その日の夜、四人は改めて集まってテーブルを囲む。
「とりあえず、お嬢と満さんでタドリさんに会いに行って、」
翌日。ゆっくり小さく、規則的に揺れる船の中で、海未はベッドに寝転がりながらスケッチをしていた。その対象は、自身のオトモアイルー、ガルクと戯れている満だ。海未の傍には、禍々しい装備を着た彼のオトモガルクであるルシファー(獣神化)がおり、何やってんだかと言いたげに見つめていた。
「……出来た。我ながらいい出来じゃない、ルシファー?」
ルシファー(獣神化)にスケッチブックを見せると、暫しそれを見つめた後にパタパタと尻尾を振り始める。どうやら自身のご主人だと分かったようだ。ページを丁寧に破り、「これ、満さんに渡してくれる?」と筒に入れてルシファー(獣神化)に渡した。彼は口にくわえてとてとてと歩いていき、背中をどついてそれを満に差し出す。
「どうした、ルシファーよ? ……おぉ! これは私ですかな?」
受け取って中を見た満に「描いてみました。良ければ貰ってください」と海未はふわりと笑う。
「ウニャ、すごいニャ」
満のオトモアイルーであるタマが、満の後ろから顔を覗かせ感嘆の声を上げる。
「とても上手ですなぁ。特にここのシワが綺麗で……」
「満さま、お目が高いですニャ! 旦那さんがこだわっているのは服のシワと髪の毛、そして瞳ですニャ!」
モルが熱烈な解説をし始め、満は頷いてそれを聞きつつ、時々相槌を打つ。
「褒めても何も出ませんよ」
「……懐かしい。そういえば、海門も絵を描くのが上手でしたな」
「え、父がですか? 聞いた事ないですが……」
スケッチブックをめくりながら、海未は訝しげに返答する。
「若い頃、こうして似顔絵を描いてもらった事がありましてね。血は争えないものですな」
「お、お恥ずかしい……」
そうか。満は自身の父、海門の事を知っている。自分が知らない父の事も、知っているかもしれないのだ。
「満さん。お父さんは、どんな人でしたか」
「む、海門か。彼は気難しい人でしたなぁ。こだわりが強く、一度決めたことは絶対に曲げない。だが笑顔が素敵な……そんな方だった」
「父の笑顔は、私も好きでした。朧気な記憶ですが」
「うむ。海のように蒼い瞳を持ち、目の前のモンスターを圧倒させる双剣さばきは見事なものでしたな。
そういえば、彼は双剣を使う前、操虫棍を使っていたのはご存知ですかな?」
「へぇ、操虫棍……ん!? 操虫棍!?」
「どうしました?」
満の問いに「ああ、いえ……満さんが加わる前に、色々あって一人でティガレックスの討伐に行ったことがあって。その時に、私も操虫棍を使いまして……」と、数ヶ月前の事を口にする海未。
「ほっほ、血は争えませんなぁ!」
「ほんとですよ……」
「しかし、面影だけではなく、使用武器までそっくりだとは……やはり親子ですな」
「面影は、父を知る人からよく言われます。姉は母寄りの見た目なんですが、私はどうにも父寄りらしくて」
「ええ、そっくりです。蒼い瞳も、ちゃんと受け継がれていますな」
「え? 私、目は蒼色じゃないですが……」
「その様子だと気づいていないようですね。海未さん、鏡で自分の左目をよく見てみてください。出来れば、光が当たる場所で」
満に言われるがまま、海未はテーブルに置いてある鏡を手に取る。舷窓を背にして日光が入るようにし、自身の左目をよく見てみる。しかし写っているのはいつもの自分だ。左目も、何ら普通の焦げ茶色に見える。
「……。よくわからないです」
「おや。ワシには、左目が少し蒼みがかっているように見えるのですが」
「なんてこった、全然分かりません」
モルがひょっこりと覗き込み、じーっと凝視した後「……満さまの言う通りニャ」と驚いたように声を上げる。
「メルさま、メルさま、旦那さまの目を見てくださいニャ」
「メルまで呼ばなくても……」
「自分の姿はいつも見ている姿ですから、気づかないのも無理はありませんぞ」
「いやまぁ、それはそうですけど」
二人がそんな話をしていると、突然突き上げられるような大きな振動とともに、グラッと船が大きく揺れる。
「ニャーッ!」
コロコロと転がるモルを受け止め、「この揺れ方……何かが通った?」と床を見つめる。
「見てみますか?」
「私は見に行きます」
「ではワシも」
立ち上がり、二人は甲板に出る。船と並走して飛んでいる小型モンスターが騒がしく鳴き、皆一方向に視線を向けている。その視線の先を見ると、一頭の大型モンスターの姿があった。
淡い薄蒼色の鱗に、縦に長い身体。所々に突起が見え、背中には一層大きな帯電殼を有している。
小型モンスターを捕食し、器用に丸呑みする。陽の光が水を反射して、傍に小さく虹が出来ていた。
「海未さん。あれは……」
二人にとって、それは馴染みのある大型モンスターの一種だった。
「海未さん、満さん、あのモンスターは何なんですか!?」
船員が駆け寄ってくる。身なりからしてハンターではないようだ。
「旦那さま、あれって……」
「……間違いない、海竜ラギアクルスだ。でも、この辺りでの目撃情報は無いはず。生態系が荒れているにしても、どうしてここに───」
───もし、何らかの原因で、住処を移動しているとしたら?
だが、行先は何処なのだろうか。方角的にカムラの里はありえない。エルガドにしては西すぎるし、あるとすれば───。
「……禁足地に、向かっているのかも」
禁足地。許可を得た者しか立ち入ることの出来ない、未開の地だ。
「禁足地……ふむ、名推理ですな。ここ数年目撃情報が無かったのは、もしかしたら水中になりを潜めていたからかもしれません」
「そう言われると、確かにあのラギアクルス、通常個体よりも体格が大きいような……」
ラギアクルスを何度も狩っている海未は知っている。比較的綺麗な見た目に体格が大きいとなると、その個体は人類よりもきっと長く世界を見ている。そして、そういう個体は、次第に水中になりを潜め、その姿を黒く染めあげる『希少種』へと姿を変える。
随分前に、海未は自身の師である睡蓮に手紙を出した。最近彼女から返事が返ってきたのだが、内容の中に『海竜ラギアクルスはまだ生きている』と、綺麗な字で書いてあったのだ。
「せんせいの、言う通りだ」
だが、今は狩るべき時ではない。
ラギアクルスはやがて海の中に消えていき、何も無い水平線だけが残る。
もうすぐで、日が暮れる。
「夕日が綺麗だニャ〜」
「少し見てから中に入ろっか」
「賛成ですニャ! お二人もいかがですかニャ?」
「ぬ? ではお隣に」
「綺麗ニャね〜!」
二人と二匹、揃って隣に腰を下ろし、沈む夕日を見つめる。水平線に反射するオレンジ色が、波でゆらゆらと蜃気楼のように揺れる。
「ところで、せんせい、というのは、睡蓮さんの事ですかな?」
「はい。文通しているので、情報が回ってくるんです。せんせい、どこから情報を仕入れてくるんだろう……」
「あの方は謎が沢山ありますからね」
「それなのに、せんせいの名前を聞かない拠点はなかった。指折りの太刀使いって呼ばれているのに、出自はおろかどんな人物かもあまり知られていないのに」
「彼女の事は、ワシもよく知りませんなぁ。ただ一つ知っている事とすれば……。
……いえ、これは禁句ですな」
口を噤んだ満に、「満さんでも、言えない事があるんですね」と笑う。
「私はせんせいの事をよく知ってますが……あの人は、想像よりもずっと女の子です」
「それは言えてますな。一度彼女と話す機会がありましたが、『太刀が強い』それ以外は何処にでもいる普通の女の方です……おっと、これはセクハラになりますかな。まずいか……?」
「大丈夫です、器の広いせんせいなら許してくれると思います」
「ところで、彼女は今どこに?」
「クリューテという拠点で調査活動をしているそうです。なんでも、幼なじみが記憶喪失なんだとか」
「おやおや、それは大変ですね」
満が睡蓮と話した事がある、というのは、海未にとっては少し意外な事であった。同じ太刀使いとはいえ、彼女の経歴上満と交流する機会は少ないはずだからだ。
……偶然、なのだろうか。