇妙な所があってね。
最初フィオレーネの精密検査をした時は、その毒は検出されなかったんだ。だが改めて検査したところ、多量の毒が検出された。
この毒が「傷を負わせたメル・ゼナではなくキュリアの毒だった」って所が、妙に引っかかる点になっているということなんだよ」
「でも、傷を負わせたのはメル・ゼナなんですよね? どうして……」
「……ん? それって、ゴア・マガラと似ていると思いませんかな?」
満が思い出したように声を上げる。その言葉を聞き「確かに、ゴア・マガラが攻撃するのに、狂竜症はゴア・マガラを纏っている狂竜ウイルスが原因でなるものだし……」と海未が呟く。
「ゴア・マガラは狂竜ウイルスを力に変えている。それに似てるってことは……」
「つまり、メル・ゼナは何らかの形でキュリアと共生している、とかですかな?」
「優秀すぎてオレ困っちゃう。ガレアス提督、オレ要りますかね……?」
「……重要な役割を担っているのだから、離れてもらっては困る。
おおよそ、貴殿達の考察している通りだ。「メル・ゼナの体内が、キュリアの毒に満たされているから」……これが答えだ」
「キュリアの毒は本来、通常のモンスターを狂暴化させるだけの威力があるのに、メル・ゼナはそれをむしろ己の力に変えている。一方で、キュリアはメル・ゼナの強大な力をエサにして寄生している。共生関係で間違いないだろうね」
「……」
海未が深く考え込んでしまったのを見て「お嬢がずっと何かを考えてる……」と火垂が海未の頭を撫でくりまわす。髪の毛が乱れてもなおお構い無しに考えている海未を見て「ほっほ、こりゃ長いですな」と満が朗らかに笑う。
「考えると周りの声すら聞こえなくなる……本当に親子でそっくりだのぅ」
「なんにせよ、この結論に至るまで時間のかかった己が情けないね……」
「……傷を受けた事はフィオレーネの不覚、発見が遅れたのはバハリの不覚だ。……だが、責任は、ここに至るまで異変を察知できなかった私にある」
「異変に気づけない。それがキュリアの最大の脅威って訳ですね。例え毒に侵されても、狂暴化する瞬間まで、モンスター自身も分かっちゃいないでしょう……」
「……どうすればいい」
ガレアスがバハリに尋ねた途端、「あの」とずっと考え込んでいた海未が片手を挙げる。
皆の視線が海未に向く。挙げていないもう片手は口元に当てたまま、「それなら、私に心当たりが」と海未はとある提案をした。
「バハリさん、タドリさんという竜人族の薬師に心当たりは?」
「心当たりも何も、知り合いだよ。よく知っているね」
「その方なら、何か分かるかもしれない……と思って。長く生きている竜人族なら、私達が知らないメル・ゼナの事も、きっと知ってるはず。
昔、せんせいに言われた事があったんです。「昔の事で知りたい事があるなら、竜人族の薬師を訪ねなさい」って。カムラの里にいた時に、カゲロウさんがタドリさんのお話をしていた事があって。本当にたまたま話を聞いただけで、会った事もないんですが……」
「海未さん、人脈広すぎない?」
弧白は圧倒されていた。弧白も、新大陸のみならずカムラの里やエルガドでも顔が広い方だ。だがそれ以上に、海未の人脈と顔の広さに心底驚いていた。
やはり敵わない。そう思った。
「昔、メル・ゼナにやられてボロボロになった王国に、疫病が追い打ちを掛けてきた時期があってね。タドリはその疫病の薬を開発して、多くの人を救ったスゴウデさ。カムラの里のカゲロウとは古い知り合いらしいって話は聞いてたけど、本当だったんだね」
「という事は、カゲロウさんにタドリさん? の居場所を聞いたら、今どこにいるか分かって、更にキュリアの毒の事も分かるってことですか!?」
「断定は出来ないけど、もしかしたら分かるかもしれない。訪ねてみる価値はあると思うよ、一度カムラに戻ってみよう」
「でも、四人で戻るとエルガドで何かあった時に対処出来ませんよ?」
「じゃあ、俺はエルガドに残るよ。満さんはどうしますか?」
「ふむ……ワシはカムラに行きますかな。火垂さんはどうしますか?」
「うーん、この中で一番情報を持っているのはお嬢と満さんですしぃ……」
……再び、皆の視線が海未に集まる。「え、私?」と自分を指さす海未に「お嬢、頼みましたよ! ビッグな情報待ってます!」と火垂が笑う。
「海未さん、頼まれてくれる?」
「……まぁ、皆が言うなら。じゃあ、満さんと一緒に行ってきます」
「じじ孫組爆た───ぎゃんっ!?」
唐突に弧白の拳が頭に飛んできて、火垂が頭を抑えてその場に蹲る。
「火垂、それ以上言うと恋海さんが黙っちゃいないからストップ」
「グーはないですよ、グーはァ……」
「ガンランスの盾じゃねぇだけマシと思え」
「……なんか、出会った頃を思い出す……」
「愉快ですなぁ。さて海未さん、いつ出発しましょうか?」
「明日で。こういう時は急がば回れって、父が言ってました。ってか誰、私の髪の毛ぐっちゃぐちゃにしたの!? 火垂、あんたでしょ!」
「今ですか!?」
「はー……まぁ、いいや。それじゃあ、三人は改めて夜にでも作戦会議しよう」
海未はスタスタと船へ戻っていく。相変わらずの行動の速さに「海未さんの中では、もうビジョンが浮かんでるんだろうなぁ」と弧白は小さく呟く。
「びじょん?」
「端的に言うなら、次どうするか、こうしたらこうなるな、とか、先を見据える事。まぁ、脳筋バカな火垂さんには難しいと思うがね〜?」
煽るように弧白がニヤつくと「んなっ! 私だってちゃんとびじょんが見えてますから、ふんっ!」と火垂は負けじと対抗する。
「はっ、どうだか」
鼻で笑い、なおも煽るのをやめない弧白に珍しくカチンと来たのか、「というか、先生はどうなんです!? 後先考えずにいっつも突っ走って、急がば回れな先生が言えた事じゃないと思うんですけどー!」とド正論パンチをお見舞いする火垂。
「やめろ火垂、そのセリフは俺に効く!」
「ほっほ、平和ですなぁ」
「……ガレアス提督、あれがいつも通りなんスか?」
「……賑やかでいいだろう? 私はこの賑やかさが丁度いいと思っている」
バハリは思った。
強い者は皆変人が多いのだなぁ、と。
お久しぶりです。ある程度書き溜めたので投稿しました。
寒くて布団から出られません。